10話:謎の男(イケメン)あらわる!5
更新が遅くなって申し訳ありません!
描写が甘い部分とかがあるかと思いますので感想などで言っていただけると助かります!
カッ、カッ、カッ、カッ………………。
ようやく気持ちが落ち着いた頃、廊下側から乾いた足音が耳に入ってくる。
誰か来た……!
慌てて、まだ目に浮かんでいる雫を私は裾で軽く拭った。
跡は残っていないだろうか。 鏡がなくてどうなっているのか確認も出来ないのに、自分の顔を執拗に触る。
「大丈夫かなぁ」
ひょっとしたらこの足音は『彼』かもしれない。
変な心配を『彼』にかけさせるのだけは止めよう。
まだ『彼』が現れないのに私は無理矢理表情を作っていた。
せめて笑顔でいたい。八代くんの前では……。
明るい子でいたいんだ。
大丈夫。
普段通りの私でいけば、大丈夫。
足音が止まった。
姿が見えないことから違うクラスの人なのだろうか。
ふと、教室の壁にかかっている時計を見やる。
時刻は四時四十五分。八代くんがここを出て十五分しか経っていない。
本当は十五分も経っていると思いたいところだが、彼を待つ時間が何倍も増幅しているように感じられて、とてもそうは思えない。
そのまま視線を廊下側と反対の窓側に移す。
映るのはこの街の風景。
二棟は一棟に比べて一階分高いので三階からだと一棟に邪魔されず、風景を見ることができる。
グラウンド。桜並木。住宅。少し遠くに見える高層ビル群……いつも鮮明に見えているはずなのに全くといっていいほど色味を失っていた。
きっと私の心の表面にかかっている一抹の雲のせいだ。
取り除こうとしても、白色の絵の具を水色のキャンバスに垂らして筆で引き伸ばしているようなもの。
しかも空までも雲が出てきて私の雲はより厚みを増してくる。
「……まるで私みたいね」
堪えきれなくなった私は窓から視線を逸らし、自嘲気味にそう吐き捨てた。
でも、本当に馬鹿だよなー……私って。
明るい子でいたいと思った矢先から暗くなっている。
こんなんじゃ、八代くんに嫌われるのも当然だよね。
私が暗い子だから八代くんは戻ってこないんだよね。
迷惑だったんだろうな、勉強を教えてほしいって。
「止めようかな〜」
机の上を指でぐるぐると円を描くようになぞる。
あくまでも勉強を教えてほしいっていうのは彼に近付くための口実で、別になんでも良かった。
今日にしてもそうだ。
勉強を教えてもらうのにいちいち二人きりになるまで、彼に待ってもらった。
恥ずかしいとかは確かにある。
しかし、人に見られるのが恥ずかしい、というのが嫌なわけじゃない。
私は……他の女の子を八代くんが見ているのを、自分が見たくなかっただけ。
自分だけを見てほしい。
そのどうしようもない欲求が私を狂わせる。
「おーい八代いるかー……って、真星だけ? 八代は?」
いきなり低い声で私の名前を言われ、身体を一瞬ビクつかせるが、私はその方へと振り向く。
当然、『彼』……八代くんであるはずがなく──
声がした時に分かってた。
八代くんの声はこれよりもう少し高い、だからこの人は違う、ということに。
教室に入ってきたのは桐谷和也くんだった。多分八代くんと友達だったと思う。
彼と桐谷くんが話しているのを何度か見たことがある。
何を話しているのか訊きたかったけども人の話にいちいち突っかかるのは迷惑極まりないだろう。
もし桐谷くんと仲良くなれば、八代くんとももっと仲良くなれるのかなぁ……。
そんな思考を思いついた私はあざといかもしれない。
でも、身体全体が桐谷くんを拒絶しているのはどうして?
