13話:唯は誰にも渡さない2
更新遅くなって申し訳ありません!
ストック解放します!
俺──進藤京は裕福な家庭に生まれた。どうやら進藤グループという日本でも指折りの企業グループであるらしい。
よって、この街の家の中でも俺の家は群を抜いて大きかった。
そのため周りの人達にとっては、俺は近寄りがたい存在であったと思う。
そんな時だ。
──俺の前に彼女が現れたのは。
俺が六歳ぐらいの頃だったか。
家からちょっと歩いた先にある公園で、俺は一人で遊んでいた。一人で遊ぶのには慣れていたから特に困ることはなかった。
ただ、寂しくなかったといえば嘘になる。
こんな家に生まれた時から自分は他の人とは違う、として諦めるしかなかったのだ。
そう、諦めるしか……。
まだ幼かった俺にとってそれは堪え難いことで、家に帰るといつも、目元が赤く腫れるまで泣きじゃくったものだ。
その度に母さんからは、『強い子になりなさいね。だってあなたは進藤家の当主になる子なんだからね』と言われて、俺の頭を優しく撫でながら、白いハンカチで涙を拭ってくれたっけ。
だが、公園には毎日行っていた。
公園に行くというのに一種取り憑かれていたかもしれない。
そこで必ずするのは砂遊びだった。
公園にはブランコ、滑り台、ジャングルジムなど色々な遊具があったのだが、一人でする遊びじゃないなと思い、どれもやらなかった。
しかしこれは理由であるものの、どちらかというと表向きの理由であったのかもしれない。
それらの遊具には大抵人が集まり易く、俺は怖くてそこに行くことが出来なかったのだ。
だから砂場で砂遊びをする。
山をつくっては崩し、つくっては崩し……何度も何度も、日が暮れるまで続けた。
面白いかって?
多分面白いと思っていなかっただろう。いや、分からない。
昔の話だ。ひょっとしたら面白いと思っていたかもしれないな。
一つ言えることは、心の奥底では困窮すると共に、渇望していたのだ。──灰色ともいえるこの日々に色を差し込んでくれる存在を。
俺の願いが通じたのか突如としてその瞬間は訪れた。
「ねぇ、どうしていつも一人で遊んでるの?」
色が差し込んだ。
始めに陽の色。仄かに赤みがかった空の色。そして、俺に笑いかけてくる少女の顔の色。
人生における大きな転換点を身にしみて感じるというのは、まさにこういうことをいうのだろう。
彼女は黒のショートヘアだ。しかし陽の光に当てられると、彼女の艶やかな黒髪は藍色に輝く。
屈託のない笑顔は可愛いと思わせながらも、どことなく綺麗とも思わせる。
──彼女のことがもっと知りたい。
そう言うかのように心臓が早鐘を打ち始めていた。
だが、俺の口から言葉は無慈悲で、あまりにも冷徹な、彼女を突き放すようなものだった。
「別にいいだろ」
自分でもどうしてこんな言葉が自分の口から出てしまったのかが分からなかった。
おそらく人見知りであったのだろう。
そんな俺の言葉など気にも止めず、彼女は訊いてくる。
「でも、一人で遊ぶのって楽しくないでしょ?」
「……楽しいよ」
「もー嘘ついちゃダメだよー。顔に『僕は嘘ついてます』ってバッチリでちゃってるよ。ふふ、顔は正直だね」
「えっ!?」
「ほら、こっち。私と一緒に遊ぼ!」
「わっ、わっ」
強引に手を引かれる。
それがどこか逞しく、憧れた。
オレンジ色とピンク色が混じったほんわかとした世界が広がっていく。
そのまま俺は彼女と遊んだ。
いつもはとても長く感じる時間があっという間に過ぎていき、陽が西へと隠れつつある。
電線に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立ち、ねぐらに戻ろうと群れながら舞う。
俺と彼女は互いに肩で息をしていた。
疲れたが、今までに感じたことのない爽快感というものが俺を満たしている。
「今日は楽しかったー。ねぇ、君は楽しかった?」
「ふつう……」
彼女が何の脈絡もなく訊いてくるので、気恥ずかしさからか俺は素直に本心を口にすることが出来なかった。
無論彼女は見抜いていたようで、指を前に差し出してくる。
その時黒のショートヘアがふわりと揺れ、水滴が飛ぶ。
真っ赤に染まった陽の光が当たり、やがて空に現れるであろう星のようにキラキラと輝く。
「ほらまた嘘ついてるー。いい、今度は本当のことを言ってね! 君は今日楽しかった?」
「……う、うん」
虚ろな返事をする。
どうやら俺は彼女の注意を聞くことを忘れて、見とれていたらしい。
だが、今度は見抜けなかったのか、ふっと引き締めていた表情が緩まる。
