♠魔女と赤ずきん♠
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「ふーん。魔女、ね。……ま、どっちが勝っても恨みっこ無しって事でよろしく頼む」
さーってと。ここから楽しくなりそう……って、アレ? 時間ヤバくない!? もう三時なんですけど! ……残念だけど、さっさとバトって帰らなきゃ。乙女のお肌に睡眠不足は大敵だもんねー。
「悪いんだけどさ、アタシそろそろ帰らなきゃヤバいのよね。っつー事で、サクッと終わらせるけどいい?」
赤髪が何かを言う前に、アタシは赤髪に飛び掛かった。
「がはッ!?」
アタシのおみ足(右)は赤髪の下腹部にキマる。肝臓ってあの辺であってるよね?
「女子高生の生足、パンチラ付きのお味はいかが?」
生足って言っても靴下とローファー履いてるけどっ!
勢いよく蹴ったから、スカートが思いっきりめくれ上がってサービスショット晒しちゃった。まあ、そんなに気にする事でもないし別にいっか。それに、赤髪は床に転がったせいでせっかくの景色を見逃しちゃったみたいだし。
「お前、いきなり何しやがる!」
「あらら? アンタ、どっちが勝っても恨みっこなしとか言ってなかったっけ? それにアタシ、さっき相手がケガ人でも容赦しないって言ったよね?」
舌打ちをしながら赤髪は素早い身のこなしで立ち上がる。残念、あんまりダメージは与えられなかったっぽい。
ちぇっ、せっかく不意打ちしたのに。身体能力的にアタシ、コイツに能力使ってない接近戦は挑めないのよね。女の筋力と男の筋力、どっちが強いかなんてバカでも判るでしょ。
いくらハンデがあるからって、バカ正直に真正面から行ってもか弱いアタシに勝機があるワケない。例外なのはさっきみたいに、コイツが油断してるか隙を見せた時ぐらいかな?
「というワケでー、こっからが本番でーっす!!」
アタシの声は気にも留めず、赤髪が勢いよくこっちに向かってくる。その手には何にも握られてない。うんうん、武器使わないだけ感心かなー。さっきのゴミの中にはナイフとか特殊警棒とか使ってくる奴らが多くて参った参った。ソッチの方があたしとしては大助かりなんだけど、やっぱこう、か弱い女の子に武器を使うなんてイラッとくるじゃない?
「虫が止まったような攻撃でもお見舞いしてくれるの?」
この言葉で、赤髪がどんな攻撃を仕掛けてこようとも、アタシにはダメージは通らない。
ハズなのに。
「げふッ!?」
アタシは無様に教室の床に転がっていた。
身体に走る衝撃は嘘じゃない。下腹部がじんじん痛む。
蹴られた、という事を理解するのに数秒もかからなかった。蹴ったのは当然赤髪。しかも狙いは多分肝臓。コイツ、同じ場所狙ってきやがった……!
赤髪の攻撃に威力が伴ってる。それが意味するのは、アタシの能力が効かなかったって事。そんなのあり得るワケないのに!
……ううん、落ち着けアタシ。赤髪がキャンセル系の能力を持ってると仮定しよう。それなら能力を使わない戦い方を考えればいいだけの話じゃん。
「男子高校生の右足、スラックス仕立ての味はどうだ?」
転がったままのアタシの上から、赤髪のふざけた声が降ってくる。
「いったぁ……」
「手加減はしてやったぞ?」
「確かにね。アンタの本気蹴りはもっと凄まじいと見た! いやー、本調子のアンタと戦ってたらアタシの負けが確定コースかな? いいわいいわ、やっぱこうでなくっちゃ!」
アタシはよろよろ立ち上がっ……たのはいいんだけど、こっからどうしよ。
もともとのスペックの低さだけはどうにもなんない。能力が使えないとなると、男の赤髪と女のアタシとじゃ圧倒的に向こうが有利だし。だけどだけど、赤髪は本調子とは程遠い。付け入る隙はそこにある。
能力が効かないなら、不意を突けばいいだけの話だから!
アタシは手ごろな位置にあった椅子を赤髪の傍に思いっ切り投げつけた。赤髪はもちろん、慌ててそれをかわす。でも。
「ざーんねんでしたっ!」
それはブラフでーっす!
無防備な体を晒した赤髪の顎めがけて頭突き。「いッ!?」次に、バランスを崩した赤髪のこめかみにエルボーバット喰らわせてから「ッぁぐ……!」よろめく赤髪の腕を掴んでショートレンジ式ラリアット。「ぇがッ!」そしたら赤髪の重心が後ろに偏った。最後に軽く突き飛ばして、上に覆いかぶさればおしまい。
ハイ、非力なアタシでも、簡単に赤髪を押し倒す事ができました!
