1話:プロローグ
ついに連載版を投稿しました!
大筋は短編と同じですが細かいところで違います。
気づいていただけると幸いです。
ブックマーク、評価をしていただけると嬉しいです!
また、読みにくいところや誤字脱字等があるかと思われますので【感想】に書いていただけるとありがたいです
俺の左斜め前方の席に彼女は座っていた。
深い藍色を混ぜた肩より少しある黒髪。
窓から差し込む太陽の光を綺麗に反射して、その髪は一層美しさを増す。
あぁ……今日も最高だ……。
左手を口元に置き、頬杖をついてノートへと視線を落とす彼女。
また、たまにするあくびがまた子猫のようで……。
可愛い! 可愛いすぎる! まさに天使とでも言えるべき存在!!
高校二年のクラス替えの四月、俺──八代秋葉は彼女に一目惚れした。
◇◇◇
桜が満開になるこの季節。
連日ニュースでは花見の特集がされている。
生暖かい風が桜の花びらを舞い散らせて、とても印象的であったが、今の俺はその光景に見とれる余裕はなかった。
そう遅刻しそうなのである。
「あー今日始業式なのに寝坊したー。ったく、何で目覚まし止めたんだよ。それに挙げ句の果てには、『ご飯自分で作ってね、めんどくさいから』とか言うのかなー、うちの親は。というか早く信号変わんねぇかな」
あー早く変わってくれー。
こういう時に限って待つ時間は長いものである。
ようやく信号が変わって、俺はアクセル全開で目的地の学校へと向かった。
走りながら左手に付いている腕時計で現時刻を確認する。
時計の針は八時半を指していた。残り五分。
学校の正門がようやく姿を現す。
ま、間に合った。
そう安堵すると、途端に疲れがどっと押し寄せてきて俺は立ち止まる。
肩で息をし、ゆっくりと呼吸を整えて再び動き出そうとした時だった──。
俺と彼女との出会いは!
俺の視界に、制服姿の一人の女の子が飛び込んでくる。
制服からしてうちの学校のようだ。
どういうわけか彼女は正門前でうずくまっていた。
足を痛めているのか……?
「あのーすみません。足どうかしたんですか?」
「……はい……足を捻っちゃったみたいで……。あ、私のことはいいから! 気にしないで!」
おい! 何、声かけてんだよ! 俺。
しかもこの子、気を利かせてくれてるのか『あ、私のことはいいから! 気にしないで!』って言ってる。
自分のことよりも他人を優先する優しい子なんだなー。
ていうか、この子可愛くね?
整った顔立ちに、くるりとした黒真珠のような眼。
──ドキューン。
あれ? 今明らかに何か刺さらなかったか?
俺には今、二つの選択がある。
一つ、立ち去る。
一つ、助ける。
どっちもどっちで嫌だあああああ!!
だってあれだろ、立ち去った場合──。
『あの、八代って人、ケガしてる女の子見捨てたんだって』
『うわーサイテー』
周りからこんな感じの棘のある言葉と軽蔑を込めた冷たい視線が待ってんだろ! 言われなくても分かってるよ!
なら残る選択肢はこれしかない。
助ける。
でも、これに至っては衆人環視にさらされるという危険性が含まれすぎだろ……。
こっちはこっちで、うん、説明するまでもないだろう。想像に任せる。
とにかくどっちもやだなー。
ふと腕時計に目をやると、針はチャイムをなる時間を指そうとしてた。
嘘!? ま、まじかよ……。まだ一分ぐらいしか経ってないだろ?
まさか、彼女に見とれすぎていたのか。
あぁもう無理だ。間に合わない。
ああああああああああ!! ヤバいよヤバい!
二年になって初めての登校なのに遅刻扱いになってしまう!
なのに俺がとった行動は──。
「…………ケガしてる女の子見て、見捨てる男なんかどこにいるんだよ。ほら、乗りなよ」
身を屈めて、彼女の方に背中を向けてやる。
「……う、うん……」
若干の躊躇いはあったものの、彼女は俺の首に腕を回した。
──って、何やってんだ俺はああああああああああ!!
しかも、何が「…………ケガしてる女の子見て、見捨てる男なんかどこにいるんだよ。ほら、乗りなよ」、なんだよおおおおお!
