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啼く鳥の謳う物語

“はんぶんこ”

作者: フタトキ

再び、あけおめです(^o^)/

「あけおめだー!」


 オープン・ザ・ドア。

 俺は部屋の主に了承を得ずに突入した。

 というより、部屋の主は“主”と言うほど偉くもない年下の坊やだ。俺の後輩にあたる。

「あけおめあけおめ!」

「あけおめおめ!」

 前者は真広(まひろ)

 俺の後輩の後輩。

 今朝は俺がそのショートヘアに牡丹柄の平打ちかんざしを挿してやった。

 さらさらの黒髪と大きな黒目のはっちゃけ着物ガールだ。

 後者は(いつき)

 俺の後輩の後輩。

 食べ盛りの少年で、今日は作り置きしておいたベーコンをつまみ食いしていたところを俺が現行犯逮捕した。

 お洒落に目覚めたのか切りたくないらしい黒髪をポニーテールにし、べっ甲張りの髪飾りを付けた俺の後輩の後輩は袴姿で、刀を腰に挿せば若武者に見えそうだ。

 そして、俺達のあけおめコールを食らった部屋の主は――

「……朝からご機嫌よう…………おやすみ……」

 髪の毛を縦横無尽に重力お構いなしに跳ね散らかした俺の後輩は、しょぼくれた目を開閉させながらしゃがれた声で発音を危うくして目覚めの挨拶をし、就寝の挨拶をした。

 “おやすみ”の“み”をミミズのようにくねらせてフェードアウトさせ、ビデオの巻き戻しを見ているみたいに後輩は再びベッドに体をすんなりと倒した。


「おいっ、寝んなよ!」






 発見!

 今日の姿は……黒の袴に灰色の長襦袢、青から紺の羽織だ。

 髪と目の色からしたら少し派手な色合いを選んでいるが、気分が晴れている証拠だ。

 背後には黒の羽織で色違いの袴を着る(あおい)君と千里(せんり)君。

 右隣には赤をベースとした梅柄の振り袖の琉雨(るう)ちゃん。

 左隣には緑をベースとした松柄の長着に羽織の(くれ)君。

 少女と少年の手には破魔矢が握られており、もう片手は真ん中に立つ俺の恋人と手を繋いでいる。その俺の恋人の洸祈(こうき)は首を伸ばしてキョロキョロと参道を行き来する他の参拝客達を見回していた。


 事前にこの神社に参拝することは伝えてあるから、俺を探しているに違いない!


 ということで、俺は用心屋一同の後ろ、竹林の間から登場しようとした。

 が、

「あ、いた。司野(しの)ぉー!こっちだ、こっち!!」

 え?“しの”?

 司野さん!?

 俺を探してたんじゃないの!?

