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第一章 クラス、保健委員

「やっぱり似合うわーっ!」

「榊さん、素敵ーっ」

「白衣の天使ねっ」


 教室に女子特有の華やかな歓声が飛び交い、はるかは顔を引き攣らせないようにするので精いっぱいだった。

 はるかは今、ナース服を着ていた。

 と言っても、今時の機能的なものではない。ナイチンゲールが着ていたような、古風な白いエプロン、それに保健委員を示すナースキャップと十字の付いた腕章を合わせて、シックなデザインの制服のワンピースの上に重ねているだけだ。

 はるかは、クラスで保健委員に任命されていた。

 大半が中等部からの持ち上がりの、この聖稜女学院に春から編入したはるかだったが、それだけに学院中の注目を受けることになった。

 友人の翠が言う所では、刺激が無くて飢えていた所に現れた美人だし性格もいいからなー、ということだったが、クラスどころか学年中から人気者扱いされているのはどういう訳なのか。どのようなルートで伝わったのかは知らないが、上級生や中等部の生徒たちからも話題に上げられる始末だ。

 その結果、このコスプレ衣装付きの役職に推薦されてしまったのだ。

 確かに、クラスメイトたちが言うようにはるかにこの装いは似合っているようで、なんだか熱っぽい視線が注がれているのが感じられたが。


「はぁ、まさか、学校に来てまでナース服を着ることになるなんて」


 嘆くはるかの声にいち早く反応したのは、翠だった。


「おっ、その口ぶりは、今までに着たことがあるってか?」


 それに対し、はるかは軽い調子で答える。


「実家が、小さな個人経営の診療所だったからね。母親がナースとして手伝っていたから、お母さんが亡くなった後、自分がするんだって小さい頃からナース服を着て手伝ってたのよ」


 もちろん、看護の資格なんて持っているはずがないから、家業の手伝い止まりだったが。


「へー、すごーいっ!」

「本当の看護婦さんだーっ」


 周囲から、称賛の声が上がった。

 そういった言葉とは別に、翠が言う。


「へぇ、コスプレなんかじゃなくて、もう現場を知ってんだ。こりゃ、保健室の先生に重宝がられるな」


 上品と言えば聞こえがいいが、か弱い女生徒が多いこの学院では、気分を悪くして保健室を訪れる者も多い。保健室に常駐する養護教諭も結構忙しく、人手を求めている状態らしい。


「まぁ、薬品のこととか、応急手当とか、知識だけは詳しくなったけどね」


 翠の軽口に、はるかも軽く答える。

 そんなはるかに、クラスメイトたちが詰め寄った。


「それじゃあ、社会奉仕の時は私たちと、ご一緒して下さいね」

「あ、ずるいー、抜け駆けは禁止よ! だったら私も!」

「あ、あの、私とパートナーに……」

「何言ってるのよ! 榊さんは、翠さんと組むに決まってるでしょ!」


 彼女たちは、口々にはるかに言い募る。

 しかし、はるかには訳が分からない。


「しゃ、社会奉仕?」


 答えは翠がくれた。


「うち、一応キリスト教系の学校だろ。授業の単位にあんだよ、これが」


 ざっくばらんに説明してくれる。


「大抵、地元の老人ホームに手伝いに行ったりとか、ゴミ拾いをやったりとか、簡単なもんだけどな。ポイント制で、働きに応じて単位だけでなく、色々と特典が付くようになる。備品や設備の使用権とか、予算配分の優遇とか」

「はー」


 はるかは、本気で感心するしかない。


「で、パートナーって言うのは?」


 先を促すと、翠は続けて教えてくれた。


「文字通り、社会奉仕をする時に組まされる時の最小単位だよ」


 苦笑交じりに言う。


「私たちは大抵が半人前だろう。二人で一つの仕事をするぐらいで丁度いいんだ」

「だから、パートナーね」


 はるかは、納得する。

 翠は人好きのする笑みを浮かべて、話を続けた。


「で、保健委員だと色々と潰しが効くだろ。老人ホームの手伝いなんて、それそのものだし。そうじゃなくて、海岸にゴミ拾いに行ったりする時や資源ゴミ回収に行ったりする時なんかも、日射病にやられる奴が出ることが多いから必ず一人は組み込まれるし、引っ張りだこだぜ」

「日射病って……」


 戸惑うはるかに対し、翠がこともなげに言った。


「そりゃあ、はるか。ここは、お嬢様が通うような学校だからな」


 そう、体育の授業で実際に目にして呆れ返ったはるかだったが、日光を浴びて、


「あっ」


 とか言って、たおやかにお倒れになるような、お嬢様が本当に居るのだ、これが。

 貴様は吸血鬼かと言ってやりたくてしょうがない。

 余計な波風は立てたくないので言わないが。


「納得」


 うなずくはるかだったが、吸血鬼と言えばもう一人、心に引っかかる人物が居た。


「そういえば、黒羽さんは?」


 黒羽サキ。

 その姓の示す通り、黒く艶やかな髪を持つ彼女は、対照的に抜けるように真っ白な肌をしていた。はるかには、彼女が教科書を開いている所と文庫本を開いている所ばかりが印象に残っていた。徹底的に動かない少女なのだ。

