11話:謎の男(イケメン)あらわる!6
謎の男編はこれで終わりです。
朝投稿しましたが、若干描写を追加致しました。
また感想いただけると嬉しいです。
たった今教室を出て、学校を出て、家へと帰る途中なのだが……気まずい……本当に気まずい!
原因は俺の隣を歩く茶髪の男──桐谷和也だ。
俺は先ほど、こいつを本気で殴ろうかと思った。
もっと誇張して言えば、殺そうかと思った。
そして、そんなことがあった後でそいつと帰路を共にしてるわけだ。
俺が『帰るぞ』とか言ったのが悪いんだけどさ。
もしこの状況で平静でいられるやつがおったらぜひ見てみたい。
でもなーあれだな。あのまま殴ってたら……あー真星さんにぃいいいいい!!
彼女がいたからこそ理性を取り戻せたものの、彼女がいなければ、俺はどうなっていたのだろうか。
いや、いなければ俺は何もなっていなかったはずだ。
彼女があの場にいたからこそ、俺はあんな風になってしまったのだろう。
──自分でも知らなかった自分。
言葉として置きかえてみると意外にもしっくりくる。
さて、現実に目を向けよう。
どう打開しようか……。
てか、和也はあまりしゃべらないからなー。無愛想だし。
もっとこう、表情が豊かなやつだったら良かったのにな。
あ、それもそれで何かとめんどくさそうだな。
なにより彼の姿を見てしまえば、俺は腹を押さえて笑い転げる。
……って話がそれてんじゃねえかあああああ!
軽くフラッとよろめきながらも運良く電柱に手をつき、そのまま倒れることはなかった。
俺はしばし電柱を見つめる。
すぐ目の前には交通量の多い道路。
絶え間なく行き交う車の音が俺の耳に入ってくる。
が、気にしない。
電柱に一度頭をつけてコツン。わずかに離し再びコツン。
離してはコツン、離してはコツンを繰り返す。
俺の……俺の………馬鹿野郎うううううううううう!
すると、肩にポンと手が置かれた。
俺の動きもそこで止まった。
頭がものすごく痛い……。どうやら軽くのつもりがいつの間にか強くなってたらしい。
それに、頭が痛いと同時に、周りの視線が痛い気がする。
ブスブスと無数の視線の矢が背中に刺さっているような感じだ。
周囲の雑音に紛れて聞き取りにくいが、俺を哀れむ声も聞こえてくる。
『ちょっとあの子頭おかしいんじゃないかしら』
『あら、奥様もそう思いました〜? オホホ私もですわよ〜。全く親はどういう育て方をしてるのかしらね〜』
両親に、妹が一人いるごく普通の家庭ですけど。
育て方? 普通じゃないんですかね。
頭おかしいはないだろ……。百歩譲っておかしいかもしれんが。自分がやったことに後悔ぐらいしてるよ……。
『ちょっとあそこの子カッコよくなーい?』
『言われてみれば、でもあそこで何やってたんだろう』
『んー私が思うにねーこうだと思うな』
『教えてよー』
『なら、ちょっと耳貸して』
意外にも黄色い声援っぽいのが。
あ、これは俺に向けられたものじゃないですね。えぇ絶対。
ここで勘違いする奴は自意識過剰かナルシスト、いずれのレッテルが貼られそうである。
「……なあ八代。お前大丈夫か?」
はっきりと耳から脳に浸透していく少し低めの声。
俺は胸をそっとなで下ろしていた。
言われたのが和也で良かった、と。
「大丈夫じゃないよ。自分でもどうにかしてるって思うくらいだ。後、悪かったなさっきは」
まくし立てるように言ったが、謝れた。脳内ではファンフレーが高らかに鳴り響く。
「別に。俺はあんま気にしてない」
俺がどんだけ悩んでたのか分かってんのかよ……。まあ、いいや気にしてないなら。
でもなーどうにも罪悪感が拭いきれん。
「和也だったらそう言うかもしれない、と薄々思ってたんだけど、頼む! 何か奢らせてくれ! この通りだ!」