 足袋に下駄の片足が出たまま俺は硬直した。

「あの人込みじゃあ……由宇麻(ゆうま)は俺達が見えないと思うけど」

 俺も一瞬だけ見えたが、人込みの平均身長に司野さんの身長は負けている。用心屋で一番背の高い洸祈がいくら手を振ろうとも、司野さんには見えなさそうだ。

「なら、ここで待ってて。俺が司野連れてくる」

「え?洸祈はあの人込みはやめた方がいいって。酔うよ」

 そうだ。

 洸祈が今日、いくら好調でもあの人口密度の中には行かない方がいい。

「じゃあ、僕に任せてよ。ね?」

 洸祈を葵君が止めた時、千里君が名乗りをあげてすたすたと人込みに向かっていった。

「あ……ちぃが行っちゃった」

「だね」

 そして、3分後。洸祈がソワソワし出した頃、やっと千里君が人込みから現れた。

「ちぃ、司野は?」

「ちゃんと連れてきたよ」

 左腕を人々の間から抜いた千里君。

 彼の左手に捕まれて釣れたのは髪をボサボサにし、眼鏡のずれた司野さんだ。

 ジーンズにジャンパー、パーカーのフードをジャンパーの襟から出した格好の司野さんは覚束ない足で洸祈の腕に勢い良く飛び込む。

「た、崇弥ぁー!さっき、崇弥の声が聞こえた気がしたんやけど、人込みに関しても泳ぐのは苦手でな、もう会えんかと思ってたで!」

 一生の別れかと言わんばかりに司野さんは捲し立てる。その目尻は涙を堪えて震えていた。

「それに、千里君はスッゴい目立ってて助かったで!」

「外人さんのフリして手を叩きながらロンドン橋歌ってたら、皆が道を開けてくれたんだ。あと、適当にフランス語っぽいの混ぜといた。ぼんじょわーる?」

 それは……道を開けたくなる。

「お手柄でしょ?あお」

「やり方は兎も角、お手柄だと思う。ありがとう」

 参拝客に背を向けた葵君は下駄で爪先立ちをしようとしてバランスを崩すが、千里君が受け止める。

 俺も一瞬、ひやっとして体が竹林から出たが、流石千里君だ。

「危ないよ、あお」

「うーん…………千里、少し屈んで」

「え、あ……うん?」

 爪先立ちできなかった葵君は代わりに千里君を屈ませたようで、僅かに腰を屈めた千里君に………………軽い口付けをした。


 あ…………見えちゃった。


 参道からは見えずとも、竹林の俺からは二人の隠れたキスが見えてしまった。

 さっきの、葵君からのキスだよね。葵君はかなりの奥手だと思っていたけど。

「――――――」

「――――――」

 二人は唇をゆっくりと離すと、何やら小さな声で囁き合う。

 って、俺はどうして知り合いのキスをガン見して脳内実況放送してるんだか。

「司野はもう参拝した?俺達は済ませたけど」

「したで。せやけど、お守り買いたい思てるんや。ここ、健康の神様やろ?」

 それは俺も調べた。

 司野さんの言うとおり、ここの神社は健康の神様を祀っているようだ。そして、その神様にはもう一つの顔がある。

 司野さんは知らないようだ。

「だったら、付き合う」

「え、崇弥達はもう買ったんやろ?破魔矢もあるし。2本なのは珍しいけど」

「1本は家用。1本は店用。それに、おみくじを引き忘れてたから。だから一緒に行こう」

「せやったなら……」

 司野さんは納得したようで、洸祈に右手を引かれた。

「ねーねー、洸。あおと一緒に先に露店回ってていい?12時半にあのお店でしょ?」

 千里君が葵君と肩をくっ付け、司野さんのお守りを買いに行こうとした洸祈に提案する。多分、二人きりのデートと言うところだろう。

 俺の場合は洸祈に会えもせず、この竹林から出る機会を失ってしまっているが。このままだと新年初日が竹林の中で終わってしまいそうだ。

「いいけど、朝から酒は飲むなよ。飯の分の胃も空けとけよ。あと、時間には遅れるなー」

「はいはい。じゃ、あけおめことよろ~」

「あけおめことよろな、千里君」

「あけましておめでとう、由宇麻。お昼にまた」

「せやな。千里君と楽しんでな、葵君。あけましておめでとう」

 羽織で隠しながら、千里君と葵君は手を繋いで露店の方へと人込みに紛れた。

 本当に二人は幸せそうだなぁ。


「呉、肩車するか?」

「僕、肩車は危険そうなので……琉雨姉ちゃんはいいのですか?」

「琉雨は肩車はダメだ。そこらの男に生足とかパンツとか見せてたまるか。琉雨は抱っこだよな?」

「え、ルーは歩きますよ。それに、下駄の音が可愛いんです。もっと歩きたいです」

 洸祈の不満そうな顔。

 しかし、新年早々に『下駄の音が可愛い』なんて可愛いセリフが聞けたんだから機嫌を直すべきだ。

「ほら、崇弥、二人が先に行てまうで?」

「……司野は肩車と抱っことおんぶ、どれにする?」

「選択肢足りないで。俺も歩くからな」

 司野さんにガチに質問し、司野さんにガチに返され、洸祈がしょげた。

 そして結局、洸祈は司野さんの手を取って逞しい子供達に付いて行くことにしたようだ。


 俺はそんな4人を竹林から見送っ――

「――てる場合じゃないだろ!!!!」


 俺は竹林で待つかぐや姫じゃねぇ!








