12話:唯は誰にも渡さない
更新遅くなって申し訳ありませんでした!
遅くなってしまった理由は言い訳にしかなりませんが、11/25の活動報告に明記してあります
西へと沈みかけている陽が俺を照らしていた。
眩い光の反対にはドス黒い色をした影を生み出している。
その影を一瞥した後に視線を目の前にある自動販売機へと移した。
何度目なのだろうか……。
さっきから何度も同じことばかり繰り返している。
頭にあるのは、あの八代という男。恐らくはアイツも俺と同じで、唯のことが好きだろう。
俺の発言に対しアイツは面を食らっていたが、演技かもしれない──もしかするとアイツは、唯が俺の許嫁であることを学校中にバラすかもしれないのだ。
その事態だけは避けたかった。
なぜならもう唯は、俺の許嫁ではないからである。
過去の出来事……。
そう、過去の出来事なのだ。
だからそれを持ち上げられ、ひやかされ、彼女を悲しませるなんてことはしたくない。
なのに俺は、自らの手で背いてしまった。
アイツから唯を守るために。
アイツに唯を奪われないために……。
利己主義者もいいとこだ。
「馬鹿だな俺って」
最大限皮肉を込めて俺は言う。腹の底から自嘲という笑いがこみ上げてくる。
だが敢えて口から漏らすことはせず、キュッと唇を結ぶ。
理由は一つ。
自分がしたことは間違っていないと思ったからである。
あの時、どういうものに対してかは分からないが悪寒がした。
俺の肌を軽く撫でる程度の。本当にその程度の悪寒。
それだけ……。
……なのに、俺にはそれが些細なものだと思えなかった。
初めは全く気付かれもしないガンが、時間が経つにつれ、やがて手に負えない状態になるように……。
「くそっ!」
両手の平を自動販売機へと叩きつける。
ジンと伝わってくる衝撃。
衝撃による痛みは俺のもどかしさを増幅させていた。
落ち着けよ……。
落ち着けよ、俺──
息を吐く。
この行為をするのは、自分の気持ちを更に落とすようで、あまり好きではない。
だが、今に限ってはそうではなかった。
また少し涼しめの風が吹き、熱を冷ましていくのも相まってか、次第に俺の心は落ち着きを取り戻していく。
やっとのことで金を投入し、俺はブラックコーヒーを選択した。
すぐさま選んだものと全く同じものが、音を立てて出てくる。
俺はそれを取り出して、空けた。
本来はカチャという響きの良い音が耳へと入ってくるはずなのだが、入ってきたのは痛みを伴う音。
ブラックコーヒーの入った缶をくいっと傾け、流れてくる液体で口を湿らせた。
徐々に染み渡ってくる味に、思わず顔をしかめてしまう。
「……にっ、が……」
口の中に広がる苦さに苦悶の声を漏らす。缶を持つ手に少し力が入る。
だが苦さは更に浸透していき、行き場を失ったもう片方の手をどうしたらいいのか分からなくて。
俺は髪型が崩れるのなんか気にせずに、髪をぐしゃりとかき寄せた。
ようやく口の中が落ち着いてきて、ため息混じりに呟く。
「……本当はコーヒーなんか好きじゃないのになぁ……」
これを聞いたら、好きじゃないのにじゃあ何で飲むんだよ、と言われそうである。
理由は至って単純なものだ。
男らしいかな、という端から見ればくだらないとしか思えないような理由。
さらに言えば、男らしくなって唯に振り向いてもらいたいからである。
彼女が望む男は、誰だか分からないが。
「ハァ……」
今度はため息だけが出た。自分が好きじゃないことをしていて、自分で自分が恥ずかしくなってくる。
空を仰ぐと、陽の光を浴びせられてオレンジ色になっている雲が何とも美しかった。
同時に虚しさを感じ、その空に向かって一言。
「俺はその程度のことも分からないんだよな……」
彼女の幼馴染という比較的近い関係でありながら。俺は彼女のことを分かっていない。
遥か昔にした約束は、彼女の中ではもう時効になってしまっている。というより俺がそうさせてしまった。
思考を振り切るように、ブラックコーヒーを飲む。