あまりにくさいセリフ過ぎて顔が熱い。
それに──柔らかい何かが背中に当たっているんですけど。
まあ、当たっているものについては考えないようにしよう。
考えないように、考えないように……そう念仏の如く自分に言い聞かせ、俺は歩を進めた。
背負っている最中、彼女から漂ってくる心地いいシャンプーの香りに思わずうっとりしてしまう。
そういえば、俺の方は臭ってないだろうか。
走ってきたし、汗臭いよな、きっと。
後ろを振り向いて彼女の表情を確認したいが、振り向いてもいいのだろうか。
──止めておこう。不快な顔をしてたら、絶対に立ち直れなくなる。
けど、見たいなー。
心の中でそう呟き、彼女を保健室まで送り届けた。
◇◇◇
後々分かったことだが、彼女の名前は真星唯。
しかも同じクラス!
誰にでも分け隔てなく、オレンジ色の優しさを振りまく彼女は男子の中でも密かに人気を博している。
無論その内の一人が俺というわけだが。
この五ヶ月の間ずっと「もし付き合えたらなぁ」という感情を抱き続けている。
それはあくまで空虚な妄想にすぎず、俺はそんな彼女を見つめることしか出来ない。
これといって特徴のない俺はそんなことしか出来ないのだ。
だってこんな俺が告白なんかしてみろ。
『ごめんなさい』ってなるフラグしか見えない。
見事に振られた俺は家へと直帰する。
そしてベッドのマクラを濡らすことになるんだああああああ!!
で、翌日。
どんよりとした気持ちのまま学校に行くと、偶然にも彼女に出会ってしまう。
気まずい雰囲気。声をかけたくてもかけられない。嫌な汗で手がべっとりと滲む。
しばらくして彼女が動く。告白する前にあった挨拶があるはずもなく──。
もう駄目だ。残酷すぎてこれ以上考えてられない……。
つまりこのような行動を起こしさえしなければ傷つかないで済むということだ。 僅かながらの希望を持ったままでいられる。
だからいいじゃないか。そういう感情を抱くぐらい。
神様だってきっと咎めないはずだよな!
もし咎めでもしたら脇腹にボディーブローの何発かいれてやりたい。
別に襲いたいとか考えているわけじゃない。
というか襲いたいなんて考えは俺からしたら言語道断。
あの神秘な魅力に満ちた身体をこの手で無理矢理に汚そうという貞操概念がどうかしてる。
愚の骨頂としか言えない。
そりゃー真星さんと、キ……キ、キスとかしてみたいけどさ!
まあそれは置いといて、つまり俺は、ただ──。
この先の言葉は押し込むことにし、左斜め前方の席に座っている彼女を見ることに重きを置いた。
──しかし、抱いていた希望はひょんなことで終わりを迎えることとなる。
◇◇◇
その日の放課後。
持ってきたお茶が切れたので、俺は自動販売機で何を買おうか腕を組み悩んでいた。
すると右側の廊下から彼女が登場!
俺の見える世界が一瞬にしてお花畑へと変化する。
今日も……今日も真星さんは可愛い!!
ささやかな至福の時が俺の胸を打つ。
ん……?
俺は思わず眉をひそめた。
真星さんの隣に誰かいる……。し、しかも男ぉぉぉおおお!? それにイケメンという余分なものまで兼ね備えている。
楽しそうに話している真星さんとどこの馬の骨とも知れぬ男。
あぁ、もうこれはあれしかないよ。あれ。
二人は付き合……ッ……嫌だ!! そんなの嫌だあああああ!!
◇◇◇
気づいたら俺は河川敷にいた。
ここに来て、かれこれもう三十分ぐらいは経つか。
空に浮かんでいる真っ赤な夕日。それがやけに寂しく感じられた。
「く、くそぉ。まさか……まさかの男登場だ。希望が……希望がついえた。だってどう考えてもあの二人は、二人は……」
拳を強く握りしめ、己の敗北を実感する。
『敗北』の二文字が俺の頭の中で何度も反芻され、それに堪えきれなくなった俺を叫ばせた。
「イケメンなんてクソくらぇえええええ!!」
「青春だねぇ……」
甘く透き通った声。
咄嗟に声がした方へ振り向く。
電車が通り過ぎる音。鳥が鳴く声。河原で遊んでいる子供たちの喧騒。
その時、周りの音が全てかき消されるかのような感覚に、俺は包まれた。
真星……唯さん……?
あまりに彼女のこと考えすぎて、ついに幻覚まで見えるようになっちまったか、俺。
ハハハ。これはもう末期だ。 笑いごとじゃねーよ、と一人でツッコミをいれ、目の前にいる人物を目を凝らして見る。
間違いない……。
そこに立っていたのは紛れもない、真星唯その人。
こ、これは夢ですか? ドッキリとかじゃないですよね?