「陽坊ー、どこだー?」

「これは迷子確定です。しょうがありませんね、あちらの迷子保護センターさんで放送してもらいましょう。全国……いえ、せめてこちらの神社にお集まりの家族連れの方々に陽季(はるき)君捜索のお手伝いしていただきましょう。身長は180センチ前後で体重60キロ弱の全身をホワイトカラーで決めた陽季君を探して貰いましょう」

胡鳥(ことり)、陽坊はもう大人だぞ。正月から苛めてやるなよ」

「冗談ですよ。お正月恒例のバラエティーです。しかし、参拝が終わったら終わったで女性陣が年少さん連れて露店巡りに行っちゃったんですよ?陽季君はいつの間にか行方不明で、先輩と二人きり……はぁ、元旦からこれとは今年はヤバそうです」

「“ヤバそう”ってなんだよ!お前も俺も同じハブられ組なんだよ!俺だって元旦からこれなんてすっげーヤだよ!」

「もう……先輩、弥生さんにはいつ告白されるんです?同じ舞団だからと先延ばしにしていると『遠距離でも構わないです』なんて、誰かに取られちゃいますよ?恋愛に興味なさそうに見えても、弥生さんは立派な女性であり乙女なんですから」

「………………こ、今年中に告白する」

「なんですか、その返事は。弥生さんのこと本気なんですか?」

「本気だ!勿論!」

「……でしたら、おみくじを引きましょう」

「おみくじ?恋愛運か?」

「ここの神様、表向き健康の神様ですが、裏の顔もあるんですよ。ま、おみくじ引きに行きましょう」

「お、おう!」






「緑か紫か……どっちがええかな、崇弥………………崇弥?」

 返事がない。

 左後ろでは呉君と琉雨ちゃんが甘酒の列に並んでおり、右隣で俺を待ちながら数珠をじっと見ていたはずの崇弥がいない。

「うーん……うちのレディに合わせて紫にしよかな」

 どこかで聞いたことがあるが、お守りは他人から貰った方が効果が高いとのこと。しかし、独り身の俺がお守りを貰うことなんてないだろう。

 入院していた頃は検査とか投薬とか事ある毎に加賀(かが)先生が何かをくれたっけ……。

 先生はお正月も休まずに仕事をして、空いた時間にはお菓子を買ってきてくれたり、お守りやキーホルダーを俺にくれた。看護師さん情報によると、俺や皆の病気が治りますようにと沢山神社でお願いしていたとか。

