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第八章 イタリアンレストラン

「うん、まぁ確かに、うちの道場に一時期、サキも居たぜ。体力を付けるのが目的だったから、黙々と基礎をやってたけどなー」


 はるかの追及に、意外なほどあっさりと翠はその事実を認めた。


「それにしてもあそこの駄菓子屋、お孫さんが継いだのかー。ばあちゃんがリュウマチで倒れたって聞いたから潰れるかと思ったんだけどな」


 懐かしそうに瞳を細めて翠はつぶやく。


「その点については、サキさんが、鳥獣対策の用品が手に入る店として、宣伝して経営を助けてあげたみたい」


 飄々として悪びれぬ翠に、はるかは拍子抜けしつつも聞く。


「何で、話してくれなかったのよ」

「あいつ自身のことだからな」


 翠はさばけた様子で言う。


「はるかだって聞くなら、あいつの口から聞いた方がいいだろ。それにもし、あいつが言わないようだったら私にも言う権利は無いだろうって」


 それは確かにそうかも知れなかった。

 でも理屈で感情は納得してはくれない。

 しかし翠はさらりと言った。


「んじゃ、隠す必要も無くなったことだし、三人で出かけっか」

「へ?」


 はるかは虚を突かれる。翠はそんなはるかに説明する。


「あのビーチコーミングで、硝子の浮き玉見つけただろ」

「え、ええ」


 言われてみると確かに覚えがある。最近ではプラスティック製のものに置き換わったため、硝子のものは希少価値だとサキが教えてくれたのだった。


「あれ、海岸通りのイタリアンの店で引き取ってくれてさー、金よりもお得ってことで食事券にしてもらったんだ」


 はるかの目の前に、翠は三枚の券を取り出して見せる。


「ちょうど三枚。早速、今度の土曜日、行ってみようぜ」

「う、うん……」


 サキは、受けてくれるだろうか? そんなことを考えながら返事をする、はるかだったが、


「あ、それと例の加工、やってくれる店、見つけたぜ」


 という翠の言葉に勢い込んで聞く。


「本当!?」

「ああ、これが、その店のちらし」


 翠は指に挟んだリーフレットを差し出してくる。


「海岸通りにはこういう洒落た店が多くてさ、それに若者向けだから値段もほどほどだしな」


 受け取った案内を、はるかは食い入るように見つめた。


「あ、ここ、ビーチグラスを使ったビーチマネーに対応してる」


 そこに書かれた内容に喜びの声を上げる。


「二色混合だと二百円の値引きか。確かあの日、拾ったものの中に入ってたわね」


 二色の色が混じり合ったビーチグラスは希少で、それだけの価値があるのだった。


「ありがとう翠! このお店、さっそく今日の放課後、行ってみるわ!」


 はるかは上機嫌で礼を言う。翠は何でもないように笑うと、はるかに告げた。


「へいへい。それより、お姫様を誘う気の利いた口説き文句、考えていた方がいいんじゃね?」

「そ、そうね。サキさん遠慮深いから、なかなか受けてくれないかも」


 はるかは様々に思いを巡らせ頭を悩ませる。

 翠は一人、呟いた。


「平和だねぇ」




 そして、土曜日。

 券が無駄になるともったいないからと強引に誘ったサキを連れて、はるかは翠と共に海岸通りを歩いていた。聖稜女学院では街に出る時は制服着用が校則で決められていたから三人共、シックなライトグレーの制服姿で揃っている。

 サキを口説くのに、何だかんだと言って援護の言葉をかけてくれた翠には、感謝するはるかだった。


「アイスだぜ、アイス!」


 昼食にはまだ少し早い時間だったので、翠、お勧めのアイスショップ、サーティーン・アイスに向かい、アイスを頼む。


「私は、バニラと、チョコと……」

「待て待て、昼食があるんだから、ほどほどにしときなさいよ」


 何段重ねるつもりなのか、意気込んで注文しようとする翠をはるかは止める。


「大丈夫だって! アイスは別腹だから」

「にしたって、トリプルは無いでしょ。それに、ビーチグラスは一回に付き一個、三十円引きなんだから、シングルを何回も頼んだ方がお得でしょ、この店の場合」

「おお、さすが、はるか。抜け目がねーぜ」

「何だか、褒められてる気がしないなー」


 ともかく、はるかはミントを、翠はチョコを、サキは王道、バニラを選んだ。そして各人分のビーチグラスを差し出すと、それぞれを三十円引きにしてくれる。自分は拾っていないのに、とサキが難色を示す一方で、アイス好きの翠は満面の笑みを浮かべていた。