「ちょ、お前……ホントに容赦ない、な……!?」
「だーかーらー、ケガ人だからって容赦しないって、何回言ったら覚えてくれるワケ?」
上に覆いかぶさってるのが疲れてきたから、アタシは赤髪の胸の上……つまり肋骨の部分に横座り。
「ッ!?」
この湧き上がる達成感っ! 人の生殺与奪権を握るのってたーのしぃ!!
「ねえねえ、アバラ何本イってんのー?」
アタシはつつっと赤髪の胸に指を這わせる。
「なんで……知って……ッ」
「だってアンタ、ゴミ処理してた時も、アタシと戦ってる時も、本気出して無かったでしょー? 動きも鈍かったしさぁ。どことなく、痛いのを我慢してる印象があったんだよねー。ホラ、集団リンチ的な状況に陥ってたワケだし? 骨の一本や二本イっててもおかしくないんじゃないかなー、なんて」
肋骨って、折れると心臓に突き刺さる危険性があるんだよね。赤髪はそれを危惧してるから、上に乗ってるアタシから逃げられない。つまり、赤髪を生かすも殺すもアタシ次第ってワケ。
「ど……けよ……ッ!」
「へー、まだ喋る元気あるんだ。でも残念でしたー! アタシが聞きたいのはそういう言葉じゃないのよねっ」
アタシは添えた手のひらに、ほんのすこーし体重を乗せる。
「赤髪、アンタの能力って何? アタシはアンタがどんな能力を持ってるのか知りたいの。というワケでー、簡潔に一言で能力の解説いってみようっ!」
ゼェゼェって赤髪は荒い息をしてる。喋るのも辛そうだけど、この状況じゃあ答えないワケにもいかないわよねぇ?
「カウンター……だ……ッ」
「ほーほー。カウンター系能力者だったのね? なーるほど、道理でアタシの能力が効かないワケだ。で、アンタの能力で跳ね返った『サンドリヨンの魔女』はアタシに降りかかってきたけど、制約があるからアタシには何の変化も無かったと。うんうん、納得納得!」
「さんどり……?」
「カウンターかぁ……。ふむふむ、楽しそうねっ!」
今回はアタシが勝ったけど、それは赤髪の調子が万全じゃなかったから、ってのが大きな理由だと思う。多分、本気でやったらアタシはコイツに勝てないわね。アタシの元のスペックはそんなに高くないから能力に頼って戦ってるっつーのに、その能力が無効化されちゃうなんて相性最悪すぎるしさ。てか、素直に相手を認めちゃうアタシったらマジ謙虚!
「あのさ。アタシ、ちょっとやりたい事があるの。ま、具体的に何をどうするかってのはまだぜーんぜん決まってないんだけどさ」
「やりたい……事?」
「アタシ、お姫様ってヤツが嫌いなの。だってお姫様って、自分では何もしないくせに全てが全て思い通りに行くんだもん。アタシの……ううん、アタシ達の苦労をぜーんぶ水の泡にしちゃうぐらい、お姫様ってのはいるだけで得しちゃうの。アタシ達が頑張って手に入れた幸せとか平和とか愛とか夢とか希望とかも全部全部、お姫様はニコニコ笑ってりゃ手に入るんだよ? そのくせ悲劇のヒロイン気取っちゃってさぁ、自分がどれだけ恵まれてるか考えもしない! 気に食わないよね? ムカつくよね? だからアタシはあの気持ち悪い笑顔を剥いで、醜い本性を浮き彫りにしてやりたいの!」
お姫様はアタシの敵。もうお姫様の為に生きたりなんかしない。
だから、童話通りの『善』い魔女のようには振舞わない。アタシは『悪』い魔女になる。
「だけどさ、アタシって弱いじゃん? お姫様が強くないくらいにはね。だからこそ、アタシは仲間が欲しいの。一人じゃできない事をやる為にさ」
赤髪が苦しくないようにアタシは体勢を変え、身を乗り出して床に手を着く。
そして赤髪の耳元に口を寄せ、
「ねぇ赤髪――――悪に興味は無い?」
まるで恋人にするみたいに、甘く優しく囁いた。
「悪……」
「手に入れた能力の由来を無視して、正反対の事に使うの。だから《悪》。この学校ってさ、派閥ごとに争ってるんでしょ? アタシはね、復讐の為にそれを引っ掻き回したいんだ。……アンタは見込みがありそうだから声をかけたの。ああもちろん、拒否権はあるから心配しないでね?」
「断ったら……どうする気だ……?」
「どうもしないよん。ココからさっさと出てって、アタシの事を忘れてもらうだけ。その代わり、アタシの申し出を受けるなら、アンタをアタシの仲間に認定してあげる。ま、どっちを選んでもアンタのケガは治してあげるけどね」
「お前、が……オレのケガを治す……メリットは……」