 加賀先生はきっと今日も病院で働いているのだろう。俺みたいな子供たちの為に。

 俺は同じお守りを2個買った。

 次に会う時に先生に渡そうと思って。

「由宇麻さん、甘酒貰って来ましたよ。どーぞ」

 薄くお化粧をした琉雨ちゃんは甘酒の入った紙コップを俺に差し出す。

「ありがとうな」

 受け取った紙コップは温かい。

 呉君は崇弥の分らしい紙コップを持っているが、俺は二人を連れて一旦、販売所から離れることにした。

「崇弥はどこ行ったんやろ……」

「あ、由宇麻さん。旦那様ですよ。おみくじのところです」

 家族連れに紛れて崇弥はおみくじの箱に手を入れていた。そして、取り出した紙を近くで待機していた巫女さんに渡す。

 と、呉君が巫女さんがおみくじを持ってくるのを待つ崇弥に声を掛け、甘酒を渡した。

 崇弥が甘酒を持って隅で甘酒を啜っていた俺と琉雨ちゃんに振り返り、手を振ってくる。

 甘酒も旨いし……何かほのぼのやな。

 俺は崇弥に手を振った。


「おみくじ、どうやった?」

 俺は2つの紙コップをゴミ袋に捨ててから崇弥に聞いた。

「…………凶」

 わお。

 反応に困る運勢だ。大凶でないだけマシだが。

「ちゃんと木に結べば大吉になるで。内容はどうやったん?」

「金儲けに貪欲になるなーみたいな。些細なことだけど、嫌なことだらけみたいな」

 ……些細なことでも、“嫌なことだらけ”は大凶みたいなものではないだろうか。

 琉雨ちゃんから呉君と崇弥のおみくじ結果を読み、俺も興味で読んでから崇弥におみくじを返した。

「せやけど、家族運はええこと書いてあったやないか」

「うん」

 崇弥が高い枝木に器用におみくじを結びながら素直に頷く。

 やはり崇弥も家族運の欄に並んだ最高ランクの馬5体が嬉しかったみたいだ。

「家族の絆は永遠です!ですよね、旦那様!」

 琉雨ちゃんが崇弥の腰に抱き着き、崇弥は笑顔で琉雨ちゃんを抱っこする。

「勿論、永遠だ。琉雨、食べたいって言ってたたこ焼き買いに行こう」

「はひ!」

「呉と司野は?いなごの唐揚げ以外なら何でもリクエストしていいぞ。全部俺のおごり」

「僕、林檎飴食べたいです!」

「司野は?」

「俺?せやな……お好み焼き食べたいな」

「よしっ……行くか、露店巡り!てか俺、ヒヨコ買ってもいい?」

「鶏にして食べるんですか?」

「食べちゃうんですか?可哀想ですよぅ!」

「じゃあ、見るだけ。ぴよぴよってすっごい可愛かったんだ。あ……でも、一番可愛いのは琉雨だから」

 皆、崇弥を中心に集まっている。

 違う……崇弥が皆を集めたんだ。そして、皆は崇弥の傍でゆったりと羽を休めている。

 本当はいつ飛び立ってもいいのだ。飛び立つ時期なんてとっくに来ている。

 ただ、あと少し……あと少しだけ、傍にいたい。

 たとえ自分が無力だとしても、崇弥の傷付いた羽を見過ごすことはできないから。その傷が治癒するまで傍に……。

「司野、また迷子になりたいのか?」

「今行くで、崇弥」






 本当は泣きそうだった。


 大凶。

 大きな災難に遭う。


 見たくない。

 こんなの。

 気休めに引いたはずのおみくじは俺への嫌がらせみたいだった。

 計3枚。

 既におみくじじゃない。

 しかし、悪夢でも見てるかのようにその全てが大凶。

 大凶以外……大凶以外でいいから。


 4枚目。


「甘酒、いかがですか?」

「………………呉?」

「はい。呉です」

「司野と琉雨は?」

「あっちです」

 俺の背後。

 二人が並んでいた。

 司野の手には甘酒だ。

 俺と目が合うと、司野も琉雨も微笑んだ。

「呉、甘酒ありがとう」

「どういたしましてです。…………あのですね、洸兄ちゃん。僕にはおみくじを引かずとも予測できることがありますよ」

「?」

「今年も……未来でも僕は洸兄ちゃんや皆さんとお正月を祝うということです。僕は沢山の人を見送って来ましたが、それだけ沢山の人と同じ時を過ごしてきました。僕はあなたの傍にいます。居続けます。あなたを見送る日まで」

 呉は俺の返事も待たずに俺の目尻を伸ばした指先で擦ってから、俺を待つ二人のところへと走っていった。

 俺、泣いてたのか……?


「どうぞ」

「どうも」

 本日4回目になる会話。

 巫女さんは俺の右手に確りとおみくじを握らせてきた。

 温かい手だった。


 司野が空の紙コップを俺から受け取る。

 俺は震える手を気合いで治め、おみくじを開いた。

 凶。

「おみくじ、どうやった?」

 司野が聞いてくる。

「…………凶」

「ちゃんと木に結べば大吉になるで。内容はどうやったん?」

 内容はどうなのだろうか。

 大凶じゃない。

 そのことしか頭になかった。

「金儲けに貪欲になるなーみたいな。些細なことだけど、嫌なことだらけみたいな」

 大凶でなくとも凶であるからマイナスなことばかり書いてある。

 しかし、

「旦那様、ルーが読んでもいいですか?」

「いいよ」

 俺はおみくじを琉雨に渡した。おみくじは呉に渡り、司野へ。司野から俺へ。

「せやけど、家族運はええこと書いてあったやないか」

「うん」

 すれ違いはあれど、家族の絆は決して切れることはない。大きな困難も乗り越えられる。

 最後の最後で…………俺はどれよりも高い位置におみくじを枝に固く結び付けた。


 大吉にならなくてもいい。

 家族が傍にいるなら。






 ここの神社は健康の神様を祀っている。

 健康とは心の健康も含み、心の滋養――恋愛の側面も持つ。

 つまり、ここが祀る神様は健康と恋愛の神様だ。

「俺が元日を竹林で終わらせると思うなよ」

 白の振り袖は薄桃の蝶柄をシンプルにあしらい、腰帯には大切な扇。髪は少し束ね、つまみかんざしを挿した。

 つまみかんざしはかんざしの中でも派手な種類になる。飾りにはちりめんと針金が使われている。

 ちりめんの小花をくす玉のように纏め、そこから垂らした数本の針金に葉や花弁をモチーフにしたちりめんが等間隔に付くのだ。

 俺のは梅のつまみかんざし。

 文字通り、全身の白に紅一点だ。

 まぁ、振り袖にかんざしなど、女装としか呼べないだろうが、俺の職業は舞妓。

 美しく優雅に。時に大胆に。


 真広(まひろ)の身長ほどの扇を使う時は大胆にいかないと必ず失敗する。

 俺が大扇舞を習得した時は扇が俺とほぼ同じ身長だった。扇は重くて扱い辛く、“大胆”というか執念で舞を踊っていた。

 ちなみに、洸祈を嫁にするという執念だ。

 今では大胆だが優雅さを考える余裕がある。


 話が逸れたが、俺の根っ子は舞妓だから、和装するとどうしてもこうなるのだ。

 それに、俺は他人の目より恋人の目しか気にしない。

 その俺が竹林で終わってたまるか!

