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第七章 駄菓子屋でデート?

 海岸のゴミ拾いを終え、帰って来た放課後の寄宿舎の洗面所でのことだった。

 サキは、サルを追い払うのに使った玩具の中折れ式火薬拳銃をポケットから取り出すと、銃身ごと回転式装填部を前に倒す。装填してあったリング状に繋がったキャップ火薬を取り外し、装填部のシリンダーもそっくりと引き抜く。


「へぇ、簡単に分解できるんだ」


 それを背後から身を乗り出して見ていたはるかは感心して呟いた。


「下がって」


 そう言って、はるかを下がらせるとサキは水道の蛇口をひねり、出てきた水を蛇口の出口を親指で押さえることで加圧、スプレー状になった水流で火薬カスの付いたシリンダーを水洗いする。

 レンコンのように空いた穴に水流を当てて十分、火薬のカスを洗い流したら水道を止め、シリンダーを良く振って水切りをする。最後に大判のハンカチで手と一緒に外側を拭いた。

 一連の作業をサキは遅滞なく行う。

 その手慣れた様子に見入っていたはるかだったが、意識は器用に動くサキの指先の方に奪われてしまっていた。小さいけれど綺麗な形をした指だな、と思う。

 ともあれ、


「何で、水洗いを?」


 そう尋ねるはるかに、サキは律義に説明してくれる。


「火薬には酸化剤が使われていて、放って置くと金属部分が錆ついてしまうから。使用後は十分に水洗いをして、火薬の残りかすを取り除く必要がある。後は、自然乾燥させればおしまい」