異常なほど肩が小刻みに震える。
視界が安定しない。
吐き気がする。
そして私の口から発せられた言葉。
「……桐谷くん?」
それはもう、とても私の口から発せられたものだと思えなかった。
明らかに敵意を向けているような口調。
何で……。
私は普通に桐谷くん? と訊ねたかっただけなのに。
頭がガンガンする。
何かで叩きつけられるように痛い。
…………。
…………思い出される。
……………………私が蓋をして無きものにしていた記憶が。
◇◇◇
清潔感のある部屋。
本は全て大きめの本棚にしまい込まれている。
漫画が多く、教科書などは下の方でひっそりと陳列していた。
また、テレビがローテーブルの上に鎮座していて、ローテーブルの中にはゲーム機や沢山のゲーム作品が綺麗に入れられている。
全体を見回すと、青色のものが多く、赤やピンクの色を基調とした自分自身の部屋と比べて、やはり男の子らしい部屋だという印象を受けた。
寒い。
暖房が効いているはずなのに、なんだか寒い。
おそらくこうして男の子の部屋に入るのは久しぶりなので、緊張しているからかもしれない。
その男の子が私の右隣にいる。
お互いの手は触れそうで触れていなく、私はいたずらにベッドが軋む感触を味わっていた。
すると、彼は私に身を寄せてきて手を触れる。
自分と違う体温を感じドキリとするが、意外と手が触れ合うって温かいものじゃなくて冷たいものなんだと思った。
「唯……こっち向いて」
その声に全身が痩せ枯れるような気がした。
……あらがえない。
完全に彼の声に支配されて、自分の意ではなく、そちらを向いてしまいそうになる。
けど、向きたくはなかった。
向いてしまったら何かが変わってしまうようで。
彼の手が伸び、私の肩におかれる。そこから下へ下へとなぞっていき、私の背中を撫でる。
普段だったらこれをされると落ち着くはずなのに、今の私には不気味に感じられて何ともいえない心境に置かれた。
「こっちを向いて」
再びそう言われると、私はその言葉に負けてしまう。
朗らかな優しい表情は彼から消え去り、真剣な表情がそこにはあった。
しかし、その表情すらも偽りも感じられて、向いてしまったことを後悔する。
「いいよね?」
彼はそれだけを言った。
私には拒否権なんてものはなく、私は彼にベッドへと押し倒された。
押し倒された反動でベッドが激しく軋み、音を立てる。
頭上には仄かに微笑を浮かべる彼がいた。
これが彼の隠していた表情なんだなと心の中で呟く。
泣いていたかもしれない。顔には出さず。
彼にはたぶん伝わらない。
彼の手が私の服に触れようとした時──
「いやッ!!」
私は力いっぱいに彼を突き飛ばした。
なぜ突き飛ばされたんだ、と虚を衝かれたような顔をしているが、気にも留めず彼の部屋から出る。
急いで階段を二階から一階へと駆け降り、「お邪魔しました」と言うのも忘れて家を飛び出した。
すぐさま彼も家から出てきて私を追いかけてくる。
やだ! こないで! ついてこないでよ!!
◇◇◇
「ほし……まほし。おい真星」
私の肩を揺すり、私の名前を呼ぶのは誰なんだろう。
徐々に霞んで不明瞭だった視界が鮮明になっていく。
白色の布地が目の前に見える。ということは男の子?
「真星」
声に反応して恐る恐る顔を上げると、やはり男の子で、桐谷くんだった。
動悸が激しくなる。
温かな感情が原因でなく、冷ややかな感情が原因で。
八代くんと一緒にいた時は抑えられていたのに。
桐谷くんだとどうしてこんなにも怖いと思ってしまうの?
あの人と桐谷くんは違う人なのにどうして同じ人物かのように重ねてしまうの?
顔も違う。髪型も違う。全てが違うはずなのに……。
桐谷くんもきっと困ってる。私がおかしいから。いつもの真星唯じゃないから。
何を、どう言葉にしたらいいのか私の頭の中はかき混ぜられていて整理がつかない。
誰か──こんな私を助けて。
◇◇◇
気付いたら【2―7】のクラスプレートがちょうど頭上にあるところに俺は立っていた。
どういうルートをたどってここまで来たのか分からない。
脳裏にずっとあったのは『真星さんがアイツの許嫁』、それだけだ。
信じ難いことではあるが、真星さんの口から出る言葉を知るまではどちらの可能性も捨てきれない。
なのに俺は『そうでない』という場合の考えを想像することが出来なかった。
今もそうだ。
じゃあ、彼女に訊くのを止めるのか? と言われればそうではない。
逃げたくはない。
逃げたら逃げたで、重くのしかかった後悔という十字架が俺を蝕むであろう。
俺は歩を進めた。
硬い廊下の床が柔らかい粘土の如く変化して俺の歩を妨げようとも俺は一歩……また一歩と足を前へと踏み出す。
やっとのことで自分の教室のクラスプレートが目前に迫ってくる頃には俺は汗でシャツが張り付いていた。
勝負の時だ。
自分の真星さんに対する想いにけじめをつけるつもりで俺は頷くと、歩を進めついに教室へと乗り込む。
「…………」
尋常じゃないくらい震え、化け物を見るかのように俺の友達を見つめる彼女の姿がそこにはあった。
──次の瞬間。
俺は両手で桐谷の胸ぐらを思いっきり掴んでいた。
そこに友達だからという感情は一切ない。
純粋に青味を帯びた一種殺気立った感情しかなかった。
歯を噛み締めると、歯と歯同士が擦れ合いギリギリと音を立てている。
俺の右拳に力が込められた時、ここには彼女がいたことを思い出した。
急に力が抜け、力の無い拳を桐谷の胸に当ててやる。
「帰るぞ」
自責の念に苛まれ彼の顔を見ることが出来ず、小さく言った。
ひったくるようにして自分のカバンを取り、教室から去ろうとする。
「見苦しいところを見せてごめん」
理性が吹き飛んでしまったこと以外にも謝りたいことはたくさんあったが、目先のことを謝るしか今の俺には出来なかった。
だからその分あのノートに綴って謝っておこう。
話す言葉によって上手く表現出来ないなら、書く言葉によって。
…………それが今の俺にとって最良の選択だと思う。