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11時間差レター  作者: はいじ


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第3話:平凡と感謝

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第3話:平凡と感謝

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「今日も1日ご苦労様でした」



そう言って塾長が頭を下げるのを、俺はどこかハッキリとしない頭を抱えてぼんやりと見ていた。頭がフラフラする。目もシパシパだ。

俺は塾長に向かって頭を下げるバイト仲間達に遅れながらも、ふらつく頭を勢いよく下げた。


「お疲れ様でした」


はい、それはもう本当に、疲れ果てました。

俺は下げた頭の下で死んだような表情を浮かべながら必死に欠伸を噛み殺した。

今日は本当にヤバかった。

何がヤバかったかと言えば、一日中死ぬほど眠かった。

ただ、それだけだ。しかし眠気との戦い程勝機の見えない闘いはないのだと、俺は今日一日で嫌という程実感した。


昨日、バイトが終わり家に帰りついたのが夜の11時。

そこから夕食を作る。まぁ、作ると言っても袋ラーメンに申し訳程度にもやしを入れた貧乏丸出しな1品メニューなのだが。

その後風呂に入って、風呂を掃除し、軽く洗濯を済ませ12時過ぎ。

そこから明日の昼の弁当のおかずの下ごしらえをする。これもまた、大層な品物ではなく、軽く野菜炒めを作っておく程度だ。これを冷蔵庫に入れて明日の朝レンジで温め直し、それにおにぎりを加えて昼飯にするのだ。これをしておくだけで朝の時間に相当な余裕が生まれる。軽くコンビニや食堂で昼を済ませられる程、財布に余裕はないのだ。

そして、ここからが俺の真骨頂。

バイトの予習……約5時間ぶっ通し。



いや、普段はさすがにそこまで時間はかからない。

長くても1時間~2時間程度だ。しかし、昨日は意外と難しかった高校生の問題集に悪戦苦闘してしまい「あと少し、あと少し」と寝るのを先延ばしにした結果、俺がペンを置いたのは空が白み始めた午前5時頃だった。


一旦のめり込むと引き返せない自分の性格が、これほど悔やまれた事はない。

少し手を抜くなり、ある程度で諦めて次の日に先伸ばすなどすればいいものを、俺は全ての問題に全力投球してしまったのだ。

俺が躓く所はきっと生徒だって同じように躓く筈だ。そう思うと、引くに引けないのである。


もうここまで来ると下手に布団に入ってしまうと1限の講義から寝坊は必至なので、俺は床に就くことなく、家事をこなし俺は授業へと向かったのだ。

午前中はオールナイトテンションでなんとか保っていた俺の気力も、午後には全ての力を使い果たしてしまい、眠気との戦いには勝ったとは決して言い難い状況だった。

大学に行くためにバイトをしているのに、結果そのバイトのせいで授業がおろそかになっている典型パターンだ。


そして、塾での約3時間の授業を終え、今こうして俺はここに居る。


いや、今日の授業はヤバかった。

何度気を失いかけた事か。途中、説明しながら意識を飛ばした瞬間も多々あった。

俺はクラクラする頭を抱えながら、心底早く家に帰って布団に横になりたい衝動に駆られた。


明日もバイトだが、学校が昼からだ。

予習なら明日の午前中やればよい。


「(だから、今日は早く帰りたいんです、塾長。お願いだから……今日は掃除はナシにしましょう)」


そんな拝むような気持ちにさえ、今日は力が湧かない。

先輩に聞いた話によると、今まで何があっても掃除がなかった事などないそうだ。

まぁ、『教室はいつも綺麗に』がモットーの塾長だからそこは仕方がないのかもしれない。

教室の乱れは心の乱れ、とバイトの面接の時にやたらと熱弁されたのが記憶に新しい。


「(あぁ、でももう俺、今日は限界かも……)」


そう、グルグルと俺が一人血走る目で、朗らかな表情を浮かべる塾長を見ていた時だった。

塾長の口から、予想だにしない言葉が俺の耳に飛び込んできた。


「先生方、今まで授業後の掃除業務、本当にご苦労様でした。これから掃除はナシですので、ミーティングが終わったら先生方は自由な時間にお帰り下さい」

「……え」


思わぬ衝撃に、俺は思わず聞き間違いかと己の耳を疑った。

俺の疲れがもたらした、都合の良い願望が耳鳴りのように響いてきたのではないか、と。

しかし、周りの先生を見ると皆同様に「よっしゃー!」と言う喜びの声を上げている。


どうやら……聞き間違いでも、耳鳴りでもなく、俺の願いは通じたらしい。

しかも今日だけではなく「これからずっと」という素晴らしい言葉付きでの成就だ。

俺は疲労に傾いていた自分の心が少しだけ復活するのを感じると、喜ぶ俺達の姿を朗らかな表情で見つめる塾長へと目をやった。


「あ、あの……、どうして掃除をしなくてよくなったんですか?」


そう、いくら掃除が無くなったからと言っても、そこは気になるぞ、俺は。

この綺麗好きの塾長が、まさか掃除ナシで今後の塾運営を行っていくとはどうしても考えにくい。だとすると、どうしてだろう。

そんな風に、俺が心底不思議そうな表情をしていたせいだろうか。

塾長は少しだけおかしそうに俺の方を見て言った。


「募集してた、清掃スタッフの方が見つかったんですよ」

「……清掃スタッフ」


俺は塾長の言葉を反芻するように呟くと、一気に自分の中の疑問が解消されていくのがわかった。

そうか、掃除専門のスタッフを雇ったのか。

確かに、この塾内は意外に広く、仕切られている分掃除には手間も時間もかかる。

専門のスタッフが居た方が、塾を美しく保つ、という塾長の理念には最も基づいてはいるのかもしれない。

しかも、塾長の口ぶりによるとどうやら前から募集はかけていたようだ。

それがやっと見つかった、と。

あぁ、良かった。これで俺の負担が一つ減った。


「(マジでありがとう、掃除の人)」


そう、俺はまだ見ぬ“掃除の人”に想いを馳せながら心底ホッとしていた。

これからの30分早い帰宅が望めそうだ。

たかが30分、されど30分。時は、金成り。


本村 洋

大学入学後、この春一番の安眠を手にす。

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