♦後ろの正面♦
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私は館内に誰も残っていないことを確認すると、司書の先生に促されるまま図書室を出た。
館内にいた全員が出るのを待つのは、時間の無いこの状況において無駄な行為だったかもしれない。
だけど。
私の後ろを誰かが歩くこと……その感覚を、私は好まない。
その理由が何なのかは解らない。けれど、何故か……。
とても不安な気持ちになってしまうのだ。
だいぶ時間が過ぎてしまった。ロスした分の時間を取り戻すため、私は足早に特別塔を出た。
そして、渡り廊下を半分ほど渡ったとき――――歩みを止めた。
同時に、足音が止んだ廊下には、空気が凍ったかのような静けさが訪れた。
5、 ――――何故?
4、 ――――私が最後だったはずなのに。
3、 ――――図書館を出た辺りから感じていた不快感。
2、 ――――背中がむず痒くて、気持ちの悪い……。
1、 ――――そんな、懐かしくて、
0。 ――――思い出したくなかった感覚。
……カウント終了、反応はナシ。どうやら、私に用があるみたいね。私の計画を潰しに来た敵かしら?
けれど、“あいつ”ではないことは確か。もしも“あいつ”だったとしたら……近づいただけで私の全身から殺意が溢れるはずだから。
とはいえ、このまま客人を無視するわけにもいかない。本当は、暇なんてないけれど……。
「ねえ、あなたは何者なの」
それでも沈黙は続く。振り返ることなく、私は一気に続ける。
「悪いけれど、私の後ろを歩かないでもらえるかしら。もし、私に用があるなら私の正面に来て。そうではなく、あなたはただ歩いていたのに私が自意識過剰だったから起こした勘違いなら、ごめんなさい。そのまま私を追い越して行って構わないわ」
そうして再び、沈黙の空間が出来上がった。
背後の人はぜんまいを巻き忘れた人形のように、動かないし何も喋らない。
私はしびれを切らし、肩にかかる髪をはらった。
そして相手に感づかれないよう、千里眼を使って背後の様子を見る。
――――青い、ずきんをかぶっている。リボンの学年色は黄。俯いていて顔はよく見えないけれど、メガネをかけているみたい。
相手の情報はしっかりと脳に焼き付けた。
……ずきんをかぶっている変人なんて、記憶する間もないけれど。
「……時間切れよ。何か言いたいことがあるなら、また私を探し出しなさい」
何もしなかった彼女は、私が足を進めても声すら出さず、何もしてこなかった。
翌日の昼休み、私はまた図書館へ向かった。昨日私を追ってきた人物がほぼ特定できたから。
あの時、たしかに私は最後まで残った。けれど、それは“利用者の生徒だけ”だったことに気がつくのに時間はかからなかった。
そう、残るのは……。
私は昨日の人物の特徴を思いかえし、そして千里眼を使って館内を見渡――――そうとしたとき、視界に入った一人の女子。
青いずきんに黄色のリボン、ということは2年生、私の1歳上。それから赤いフレームのメガネで、見事な三原色……。そんな、昨日千里眼で見たままの女子が貸出カウンターにいた。
時間を短縮できた喜びと、その呆気無さに落胆するのとが混じって微妙な心境だけれど……。
“かくれんぼ”みたいで少し楽しかった、と思ったことは、心にとどめておきましょう。
私はカウンターに近づく。彼女は利用者が来ないからか、本を読んでいた。
「少しいいかしら」
……返事はない。
「すみません、」
……彼女は本に釘づけになっている。
「あ、の!」
耐えきれずにカウンターを叩くと。
「……!?」
彼女はビクンと体を震わせ、勢いよく顔を上げた。と、同時に表情をこわばらせる。
「すっ、みませんっ……!すみませんすみません!本に集中していたので!それに私に話しかけられているとは思わなくて……!!本当にすみません!!」
彼女はそういいながら耳に手伸ばし、何かを取り出した。
――――耳栓?
なるほど、だから声が聞こえなかった……。私は納得した。
「時間がないから手短にすませたいの。あなた、昨日私を追って来たでしょう」
否定されるか、能力で押さえつけられるか……。
「はい」
「……、え」
そのあまりにもあっさりとした答えに、私は言葉に詰まった。
彼女は、私の脚本を掻き乱しかねない……。
そう思うと、不安と期待で体が震えた。
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