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ヘイコウオトギカルテット  作者: ミルフィーユ
4/11

❤ネガティブハッピー❤

 

 ❤ ❤



 女子特有の、高い声が飛び交う教室を抜け出して廊下を進む。

 きっとすれ違う誰もが、私を認識はしても意識はしていないだろう。

 私にとって彼らが、脇役でしかないように。

 そう、今私が重要視している問題は別の存在(ところ)にある。


 桜庭(さくらば)王子(おうじ)ーー……


 彼が、最近の私の悩みそのものだ。

 理由は、よくわからない。わからないけれど。

 彼が平穏を壊す存在であること。……『あの人』を傷つけかねないこと。そして、早く壊さなければ危険であること。それだけは痛いほど理解した。


 ああやって笑っている同級生達が、まだ持っていないだろう『守護』という正義が私の存在理由だから。

 守るべき対象に迫る危険は、本人よりも強くはっきりと感じている。


 早く、早く、遠ざけないと。


 また、手遅れになってしまう前に。


 苛立ちと焦りが足を、彼の元へ向かわせようとするのを自制して、出来るだけ平静を装いながら階段を降りる。

 監獄みたいなこの学校の広大さなんて今までは気にしたこともなかったのに。こういう時だけは、もどかしくてたまらない。

 目的地に辿り着いてさえしまえば、考えたくもない彼を思い浮かべなくて済むのだけれど、そもそもの道のりが遠い。

 どうでもいいことばかりが、頭を一杯にするんだ。

 ああ、苛々する。


 こつ、こつ、こつ。


 今日の目的は、残念なことに彼じゃない。


 彼は少し踏み込み過ぎているから、あまり安易に手を出せない。

 だからとりあえず、目の前の不安要素を消し去ることにしたのだ。


 急激に力をつけた、男子と女子合わせて4人のグループ。 ああいう人達は、すぐ調子にのって自分の力を誇示したがる。

 それだけでも十分『危険分子』だがついこの間、命知らずなこいつらはあの人の半径2メートル四方に入ったのだ。

 この時点でもう、駄目。許容範囲の外。

 出る杭は即刻叩きのめして鋭さを潰すのが私の流儀でもあるし。


「早く、『なかったこと』にしなくちゃ」


 昨日見つけた彼らの溜まり場へ、私は急ぐ。

 その足取りには恐怖も緊張も存在せず

 いっそ軽やかに跳ねているようにも感じた。

 私が彼らに、怯えるはずがない。

 今までにもたくさんの『危険分子』を潰してきたけれど反撃されたことなんてなかったんだ。


 例の桜庭王子にも、完勝する自信はある。


 なぜなら私はーー


 誰かを守るために戦っているのだから。


 人は誰かを守るためならなんだってできる。どんなものにだって負けない。

 守るべきものが『正義』であろうと『悪』であろうと、また、守るための行為がどれだけ『卑劣』だろうと『愚劣』だろうと。


 たとえ無意味で報われない思いだとしても。


 背負っているものの重みが違うのだ、その辺の人間とは。


 人気のない南側の特別教室棟。その廊下の突き当たり。 随分前から危険視していた四人が、場違いな私を一斉に見た。


 ああ、この目が、大っ嫌いで。


 人を傷つけかねない、鋭い視線が。


「…誰だよ」


 じとりと睨みつけてくる彼らを、私は薄く笑って見下ろし、演技じみた仕草で朗々と語り出す。特に私の趣味ではないけれど、なんていったってここは御伽(おとぎ)の国。


 どうせなら、なりきってみるのも悪くないでしょう?


