♠魔女とカゴメの笛吹き女(前編)♠
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午前零時の鐘が鳴る。それを合図にベッドからガバッと跳ね起きて、アタシは大きく伸びをした。
「あー、よっく寝たぁー!」
御者はトカゲに、馬はネズミに、馬車はカボチャに、ドレスはボロに。
素敵なお姫様はたちまちみすぼらしい少女に逆戻り。そう、ここから先はお姫様がお姫様じゃなくなっちゃう時間。つまり、この場に『お姫様』はお呼びじゃないの。
「るっりらーりっりるーらっらりっりらー」
即興で作った歌を口ずさみながら、アタシはささっと服を着替えちゃう。んー、もう一着制服が欲しいかなぁ。色々活動する事になるだろうし、汚してもいいように新しい制服が必要かも。制服ってどこにいけば手に入るかにゃー? とりあえず、スグに頼んどこっと。
さてさて、アジトに行きますかっ!
わざわざ寮の玄関まで行くの面倒だし、窓を大きく開け放つ。
「ケガするなんてごめんだからねっ!」
そしてそのままフライング。あいきゃんふらい、なんつって!
着地地点に付加したのは『弾力性+』。アタシ自身に能力をかける事はできないけど、周りに能力をかければそれで十分。周りがアタシのレベルに合わせてくれればいーじゃん。
アタシが着地した瞬間に、地面にはまるでトランポリンみたく跳ねた。狙い通りねっ。跳ねた先の着地点には能力をかけてないからトランポリン状態になりゃしないけど、難なく着地に成功。さすがアタシ。
「気持ちいいー!」
解放感がハンパない。夜の少し冷たい風がアタシの頬を撫でて、それがより一層アタシが『自由』である事を認識させてくれた。自分の意思で自由に出歩けるって最高。
ここはゆっくり夜の散歩を楽しみたいところだけど、早くアジトに行かないとスグが来ちゃう。ちょっとしょうがない、駆け足でアタシ達のアジト――――旧校舎に向かおっと。
ロッカーに立ち寄ってから必要な『道具』を持ってきてから、ガラガラっと教室の引き戸を開ける。アタシが素敵に改造したゴミの山はもう見る影もない。えーっと、確か昨日、スグに撤去を命じてそのままアタシは帰ったんだっけ? 下僕一日目にしてちゃんと働いたなんて感心感心。
ちゃちゃっと身支度の続きを済ませて、スグが来るのを待つ……のはいいんだけど。
……アタシ、時間とか約束してたっけ?
昨日はゴミ掃除してからアイツとバトって、ぶちのめして、仲間にして、ゴミの後片付けをお願いして、それからアタシの『道具』をロッカーに置いて……。
うん、言ってない。なんにも決めてない。アタシとした事がうかつだったわ……!
ココをアタシの秘密基地にするとは言ったような覚えがあるけど、それだけでアイツ、ココに来てくれるの? 来なかったら探し出さなきゃいけないんだけど。何ソレめんどくさっ!
「早いな、いたのか」
「でしょ。だってアタシ、超マジメな優等生ちゃんだもん!」
男子寮に不法侵入する美少女って、絵面的にも倫理的にもどうなのかしらん。やだー怖いー見つかったら何されるかわかったもんじゃな……ん?
後ろでガラガラって音がしたような。ついでに誰かの声もしたような。思わず返事をしちゃったような。
「あら?」
くるっと後ろを振り向くと、そこには見覚えのある赤髪の男が立っていた。
「おー! ちゃんと来たのねっ!」
「……寝つけなかったから、散歩がてらに寄っただけだ。別にお前に会いに来たワケじゃない」
「ハイ、ツンデレいただきましたー。理由はともかく来てくれたんだし、言いつけも守ったみたいだから、アンタに忠犬の称号を与えてしんぜよう!」
「いらねぇよ。あとツンデレじゃねぇ」
「いやー、ご主人様に忠実な犬だったみたいでアタシ嬉しいわー。これからもこの調子でよろしくねん」
「犬呼ばわりすんなっ!」
「元気がいいのはいい事よ。頼りにしてるわ、下僕一号・忠犬君」
「……はぁ」
スグは諦めたように溜め息をつく。うむ、従順でよろしい。
「それにしても助かったわ。男子寮に不法侵入してアンタを探す手間が省けたもん」
「は?」
「ほら、アタシって可愛いじゃん? ヴィーナスが不細工じゃないくらいにはね。その上か弱いし。だから、健全な思春期の少年の巣窟なんかに迂闊に近寄ったら襲、」
「われねぇよ! ……ってかお前、すごい自信だな」
「客観的事実を堂々と言って何が悪いのさー。このアタシ、魔女様が超絶美少女なのは皆知ってるよん?」
そう言ってスグに顔を近づけると、スグは気まずげに目をそらした。あ、髪だけじゃなくて顔もちょっと赤くなってる。照れてやがんのー!