 ベンチに皆で移動して、本当に美味しそうに翠はアイスを食べる。


「ビーチグラス、様々だな。また今度、拾いに……」


 そんな翠にサキが釘を刺す。


「ビーチグラスを、エコマネーとして利用するのはついで」


 そんな彼女に翠は笑って答える。


「分かってるって、海岸掃除の報酬だってことを忘れるなって言うんだろ」

「そう」


 この二人の会話は呼吸が合っていて、


「ん? どうした、はるか」

「えっ、うん、二人とも通じ合ってるな、と思って」


 正直、羨ましかった。

 そんな、はるかの言葉に翠とサキは見つめ合う。


「いや、そんなことねーぜ。私がサキのこと理解できたのは、こいつがうちの道場辞めてからだし」

「ああそう、それ聞きたかったんだ。どうして格闘技、辞めちゃったの? もったいなくない?」


 はるかの問いにサキが答える。


「……元々、体力作りの為に入ったものだから。終わりの日が来ただけ」


 終わりの日…… 多分、体力作りが終わった日と受け止めれば良いのだろうけど、何か、その言葉には、それだけとは感じられない重みがあった。

 しかしはるかは自分の思い過ごしだろうと飲み込み、明るく言ってみた。


「もしかして免許皆伝、とか?」


 それに対する二人の反応は違っていた。


「違う」


 と即座に否定するサキと、


「言い得て妙だな」


 と呟く翠と。


「って、どっちよ」

「いや、免許皆伝が無かったのは事実だがな。ただ、それだけの才能が、あったりなかったり?」

「はっきりしないわねー」


 翠の珍しく奥歯にものが挟まったかの言い方に眉をしかめる、はるかだったが、


「私に才能なんてない。そういう話は先生方に失礼」


 とサキははっきりと言い放つ。

「けれどもなー」

「もしもは無意味」


 アイスのコーンまできっちりと食べ終わり、サキが言い切る。


「そうだな」


 何かをふっ切ったように、翠が答える。

 そして三人はアイスショップを出て、通りの奥にあるイタリアンレストランに向かう。そこは小洒落た感じのお店で、なるほど翠の持ちこんだ硝子の浮きを引き取ってくれただけあって、海をイメージした飾り付けがしてあった。

 オープンの文字が書かれたプレートが掲げられた分厚い硝子の両開きのドアがある。しかし、サキが片手で軽く開けて少しの遅滞もなく入って行ったことに釣られ、反対側のドアに手をかけたはるかは、


「えっ!?」


 思わぬ重い手応えにドアを開けることができなくて、そのまま音を立てて頭をぶつけてしまう。


「い、いったーい。こ、こっちは閉め切り?」


 はるかは痛みにその場に蹲る。


「んなわけねーよ。こんだけ重い硝子のドア、はるかが片手で開けられるとでも思ったのか?」


 翠がドアを開けて手を差し伸べてくれる。はるかは額を押さえながら、その手を取って立ち上がった。


「だ、だって、サキさんは軽く片手で開けたわよ」

「そりゃあ、サキは発勁使ってたからな」

「は、ハッケイ?」


 はるかは目を白黒させる。

 そんな一幕もあったが、とにかく店の中に入ってテーブルに着く。

 店内は本格的なイタリアンレストランで、硝子張りの厨房では職人さんがピザの生地を空中に投げ上げて、巧みにのばす技を披露してくれている。はるかたちが座った席からは、それを専用の釜に入れて焼いている所まで見て取れた。

 そしてメニューを広げ、はるかたちは注文を決める。


「私は、マルゲリータ」


 翠はピザの定番を。


「私は、ほうれん草のクリームスパゲッティ」


 はるかは好物のクリームスパを。


「ヴォンゴレ」


 サキはアサリの入ったスープスパを。三人三様なメニューを頼む。

 飲みものは、三人とも特製の水出しだと言うアイスティーを頼む。アイスティーは食後ではなく先に出してもらうように頼んだ。


「サラダとパンです。パンはお代わり自由ですので、必要でしたらお申し付け下さい」


 ピザの生地の材料を流用してピザ釜で焼いたのだろうか、サラダと共に真っ白な白パンが出て来る。


「むぅ」


 翠はパンを前に唸った。


「どうしたの?」


 いつもなら真っ先に手を付けるだろう彼女が固まっているのを見て、フォークでサラダを突いていた、はるかは声をかける。


「いやぁ、聖稜ってお嬢様の多い学校だろ。結構、こういうイタリアンの店にも行く機会があって、こんな風にパンを出されたことがあってさ、そん時のパンには何か混ぜものがしてあったんだよ」

 パンを手に取ってバターを塗りながら、翠が説明する。


「そしたら一人が、このパンはバジルが使っているとか言い出してさ、何のことか分からなかったから感心して食べたんだけど、バジルって結局、シソのことなのな。後でそれを知って、だったら恰好付けてバジルなんて言わずにシソって言えよっ! って思ってさ」

