17話:嵐は突然に2
遅くなりました。すみません。
肩で息をしている。それに頬を伝う熱い何か。袖で拭っても拭ってもちっとも収まる気配はない。私は壁に手をつき、その場にげんなりとしゃがみこんだ。
触れたところから、壁の冷たさが染み入ってくる。
私のこの、激昂した感情を冷ましてほしい、と思った。
「うっ……うう……」
喉をひきつらせた声が廊下中に響いた。紛れもない、私の声だ。
こんなとこを誰かに見られたら──いつも笑顔な私らしくない!
頬を叩いて自分に鞭を打って、「よし」と力強く意気込んだ。
私、桜木風は弱い子なんかじゃない強い子だ。
ふと、幼い頃の記憶を思い返していた。彼が私に言ってくれた言葉を。
『ふうは弱くなんかない、強いんだ』
目を閉じると、今より少し幼げな彼の顔が浮かび出てくる。
それがちょっぴり嬉しくて、私の口角はいつの間にか上がっていた。
「ふう!」
後ろから声をかけられて、私は振り向く。
見れば、そこにいたのはやはり、見知った人物──八代秋葉だった。
「あきくん……」
会いたかった。が、今、最も会いたくない人物でもあった。反射的に私の声は下がってしまう。後ろめたさがついて回るが、言ってしまったのは仕方が無い。なので、弁明もせず、さっと彼から目を離す。
「無理矢理訊いたりした俺が悪かった! この通りだ許してくれ!」
平謝りしてくる彼に、申し訳なく、咄嗟に私も謝罪の言葉を連ねようする。だが、喉に飴玉かなにか突っかえたかのように言葉が出ない。
と、その時だった。
『二年七組、桜木風。至急、第五多目的室に来なさい。繰り返す。二年七組、桜木風。至急、会議室に来なさい』
放送が入り、私の名前を呼ぶ。彼には悪いが、助かったと思った。
「呼ばれてるから行かなきゃ!」
私は早足でその場を後にした。彼がどのような表情で私を見つめていたのかも確認せず。
◇◇◇
会議室に到着すると、十数人の生徒と数人の先生がいた。妙齢四十すぎの男性の先生が前に出てきて、溜息をついて言う。
「全く桜木……お前は今日、ミーティングのことを忘れてたのか」
「すみません先生」
「謝るなら皆にだ。部長のお前が遅刻してどうする」
「…………」
言葉も出ない。
あぁ今日は最悪な一日……。ううん、違うわ。
はっとなり私は合わてて思考を訂正する。こんだけ悪いことがあったんだ、今からはきっといいことがあるはず。
弱気になるな、ガンバレ私!
大きく息を吸い、十数人の部員の方へと向く。
「皆……部長の私が遅刻するという大ポカをやらかして本当にごめんなさい!」
「いいっていいって」
「切り替えて切り替えてー」
「部長笑顔が足りないぞー。いつもの笑顔はどうしたー」
皆は許したり、私を元気づけたりしてくる。それが何よりも嬉しくて、少し自分の心の傷が癒されるようだった。
目端が熱くなる。
私はいつもの私らしく振る舞おうと、飛びっきりの笑顔を向けて、席に着いた。
それを確認した先生が声を上げる。
「えー桜木の件があったが、すぐ終わるからこの放課中に終わらせるぞー」
全員が『はーい』と返事をした。
腕を組んで、頷いた後、先生に手に持った紙を見ながら説明し始める。
「用紙は全員分あるかー? よしないな。じゃあ始めるぞ」
「先生ないでーす!」
「なんだと? 倉木、嘘は良くないぞ」
「嘘じゃないですー。ほら」
倉木と呼ばれた女の子は私の目の前に座っていた。黒髪のショートカットで思ったことを直ぐ言ってくれるので、色んな場面で助けられている。
倉木ちゃんは両手を挙げ、自分の手元に紙がないことをアピールしている。
先生は頭を掻いて、ボヤく。
「あれーおっかしいな……朝確認した時には、確かに枚数分あったはずなんだが。いいかあれはかなり大事な紙なんだぞ」
「知らないよ。先生のうっかりが発動したんじゃないの」
「し、失礼な! 俺はこれでもこういうことはしっかりしてるんだからな!」
「へーそうなんだ」
「何だその顔は」
「で、先生。その紙はどう大事なの?」
「他の奴に見せてもらえ」
「うーケチー」
ぶつくさ言いながら、頼みこんで彼女は、隣の子に紙を見せてもらっていた。
私も先生が言ったことが気になり、二枚ある用紙の内、こちらと思われる紙面に目を落とす。内容を見て私は目を細くした。
「先生これって……」
そう呟くと、私が言葉を続けるよりも早く先生が言った。
「体育大会の各種目で出る景品のリストだ」
◇◇◇
ミーティングが終わり、私は自分の席に着いた。
雨のせいもあるが教室内はジメッとしてて居心地が悪い。
先生が大事な紙と言っていたものは回収され、手元にあるのは一枚だけだ。私は先程のミーティングの内容を思い出しながら、この学校についての情報に頭を巡らせる。
この朱羽高校は県内でも名の通っている学校だ。
何で通っているのかといえば、一つ目は、部活動の種類の多さと実績の多さ。
二つ目は、先生が先程言った、体育大会の各種目に景品が出ること。
三つ目は、文化祭は三日間盛大に執り行われること。昨年もテレビでもよく出演している人を招いていたらしい。私は会えなかったけど。
二つ目と三つ目の有名人を招くことが出来るのは私立だからこそだと思う。いや、ここまで出来るのは私立だからだけではない。
市の補助に加えて、進藤グループという企業集団が補助を出しているらしい。昔、進藤グループの社長がここの学校出身だとか。
それと、その子供の進藤京くんがここに通ってたはず……。
名前から自分の断片的な記憶を探っていく。そして、ある記憶を思い出した途端、胸がキリリと痛んだ。
──真星唯ちゃんのことを思い出してしまったからだ。
醜い女の嫉妬かもしれない。でもあの日、私は見てしまった。
河川敷で、あきくんと彼女が話しているところを。
あれはきっと……。ううん、ダメよ!
違うかもしれないじゃない!
そうよ。マイナスに考えちゃダメ。
だから私にもまだチャンスはあるはず。決めたんだ……自分の気持ちに嘘はつかないと。
教室に行ったのは、彼を呼び出して告白するためであった。振られると分かってても……。でも結局は彼の前で醜態を晒すだけで何も出来ず終いだった。
そんな自分がどうしようもないほど腹立たしく、嫌になる。
どんなに外面はポジティブに持っていこうとしても、内面のネガティブが足を引っ張ってくる。少女漫画の主人公とかはすごい。例えネガティブでも、最後はちゃんと行動するから。私とは大違い。
いざという時になると、逃げて、まだ次があると言い訳をつけ、逃げた自分を正当化する。嫌で嫌で堪らない。
「嘘ばっかり……」
溜息混じりに吐き捨てて、私は外に視線をやる。
低く垂れ下がった雷雲は黒く、まるで自分に対する憤りを体現しているかのようであった。空が白く光る。直ぐにどこかに雷が落ちる音が鳴った。風も出てきたようでカタカタと窓を揺らす。
「……嵐かな」
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