第九章 ペアのペンダント
「サキさん、ここ」
翠と別れた後、はるかがサキを導いて入ったのは、一件のアクセサリーショップだった。
店先には、店主が仕入れて来たのだと聞いた、色鮮やかな南洋系のアジアン雑貨が並んでいる。
「ここ?」
「うん、若い人向けのアクセサリーショップ」
アクセサリーショップと言っても、そこは海岸沿いの通りにある若者向けの店だ。学生でも手が届く、ほどほどなお値段が特徴のお店だった。客層も中高生を含めた若者が圧倒的に多い。
「サキさん?」
今まで、こういった店とは無縁な世界で暮らして来たのだろう。サキは落ち着きなくあちらこちらと店内を見回していた。そしてアクセサリーのコーナーに着いて、軽く目を見張る。
「これ……」
「そう、このお店の特徴的な所が、これなの」
この店の個性的な所は、海岸への漂着物…… 貝殻を使ったストラップや流木を使ったハンガー、流れ着いた陶器のかけらを使ったネックレス、そしてビーチグラスをふんだんに使ったアクセサリーたち。そういった手作りの品々が目につく味わいのあるお店だった。
「面白いでしょ」
目を見張るサキを、はるかは笑顔で見つめた。しばらく二人で店内を巡り、品を見て回った。
「どう、気に入ったのあった?」
そう尋ねるはるかだったが、サキは小さく首を振った。
はるかは自分でも表情が曇ってゆくのがわかった。
「こういうお店、苦手だった?」
「ううん、慣れてないだけだから」
サキは言う。
「色々あり過ぎて、目移りする」
「だったら少しずつ、こういうお店にも慣れて行かないとね」
はるかは、微笑む。
「サキさん、色白で小柄だし髪も綺麗だから、きっとアクセサリーも似合うと思うし」
「私、が?」
「自覚が無いのも、そこまで行くと罪よね」
小さな背も、抜けるような白い肌も、ぬばたまの長い艶やかな髪も、小作りな顔も、すべてが、はるかに無いもの。自分には持ち得ない、希少な宝石のようなもの。
憧れと言うのは、恋焦がれる気持ちに良く似ている。
はるかは、改めてそう思う。
「待ってて、用事を済ませて来るから」
そう言って、はるかは店の奥に向かう。
背中に、サキの真っ直ぐな視線を感じながら。
「ごめん、付き合わせちゃって」
しばらくして店の奥から帰って来たはるかの手には、小さな紙袋があった。
「公園、行こうっか」
海岸通りを少し上に上がると、二つ目の角で視界が開け、空が広がる。その眩しさに目が慣れる頃、海の見える公園に着く。
夏が近づいてきた海は、先ほどのアクセサリーショップで見た青いビーチグラスと同じ透明感を持って眼下に広がっていた。
「はい、お茶」
自販機から買ってきたお茶をサキに手渡す。サキは遠慮して代金を払おうとしたが、はるかは笑って、それを断った。
「今日、付き合ってくれたお礼。受け取ってくれないほど、礼儀知らずじゃないわよね」
「……ずるい」
「誰かさんが頑固だから、先回りして逃げ道を塞いじゃうのが癖になっちゃってー」
「人のせいにするし」
「んー、何のことかしらね、ふふふ」
サキのいじけた表情は希少で…… はるかはもっと色々な表情を見てみたいと思った。
もっともっと、これからずっとずっと一緒に、傍に居て。
だから、
「サキさんに、持っていて欲しいものがあるんだ」
はるかは紙袋からアクセサリーを取り出した。アンティークな、太めのチェーンの先には海の色をしたビーチグラスがぶら下がっていた。
「それ、は?」
サキの顔が、幼い少女のように傾げられた。
「この間の、社会奉仕の時に私が拾って来たビーチグラス。あのお店で加工して、チェーンを付けてペンダントにしてもらったんだ」
そして、はるかは自分の制服の襟元をくつろげると、同じように加工されたものを取り出した。