「よし! じゃあ、そろそろ私は帰るね。またねー」
大げさに手を振る彼女につられて、俺も胸の前で小さく手を振る。
小さくなっていく彼女の姿を見て、この時の俺は何か込み上げてくるものがあったのだろうか。
言葉となって溢れ出す。
「きみの名前! 教えてよ!」
かなり大きい声だったと思う。
もごもごとしていた奴が突然そのような声を出して、ピクリと身体を震わせて立ち止まった。
すると、女の子らしい走り方で俺の方へと駆け寄ってくる。
「へへへ、君に呼び止められたから戻ってきちゃったよ。君もあんな大きな声出せるんだね」
首をきゅっとすくめて、恥ずかしさで赤くなっているであろう顔を隠そうとする。
「……そんなに大きかった?」
「大きかった。よーく聞こえたよ。『きみの名前! 教えてよ!』って」
自分が言ったことを彼女に復唱され、顔から火が出る。
もはや彼女の顔を見ることは出来そうになかった。
両手にポンと手が置かれた感触。
顔を上げないと、と頭では分かっていても、こんな顔見せれない! と全力で抵抗いるのか身体が言うことを聞かない。
「……私の名前はね、真星唯、っていうの」
囁きかけるような甘い響き。
頭の中で響きが激しく反響し、俺はすっかり陶酔してしまったようだ。
甘い匂いに惹かれる虫のように彼女の名前を口にする。
「まほしゆい……」
気付くと、俺は顔を上げていた。
かといって上げた顔を下げることも出来ず、彼女をまじまじと見つめる。
当時の俺には、恋愛という感情がよく分からなかったのだが、感覚的にこの人は好み──つまり恋してしまっていたのだ。
彼女は口を開け、次の言葉を発しようとしている。
その動作さえも……俺には。
……スローモーションになって映り、胸がはちきれんばかりに動悸を繰り返す。
「うん、私の名前は真星唯ね。はい! 私は君に名前を教えたよ! せっかくだから君の名前も教えてほしいなー」
断ろう、とは思わなかったと思う。
それよりも断る理由があるのだろうか? いや、むしろ知ってほしい、という気持ちであったと思う。
「……進藤……京」
「しんどうけいくん、かぁ。んー」
人差し指を口に当てて首を傾げ、視線を斜め上に向ける。
今も昔も変わらない。
狙ってやっているわけではなく、彼女はごく自然に心をかき乱すような動作をやってのけるのだ。
もしこれが狙ってやっているものであれば、俺は彼女のことが嫌いになってしまうであろう。
根っから嫌いになることはないが。
それほどまでに俺の心は彼女に奪われてしまっているのだ。
「これからけいくんって呼んでもいい?」
「……いいよ」
「よし、これからはけいくんって呼ぶね」
「わかった」
「…………」
「…………」
沈黙。
会話が弾むってほどではないかもしれないが、それでも会話はしていた。
それ故に突如会話が途切れるとこれほど気まずく、相手のことをよく観察できる時間に関してこれに勝るものはないだろう。
そして、狂人の気分を味わったようだ。
先に沈黙を断ち切ったのは彼女だった。
「ん?」
首を傾げただけ。
戸惑う俺は声を漏らした。
「え?」
「…………」
「…………」
再び沈黙の幕が降りようとした時、彼女が引き止めた。
「他に何かある?」
「いや……」
「ないの?」
「ある! ……その、ゆいちゃん、って呼んでもいい?」
「もちろんだよ!」
「ほんとに!? ありがとう!」
天にも昇るような気持ちだった。
その気持ちに拍車をかけるかのように、彼女は片手を前へと差し出す。
「友達になろう」
「ともだち……?」
「そう、友達」
初めて同年代の子に言われた言葉であった。
意味は知っていた。
だが、俺には無理だ。作れるわけない。
そう思い込んでいたのだ。
迷うことはなかった。
「なる!」
すぐさま俺は彼女の手を握り返した。
握ると伝わってくる互いの手の弾力。自分より高い彼女の体温。
互いの血液が同期して、ドクドクと脈を打つ。
握り続けることが長くなっていけばいくほど、それは大きくなっていった。
不思議な感覚を味わって時折自分の手を見ると思い出す。
俺に初めて出来た友達。
大切にしよう──。
いつまでも。
その後、俺は嬉々とした気持ちで家に帰った。
母さんが「なにかいいことであったの?」と訊ねてくるので、俺は満面の笑みで答える。
「うん! 友達が出来たんだ!」
ここまで読んで下さりありがとうございました。
ストックの続く限り放出しようと思います。
身の回りの都合にもよりますが、次回更新は今週の土曜日か日曜日です。
それと今回の話は過去回想を一人称で書きました。
感想を書いていただけると嬉しいです。