「メリット? 決まってんじゃん、アンタの恨みを買わない為だよ。アンタを敵に回すと厄介そうだし、こういう形で義理立てしとこうと思ってさ」
流れる言葉の大洪水。赤髪に口をはさむ暇なんて与えない。
「もちろん、アタシの仲間になる事でアンタが得られるメリットもあるよ。アタシはアンタの願いを叶える後押しができる。アンタの望みを実現させる手助けができる。どこぞの魔人みたいに三つだけなんてチャチな事は言わないよ。全部終わった暁には、何だって協力してあげる! それがアタシの能力だもん」
トカゲは御者に、ネズミは馬に、カボチャは馬車に。
ボロを綺麗なドレスに変えて、みすぼらしい少女をたちまち素敵なお姫様に変身させる。
舞踏会に行きたい。その願いを叶える為の大盤振る舞い。
お姫様の為にそんな事をするのは嫌だけど、協力者の為なら悪くない。
「ただの女の子に色んな付加価値をくっつけて願いを叶えてあげたみたいに、アタシも赤髪を幸せにしてあげるよ。……どう? アタシと一緒に暴れない?」
「……赤髪じゃない。小舘、直刃……だ」
「小舘直刃、それがアンタの名前なのね? アタシに名前を教えたって事は、了承の証だって受け取るけど?」
こくりと赤髪……小舘直刃は頷いた。
「小舘直刃……長いわね。スグでいいや。その方が判りやすいし覚えやすい。これからアンタの事、スグって呼ぶからそこんとこよろしくっ! それじゃーさっそくケガを治してあげるけど、アンタの能力は使わないでよ?」
今度は優しくスグに触る。治療って言っても応急処置みたいなモンだけど、やらないよりやった方が格段にマシなのよね。
「常人離れした回復力をあげるわ」
「ッ!? お前の能力、一体何なんだ……!?」
「お、その反応から察するに、ちゃーんと効いたみたいね。そりゃそっか、『回復力+』を使ったんだから、折れたばっかの骨程度、ちゃんとくっついて当然だし。ぶっちゃけアタシにも原理は解ってないんだけど! 心配なら、明日辺り保健室にでも行っとけば? ちゃんとした医者に診て……って、アレ? 保健室の先生って医者なの? 養護教諭と医者ってイコールで結んじゃっていいワケ? 大体、」
「頭上で騒ぐな! 魔女、頼むから静かにしてくれ……」
「んん? そりゃ失礼。スッゴくどうでもいい事でも、気になりだしたら止まらないのがアタシの悪い癖なのよねー」
喋るのって楽しいから、ついついたくさん喋っちゃった。でもやっぱ、聞いてくれる人がいるってのは良い事だよね。思う存分喋れるし!
とりあえずアタシは立ち上がってスグの上からどいた。それと同時に、横になってたスグも上半身を起こす。
「改めまして自己紹介! アタシの能力は『サンドリヨンの魔女』。だから魔女って名乗ったんだけど。自分以外のモノなら、+要素でも-要素でも付加できるの! 判りやすく言うとエンチャントってヤツね。アンタは?」
「……相手の能力を跳ね返す。それがオレの能力だ」
それさっきも聞いたし!
「アンタがカウンター能力者って事は知ってんの! アタシはアンタの能力名が知りたいんだってば!」
「……きん」
「は?」
「『赤ずきん』だよ、文句あるか!!」
「あ……赤ずきん……? あはははははははははははははッ!! 能力の由来になった童話と罹患者の性別の間にゃ因果関係は無いけど、それにしたって赤ずきんって! 何その髪、わざわざ染めたワケ?」
「うるさい笑うなっ! 髪が赤いのは能力とは関係ない! 赤色が好きなんだよ!」
「由来が赤ずきんで能力がカウンターとか意味判んないし! 因果応報の教訓から派生したの? やっぱアンタ面白いわねっ!」
そこのゴミ共の後片付けはまた今度にするとして、今日はもう寮に帰ろっと。
……ああ、でもその前に。
スグの顎をくいっと持ち上げ、アタシの方を向かせて、
「何す……ッ?!」
そのまま口を塞ぐ。
スグはじたばた暴れてるけど気にしない。放してあげるのはアタシの証を刻み付けてから。流血でどっちが上位存在なのかをハッキリさせるの。スグの唇を噛み切ると、苦い鉄の味がアタシの口に広がった。
「お前ッ」
「コレでアンタはアタシの所有物。裏切りなんて絶対赦さないから、覚悟しててよね?」
あはっ。下僕もできたし、これからの学園生活が楽しみねっ!
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