「ピストルの本体は、洗わなくていいの?」

「銃身はプラスティック製で、金属は使われていないから」


 だから、金属の使われているシリンダーさえ水洗いしてしまえば大丈夫なのだという。


「でも、乾くまで使えないのね」

「部屋には同じものが予備として置いてある」


 その辺、サキに抜かりは無かった。




 そして、それから三日後の放課後。


「よう、騎士様。お姫様のご機嫌はどうだ?」

「みーどーりー」


 海岸清掃での誤解を受けるような言動から、氷の姫君、サキの手の甲にキスをする騎士として、はるかは一躍有名になってしまった。

 サキの足元に跪いて、取った手を口元に近付けている所の写真を新聞部の学院内新聞にでかでかと掲載されてしまったのだ。


「ごめんなさい。正直、新聞部と言うものを舐めていました」


 写真を撮られた当初は慌てたものの、ここまでの影響力はあるまいと高をくくっていたはるかだったが、この騒ぎに自分の認識が甘かったことを痛感させられていた。


「人の噂も七十五日って言うじゃん」


 軽く言ってのける翠に、はるかは吠えた。


「七十五日間も噂されるなんて、堪ったもんじゃないわよ!」


 そして、ふと我に帰る。


「……てか、そんな慣用句、良く知ってたわね。翠のくせに」

「ひでえな、おい! 私のこと、どういう認識の仕方してんだよ!」


 はるかの物言いに、翠は抗議する。


「ごめんごめん。でも、どうにかなんない?」

「サキから距離を置いたらいいじゃん」


 はるかの相談に翠はあっさりと答える。


「それができないから苦労してるんじゃないのよ!」


 サキの誤解を受けやすい面、利他的過ぎる点をフォローする為に側に居ることに決めたのだ。噂などに振り回されて、それを疎かにするなんてできはしない。


「だったら逆に思いっきりベタベタしてやったらいいじゃん。そしたら誰もアホらしくて騒ぐ気になんかなれなくなるぜ」

「は?」


 間の抜けた声を漏らすはるかに、とらえどころの無い含み笑いを翠は浮かべた。


「はるかだって、もっと親しくなりたいとか、あの綺麗な髪を触ってみたいとか思ってんだろ。いいじゃん、これを利用してそうすれば」

「そ、そんな弱みに付け込むような真似!」


 はるかは頬が熱くなるのを感じた。


「この場合、弱みを持ってんのはお前の方だけどな」


 しっかりと突っ込む翠だったが、のぼせ上がるはるかに、その声は半分ぐらいしか届いていなかった。

 そう言えば、と翠は言う。


「寄宿舎って共同風呂だろ。サキと一緒になったりしねえのか?」

「サキさん、入る時間がまちまちだから」


 早めに入って、その後ゆっくりとするタイプのはるかとは生活スタイルが違い、中々かち合わないのだ。


「あ、でも、何回かは一緒に入ったことがあるわ」

「ふーん、で、どうだった?」


 気の無い様子で翠は話を促すが、はるかはその態度の裏に隠されたものに気付かず、勢い込んで話してしまった。


「それが、お肌も抜けるように白くて綺麗で。サキさんって夏服も長袖で体育の時しか肌晒さないでしょ。だから新鮮だったわ!」

「ほう」

「アップにしたうなじが、これが細くって艶っぽくて!」


 はるかは、うっとりと眼を細めた。そのはるかの背後に向かって、翠は声をかけた。


「だとさ、サキ」

「へ?」


 既視感と共に翠の視線を辿って、振り返ると、


「サキさん!?」


 そこには、鞄を自分の身体を守るかのように胸前に抱きしめるサキの姿があった。はるかを見る目が明らかに警戒を含んでいる。

 だが、それが逆に見る者にある種の嗜虐心にも似た感情を抱かせるのは何故だろうか。見惚れそうになり、はるかは慌てて首を振る。


「ね、ねぇ、サキさん、あの、誤解を招くような言い方だったかも知れないけど、それだけサキさんが綺麗だったってことでね」


 身構えるネコを、なだめすかすように、はるかは言う。

 しかし、はるかが距離を詰めた分だけサキは徐々に後退して行く。


「その、サキさん、自分で気付いてないかもしれないけど、本当に魅力的なのよ。だから、これも仕方ないってことでね」


 必死に言い訳するはるかに、翠が突っ込む。


「犯罪者の理屈だな」

「翠!」

「おっと済まねぇ、間違えた」


 翠は真面目ぶって言う。


「性犯罪者の理屈だよな」

「みどりーっ!」


 翠に向かって吠えるはるかだったが、その隙にサキは怯えたネコのように走り去ってしまう。


「ああっ、サキさん、待って!」


 はるかは自分の鞄を引っ掴み、慌てて追いかける。

 後ろから、大笑いする翠の声が聞こえてきた。




「待って、サキさん!」


 はるかがサキに追いついたのは、ちょうど校門を出た所だった。それで、はるかは気付く。


「あれ、サキさん、街に行くの?」


 その問いかけにサキは無言でうなずく。基本的に無口な彼女だが、声も出さずに答えるのはまだ警戒心が収まって居ない為だろうか。

 しかしめげずに、はるかは言う。


「だったら一緒に行っていい?」


 この問いへの返事は、しばらく返って来なかった。

 そして、


「面白くないと思うけど」


 と、消極的な許可が下りる。

 それに対し、はるかは首を振った。


「ううん、私が勝手に着いて行きたいだけだから」

「そう」


 そう言って、サキは先に立って歩き始める。


「私、まだここの街のお店って良く知らなくって」


 はるかの言葉にサキはわずかに遅れて返事をする。


「……私が今日行くお店は、普通のお店じゃないから」

「え、それって?」


 もしかして危ない店なのかとはるかは心配する。翠が、硝煙の匂いが染みついた女ってどこの拳銃アクション映画だよ、とサキのことを言っていたが、もしかしてそんな映画に出て来るような、拳銃が手に入れられる店とかだろうか?

 非現実的とは思うがサキには謎めいた所があって、それがそんな連想をさせるのだった。

 果たしてサキは細い裏道を辿り、入り組んだ旧い街並みに入って行く。そしてたどり着いたのは、酷く古びた木造の小さなお店だった。


「ここ」


 アルミサッシではなく木の引き戸で、サキが開こうとすると嵌められた窓硝子が結構大きな音を立てた。あまり明るいとは言えない店内へとサキに続いて入った、はるかの目の前に広がったのは、


「わぁ」


 ちまちまとした駄菓子たち。透明のケースに入ったスルメに、定番のふ菓子が目につき、小さなラムネ、ガム、チョコ、飴が並ぶ。それに壁にはスチロール製の組み立て式グライダーやクジの景品。

 そして、


「あ、ブーメラン」


 サキが使っていたブーメランも、ぶら下がっている。


「ああ、ここが、サキさんが言っていた……」


 そう、そこは駄菓子屋だった。


「あれ、サキちゃん、今回は早かったね」


 応対してくれたのは気の良さそうな美人のお姉さんだった。駄菓子類が並ぶ座敷の奥の方に、座布団を敷いて座っている。


「消費があったから補給が必要に」


 サキは端的にそう答えて、ロケット花火に手を伸ばす。それで、はるかは悟った。


「ああ、サル鉄砲用の、ロケット花火の補充!」

「そう」


 サキはクールにうなずく。彼女は数種類あるロケット花火から迷わず紙製のものを選び出す。


「あ、こっちの、笛ロケットだって」


 プラスティック製のものに目を付けたはるかに、サキが説明してくれる。


「それは、笛が付いていて、鳴りながら飛ぶ。かぶら矢みたいなもの」

「これじゃあ、いけないの?」


 はるかの問いかけにサキは淡々とした様子で答える。


「笛ロケットは、鳥相手に脅すにはいいけど最後に爆発しないからサルには効果が薄い。それにプラスティック製だから、自然分解されないゴミが残るし火種が残って火事になる危険もある」