「あ、陽坊!どこ行ってたんだよ!」

「竹林」

「…………竹林?」

 嘘偽りなく、ことさんと一緒に現れた双灯に答えたが、双灯は眉を寄せて首を傾げた。

「それより洸祈見なかった?用心屋の皆と司野さんがここに初詣に来てるんだ」

「え、そうなんだ!?なら、久し振りに司野さんと飲みたいな」

 ダメだな、これは。

 双灯(そうひ)は誰にも会ってない。

 しかし、おみくじを引くと言っていたから、ここら辺に洸祈達がいるはずだけど。

「あ、ありましたよ。あれです、先輩。あのおみくじ。『愛みくじ』」

「愛みくじ?何それ」

 愛みくじ……って!

 この神社の隠れ名物、『愛みくじ』だ!

 “ズバリ当てちゃうあなたの恋の行方”だ!

 俺はことさんの指差す先、女子大生に囲まれたピンクの箱を見た。

 彼処には俺と洸祈の今後を示す紙が入っているのだ。

「双灯、洸祈を見付けたら俺に教えて」

「え?陽坊!?どこに――」

「ほら、先輩。あのおみくじは引いた人の恋の行方を示すんですよ。弥生さんとどうなるか……引いてみては?」

「え!?やよちゃんとどうなるか!?引く!今すぐ引く!」

 ま、愛みくじを引くのは俺が先だけどね。

 自分や友達のおみくじの内容にきゃっきゃと喚く女子大生グループを押し退け、俺はミニ賽銭箱に100円玉を投げ入れてピンクの箱に手を突っ込んだ。

 一番上に乗っかってるのにするか?

 やっぱり一番下のにするか?