「あー」


 確かに、そういうことはあるかも知れない。そんな話をしている間にメインのピザとパスタが届く。


「うわぁ、何よ、そのボリューム!」


 翠の頼んだピザの大きさに、はるかは驚く。


「へへー、いいだろ。ここのピザはこれが標準のサイズなんだぜ」


 翠は胸を張って、得意げに説明する。彼女はこのサイズが来るのを分かっていて、ピザを頼んだらしい。

 ここのシェフのポリシーは、


「満腹でないと帰さないこと」


 なのだと言う。

 サービス精神旺盛なレストランだった。


「食い切れるのかぁ?」


 女子だと二人がかりでも食べきれそうにないサイズのピザだ。


「当たり前だろ。行くぞ、ピザカッター!」


 翠はピザを切る器具を掲げ戦闘態勢に入る。


「うわ、恥ずかしいから叫ぶな」


 はるかは赤面しながら翠に突っ込む。

 そんな喧騒を他所に、サキは食前のお祈りをして十字を切るのだった。


「あれ、サキさんはパスタを巻くのにスプーンを使わないのね」


 サキは、フォークのみで器用にパスタを巻いて食べている。お嬢様学校の生徒なのだから、フォークの先にスプーンを当てて巻くものだと思って居たのだが。

 しかしサキはいつも通りに静かに、だが良く通る声でこう答えた。


「パスタの本場、イタリアではフォークしか出ないのが普通。スプーンも使う食べ方が日本では広まっているけど」

「ええっ、嘘?」


 はるかが初めて知る事実だった。

 しかしサキは淡々と言葉を続けた。


「でもマナーと言うのは、相手を不快にさせなければ良いものだから別に日本のレストランでは、スプーンを使っても使わなくてもどちらでも良いと思う」

「で、でも、教えてもらって助かったわ。これが正式な食べ方だなんて他の人に教えちゃったりしたら恥ずかしいもの」


 はるかの言葉に少し考える様子を見せた後、サキは小さくうなずいた。


「それは…… そうかも知れない」

「二人共ー、マルゲリータ食ってみるか?」


 翠が、サキとはるかにピザを勧める。


「十二分の一なら」


 サキがうなずく。


「あ、私もその片割れなら」


 と、はるかはサキの対応に便乗する。


「何だよ、二人とも、だらしねーな。ほれ」


 六分の一に切っていたピザを更に半分にしてもらい、サキとはるかは分け合って食べる。さすが専門店だけあって、ピザも美味い。

 お返しにパスタを試食させてあげたりなどして食事を終え、まったりとアイスティーを飲む。


「あー、食ったぜ」


 翠は満足そうに自分の腹をさする。


「そりゃあ、あれだけ食べればね。所で……」


 はるかは思い出す。


「ハッケイって何?」

「あー」


 いかにも面倒くさげに翠は言う。


「大地の気を足元から吸収し、放つ技?」


 その説明に、はるかはテーブルに身を乗り出す。


「気って、あの気!? 気功とか言うの?」

「違う。発勁と言うのは全身を協調一致させて威力を発する技術。大地の気を足からとか言うのは、足運びや踏ん張りの力を身体を通して対象に放つことの、比喩として使われる言葉。そのまま受け取っては駄目」


 翠の言葉をサキが丁寧に訂正してくれる。


「えーと?」

「さっきのドアのことなら、私は腕の力では開けていない。歩いて向かった前進力を、そのまま腕に伝えている。つまり打点が手のひらだって言うだけの体当たりをドアに向かって放っている」

「更に踏ん張りを利かせて後ろ足で床を蹴り、身を沈めることで位置エネルギーまで突進力に変換してるんだけどな」


 サキの言葉に翠が付け足す。


「凄い、技術なのよね?」


 はるかに分かるのはそういった程度のことだけだったが、翠は珍しく真面目な顔をしてうなずいた。


「まぁ、武術を究めればそこに行き着くって言うけどな。こいつの場合は非力だから、力を有効に使う技術が徹底して身に付いたってことかな。日常的な、そう、さっきみたいに少し重いドアを開ける程度のことにまで自然と出てしまうぐらいに」


 しかし、サキは首を振る。


「でも、元が非力だから結局大したことはない」

「ああ、つまりさっきの免許皆伝の話って、技術的には高レベルだけど、身体が小さくて力が無いから実力的にはそこまで達していないってこと?」

「それもある」


 そう答えてアイスティーを飲み干す、サキだった。

 食事を終え、はるかたちは店を出る。


「んじゃあ、私は帰るから」


 そう言って翠は別れる。彼女は地元の人間なので、寄宿舎住まいの二人とは帰る方向が違うのだ。

 それを見送った後、おもむろに、はるかは切りだした。


「サキさん、寄って行きたい所があるんだけど、付き合ってくれる?」


 しばしの沈黙の後、サキは小さくうなずいてくれた。

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