「へー、そうなんだー」


 はるかは素直に感心する。

 次いでサキは、平たく四角い紙箱に手を伸ばした。その横に置いてあるのは、


「あ、サキさんが使っていたピストル!」

「そう、ここで買ったものだから」

「それじゃあ、それは?」

「ピストル用の火薬。八連発が十二リング」


 それと先ほどのロケット花火を合わせて、サキは会計を行う。

 店のお姉さんが領収書を切ってくれる。宛名書きは聖稜女学院様となっていた。


「へぇ、こういうお店でも領収書、切ってもらえるんだー」


 感心する、はるかだったが、お店のお姉さんは苦笑した。


「元々、サキちゃん用に用意したものだけどね。学校の委員会の活動費として申請するには領収書が必要だって」


 でも、と言葉を続ける。


「最近だと、市役所の武富さんや農家の人たちが、獣や鳥避けにロケット花火や火薬のピストルを音追いピストルとして買って行ってくれるから、その為にも役立ってるわ」

「音追いピストル?」


 はるかの疑問には、サキが律義に答えてくれた。


「オモチャの火薬銃の音でカラスなんかを脅して追い払う」

「ああ、砂浜でサルを脅したように」

「そう。山に入る人には、クマ避けとしても使われているらしい」

「クマ!?」


 それに対し、お店のお姉さんが補足してくれる。


「山菜取りや渓流釣りで山に入る前に、先ず爆竹を鳴らすという対策をしている人も多いっていう話よ。それに比べれば、オモチャの火薬銃は取り扱いが簡単だから結構売れてるわ」


 そして、はるかとサキに対して言う。


「ねぇ、お腹空いてない?」

「え? それは、まぁ。夕食まで時間があるので少し空いたかなって思いますけど」


 はるかが素直に答えると、


「じゃあ、ブタメン食べて行って。これはサキちゃんが武富さんたち、新しいお客さんを呼び込んでくれた、お礼」

「そういうつもりで紹介したわけじゃ……」

「いいのいいの。子供が遠慮しない」


 そう言って、お姉さんは電気ポットからミニサイズのカップラーメンにお湯を注いで、蓋に付属の三又フォークを突き刺して閉じてしまう。これで遠慮したらラーメンが無駄になってしまう。遠慮深いサキに対する、お姉さんの作戦勝ちだった。

 そして、それは出来上がるまでの三分間、会話を楽しむ為のものでもあった。


「そちらはサキちゃんのお友達?」


 はるかに対して尋ねる。


「はい、榊はるかって言います。奉仕活動のパートナーもやっています」

「そう、サキちゃんにもちゃんと、お友達が居るのね。いいことだわ」


 お姉さんは微笑ましそうに笑った。


「別に……」


 もごもごと口の中で呟くサキだったが、強く否定ができない。基本的に、自分についてはいくらでも傷付くことを厭わないサキだったが、他人を傷付けるような真似は出来ないのだ。


「照れない照れない。昔は翠ちゃんと良く来てくれたんだけど…… 翠ちゃんは元気?」

「はい」

「え、サキさん、翠とも遊んでたことあるの?」


 はるかにしてみれば初耳だ。


「サキちゃん、四ツ小屋さんちの道場に通ってたものね」

「ええっ!? じゃあサキさんって、格闘技経験者?」


 はるかは驚く。


「別に。体力づくりの為に昔、通っていただけ」


 そう言えば、翠はサキのことを名前で呼び捨てにしていたし深い所まで理解していたように思うが、そういう事情があるなら納得できる。

 それにしても腹が立つのは、それを黙っていた翠だ。これは、お仕置きが必要だ。

 はるかが、内なる怒りを静かに滾らせていると、その様子を見たサキが不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの、榊さん」

「そう、それ!」


 はるかは、唐突に思いつく。


「四ツ小屋さんちの道場に通って翠と遊んだってことはサキさん、翠のこと下の名前で呼んでたってことよね」

「それが?」

「なのに、何で私のことは、榊さんって呼ぶの?」


 はるかは、サキにそう迫るが、


「榊さんは、榊さんだから?」


 何が問題なのか気付いていない様子でサキは答える。


「はるか」


 はるかは、サキに言う。


「何?」

「私のこと、名前で呼んで」

「はるか、さん?」


 はるかに気圧されたのか、発音を確かめるようにサキはつぶやいた。


「うん!」


 はるかは満面の笑顔で答える。名前で呼んでもらえる。ただそれだけでこんなにも嬉しいのは初めてだった。

 その様子を見ていたお姉さんが、微笑みながら告げた。


「仲いいのね。ブタメンできたわよ」


 はるかとサキは店先に座らせてもらい、ブタメンに付いて居るフォークを使って麺をすする。


「わ、美味しい」


 思わず声を上げるはるかに、サキもうなずく。


「ブタメンの中でも、トンコツ味の人気は異常」

「あ、やっぱり人気あるんだぁ」


 百円以下で食べられる、ちょっとした食事。

 子供によっては、これが初めての自分のお金による外食になることもある。そんな子供たちにとっての喫茶店の代わり、社交場がこういった駄菓子屋なのだ。

 こんな店に行ったことの無かった、はるかにとっては見るものすべてが新鮮で。周囲を見回しながら、ブタメンを食べるのだった。

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