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第十一章 ただ、あなたが居ないだけ

 病院での出来事から一週間。はるかはそれだけの間、茫然自失としていた。

 見るものすべてが色褪せ、聞こえるのは酷いノイズとしか受け止められない。

 寄宿舎の自室に閉じ籠もり、日がなベッドの中で過ごす。首から下げられたビーチグラスを握りしめながら。

 その感触だけに、すがりながら。




「よぉ、やっと復活したか」


 放課後の教室、一週間ぶりに訪れたはるかを迎えたのは翠の、そんな何気ない調子の一言だった。

 現実に帰って来た。そんな気がした。


「もう、机も無いのね」


 窓側の一番後ろの席、彼女が文庫本を捲っていた席も既に無かった。


「あいつは病気の療養で転校して行ったって、みんなには説明してある」

「そう……」


 はるかは胸元に下げられたビーチグラスを制服越しに撫でる。その仕草は今後、はるかの癖となって行く。


「もう、この学院のどこにも彼女は居ないのね」


 はるかはそう言って教室を後にした。

 残された翠がつぶやくのが聞こえた。


「本当にこれで良かったのか? なぁ、サキ」


 その声は人気のない教室に吸い込まれ、消えた。




 サキが聖稜女学院から消えて変わったこともある。

 鳥獣対策委員は消滅し、その存在と活動を白眼視していた生徒たちを安堵させることになった。

 その代わり、仕事は外部に委託されるようになった。と言っても教員は市に被害届を出すだけで良い。

 それを受けた市が、県に許可を受けて害獣駆除を行う。ハンターに依頼して駆除してもらうのだ。

 聖稜女学院は良家の子女を集めた学校だ。各方面からの圧力で、危険の芽は速やかに刈り取られた。

 生徒たちの目の届かない所で。知らない内に。

 市役所の武富にこの話を聞いたはるかは、これを知ったら鳥獣対策委員を嫌っていた生徒たちはどう思うだろうかと思ったが、結局、口をつぐんだ。

 嫌悪の対象が善良なハンターたちに移るだけだと分かってしまったからだった。




 夏休み、はるかの父は帰って来なかった。

 何でも、目の離せない患者を抱えているらしく謝りの手紙が届いた。あの日、連絡がつかなかったのもその患者の為らしい。サキの代わりにその患者が助かってくれればいいと、はるかは願った。

 そして、はるかはゴールデンウィークと同じく、上級生の副寮長、天城冬香を始めとした居残り組の生徒らと共に寄宿舎で夏休みを迎えた。寄宿舎に残った生徒らは、はるかのように両親が海外に行っている者の他、親と折り合いがつかなかったり、またサキのように両親を亡くしていたりと、理由は様々だった。

 そして学院長も訪ねて来てくれて、はるかを気遣ってくれた。

 はるかは制服越しに胸元のビーチグラスに手を当て、大丈夫だと答えた。

 紅茶の淹れ方も、春先よりは上達していた。




 大丈夫だと言ったのは本当だ。

 とても、とても悲しかったけれど、この胸元には彼女がくれたビーチグラスがある。サキと一緒に過ごした思い出が、いつまでも自分の支えになってくれる。

 多分、ずっと先、自分がおばあちゃんになって死ぬ時が来ても、このビーチグラスが、自分を彼女の元に導いてくれる。そんな気がして。

 サキが死を目の前にしても、安らかに笑って居られた理由が分かったように思えた。




 はるかは、時には翠の家に遊びにも行く。

 見学させてもらった道場には中学生も居て、基礎練習を繰り返し、繰り返し、頑張っていた。サキもこんな風に練習していたかと思うと胸が熱くなった。

 そして翠の父、実篤と兄、竜也が見せる迫真の演武と奥義には魅せられた。

 ネコのように隙の無かったサキ、彼女の時折見せた身体のキレ。

 それが連想させられた。




 サキと行った駄菓子屋にも行ってみた。

 そこは夏休みを迎えた子供たちのパラダイスになっていた。

 店のお姉さんには学校での説明と同様、サキは病気の療養で転校して行ったことにして説明した。お姉さんはとても残念がっていて、良心がちくりと痛んだ。

 寄宿舎居残り組のおやつ用にある程度まとまった金額分購入したら、色とりどりの駄菓子を大量に買うことが出来て、改めて駄菓子屋が子供の味方、安い金額でお菓子を提供しているんだと気付かされた。

 店先でブタメンにお湯を入れてもらって、間食代わりに食べる。

 とんこつ味のそれはサキと共に食べた、あの時の味がした。




 あのイタリアンのお店にも寄宿舎居残り組、みんなで出かけた。

 本場、イタリアではパスタを食べるのにスプーンを使わないと言う話は、メンバーの半数が感心して冬香を始めとした残りが既に知っていた。さすがは、お嬢様学校の生徒だった。

 はるかはあの日、サキが注文したヴォンゴレを注文した。

 アサリの入ったスープスパは食べやすく、好みだった。




 朝早く目が覚めた時には、朝食前に浜辺にゴミ拾い兼、ビーチコーミングに出かけるのが、はるかの日課になった。

 定番のビーチグラスだけではなく、貝殻や奇妙な形をした流木、サメの歯を拾った時にはびっくりしたが。

 拾ったビーチグラスは大抵が翠のアイスの補助になったが、気にしなかった。

 一番大切な宝物は、この胸に輝いているのだから。




 一日一日が、輝いていた。

 ただ、そこにサキが居ないだけ。

 彼女が居ないだけ。

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