「私の瞳は魔法の鏡……。あなたの隠す真実を映すの」


「嘘も真実も、私の前では等しく同じ」


「あなたの『能力(それ)』、私のよりも強いの?」


 --教えてよ。


 そう言い切る前に、私は強く廊下を蹴り出し近くにいた一人に飛び掛かる。

 自分でも感じるほど突拍子もない行動に彼らの目が一瞬驚愕に見開かれたけれど。それでもすぐ見下すような視線に変わった。

 この人ーー『最初の一人』がどれだけ強いのかはわからないけれど。少なくとも、勝てる、とは判断したのだろうか。


 反撃なんて容易いと。


 だから彼らも最初の一人も


 先手をわざわざ譲って。


 私の攻撃を受け止めるつもりで。


 避けることすらしなくて。


 その油断が、


 絶対にしてはならないことだとも、気づかずに。



 数分後。

 特に荒れもしなかった彼らのたまり場に立っていたのは、私だけだった。


 まぁ、当然だよ。だってーーーー


「あなたたちは、私よりも弱いんだね」


 大切な人のために戦うのなら、私はどこまでも 。

 強さなんて関係なくなるまで強くなれるのだから。


 これで大丈夫、とあの人の笑顔を思い浮かべると嬉しいような恥ずかしいような妙な気分に襲われて、溢れる笑みが止まらない。


 そんな感覚が、心地よくて。


 私は一人、自分の体を愛しげに抱きしめていた。



 翌日。


「ちょっといいかな?」


 教室の、一番後ろに位置する自分の席から教室内を眺めていると、唐突に頭上から影が降ってきて私は顔を上げた。

 てっきり知り合いかと感じたのだけれど、そもそも私に気安く話しかけてくるような知り合いはいない。私にとってあの人以外は等しく無価値であるし。

 だから必然、目の前に立つ、薄く明るいブラウンの髪の少年に心当たりはなかった。


「誰、?」


 警戒心を隠すことなく問う私に、少し焦ったように両の手の平を見せて、

 彼ーーおそらく同学年だろうーーは遠慮がちに口を開いた。


「俺は卯月(うづき)(りゅう)。ちょっと君に話があってさ」


「私は無い。だから貴方だって無い」


「いやいやいや、どういう理屈!?」


 出来るだけ関わりたくないと態度で示してみても


 気付いているのか、それとも気づいていないフリなのか、彼は見事なツッコミを入れて頬を掻く。その目に浮かぶ困惑は、私を……というより私の言動一つ一つに向かられていて。


 不意にぞわりと、背筋が凍った。


 ここは、能力者が集う学校。 もしも彼が、私と似たような能力を持っているのだとしたら。 精神に直接干渉する能力を持っていたら。

 それは私に対する『攻撃』と同じ。

 無茶苦茶な論理のようにも感じてはいるが何かがあってからでは遅いのだ。


 無限の『もしも』が有る限り。


 そのすべてを。出る杭を即刻叩きのめして鋭さを潰すのが私の流儀。


 そう決断するまでに約3秒。そして。


 その後行動に出るまで、1秒もかからなかったと思う。


 椅子を思いっきり引いて立ち上がり、名前も知らない彼の胸倉を掴んで引き寄せる。

 油断しきっていたその体は私の腕力でも簡単に傾いて、急激に顔が近づいた。

 がたん、と椅子が倒れ。

 すぐには状況を理解出来ていなかっただろう彼が、ゆっくりとお互いの距離や態勢を判断し、思い浮かべて。


「は、ははははいぃ!?」


 混乱と焦りを込めて。彼はどもりながらも、確かに叫んだ。


 あぁもう、煩い。


「え、ちょ、何、すみません!」


「いいから。黙って私の『目』を見て。……じゃないと刈る」


「何を!?」


 咄嗟に離れようとする彼と無理やり視線を合わせて固定し、その目の奥に意識を集中させる。

 そうやって、隠された真実を。思考の裏まで読み取って汲み取って受け止めた。

 だけど、珍しく本気で全てを『知り尽くした』瞬間、湧き上がったのは危機感ではなく言い表せない安堵と脱力感。


「なんだ。たいした人じゃないんだ」


「へ?あ、能力使って……」


「私の瞳は魔法の鏡。あなたの隠す真実を映すの……。でも、あなたは特筆すべき真実は持ってなかったから」


 忌避したかった未来は、避けるまでもなく消失して。良かったといえば良かったのだけれど、無駄な手間をかけられたのは気に食わない。私が何でもするのは、あの人のためだけなのに。