「ふん、俺が選ぶのは真ん中の真ん中!ど真ん中だ!」

「お前、丸々1分も考えて選んだのはど真ん中かよ」

 俺の隣に立った双灯が呆れた風に言うが、

「恋愛をそう舐めちゃあ…………双灯がやよさんを落とすのは無理でしょ」

「マジで!?」

 マジです。こう何年も一緒に舞台に立っていて未だに自分の気持ちを伝えられてないとか、双灯は遅すぎるんだ。

「ならお前、言うからには大吉なんだろうな」

 さあね。

 俺はL-2465と書かれた紙を近くの巫女さんに渡した。そして、直ぐに巫女さんは「愛」と書かれたおみくじを持ってくる。

「で?結果は?」

 俺のつまみかんざしから垂れた花弁を邪魔そうに退けた双灯は俺が広げたおみくじを覗き込んでくる。

「わお……………………大凶じゃん」

 双灯の言う通り、大凶だ。

 右から読んでも左から読んでも……左から読んだ時だけ大凶。まぎれもなく大凶だ。

 今年、新規の縁はまあまあ。現在続く縁は進展ゼロ。

 現在、恋人のいる俺にとっては嫌味な文句しか書かれていない。

「陽季君から学んだ教訓は、おみくじは何も考えずに素早く選び取れと言うことですね。さ、先輩もどーぞ」

 ことさんは俺のおみくじの結果を見てすっかり意気消沈した双灯の背中を叩いた。双灯は100円玉を賽銭箱に入れて渋々ピンクの箱からおみくじを一枚取り出す。

「陽坊が大凶なら、次はきっと大吉に――」

「はい、凶ですね。先輩」

 俺と双灯の背後ではことさんがさっさと双灯のおみくじを巫女さんに渡してさっさとおみくじを開いていた。

「おい、胡鳥!先輩差し置いて何開いて読み上げてんだよ!凶…………凶じゃねぇかよ!最悪!」

「陽季君は大凶ですよ?」

「あ、そっか。陽坊は大凶だもんな。大凶。凶とかすっげー運良くね?」

 いや、大吉、中吉、小吉、吉、末吉ときて凶だ。その次が大凶。

 7位中、6位だ。まぁ、大凶よりはマシということには間違いないが。

「そうですよ、先輩。まさかのブービー賞じゃないですか」

「でも、告白は止めた方がいいって……」

 双灯は今更、やよさんに告白を考えていたらしい。愛みくじを引くなら、やよさんに告白してから引くべきだろう。

 ま、恋愛に関しては双灯も葵君と同じで奥手なのは分かっている。恋の進行が遅かろうと、なる時はなるのだから、俺は唸る双灯を置いておみくじを結んでくることにした。

「俺、そこのに結んでくるから」

「あ、俺も行く。でもさ、陽坊は良く平気だよな。俺は現在進行形の恋愛とかないけど、お前は現在進行形じゃん。だから正月から洸祈君に会えないんじゃねぇの?」

 平気かどうかと言われたら、多分平気じゃない。おみくじとは言え、ビリの大凶なんて不愉快だ。

 でも――

「何言ってんだよ、双灯。もし、今年が大吉だったら来年は?来年は今年と同じか下がるかだろ。俺は同じか下がるかなんて真っ平ごめんだね」

「そういうものなのか。じゃあ、凶は考えようによっちゃあ、これから良くなるってことか!」

「そういうものだよ」

 おみくじと言うのはそういうものだ。

 双灯と一緒に木を結ぶ場所まで歩いていた時、俺は砂利に落ちていたそれを拾った。この人込みなら落ちているものなどただのゴミだろう。しかし、落ちていたのは俺が手にしているものと同じ……おみくじだった。

 本殿の軒下にごちゃぐちゃに丸められたおみくじ。3枚も重なっている。

 見る限り、愛みくじではなく普通のおみくじの方のようだ。

「これ……お前以上の強者だな。奇跡の大凶3枚。こりゃ、捨てたくなるわな」

「捨てた奴はバカだなぁ。こんなとこに捨てて」

 罰当たりな奴だ。

 それにいくら大凶だったからって、ゴミのポイ捨ては社会のルールに反する。もしこれを捨てた奴が目の前にいたら俺はそいつに灸を据えただろう。

 が、

「新年からガミガミ言うのもなんだしな……俺が代わりに結んでおいてやるか」

「お、神様にアピールだな」

「まぁね」

 俺はぐちゃぐちゃのおみくじも合わせて、全部で4枚の大凶みくじを木に結び付けた。

 双灯もおみくじを握って目を瞑り、柄にもなく神様に祈ってから木に結んだ。

「なぁ、陽坊。やよちゃんは恋愛に興味ないのかな……」

 不意だが、双灯が普段はしない会話をしてくる。毎度、俺達のことをからかう双灯だが、今回は真剣なようだから、俺も真剣に返すことにした。

「それなら、洸祈も恋愛に興味はなかった」

 愛情に飢えていたが、恋愛自体には興味がなかったように思われる。むしろ、“知らなかった”の方が正しいのかもしれない。

「じゃあ、お前は恋愛に興味がなかった洸祈君とどうやって今の関係までになったんだ?」

 馬鹿言い合って、アホ言い合って、愛してる囁きまくって、怒鳴って、なぐり合って、喧嘩して、抱き締めて、キスして…………傍にいる。

「気合と根性。あと、好きって気持ち」

「そっか。陽坊は恋愛に関しちゃ、俺の先輩だな。お前を見習って地道にやよちゃんにアタックし続けるよ」

 確かに恋愛に関したら俺は双灯の先輩かもしれない。しかし、だからと言って、俺と洸祈のように馬鹿とかアホとか言い合ったらまずい気がする。

 具体的案は双灯に示してはいないが、普通の恋愛は俺にはアドバイスできない――と、本気で思う。


「陽季君、洸祈君を見つけましたよ」

 まさかの衝撃発言。

 ことさんの声に、俺はかんざしを素早く直してから振り返った。

 双灯と珍しく真剣な恋愛話をしたら洸祈が恋しくなった。今日の俺は琉雨ちゃんには劣っても、洸祈の目を引くはずだ。

 悪い意味ではなくいい意味で。

 しかし、気合満々の俺に対して、ことさんの周囲に洸祈はいなかった。

「え?洸祈は……?」

「参道降りて右、お食事処『日向』ですよ」

 お食事処『日向』?

「あー、蘭が言ってたな。12時半までにそんなとこ集合だったっけ」

 もしかして、千里君が言っていた12時半集合の店のこと?

