❤グッドバイハロー❤
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桜庭王子が『あの人』に接触し、あまつさえ厄介事に巻き込んだ。
事態は、私の予想よりも早く……それも悪い方向へと進んでいるらしい。まさか学園の暗部にすら関わる派閥抗争を止めようと考えるだなんて。
この場所にいるというだけで危険だというのに。それなのにあの人は自ら深い深い悪意の中心に飛び込むことを選んだ。自分を省みず、ただ、その善意の向かうままに。
あの人は危うい。大事なモノを無くした心はどこまでも自分を犠牲にして、他人のために命をすり減らす。
だから。だから私が潰さなければ。あの人を害する危険があるモノを。
私が守らなければ。それが私の存在意義で、生まれた意味。
たとえあの人が私のことを知らなくても……私が、××を守る。守らなければならない。
と、そんな主旨のことを説明していると、卯月流は額に冷や汗を浮かべながら、言った。
「き、気持ちは分かったからさ、落ち着こう?」
「私は落ち着いているわ。貴方こそ、挙動が不審だけど。少し落ち着いたら?」
「顔が近いの、顔が!焦りもするよ!」
叫ぶ卯月流の吐息が、前髪を揺らす。なるほど、確かに少し詰め寄り過ぎていたきらいはあるかもしれない。
「喚かないで。煩いわ」
私が離れると、卯月流は大きく息を吐く。
「それで平常なら、ヒートアップしたらどうなっちゃうのか想像したくないよ……」
「安心して。あなたごときに熱くなることはないから」
「あ、そうっすか……」
あなたがあの人にとっての脅威にならない限りは、ね。 そう心の中でだけ付け足しておく。
「……それで、あの人を守るにはどうすればいいかしら」
意気消沈した様子の卯月流を意識的に無視して、思考の海に潜る。私が自由にしていられる時間は長くない。無駄は禁物だ。
さて。あの人が、この『学園の秘密』を知ってしまったからには、話は桜庭王子を潰すだけではおさまらない。ならば。あの人を危険に巻き込まないためには……
「--派閥抗争自体を、叩き潰す……?」
「随分物騒だね……。うーん、目の付け所は悪くないけど、それじゃあ第三勢力として抗争を激化させるだけじゃないかな?」
「……貴方には聞いてない」
届いた声に引き上げられ、現実に戻される。思考にノイズを挟んできた卯月流を睨んだ。不愉快。でも、その意見は一理ある。それが尚更に不愉快なのだけど。
確かに、あまり得策とは言えない作戦だったかもしれない。
私の悪い癖。あの人を思うと、どうしても熱く、気が急いてしまう。
「そんなこと言わずに協力させてよ。俺にだって守らなきゃいけない人がいて……彼の願いの成就には、桜庭君の行動は邪魔なんだ」
私の流儀は力ずくに見えがち……というか、確かにほとんど力ずく。でも、それだけでは決してない。あの人を確実に守るには、石橋を叩いて渡る慎重さも必要だ。
結果として、叩き壊してしまうことが多くなってしまうのもまた確かではあるけれど。
焦らず、考えなければ。あの魔女達も裏で活動を始めてるようだし。
「ねぇ、聞いてる?」
「聞きたくないわ。貴方のホモホモしい発言なんて」
「俺は別にホモじゃないんですけど!?」
「だったら、何?」
これは、恩返しだよ。
私の問いに、そう言って目を細める卯月流。その妙に気取った仕草を見て、思う。
私と卯月流は行動理念や目的こそ一致しているが、それだけだ。根本は、やはり違うのだ。
……だからどうということもないけれど。利害は一致している。せいぜい利用してやろう。
「四六時中、男を幸せにする方法ばかりを考えてる癖に」
「誤解を招く言い方しないでもらえませんかねぇ!?」
「決めたわ」
「あ、スルーですか……」
貴女の道を阻むのは、心苦しいけれど。でも、そこは茨の道だから。苦しくて痛くて辛くて、傷ついてしまうかもしれないから。
だから私は、貴女の笑顔のために。
貴女の邪魔をする。
「桜庭王子達の……和解派の活動を、妨害する」