「覚えてるかな、これ。ビーチコーミングについてサキさんが最初に教えてくれた時に、渡してくれたビーチグラス」
海岸線の日の光に輝く、海の色を閉じ込めた磨り硝子。
「サキさんが、初めて私にくれたものだから大事に取って置いたんだ」
サキに渡そうとしたもの…… あの日、はるかが海岸から拾ったものの中から選んだものとは、微妙に色も形も違う。本当は完全なお揃いにできたら良かったのだが、元が人工物とはいえ、大自然が加工してくれたものに、まったく同じものなどあるはずも無かった。
まるで、はるかとサキのように。
そして沈黙に耐えきれなくなったはるかは、口早に説明する。
「それでね、アクセサリーにして身に付けたかったから加工してくれる所を翠にお願いして捜してもらったんだ」
無言のサキに、必死に語りかける。自分の想いが伝わるよう。
「それが、さっきのお店。お値段も手ごろで、ビーチマネーも使えて、拾ったビーチグラスに二百円相当の二色混合のものがあったから、それで更に値引きしてもらって。だから……」
だから、
「受け取って、もらえないかな?」
「私は……」
真剣な目をして、はるかを見返すサキ、その唇が動こうとした刹那!
「きゃあっ!?」
空から飛来した真っ黒なものが、はるかの手からビーチグラスのペンダントをさらって行った。
「カラス!?」
光物に、カラスが興味を示したらしい。その飛び去ろうとするクチバシに、ペンダントが咥えられている。
「ペンダントが!」
次の瞬間だった。
はるかのすぐ横から、どうやったのか、ほぼ同時と思えるタイミングで三つ。カラス目がけて風を切る翼が投げつけられた。
「ブーメラン!」
サキが投げつけたブーメランがカラスを追い、そして、
「グアッ!」
三発とも、次々に命中した。
カラスはペンダントを取り落とす。それは公園の眼下の背の高い草むらに落ちた。
「サキさん!」
はるかが制止する暇もなく、サキは軽々と公園の柵を乗り越え草藪の中に消えてしまう。灌木も生えた茂みは小柄なサキの姿を覆い隠してしまった。
それを追おうとするはるかだったが、公園を囲う柵を飛び越えられるほど、ずば抜けた運動神経を持ち合わせている訳ではない。結局、大きく迂回して駆けつけるしかなかった。
「サキさーん!」
そう言ってサキを探すものの返事はない。そうやって、どれくらい探したのだろうか。不意に目の前の茂みが揺れて、サキが姿を現した。
その手には……
「これ」
確かに、カラスにさらわれたビーチグラスのペンダントがあった。
「あ、ありがとう」
ペンダントが、はるかの掌の上に落とされる。
「って、これ、サキさんにあげたものよ」
わずかにサキは目を見開く。カラスから取り返し、探し出すことに夢中になり過ぎて忘れていたらしい。
彼女らしい、と、はるかは笑った。
「ここまで必死に探してくれたんだもの、受け取ってくれるわよね?」
しばらく固まった後、サキは小さくうなずいた。
「それじゃあ、着けさせてね」
首に回された、はるかの手を避けなかったのは、これまでこう言ったものを着けたことが無かった為か。
そうやって、ようやくこのビーチグラスのペンダントは収まるべき所、サキの胸元に収まったのだった。
「お揃い、ね」
はるかの胸元にも、微妙に色、形の異なったビーチグラスが。
二人の胸元に、海で洗われた青が輝いたのだった。
「ずっと一緒で居られるといいわね」
はるかは言う。そう願いをかけながら拾って選んだビーチグラスだったから。
「お墓の下まで持って行く」
思いがけない、サキの返事。それにはるかは驚き、次いで喜びが心を満たした。
「うん」
はるかは万感の思いを込めてうなずいた。
その日の深夜のことだった。
サキが、救急車で病院に収容されたのは。