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第五章 サル鉄砲

「武富、さん?」


 はるかの声が何故疑問形になるのか?

 それはサキと共に居た市の鳥獣対策係、武富の恰好が、あまりにも現実離れしたものだったからだ。

 テレビでしか見たことのない、軍隊が着ているような自然に溶け込むまだらの迷彩模様の服、上下に、頑丈そうなブーツだ。頭にかぶっている鍔広の帽子でさえ、その服と同じ迷彩柄だったのだ。


「あ、これは、榊はるかさんでしたね。サキさんのパートナーの」


 はるかに気付いた武富が朗らかな声をかけてくる。中々に嬉しい覚えられ方だったが、


「違う」


 サキが即座に訂正してくる。中々に悲しい。


「そ、そんな恰好で何やってるんですか?」


 がっしりとした体躯を持つ武富が迷彩服を着た様は、まるでニュースで見た兵士のようだった。これから、こんな田舎で戦争でも始めようと言うのか。

 あっけにとられていたはるかだったが、武富はいつもの晴れやかな笑みを見せて答えてくれた。


「はい、これから本格的にサルによる農作物被害が出ることから、サルの追い払いをしているんです」

「さ、サルの?」


 そう言えば、はるかは翠から聞いたことがあった。この周辺ではサルが山から下りてきて農作物を荒らすのだと。


「で、でも何で、そんな恰好なんです?」

「いやぁ、これでサルから身を隠しながら、脅すんですよ。サル鉄砲で」

「サル鉄砲?」


 武富は、サキに渡そうとしていた長さ六十センチほどの灰色のプラスティック…… 塩化ビニール製のパイプを、はるかにも見せてくれた。


「これです。ほら、ここに導火線があるでしょう?」


 太さの違うパイプが組み合わせられたそれには切り込みが入れてあって、そこに導火線らしきものが出ているのが分かった。そして武富はパイプを二つに分解して見せる。カバーのように被せられていたパイプを外すと、中にははるかも知っているロケット花火が入っているのが見えた。


「これが、サル鉄砲です。元々は、奈良県果樹振興センターで開発されたサルの追い払い用の道具で、誰でも、それこそ女性でも手軽に狙った場所にロケット花火を打ち込むことができるんです」

「はぁーっ」


 はるかは感心する他無い。なるほど塩ビのパイプを銃身に、それにもう一つのパイプでカバーすることにより、手持ちで安全にロケット花火を撃ち込むことができるようにしたものらしい。


「で、でも、追い払うなら積極的に姿を見せた方が効果的なんじゃないんですか?」


 はるかの疑問に、武富は首を振って答えた。


「それじゃあ駄目なんです。それをするとですね、確かに私が来るとサルは逃げるようになりますけど、私が居ないと安心して山から下りて来てしまいます。私がいつでも現場に張り付いていられる訳じゃありませんし、サルの出没個所も一カ所じゃありません」

 とすると、


「だから、隠れて攻撃するんです。こうするとですね、サルは人ではなく場所を危ないものと認識して近づかなくなります」


 サルと人との住み分けが重要なのだと武富は言う。人里はサルたちが暮らす場所ではないと教えてやるのだと。


「はぁー、その為の服なんですね」


 はるかも納得する。


「ものものしいですけどね。でも農家の方々には頼りにされてるんですよ、この恰好。実際に効果を上げていますし」


 男くさい笑みを武富は浮かべた。


「ただ、効果は半年程度で切れるので、毎年やらないといけないのが難なんですけどね」


 少し情けない表情でおどけたように言う。


「半年?」

「はい、研究を行っている先生によると、サルの記憶力がそれしか持たないみたいだという話です」

「はぁ」

「正に懲りない連中なんですよね」


 それを相手にする武富や農家の人々も大変だった。

 しかし、とはるかは思う。


「サキさんにはどんな用事で? あ、まさか一緒に戦わせるつもりじゃないでしょうね! 駄目ですよ、いくら鳥獣対策委員でも、そんなボランティア、危険過ぎます!」

「い、いやいや、そうじゃなくてですね」


 はるかの見幕に気圧されながらも武富は言う。


「今度、市で農家の方々を主な対象に、これの作り方の講習会を開く予定なんです。サキさんには、アシスタントをお願いしようと思いまして。まぁ、聖稜女学院の社会奉仕の授業制度は知っていますから、こちらも安全に単位を稼いでもらおうかと。サキさんにはお世話になっていますし」