両手を合わせ、必至に彼に向かって懇願する。
「変なところで律儀だな。じゃあ秋葉、あそこの店でいいや」
相変わらず表情を変えずに、彼は道路をまたいだところにある喫茶店を選んだ。
◇◇◇
チリンチリンと扉が音を鳴らし、俺は店内へと入る。
「いらっしゃいませ。お二人様でしょうか?」
ウェイターがすたすたと俺達の前まで来て、丁寧に頭を下げる。
「かしこまりました。では、ごゆっくり」
そう言うと、ウェイターは別の仕事があるのかカウンターへと戻っていった。
「どこに座る?」
俺は軽く上を見上げて、横にいる和也に訊ねることにする。
俺の問いかけに返事もすることなく、彼は一人窓際の席の方へと歩いていった。
好きなんだな、こういうとこ。
言葉には出さないものの、彼の足取りがいつにも増して穏やかである。
テンションが上がっているんだなぁ、ということを思いながら俺は彼の後を追いかけた。
お互い椅子に腰を落とし、カバンを足元に置く。
即座に横合いからお冷やとお絞り、メニューをウェイターが差し出す。
和也がメニューを手に取ったので、俺はお絞りで手を拭くことにする。
ジンワリ温かい温度が、手に触れると俺は、心が癒される感じがした。
まるで森林浴をしているみたいだ。
「俺は決まった」
彼の声が飛び、差し出されたメニューを俺は受け取る。
メニューに目を走らせると、高校生にはお財布的な負担が少ない、良心的な価格で安心した。
「えっと……シュークリームとミルクココアで。和也はどうする?」
彼の方に目をやると、彼はスラスラと呪文のような品名を言い始めた。
「キャラメルマックフラッペチーノ」
「以上でよろしいでしょうか?」
「はい」
和也が返事をすると、ウェイターは笑顔で滑らかに退場した。
それよりもあの品名は何だろうか。キャラメル……何だっけ? あー分からん! 明らかに通い慣れてる感出しやがってよー。
「ん? どうした八代?」
「何も」
続けて思っていることを言おうとしたが、ただ僻んでいるようにしか聞こえないで止めておく。
「…………和也」
俺は重々しく彼の名前を呼んだ。
彼は外に向けていた視線を戻し、俺を見据えた。
「やっぱり言うことでもあったのか?」
「本当に気にしてないのか?」
「ああ。──あんなお前初めて見たしな。だからそれだけ本気だったんだなと思えた瞬間でもあったよ」
「…………当たり前だろ」
普段から好きだ、と言ったり思ったりするけれど、こう面と向かって人から言われると、なんともこそばゆい。
その気持ちのあまり彼を蹴ってしまいそうになるが、堪える。
かわりに床をキュッと足で鳴らした。
「……それより和也……。真星さんに何して泣かしただよ」
彼は一瞬ピタッと固まった後に、戸惑いの色を見せる。
気を紛らわそうとするためか、お冷やを口につけた。
「…………俺は何もしてない」
「冗談言うなよ。何もしてないんだったらどうして真星さんが泣くんだよ」
「俺が訊きたいわ。俺を見た途端怯えられたんだ」
「もしかしてお前の顔が怖かったとか」
若干笑いを浮かべて、和也をからかってやる。
だが彼は、俺に怒ることもなく、むしろ納得の意を見せた。
「それはあるかもな。とりあえず俺達がどうこう言ったって無駄だろ」
「……真星さんには謝らないのか?」
「謝らない。俺は何もしてないからな。謝ったら謝ったでまた今日みたいになったらそれこそ真星に申し訳ないだろ」
「あーなんだかよくわかんねー!」
「だな。八代──他にそれ以外訊きたいことはあるか?」
「え……ないけど」
話は終わったという感じで、彼は大きく背伸びした。
しかし、大事なことを言い忘れていたのか、その状態で俺に視線を向ける。
「八代」