「……いやあの、まぁ、それはいいとしてもだ。普通の女子は男子寮に不法侵入しようなんて考えねぇぞ」
「ちょっとちょっと、この魔女様をその辺の女と一緒にしないでよね! アタシはそんなに安い女じゃないんだからっ」
「……お前と喋ってるととにかく疲れるっていうのがよくわかった」
「えー? まだ話足りないんだけど。しょうがないなぁ、マジメな話でもする?」
あのゴミをどう処理したのか訊いて、集合時間とかも決めて、今後の方針を考えなきゃ。うーん、やる事が山積みね。そういえば、アタシに与えられた時間は有限なんだし、有効的に使わなきゃいけないんだった。
「……真面目な話がある事に驚きだな」
「うっさい。アタシだって色々とあるんだから。……そうね、最初はあのゴミ共をどういう風に処理したのか訊こうかしら」
小物臭漂うザコばっかだったけど、ほっとくと計画に支障が出るかもしれない。邪魔者は少ないほうがいい。
アタシの目的を達成する為には、たくさんの障害物をぶっ壊す必要がある。たかが雑草、されど雑草。雑草だって通行人を躓かせるぐらいの事はできるだろうから、ちゃんと除草しておかないと。
「とりあえず生徒指導室の前に置いてきた。お前に対する恐怖心が植えつけられたんだろうな。全員、かなり素直になってたぞ」
生徒指導室の前に置いてきたってのは生温いと思うけど。どうせなら、焼却炉にでも突っ込んどきゃよかったのにぃ。
「ふーん。んじゃ、復讐とかはしないだろうね。それでも来るなら再起不能にするまでだけど」
「……恐らくな。謝り倒された時はどうしようかと思ったが、あれでまだ戦う元気があるなら逆に褒めたいくらいだぜ。ま、しょせん落伍者同士がテキトーにつるんでただけだからな。派閥を形成するようなカリスマ性のある奴もいねぇし、報復だ何だって騒ぎだしゃしねぇだろ」
アタシはゴミ共の全身を『軟体性+』でぐにゃんぐにゃんに曲げてから、ゴミ共をひとまとめにしてやっただけ。でも、身体がありえない方向にねじ曲がっていくさまを見せつけるのは、ゴミ共のちっぽけなプライドをへし折るには十分だったみたい。こうかはばつぐんだ!
「ゴミの溜まり場からゴミを一掃できたのはいい事だけど、ゴミってまだ湧いてくるかなぁ?」
「勘違い野郎が武勇伝欲しさにカチコミかけてくる事はあるだろうが、大した事はないだろう。お前が何をするつもりなのは知らねぇが、その邪魔はされないと思うぞ」
「なら、お客さんが来た時はさくっとぶちのめしとこっか。アタシ、邪魔されるのって大ッ嫌いだし。……それじゃ、ココはもうアタシ達専用のアジトって事でいいのかにゃー?」
「好きに使えばいいんじゃねぇの? ……ただ、この広い校舎に二人ってのは少ない気もするが」
「そりゃそうだね。面白そうな奴がいたら誘ってみるよ。でも、使えない奴はいらないから。多いと邪魔なだけだしさ」
「……そうか。で、オレ達はこれから何をするんだ?」
そう、大事なのはそこ。これからどうしよっかなー。
「とりあえず、これから暇な夜にはココに来て。午前零時から三時ぐらいまではいたいなー」
「夜? 昼じゃダメなのか?」
昼は目障りな連中が多すぎる。隠密活動にはちょーっと向いてない。それに、多分アタシが出歩けるのは夜だけだろう。
「だって、日中に活動するワケにもいかないんだもん。ほら、アタシって病弱で薄幸な深窓の令嬢系美少女だし。日光に当たるとか無理無理!」
「……お前とオレの間で、『病弱』で『薄幸』な『深窓の令嬢』っつー言葉に認識の齟齬があるみてぇだな」
スグがぼそっと呟く。ちょっとちょっと、それはどういう意味なのさ。アタシほどか弱くて可憐な美少女なんてそうそういないよ?