「あ、そうだったんですか」


 それなら良かった。


「アシスタントの件は、了解しましたが……」


 サキは淡々とした声で言う。


「私も、これを作るということでお願いします」

「え? それは……」


 戸惑う武富に、サキは理知的な表情で告げる。


「私には、この聖稜女学院を鳥獣の害から守る義務があります。それに有効な道具があるなら私にも必要です」

「ま、まぁ、それは、時間内に見本になって頂ければ大丈夫、かな?」


 難しそうな顔をして武富は首をひねる。そして自分を納得させるかのように言う。


「今回は市民の皆さんにこれを持って頂いて、市民みんなでサルを追い払おうというのが趣旨ですしね」


 そう言う訳で、二人は細かい日時と段取りを打ち合わせる。

 それが終わると、サキは彼女を待っていたはるかに向き合った。


「学校でやる社会奉仕はボランティアなんかじゃないから」


 ささやくように伝えられる言葉。


「えっ?」


 戸惑うはるかを静かに見詰め、サキは言った。


「ボランティアと言うのは、自発的に無償で他人の為に行うもの。見ているのは、自分と神様だけでいい。単位の為にするのはボランティアとは言わない」




「へぇー、凄えな」

「でしょう。私、感心しちゃって」


 はるかは教室で昨日あったサキの話を翠にする。


「単発のロケット砲って、パンツァーシュレックか?」

「は?」

「いや、使い方から言って、パンツァーファウストだな。それでじっとサルを待つなんて、T34を待つ対戦車猟兵だぜ、まるで」

「はぁ?」

「農家のじーちゃんばーちゃんまで武装させるなんて、国民突撃隊だよな。すげー発想だな、それ」


 翠が何を言っているのか、はるかには全然分からない。


「家の家庭菜園にも、何本か欲しいぜ」

「そっちの話かよ!」


 ようやく翠が感心している対象が、あのロケット花火を利用したサル鉄砲だったことに気付く。


「そんなに欲しければ、再来週の日曜日に講習会があるから、行ってみればいいでしょ。翠はこの街の市民なんだし、出れるでしょう」


 呆れ半分に翠に告げると、彼女は俄然、やる気になったらしい。


「あ、そっか。そうだな。よぉし、腕が鳴るぜ。これでサル共をギャフンって言わせてやる!」

「ギャフンって、いつの人間だよ!」


 はるかは突っ込まずには居られない。そして頬を膨らませて話題を変える。


「まったく、そうじゃなくて、私が感心したのはサキさんのことよ」

「サキの?」


 怪訝そうな顔をする翠に、はるかは恥じ入ったように告げた。


「その、本当のボランティアって、そういうものだったのかって」


 はるかはため息交じりに呟く。


「さすが敬虔なクリスチャンって、考え方が違うわよね」


 それに対し、翠も考え込む。


「うーん、まぁ、言われてみれば先生たち、一度もボランティアって言葉、使ったことがねーけど、そういうのが理由だったのかもな」


 単位をもらう為の社会奉仕活動は、真実の意味ではボランティアとは言えない。だからボランティアとは呼ばずに、社会奉仕という言葉を使ったのか。


「でも、それってほんとにいいのか?」


 翠は、はるかに問う。その表情は珍しく真剣な物だった。


「えっ?」

「だって、誰にも知られずにするって言うことは、理解してもらう努力を放棄してるってことじゃねーのか?」


 翠は何を言おうとしているのか。


「そういう考え方だから、孤立してんだろ、サキは」

「あ……」


 言われて、はるかも気付く。

 聖稜女学院で、ただ一人の鳥獣対策委員。サキは誰にも理解されること無くただただ無償で学院を守る。その姿はひたむきで…… でも周囲は誰もその事実を知らず白眼視する。

 尊いもののはずなのに酷く歪なその生き方は、体育祭のバスケットボールの試合で転んでも転んでも立ち上がる、あの消耗しきった姿を連想させた。そう、たまたまあれは目に見える形になっただけで、いつだって傷だらけなのだサキの生き方は。