 最悪、確実に洸祈に会う為に12時30分前後にはこの神社付近のお店を練り歩こうと思っていたぐらいだ。“あの店”を探して。

 しかし、蘭さんも人が悪い。

 用心屋と既にコンタクトを取っていたなら教えて欲しかった。竹林に隠れる必要もなかったし。

「参道から右、日向ね。じゃ、俺行くから」

 もうすぐ12時30分。急がなくては。

「またあとでなー!」

 俺は結んだおみくじを一撫でしてから竹林に紛れ込んだ。人込みよりは竹林の方が衣装が乱れないだろう。


 大凶から下はない。

 俺達の中が今は進展ゼロと言うなら、俺が気合と根性で無理矢理進展させるだけだ。

 いや、洸祈と一緒に進展するのだ。一緒に歩いてくだけだ。


 俺は参道脇の竹林を下りた。





 あ、陽季だ。

 双蘭(そうらん)さんに抱き心地を確かめられながら、俺は店に入って来た陽季をぼんやりと見た。

 今日の陽季はいつも以上に綺麗だ。

 白の振り袖も……紅い花のかんざしが陽季の銀髪に映えている。

「洸祈!」

 どんどん迫ってくる陽季の顔。

「馬鹿!真昼間から酔ってんのか!」

 うーん。

 祝い酒だよ。とか言われて、双蘭さんに日本酒を飲まされて…………何も考えられない。

「はる……」

「蘭さん!何してるんですか!」

「だってさ、菊菜(きくな)と弥生が琉雨ちゃんと呉君を二人占めするから。ねぇ、洸祈?」

 ねぇ、って俺に振られても。

「陽季……今日の俺……新撰組風なんだ……」

 だから、青の羽織なんだ。

 だから、俺達がこの店に辿り着く前に、先に酔いつぶれていた葵と肩並べて眠っている千里にお揃いの袴諸々を譲ったんだ。

「知ってたよ。……兎に角、洸祈の隣、俺だから。洸祈を貸してよ、蘭さん」

「洸祈って温かいからヤダ」

 俺もムニムニの双蘭さんの胸で眠れるなんて……――

「あ、陽季君やないか!久し振りやな!俺の隣座らへん?にしても、真広ちゃんと斎君、かわええなぁ。陽季君の後輩なんやろ?」

「かわいい俺の後輩。でも、大技ばっかりの扇舞見せたのに、真広も斎も扇選んでくれなくてさぁ。菊さんの鈴と、ことさんの太刀選んだんだ。…………って、そういうことじゃなくて!ちょっと、皆!今日は元日だよ!?午前は我慢したんだから、午後くらい俺の為に洸祈との時間を頂戴よ!」

 ぐいっと引っ張られ、双蘭さんの胸から引き剥がされる。そして、色々振り回された挙句に固めの膝枕を強要される。

 頭が痛い。

「洸祈、今夜は連行していい?」

 頬っぺたを鷲掴みにされ、天井を向かされる。ぼやけて見えるのは陽季の顔。

「あーら、陽季。この前、カミングアウトしたら直ぐにラブラブっぷりを見せびらかすとはねぇ」

「元日限定。洸祈の甘え顔とか、皆は今日だけだから」

 俺……甘え顔なの?

 それより、陽季は綺麗で美人さん。美女だよ。

「はる…………俺、寝てていい?」

「いいよ。俺の膝枕はお前専用だから好きなだけ眠っていい」

 起きたら、陽季と沢山話そう。色々、言いたいことがあったんだ。

 言いたいことの内容が思い出せないけど……。

 起きたら、きっと思い出すから。






「葵君と千里君、琉雨ちゃんと呉君、司野さんでタクシー一台。俺らは……真広と斎、菊ちゃんとやよちゃん、蘭でタクシー一台、俺と胡鳥でタクシー一台。計3台呼べばいいよな。あ、陽坊はどうする?もう一台呼ぶか?」