 そのせいか元々小柄な上、肉付きが薄い。かなり病弱に見えた。

 はるかはあの時、カラスから助けてもらった礼を彼女に伝えたのだが、彼女は人違いだと言って受け取ってはくれなかった。

 しかしはるかの目に間違いはないはずで、はるかの中で思いはくすぶったままだった。


「あー、あいつは、いつも単独行動だからな」


 想いに耽っていたはるかに、翠が教えてくれる。


「それって社会奉仕の時も?」


 今聞いた話だとパートナーを組まなくてはいけないみたいだったし、グループで行うものが大半だった気がするが。


「うーん、それがな」


 翠は言いづらそうに口を開いた。


「鳥獣対策委員って、あいつ一人だけだから」

「なっ!」


 はるかは絶句した。そして一瞬の後にまくしたてた。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あんた、この間言ったじゃない、サルやイノシシの害が酷いって! それを、彼女一人で戦わせてる訳?」


 はるかは血相を変えて翠に詰め寄った。


「待て待て待て、はるか。話、飛び過ぎだ。誰もサキ一人にそいつらと戦わせねーって。大体、どこの空手家だよ、そいつは!」


 激高するはるかを、翠がなだめる。


「そりゃあ、何かあったら真っ先に飛んで行くけど、基本、市役所の係への窓口があいつの仕事だ。この間のカラスもそうだったろ」

「そ、それはそうかも知れないけど、一人ってどういうことよ」


 はるかには納得がいかない。

 そんなはるかに、困ったように翠は説明する。


「なり手がいねーんだよ。この聖稜女学院って、お嬢様学校だろ。動物と戦うなんてできないし、それどころか動物の方が、かわいそうなんて言うのが大半でな。鳥獣対策委員も、だいぶ白い目を向けられてんだ」


 それは、サキが学校内でかなり孤立しているということだ。誰ともしゃべらず、窓際の一番後ろの席で一人本を読んでいる理由が分かったような気がした。


「だったら、あんたが助けてやればいいでしょ! 古武術道場の娘のあんたが」


 はるかは言うが、


「いや、古武術だってさすがに、動物との戦いは想定していねーぜ。私じゃあ人間相手の護身がせいぜいだ」


 無理無理無理、と翠は顔の前で手を振って見せる。


「それだって、大したもんじゃないのよ」


 そう思うのだが、


「いいや、はるかは野生動物をぜってー舐めてる!」


 翠は言い切る。


「試しに自分の手をネコじゃらし代わりにしてネコを前後の見境なくなるまで興奮させてみ。飼いネコ相手ですら、手が傷だらけになること間違いねーぜ!」


 断言する翠に、はるかは眉をひそめた。


「試したこと、あるのかぁ?」

「おう! 修行の為だと思ってやったら、本気で痛い目に遭ったぜ!」


 何故か得意げに胸を張る翠に、はるかは冷たい目を向ける。


「馬鹿が居る。ほんとの馬鹿が居る」

「あっ、ひでーなー。私は頭でばかりものを考えて、やる前から何もしない人間には、なりたくないってだけだぜ」


 格好をつけて言い放つ翠だったが、はるかは取り合わない。


「おかしい。言ってることはまともなはずなのに、こいつが言うと、どうやっても、ただの馬鹿にしか見えない」

「本気で、ひでーなっ! はるかはっ!」


 言ってることはきついが、お互い笑顔で。だから、二人の会話は早くもこの学院の名物のようなものになっていた。

 翠だって嬉しいのだろう。地元の学校だからと言って入らせられたこのお上品な学校で、歯に衣着せぬ言い合いができる友人を持てたことが。


「で、話を戻すわよ」

「チッ」

「今、舌打ちしたでしょ! 絶対舌打ちした!」


 迫るはるかに、翠はとぼける。


「はるかの気のせーじゃねーか?」


 そう言うが、口の端がかすかに上がっていた。


「しれっとした顔で嘘をつくな、嘘を! って、また誤魔化してるなー」


 そこに、周囲のクラスメイトたちが口を出して来た。


「黒羽さんと、関わる気なんですか?」

「あの人、無口で何を考えてるのか分かりづらいし、友達も作ろうとしないし、少し怖い所ありますよね」


 その言葉が、はるかの心をゆさぶった。


「分かった。だったら、私がパートナーになる!」

「ええっ!」


 周囲の驚きの声が、唱和する。


「またまた御冗談をー」


 翠は片手を上げ、おどけたような仕草で止めようとするが、はるかは本気だった。恩人の彼女に、どうしてもお礼がしたかったし、孤立していると言うのなら友達になってあげたかったのだ。

 その時、教室の隅で椅子が小さな音を立てた。

 サキが席を立った音だった。

 周囲の生徒たちが注目する中、文庫本を閉じた彼女はまっすぐに、はるかの前に来て言った。


「迷惑、かけることになるから一人でいい」


 澄んだ声で告げられたのは、明確な断りの言葉だった。

 そして彼女は、そのまま教室を出て行ってしまう。

 すれ違いざまに、はるかが気付いたのは、どこか遠い記憶の中で知っている懐かしい匂い。サキの制服から香る、匂いだった。

 ともあれ、周囲の一同はサキの一方的な拒絶の言葉に凍りついていたが、言われたはるか本人だけは違っていた。


「ふむ、私が迷惑なわけじゃなくて、私に迷惑をかけるからって言うのが理由なのね」


 その一言で、サキに向けられようとしていた非難の空気が霧散する。

 それを面白そうに見ていた翠は言う。


「あはは、はるか、振られたなー」

「聞いてなかったの? 私が嫌だからって理由じゃなかったのよ」

「へ? それじゃあ?」


 はるかは不敵に、笑顔を浮かべながら言い放った。


「絶対、口説き落として見せるわ」


 あっちゃー、と声に出してわざとらしく天を仰ぎ見る翠を無視しながら。

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