 けれども、


「そんなのって、ない」


 内心の激情が、つぶやきとなって溢れ出た。


「でも、それがサキの望みだぜ」


 翠の答えは冷徹で。


「それで、良い訳が無い」


 はるかは繰り返し否定する。


「そうは言うけどな」


 翠は一抹のやるせなさを感じさせる声で言う。


「サキの望みを遮る権利なんて誰も持ってねーんだぜ。あいつが他に望みを持ってるように見えるか? 多分、たった一つの望みがあの生き方なんだぜ」

「だったら手に入れるわよ!」


 はるかは決意する。


「は?」

「絶対に、サキさんを助けられる立場を手に入れて見せるわ」


 翠に向かって宣言する。


「それって……」

「サキさんのパートナーに成って見せるって言ってるの!」


 はるかは叫ぶ。


「無理だって、あいつが認めるわけねー。あいつは自分の生き方に他人を巻き込む気なんて更々ねーんだからな」


 だからこそ鳥獣対策委員などという不人気な仕事についているのだ。

 しかし、はるかは諦めなかった。


「本人が認めなくても認めざるを得なくする方法なんて、いくらでもあるわよ」

「おい? 何をやらかす気だ?」


 不審げに顔をしかめる翠に胸を張って答える。


「もちろん、コネは使う為にあるのよ!」




 そんな訳でさっそく、その日の放課後、はるかは学院長室に直訴に上がった。


「お願いです、私をサキさんのパートナーに任命して下さい! 院長先生の言葉なら、サキさんも聞いてくれると思うんです」


 必死になって言い募るはるかに、学院長の目が柔和に細められた。


「そう、あの子もいいお友達を持ったわね」


 まるで、そこに懐かしいものでも見るかのように言う。


「分かったわ。サキを呼び出すから、そこに掛けていて頂戴」


 そして内線に向かって指示を出す。

 ほどなくしてノックの音と共にサキがやってきた。


「失礼します」


 部屋に入り、応接セットの椅子に座っていたはるかに、わずかに表情を動かす。


「お呼びでしょうか、院長先生」


 それでもサキは、はるかに関して触れることなく学院長に向き直る。


「サキ、あなた、社会奉仕活動でパートナーを持っていないんですってね」

「……はい」


 サキは目を伏せる。


「榊はるかさんから、貴方のパートナーになりたいって、希望があったわ」

「はい」

「いいお話だと思うんだけど、受け入れてくれる?」

「それは……」


 逡巡するサキだったが、それも一瞬のことだ。表情を消して、こう答えた。


「分かりました。必ず榊さんを守って見せます」


 あれ?

 はるかは首をひねった。確かに望み通り、パートナーには成れたが、何かが違っていやしないか。


「私、守ってもらう為にパートナーになりたかった訳じゃ……」


 言い募るはるかに、サキは首を振って答える。


「私は、鳥獣対策委員。聖稜の生徒を守る義務があるから」

「だったら、私も……」

「榊さんは、保健委員。聖稜の生徒の治療に当たるのが、その役目。だから、あなたは私が守る」

「う、うーっ」

「何?」

「何でも無い!」


 これ以上、学院長の前で言い争う訳にも行かないと思ったはるかは話を切り上げた。

 しかし、これだけは言っておく。


「してもらうだけじゃなくて、お互いに助け合うのがパートナーなんだからね! 私だってサキさんを助けるんだから!」


 それに対しては、サキは何も答えなかった。つまりはるかの助けは受け入れられないと言うことだ。

 ……て、手強いっ。

 立場さえ手に入れれば、強引に押し通せると見込んだ自分が甘かった。そうはるかは独白し、それでも諦めないと自分を鼓舞するのだった。

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