「洸祈ぐっすりだし、呼んで」

「四台な。じゃっ、頼んでくる」


「洸祈をよろしくお願いします」

 洸祈のことをおんぶしていたら、タクシーに乗り込む前の葵君にそう言われた。

 俺は頷き、葵君は眠っている琉雨ちゃんを抱っこして後部座席に座った。続いて、呉君が葵君と琉雨ちゃんの隣に。最後に千里君が……――

「陽季さん、明日は洸帰って来る?」

「予定とかあったりするの?」

「お買い物。でも、別にいいよ?洸をたーっぷり可愛がってあげて。昨日はね、僕が葵を独占してたから。だから、お歳暮の安売りは僕達で行くよ」

 よく分からない理由だが、今夜は洸祈をホテルにお持ち帰りしてもぐーすか寝ていそうだったから、明日も洸祈の時間をもらえるなら嬉しい。

「それじゃあ、洸のことよろしくお願いしますねー」

 千里君は眠る洸祈の髪をかき混ぜながら笑みを溢すと、呉君の隣に座ってドアを閉めた。

「ほな、俺達は帰るわなー。陽季君、崇弥のこと頼んだでー」

 手には破魔矢やら何やら。用心屋の分も持って司野さんは助手席に座り、間もなく用心屋ご一行と司野さんを乗せたタクシーは出発した。


 昼にお食事処『日向』に入り、今はすっかり日が落ちて月が出ている。しかし、周辺一帯の飲み屋からは昼間の神社のように騒がしくも陽気な声が聞こえてきていた。

 ああ……息が白い。

 俺達のタクシーはまだだろうか。

「あ、来た!……三台いっぺんに来たな」

 双灯が長い首をさらに伸ばして誰よりも早くタクシーを見つけた。

「それじゃ、陽季、洸祈をよろしくね」

 まただ。蘭さんまで言われた。

 どうして皆は俺に「洸祈をよろしく」と言うのだろうか。

 よろしくと言われずとも洸祈のことは俺が責任を持っているつもりなのに。

「じゃーなー!洸祈君を頼んだぞー!」


 だから、双灯も何で……――



「鳳ベイホテルまでお願いします」

「はいよ」

 車内は温かかった。

 手足はまだじんじんするが、頬や腕からはエアコンから出る熱風の温かさを感じる。

「うう……さぶっ……」

 洸祈が起きたみたいだ。

 寒いと呟いた洸祈は目も開けないまま俺にぴったりとくっ付く。今はとんと聞かなくなった「おしくらまんじゅう」みたいだ。

 ぷるぷると洸祈の振動が洸祈の肩に触れる腕から伝わる。眠っていたせいもあって、洸祈は俺より温かいのに、口では俺より寒そうにしている。

 暫くして覚醒してきたら、きっと寒いという感覚も減るだろう。

 タクシーの中で洸祈を抱き締めるわけにもいかないから、伸びた振り袖の部分を洸祈の膝と拳の上に掛けてやった。

「……あのさ…………陽季…………おみくじがさ…………」

 洸祈がぼそぼそと喋り出す。

 どうやら、やっと新年始まってから洸祈とまともに会話ができる時が来たらしい。

「おみくじね。洸祈、引いたの?」

「……うん」

「どうだった?」

「…………………………凶だった」

 返事が遅い。

 変だなとは思ったけど、寝起きだし、俺には俯いた洸祈の表情は見えなかった。

「俺は大凶だったよ」

 カッコ、愛みくじですが。と言うのは別にやめておいた。

「大凶……………………悲しくないの?」

「どうして?」

「……一番……悪いやつだよ……」

 振り袖越しに腕を強く掴まれた。洸祈から強い感情を感じる。

 どうやら、洸祈はおみくじの凶が気になっていたようだ。まぁ、めでたいはずの日に凶を引いたら少しは気分が盛り下がるだろう。

「一番悪いってことはもっと悪くはならないってことだろ?これから良くなるってことさ」

「これから……良くなる?」

「良くなる。むしろ、良くするんだよ」

「……どうやって?」

 じっと洸祈が俺を見上げてきた。車内のオレンジ色の明かりが洸祈の瞳に反射する。

 新年初、今やっと洸祈とまともに顔を合わせた。

「俺達が二人で力を合わせるのさ。洸祈の凶を俺と二分割して小吉にすんの。俺の大凶は洸祈と二分割で吉にするわけ。でも、俺達二人だけじゃなくて、お前の家族とか月華鈴の皆で分ければ、皆が大吉になれる。そういうことだよ」

 洸祈は何も言わなかった。俺を2分ぐらい見詰めてから、再び俯いた。

 そして、俺の手を握る。

 運転手のおじさんが見るかもしれないということを知っているのに、自分は繋ぎたいから気にしないと言いたげに、洸祈は固く俺の手を握るのだ。

 だから俺も、握られた手に力を込めて握り返してやった。



 大丈夫だよ、洸祈。

 お前の痛みも悲しみも俺と“はんぶんこ”だから。

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