「今度はお前が俺に言うことでも?」
「ああ。今日、早見がさ『八代くんをたっぷりこらしめておいてね』と笑顔で言ったもんだから。まあ部活に顔出せよという忠告」
「うわぁ……それは怖いなぁ」
◇◇◇
あれからすぐにウェイターが注文した品を持ってきて、俺達は食事に集中する。
ならば食べ終わった後に話をするかと思いきや、特にこれといって話す事はなく、そのまますぐ別れた。
俺が家に着く頃には、西側の地表に沈みかけている太陽が、薄い黄色に染めている。
同時に深い藍色の空が押し寄せてきて、混じり合い、幻想的だなーと声を漏らした。
「ただいま」
「あっ、お兄ちゃんおかえりー」
応接間へと繋がるドアからひょいと顔を出したのは、俺の妹の八代華である。
「華ただいま」
妹の出迎えに軽く返し、俺は自分の部屋へと向かう。
「ふぅ……。では、始めるか」
机の電気をパチリと付け、制服を脱がずに俺は、イスに座った。
カバンから取り出したのは勿論『Mの日常』、もとい『真星唯観察日記』。
──……真星さん、ごめんなさい。ごめんなさい……。
自然とそれを持つ両手に力が込められる。
俺は声に出していえない蟠りを抱えながら、ゆっくりとページを開く。
こんな感じにちゃんと謝ろう……。
ここは普段使われていない多目的教室。夕日に俺と真星さんが照らされて、二人の影を生み出している。
彼女はやや下を視線を落とし、身体の前に両手を合わせて、もじもじしていた。
恥じらい方が可愛いすぎる!
このままだとマズいから! お願いだから、その状態のまま無言で居続けるのだけは止めて!
俺の思いが通じた、というより彼女もこの状況がマズいと思ったのだろう、ようやく口を開いた。
「……八代くん……。突然呼び出したりしてごめんね」
「い、いや! 全然大丈夫だよ!」
「それでね。今日は八代くんにききたいことがあったの」
「え?」
訊きたいこと? それだけのために? もしかしてアレのことではないだろうか。
となると、先手必勝……!
「真星さんごめんなさい!!」
彼女の目掛けて近付き、まずは膝頭を床に付ける。次に両手を床に付ける。最後におでこを床に付ける。これで完璧だ。
罪の反省をありありと目の前の相手へと表明する──
土下座だ。
無論、ただそれをしただけでは相手は分からないだろう。
なので俺は、自分がどんな罪を犯してしまったのか、その状態のまま述べる。
「真星さんの机にのど飴を入れたのは俺です! 本当にごめんなさい!」
思い切りおでこを床へとなすりつける。
あぁ馬鹿だ、俺は。
勢いとはいえ、取り返しのつかないことをしてしまった。
言わなければ、ばれなかったのかもしれないのに。
でもミント味ののど飴を食べた時に生じるのどに広がる爽快感とどこか似ている。
謝って良かったのかな……。
「…………えっ!? あれって八代くんがやってたの!?」
ほらきた。どうせこの後は罵倒のオンパレードなんだろ! もう準備は出来てる……さあ! 思う存分、俺に浴びせてくれよ!
「……八代くん、顔を上げてもらえるかな?」
ビンタされるんだろうな、俺。
恐る恐る顔を上げると、膝を抱えるようにして座る彼女がいた。
うわぁ……すごい笑顔だ……。幸せだけど、怖い。
彼女はポケットをまさぐり、ゴソゴソと何かを探しているようだ。
「ひゃっ!」
バランスを崩し、彼女は尻餅をつく。その拍子に軽くスカートが翻り、隠されているものが見えてしまう。
彼女の足根から覗く白黒の水玉模様が……。
何見ちゃってんだよ俺はああああああああああ!!
取り憑かれてんだ、俺は。
あんなものを想像で見てしまうなんて、妄想と変わらないじゃないか!
「もう自分が嫌だ……」
ヨロヨロと立ち上がり、俺はベッドへとダイブした。