突然彼女が登場した驚きと、叫んでいたのを彼女に聞かれてしまったことからくる気恥ずかしさが、俺の口を金魚のようにパクパクさせていた。
そんな俺の様子を見てか、彼女はクスリと笑う。
笑うという行為によって上がる口角がまた適度な上がり具合で、彼女によく似合う。
「ど、どうしてここに真星さんが!?」
慌てふためいている俺に彼女は、またクスリと笑い、答える。
「この場所に私、よく来るんだよねぇ。不安なときとか、悲しい時とか……。たまに私も八代くんみたいに叫んだりするよ。『上手くいかないよぉ〜〜!!』ってね」
「え、俺の名前知ってるの?」
俺がそう訊くと、彼女は少し口を膨らませた。
「知ってるに決まってるよー。だって私達おんなじクラスでしょ。まるで自分の存在が空気みたいなこと言わないの」
「だって、これといった特徴ないし……」
「特徴がないなんて八代くんネガティブだねぇ。八代くんにだって特徴あるよ。ほら、八代くんってさ国語! 国語得意でしょ」
「ま、まぁ」
確かに俺は全教科の中で国語が一番得意だ。この前の模試では全国で千位以内だった。
しかし、何でそんなことを彼女は知っているのだろうか。
「私国語ニガテなんだよねぇ〜。よかったらさ、今度教えてよ!」
「え?」
彼女は今何て言ったんだ? 今度教えて、聞き間違いじゃなければそう聞こえた気がしたんだが。
何で俺に。
……彼氏がいるんだろ、彼氏に訊けばいいじゃないか。
俺の不満な感情が彼女に伝わったのか彼女は顔を曇らせた。
しかし、まぁ曇らせた表情も可愛いもんだなぁ。
それに変に色気があって……ハッ……俺はなんてはしたないことを考えていたんだ。
これでは襲いたいと考えてる奴と同レベルじゃないか。
お願いだから! 警察にだけは! 警察にだけは通報しないで!
あぁ、もう本当にある意味、罪な人だ!
「……ごめん。急にそんなお願いしちゃって。困るよね」
どうやら彼女は俺が困っていると勘違いしているらしい。
すると彼女は、ぷるんとした桜色の唇に人差し指をあてて考えだす。
しばらくして何か思いついたのか、彼女の表情がパァと明るくなり、ポンと手を叩いた。
「ならこうしましょ。八代くんが私に国語を教えてくれる代わりに、私は八代くんがさっきぶちまけた想いを叶える手伝い! どう?」
な、なに言ってるんだ……? 彼女は。
咄嗟に聞き返す。
「想いって?」
「だって八代くん振られたんでしょ?」
何て直球な質問なんだ。答えにくい、非常に答えにくい。
「あ、あ、えーっと。そのー」
「あ、ごめんデリカシーのないこと訊いちゃって。私、そういうことうとくて……」
俺が答えようとする前にペコリと頭を下げて謝罪をした。
あれだな……こっちまで申し訳なくなってくる。
うん、あなたと「もし付き合えたらなぁ」と思ってることに対して。
「真星さん、とりあえず顔上げてもらえるかな。別に気になんかしてないから」
「……ほんと?」
顔をひょこと上げると彼女の頬には一筋の雫が垂れていた。
真星さんは、人一倍人のことを思う優しさまであるのか!
でも、まあ本当に申し訳ない。
彼女に涙をも流させてしまった。
一応ハンカチ二つ持ってて、未使用のハンカチが一つポケットにあるんだが渡してもいいのかなぁ。
迷ってる暇はない。彼女の泣いてる姿なんて見たくない。
「あの真星さん。これ良かったら使って。大丈夫だよ、使ってないから」
ポケットからハンカチを取り出し、『使ってない』を強調して彼女の前に差し出す。
「ありがと八代くん。八代くんって優しいね」
俺のハンカチで涙を拭いながら、彼女はそう言った。
や、やめてくれよ……。これ以上、俺に期待させないでくれよ。
「迷惑かもしれないけど、私、八代くんの想いを叶える手伝いしたい。八代くんの想いをここで終わらせたくない!」
ハンカチを俺に返し、彼女は自分の気持ちを語る。
叶うわけない。だって俺が好きなのは……君なんだから。
でも、もし──。
「うん、分かった」
天文学的な数字ではあろうが、希望を再び持てた俺は頷いてそう承諾した。
すると髪をふわりとたなびかせ、俺に向かって急接近してくる彼女。
俺の手をとり、自分の胸の前へと持ってきてこう言う。
「ほんとに!? ありがとね八代くん!」
どんな宝石の煌めきにも勝る彼女の飛びっきりの笑顔に俺は釘付けになった。
皆様の後押しで、この作品を連載化することが出来ました。
本当にありがとうございます。