「何するかは全然決めてないんだけどさ、とりあえずお姫様の平和な学園生活をぶっ壊したいんだよねー。あ、お姫様以外に危害を加える気はないよん? アタシが憎んでるのはあの女だけだからねっ!」
ま、美少女のくだりに触れなかった事に免じて許してあげよう。アタシが可愛いのは誰にも覆せない絶対の理だもん。スグもその辺りは理解したようで何よりだ。
「……そのために派閥争いを引っかき回す、って事か?」
「そうそう。お姫様を困らせるのに、派閥を利用しようと思ってさ」
その結果、お姫様は生徒会とか教師陣とか敵に回しちゃったり全校生徒に虐げられちゃったりするのかなー。わくわく!
「問題なのは病み子ちゃんね。アイツ、アタシの邪魔する気満々だろうから」
「病み子ちゃん? 誰だ、そいつ」
「お姫様の事がだーいすきなトンデモミサイルガールよん。色々とぶっ飛んでるから、スグも気をつけてよ?」
冷め子ちゃんはこっちが邪魔しなきゃ大目に見てくれそうだけど、病み子ちゃんは絶対ちょっかいかけてくるしなぁ。あのコがアタシを見逃すとは思えない。
「ぶっ飛んでるって……。お前に言われるなんて、そいつはどんだけヤバいんだよ」
「相当ヤバいのよ。もしもいきなり襲い掛かってくる女にエンカウントしちゃったら、全力で逃げる事をおススメするわ。回り込まれないようにねっ!」
「……そうだな、お前がそこまで言うような奴とは関わりたくない」
「よろしい。んじゃ、」
「ここッスか!? おとなしくするッス!」
アタシの玉音は引き戸を開ける耳障りな音で遮られちった! 入室と同時に響くのはやる気満々の宣言だ。あらあら、さっそくお客さん?
「あ、ようやく見つけた! ……こほん。あんた達の狼藉は、この七野が許さないッスよ!」
元気がいいのはいい事ね。たくましく育ってくれるならわんぱくでもいいんでしょ? ま、目障りだけど!
「あんた達を成敗してやるッス! 覚悟はできてるッスか?」
突然のお客さん、七野とかいう女の子と目を合わせようとはせず、スグはそっとあたしに囁いた。
「……あれが病み子ちゃんか?」
「違う違う! 病み子ちゃんはこんな威勢のいいコじゃないよー」
確かにこのコもぶっ飛んでそうだけど。頭のネジとかその辺が。問答無用で荒事に持ち込もうとするあたり、いい感じに頭のネジがぶっ飛んでそう!
でも病み子ちゃんはもっとこう、クールでクレバーでクレイジーな感じだ。病み子ちゃんなら、いきなり引き戸を壊して侵入してから、アタシ達に向けて無言でナイフを振り回しそう。
「ちょこまか動かないでほしいッス! おとなしくしろって言ってるじゃないッスか!」
鉄砲玉に頭はいらない。このコ、アタシの邪魔をしたい誰かの差し金かなー? でもでも、冷め子ちゃんにしては早すぎるし、病み子ちゃんにしては回りくどい。あの二人には関係なさそうだ。単独犯かなぁ。
「ちょっとスグ、雑魚にはもう邪魔されないって言ったじゃん! 何アレ、前フリかなんかだったの?」
「絶対来ない、なんて言ってないだろ。それに、客が来たらどうするのか決めたのはお前だろ?」
そう言われればそうだったような。ま、細かい事は気にしない気にしない。ぶっちゃけアタシとスグが喋ってる間にもお客さんは殴りかかってきてるしねぇ。なんの脈絡もなく襲いかかってくるのもそうだけど、相手がお喋りしてる時に攻撃をしてくるなんて、なかなかに礼儀知らずなお客さんだ。
「あーあ。しょうがない、さくっとお帰りいただいて作戦会議の続きしよっか」
正体不明の礼儀知らずなお客さんに出すお茶もお菓子もない。というかアタシとスグが味わうためのお茶とお菓子自体がない。今度持ってこようかな。
「ねえスグ、アタシが片すまでもないよねー?」
「はいはい。……ったく、なんで最近は変な女によく絡まれるんだよ」
スグが疲れたようにため息をついた。このコ以外にも変な女の子に会った事あるの? コイツも結構大変な学園生活を送っているらしい。今度ねぎらってやろう。
「ようやくやる気になったッスか……。これからが本番ッスよ!」
うるさいなぁ。夜中に騒いだら近所迷惑……って、ここにはアタシ達以外誰もいないんだっけ。たくさん暴れても問題なし、っと。
……お客さんのせいでアタシの貴重な自由時間が削られてるんだから、少しくらいは憂さ晴らししてもいいよねぇ?
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