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ヘイコウオトギカルテット  作者: ミルフィーユ
6/11

♣ドリーミー・デイズ♣

 


 ♣ ♣ ♣




 伽護芽学園には不思議がいっぱいだ。日を追うごとに、知れば知るほどに謎が増えて深まるこの学園には、数日が過ぎても慣れられる気がしていなかった。


 城の如き校舎はまるで巨大迷路のようで、(認めるのは癪だが)記憶力に難があるらしいわたしとしては誰かにくっついていなければ移動教室すら危ういくらい。

 ……問題は広さや記憶力だけじゃないのだけど。


「涼ちゃん、歩くの、速いよっ」


 休み時間。数歩先を行く幼馴染みを小走りで追いかけながら、呼び掛ける。置いていかれたりしたらたまったものじゃない。

 見失って迷ってしまうことを懸念している、というのも確かに理由だけど、本音を言えば。


 視界に入るのは、浮いている(物理的)生徒、廊下を我が物顔で闊歩する猛獣や、とても人間には見えない何者か。……うぅ。今すれ違った赤い髪の人、凄い睨んでたし……。

 更には、知らない教室の扉を不用意に開けば、木々の生い茂る森や未来的な機械がいくつも並ぶ部屋なんかが広がっている始末。それが伽護芽学園なのだ。


 こんな場所で迷子になったが最後、明日の朝日を拝むことは叶わないだろう。大袈裟でなく。


「メイ、急げ。ハゲカッパは遅刻にうるさいぞ」


 律儀に立ち止まり、待ってくれていた涼ちゃんに追い付き、ありがとうとお礼を言おうとしたそのとき。それに被せるようにして、何の前触れもなく、爆発音が鳴り響いた。



 ――ズガーンッ、パラパラ。



 揺れる地面、興奮したような叫び声。何事かと廊下の先に目を遣れば、そこには大勢の人だかりが形成されていた。

 この学園は廊下で突然に爆発が起きるの……? やっぱり、ここで迷うことはできない……。


「な、なに……?」


「喧嘩、みたいだな」


 人だかりに駆け寄りながら、涼ちゃんから答えが返ってくる。

 そっか。ここはオトギ病罹患者……つまりは、能力者の学校。そこで起きる喧嘩なんだから、ただの殴る蹴る引っ掻くじゃ済まないはずだ。


「おっ! 松永夫妻じゃん」「夫婦で野次馬に来たの?」


「ふ!? ……な、何おかしなこと言ってんだよ!」


 当たり前のように最前列にいた峰崎兄弟に声をかけられて、涼ちゃんは何故か顔を赤くして慌てる。


「峰崎君たちはやっぱり、」


「その通り! 当然、情報収集だよ」「ホットなニュースを収集し損なう峰崎兄弟じゃないさ」


 食い気味に答えられた。彼らは読心術でも心得ているのだろうか。……まさか、そういう能力なのかな? だとしたら情報屋は天職かも。聞き込みとかに重宝しそう。なんて、そんなどうでもいいことを考えている間にも。

 喧嘩は大層ヒートアップしている様子で、数名の生徒が物凄い勢いで壁や扉や天井を破壊しながら闘っている。能力を使ったものであろう爆発。それによる派手な音や光で、ちょっとした映画を見ているような気分になる。かなりの迫力。


「で、これは何の喧嘩なんだよ?」


 特撮の撮影現場にお邪魔気分なわたしをよそに、涼ちゃんは情報屋である峰崎兄弟に事情の説明を求める。


「どうやら、またアレみたいだよ」「まったく、学園も物騒になったもんだね」


「またか……。最近はホントに多いな。まあ、抗争自体は昔からあったみたいだけど」


「うん。でも、ここまで激化したのは王子サマが現れてからだね」「おいおい、会長サマも忘れちゃならないぜ」


 アレ? 抗争? 王子サマに会長サマ? いったい何の話だろう。わたしには圧倒的にこの学園の知識が足りないなぁ。3人が何を話しているのか、全然分からない。


「おや? ……噂をすれば」「影がさしたね」


 後で織田ちゃんに学園事情をご教授願おうと考えていると、兄弟が呟きながら、人だかりの向こう側に視線を向けた。

 つられて涼ちゃんと視線の先を見遣れば、そこには。


 とんでもない美形がいた。


 緩くパーマのかかった髪に、モデルみたいに長い脚。気品がただよう優しげな微笑み。周囲に花でも咲き誇っているかのような幻覚を見てしまうほどの美形。 野次馬に来ていた女子生徒の瞳が、彼を捉えた途端にハートマークになっているのにも頷ける。


空閑(くが)風夜(ふうや)。高等部3年生で生徒会長。成績は毎回学年トップ。運動神経抜群」「その甘いルックスと性格(キザ)もあいまって、学園内には大規模なファンクラブも存在する」


 突然にプロフィールを語りだす兄弟は、流石、情報屋。でもちょっと怖い。ありがたいんだけど、ちょっと怖い。無表情だし、今の説明にも若干、棘があったような……。


「んで、熱心な保守派……ってね」


「ほしゅは?」


 涼ちゃんが小さく付け加えた言葉の意味も、やっぱりわたしには分からなかった。



「キミ達。これはいったい何の騒ぎかな?」



 喧嘩や野次馬の喧騒の中でも、会長さんの涼やかな声はよく通る。しかし、喧嘩は止まらない。熱狂的な雰囲気だ。これは仲裁するのも骨が折れそう。


 と、そう思っていたけれど。


 わたしの予想は見事に裏切られることとなった。



「もう次の授業が始まるよ。さあ、早く、移動して」



 会長さんが一言一言、区切るように言葉を発した瞬間。空気が変わる。


 喧嘩していた人達も、盛り上がっていた観客も、会長さんに見惚れる女子も。全員が表情を無くし、熱気に包まれていた廊下は急速に感情を失い、冷める。覚める。

 不自然なほどに容易く、あれほど白熱していた喧嘩は終わりを迎え。後にはわたしと会長さんだけが取り残されていた。


 波に乗り遅れて茫然と立ち尽くしていると、会長さんがわたしに気づき、歩み寄ってくる。なにこれ。何だかよく分からないけど、逃げ遅れた感があるよ……!