私の宣言に、卯月流は手を打って賛成の意を示した。
「いいと思うよ。君の大事な人を抗争の渦中から遠ざけることが出来て、桜庭王子を潰すことにも繋がる。ウィンウィンの合理的な選択だ」
指針は決まった。でも、問題は山積み。
「あの人を傷つけることなく、和解派を邪魔するにはどうすれば……?」
「それなら、和解派を本格的に始動する前に頓挫させちゃえばいいんじゃないかな。和解派の悪い噂を広めて人数が集まらないようにする、とか」
なるほど。直接手を下すことなく、間接的に身動きが取れないように出来るなら、それが一番だ。
それに。
「名案ね。私にピッタリの作戦でもあるし」
「え?それってどういう、」
困惑の色を湛えた問いかけを聞きながら。私は三つ編みに結っていた髪をおろし、フレームの厚い眼鏡を外す。これだけで随分印象は変わって……卯月流も、気づくだろう。
予想通り。私の姿を目の当たりにして、卯月流は言葉を失う。そんな彼に、私は微笑んだ。
あの人と、同じ顔で。
「根も葉もない噂を広めるよりも、効率良くいきそうでしょう?」
「それ、どうやって……。能力? でも君の能力は……いや、」
そこまで言って、卯月流は首を振った。
「君のことも、君の言う『あの人』のことも詮索はしないでおくよ。君を敵に回したくないし、今重要なのは君のソレが俺たちにとって都合がいいってことで……それだけでもう十分だしね」
評価を上方修正した方がいいかもしれない。ただの馬鹿なホモというだけでは、なかったらしい。
「それじゃあ早速『和解派』を名乗ってひと暴れしてきましょうか」
「何か案があるの?」
「先ずは『目』が欲しいわ」
行動時間に制限がある私が、桜庭王子や魔女達のような危険分子の動向を把握するには。
「『目』?」
「ねえ、確かこの学園には『情報屋』がいるでしょう?」
「え、ああ。それがどうかした?」
心を映す私の瞳は魔法の鏡。
それを学園中に張り巡らせることができたなら……。
「会いに行きましょう」
そうと決まれば、急がなければ。時間は有限なのだから。
「え、ちょ!待ってよ」
慌てて準備を始める卯月流を横目に、私の浮き足だった心は足を伴って軽快に進む。
あの人が笑う、未来に向かって。
「おや、有栖川ちゃん」「涼平のお見舞いに行ったんじゃなかったの?」
私の姿を視界に収めると『情報屋』の双子はそう言った。
完全に、私をあの人だと思い込んでいるようだ。
作戦通り、自分の口角が持ち上がるのが分かる。
彼らの秘密を暴いて、尚且つ、あの人との仲に軋轢を生じさせることで、ふたつの目的を一石二鳥に果たすことができる。好都合。
「そんなことはどうでもいいんだよ。ねぇ、貴方達はどうやってこの広大な学園中の情報を知り得ているの?」
「僕らは信頼の情報屋さん」「それを教えちゃあ商売上がったりさ」
興味本意で訊かれることも多いのだろう。脈絡の無い私の質問に戸惑いながらも、彼らは慣れた様子で決まり文句らしきものを告げる。
だけど、そんなもの私の前では何の意味も持たない。
「へぇ。学園の性質を利用した上手い方法だね。能力自体は情報収集に向いてるわけでもないのに」
「ッ!!」「読心……!?」
頭の中によぎらせることができれば、それは答えたのと同じだ。
動揺に揺れるその瞳は、もう何も隠せない。
「双子だからといって同じ能力、なんてこともないのね」
「き、君って一体、」「有栖川ちゃん……?」
二人の呼吸も乱れて。状況は、もう私の思うがまま。
「……ホモ。やって」
だから、俺はホモじゃないって。
私の呼び掛けに、趣味の悪い覆面で顔を隠した卯月流が、双子の背後から答える。
「君達に恨みはないんだけどさ、俺と彼……ついでに彼女とその大事な人のために――その能力は、俺が貰うね」
卯月流が手を触れると同時、双子の身体はその場に崩れ落ちる。それを確認した後、私は小さく呟いた。
「やっぱりホモじゃない」
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