だが思考は振り切れず、少量なら苦さもさほど感じなかった。きっと意識が俺の元を離れ、どこかに行ってしまっているせいかもしれない。
「嫌だと言えなかったのは、俺に勇気がなかったからかもな」
背後にある壁にもたれかかり、『売切』という文字が何個をあるかを数え始めた。
「一、二、三……」
三の所で数える声が止まった。
『売切』という文字が三つだけだったのである。 コーヒーを啜る音だけが俺の耳には届いていた。
そのせいで余計なことが、隙間を見つけては俺の頭を埋め尽くしていく。
どんなに外見を良くしようと努めたって、ひどく臆病で、矮小な中身は変わらない。
恋愛ものとかでよく出てくる言葉に、こんなのがある。
今の関係を壊したくない。
人によっては、物語上でしか存在し得ない言葉だと思うだろう。
昔の俺もそう思い、今の関係を壊したくないと考える奴等を、馬鹿にし、卑下していた。
それが今では、昔の自分にそうされる側へと変わっている。情けないことこの上ない。
情けないといえば先程、八代という奴に見せた、あの自分だ。
相手に追い詰められているのにも関わらず、強がって、あまり言いたくない事実までぶちまけてしまった。まあ、あれだと少し言葉が足りないけども。
あれで引き下がってくれたらな……。さすがに、そこまで上手くいかないか。
「とにかく……」
手に持っているブラックコーヒーへと目をやり、思わず頬の筋肉が引きつってしまう。
「ついつい、いつもこれ買ってるんだよなー。そういえば、いつから飲み始めたっけな」
理由はあれなのだが、きっかけが思い出せない。
「考えるのは後だ。これを飲んでしまおう」
目を瞑り、再びくいっと傾ける。
喉を鳴らしながら、俺はなんとかそれを一気に飲み干した。
だが当然──
「……ニガイ」
空になった缶をゴミ箱へと投げ捨て、手の甲で口を拭う。
飲まなければ、いいものを。
内心呆れを感じつつ、俺は今の時刻を確認しようとポケットから携帯を取りだそうとする。すると、携帯の他に違うものも入っているようだ。
「何が入ってんだ……」
ポケットの中で携帯と何かを掴み、引き出すと俺は目を見張った。
そう、チョコレートが入っていたのだ。
天にも昇りそうな気持ちで思わず叫びたくなるが、人がいなく、しかも一人であるこの状況に置いて、その行為に移るのはマズいだろう。
だから、心の中で喉をからしてしまうほどこう叫びたい。
キタァァァァァアアアアア! と。
即座に俺は包装を外し、目を据えた。今、俺の目は砂漠を歩く旅人がオアシスを見つけた時の、爛々とした目になっているだろう。
荒ぶる息を漏らしながら、まだ苦さの残る舌へと、そっとチョコレートを置いた。
すると、苦いという味覚が甘いものへと変わっていく。
口元から漂ってくる甘く、本能を擽る匂いが俺をうっとりとさせる。
コーヒーの苦さとチョコレートの甘さが織り成す、プロのオーケストラの演奏のような味のハーモニー。
それにこれだけではないような気がする。
いや……気がするではなく、事実だ。 これはまるで、俺の心がそのまま、味へと移り変わったのではないだろうか。
それが元ある甘さを際立たせている。
そんな錯覚さえも抱かせた。
あぁ、いつか……俺の恋も苦いから甘いへと変わるといいな……。
願望が願望で終わることなく……現実で叶うように……。
俺はポケットに手を突っ込み、唯のいる教室へと向かった。
◇◇◇
「…………」
教室に着き、唯の姿が目に入った途端、俺は息が詰まりそうになった。
──いつもの明るい彼女の姿など、最早、どこにもなかったからだ。
壊れた人形のように、へたり込んでいる。
目からは鮮やかな色が失われ、光も通さない深い闇で覆われている。
声をかけることなんて、出来るはずもなかった。
こんな彼女の姿はあの時以来見たことがない、見たくなかった。
後頭部を鈍器で殴られたような衝撃が襲いかかり、俺の視界がぐにゃりと歪み、平行感覚を奪い去っていく。
急激によろめき、気が付くと俺は引き戸に身体を打ち付けていた。
進藤視点いかがでしたでしょうか?
よろしければ、感想を書いていただけると嬉しいです。