「へえ。キミには効いていないのかな……?」


「え、あの……すいませんっ」


 こちらを興味深げに眺める会長。……い、居心地悪い。『キミは聞いてない』っていうのは、さっきの『早く移動しなさい』って注意のことかな。わたしだけ突っ立ったままだったから……。

 怒られる、と身を竦めたわたしだったが、掛けられた言葉は、またしても予想を大きく裏切るものだった。


「はじめまして。ボクは空閑風夜。生徒会長をしているんだ。それで、突然なんだけど」


 どこからか取り出した真っ赤な薔薇を、華麗な仕草でこちらへと差し出しながら。空閑会長は、



 生徒会に入らない?



 微笑みを絶やすことなく、そう言った。








「生徒会に勧誘されたぁ?!」



 1日の授業を終えて、放課後。計画通りに学園についての諸々を織田ちゃんに訪ね、ついでに先ほどの一部始終を話して相談すると、絶叫が返ってきた。


 その大声は静かな図書室にこだまして、勉強する生徒や読書に興じる生徒からのジト目を頂戴する結果となり、織田ちゃんはばつが悪そうに座りなおす。


「なんだってそんなことになったの? 生徒会って言ったら、みんなの憧れの的だよ。会長の顔はいいし、しかも生徒会には専用の設備とか特権もたっくさんあるし」


「そ、そんなところにどうしてわたしなんかが……?」


「うーん。それはあたしにも分かんないけど……」


 そんな機関なら、役員選出の基準もかなりハードルが高そう。成績とか、人望とか。とてもわたしに務まるとは思えないし、そもそも誘われる理由にもさっぱり心当たりがないよ。

 というか、生徒会役員って選挙とかで決めるものじゃないの?


「役員選出は会長のスカウト制だよ。でも、おかしいよね……有栖川ちゃんは会長とは初対面だったんでしょ?」


「はい……」


「試験もまだだから、成績優秀で知ってたって線もないし……」


 そこまで言った織田ちゃんは、唇をとがらせて、考え込むように唸る。

 と、不意に人差し指を伸ばして、悪戯っぽく笑った。


「案外さ、一目惚れ……とかだったりして!」


「え、ええ?! そ、そんなわけないですよっ」


「そうかなぁー。有栖川ちゃん可愛いし、そんなに的外れでもないと思うんだけど。そういえばさ、涼平とはーー」


 そこから話は何故かいわゆる恋バナに逸れていき。気づけば、いつしか窓の外は薄暗くなっていた。







 図書室を後にして、寮へと帰る道すがら。用事があるという織田ちゃんと別れたわたしは、先ほど教わったばかりの近道を早速利用して、大きなライオンの彫刻を付した噴水の前を横切る。

 どんな原理なのか、機械のようなものは見当たらないのに、水は鮮やかに煌めいていた。パレードみたいで綺麗……。



「……ねえ」



 と、そのとき。少し先で外壁に背を預けるように寄りかかる人物に呼び止められた。噴水の放つ幻想的な光に浮かんだその顔はーー。


「桜庭、くん?」


 どうしたの、こんなところでと尋ねうわあなんかいきなり怖い顔でどんどん詰めよってきた。それなりにあったはずの距離は一気に縮まって。

 迫力に気圧されて思わず後ずさるが、しかし。桜庭君は速度を緩めることなく近づいてくるため、すぐに壁際まで追い詰められてしまった。


「空閑風夜に何を吹き込まれた?」


 壁に押し付けられて端正な顔が目と鼻の先に、な、なにこの急展開は。少女漫画も吃驚! というか明らかに脈絡があわわわ、


「あ、あうぅ……」


 やばいやばいよやばいって! 顔が熱い。何か喋ろうとするけど、口がパクパクするだけで言葉にならない。

 そんなわたしを冷ややかに見つめながら、桜庭君は言葉を続ける。


「君が保守派の秘密兵器? どんな能力を隠し持ってる?」


 また『ほしゅは』? ……なんて考えてる場合じゃない! 秘密兵器だとか、十中八九何か誤解されてる。と、解かなきゃ。


「わ、わたしは至極一般的な単なる転校生ですっ!」


「そんな見え透いた嘘で誤魔化されるとでも? あの空閑が至極一般的な単なる転校生なんかを引き抜こうとするわけない。それとも、納得のいく理由でも提示できるの?」


 混乱した上に沸騰しかけた頭で、わたしは苦し紛れに言い放つ。



「会長さんの一目惚れっ!!」



 ………………。



 ……沈黙が降りた。我ながら、なんて阿呆なことを口走ってしまったんだろう。これじゃあ自意識過剰な馬鹿女だよ。いたたまれない……。


 激しい後悔の渦の中、しばらく無言の時が流れて。やがて桜庭君はわたしから離れ、言った。


「はぁ、なんだかよく分からなくなってきた……。結局、君は何者?」



 わたしは答える。



「だから、至極一般的な単なる転校生ですって……」






 ♣ ♣ ♣




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