「何の用だったの……?」


「、え。今更?ま、まぁいいや。 桜庭王子君の件で、ちょっと相談があってね」


 ーーもしかしたら

 案外無駄でもなかったかもしれない。


 突如として浮かんだ相反する意見を、私は悟られないよう気を付けながら、静かに首を縦に振った。


「こう言うのもなんだけど僕と君は案外似てるんだよ」


「全然全く断固として似てない自信がある。キモい」


「あ、べ、別に変な意味じゃないよ!?行動理念が似てるとか、そういう意味でっ」


「……ふぅん。それで?」


 廊下の端の、人気の無い場所まで移動した私たちは、声を潜めて話し出した。

 まるで隠し事をする子供みたい。

 だけど、話の内容は、そんなにいじらしいものではない。


「特別な一人のためならなんだってする。依存、というか執着に近い感情で僕も動いているんだよ。誰のためなのか、までは言えないけどね」


「別にいい。私もあの人のことを言葉にする気はないし、知ろうと思えばいつでも知れる。重要なのは、私たちの目的が同じなのかどうか」


 とんっ、と背後の壁に体を預けて、私は先ほど一旦解いた能力を再び発動させた。

 他人の心を好き勝手に覗き見るこの能力は私自身あまり好きではないから、ほとんど使うことはない。使うのは、言うまでもなくあの人のためとーーこういう交渉の時だけ。嘘発見器としては、適しているから。


 彼、……否、卯月流と視線を交わらせて真実を映すと、意外にも口に出された言葉の全てに嘘は一つとして無かった。

 それと同時に、『特別』が誰なのかも知ってしまったけれど、そんなものは私に関係ない。


「あなたは、桜庭王子が邪魔なの?なら、私の目的とは少し違う」


 今度は能力を解かないまま言うと、卯月涼は考え込むように虚空を見つめて、しばらくの間押し黙る。

 私の言ったことの意味を理解した上で、自分の目的を咀嚼しているのはわかっていたから私も急かすことはせず、ただ彼の反応を待った。


 しばらくして、なにやら答えは出たらしい彼は複雑そうな表情で、私を真っ正面からまっすぐに見つめて言う。


「邪魔、っていうか。彼があの人の近くにいると不安で仕方ないんだよ。いつか、僕の想像していない形であの人を傷つけるんじゃないかって。つまりは、被害妄想、なんだけど」


 途中で自信が無くなってきたのか、段々と彼の声は小さく、か細くなっていく。

 とはいえ、相変わらず彼の言葉に嘘は無かった。

 それを確認した私は一度軽く目を伏せて『能力を解き』、次にゆっくりと目を開けてーー


「いいよ、協力しようか」


「桜庭王子を始末するの。貴方のこと、信じるだけなら信じてもいい」


「だって私も貴方と理由は同じだから」


 言い切った途端にぱっと表情を明るくした彼を眺めて、薄く笑う。

 そう、私たちは彼を憎んでなんかいないのだ。ただ、ただ危険そうに見えるだけ。


 例えば、古くなった電線(コード)を見ているような。


 机の端に、栓のない瓶が置いてあるような。


 その不安定な感覚が怖いから


 私たちは電線(コード)を切って瓶を割るの。


 それと、一緒。


「じゃあ、どうやって壊そうか。私はあの人のためならなんだってするよ」


 ーーーーつまり、彼が言った通りの、


 被害妄想。


「僕も、なんだって出来ると思う。あの人を守れるならね」


「なら、大丈夫。絶対に負けない。誰かのために戦うことが、悪であるはずがないもの」


 ほら、ここから作戦開始。


 ちゃんと貴方を守るから、もう少し待っていてね。もうすぐ、終わるから。


 ねぇ、××。


 あなたは今、幸せですか?


 私が、ちゃんと守るから、安心していてね。



 ❤ ❤


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