第五話~二度目の私 後編~
大変遅くなりました。
これにて二度目の前世は完結です。
それから月日は流れて約5年・・・・・・。
少しでも面倒な事態を回避すべく離宮へと移った私は子育てを楽しみつつ、増えた面倒事(暗殺未遂や王や寵姫側の有権者の嫌味&嫌がらせ)を華麗に避け、時にコソコソと暗躍して過ごした。あの頃は忙しかった。
そして今思い出してもあの狸爺どもの嫌味とか女狐どもの嫌がらせには腸が煮えくりかえる。私自身のことはいい。生まれた時から厭われることには慣れているからプライドばかり無駄に高い阿呆共の行為など屁でもない。しかし、最愛の我が子と数少ない味方達にしたことは許すまじ。
だから私は煮え滾っている紅茶を顔面にぶつけるのは我慢して、すこーしばかり、本当にささやかな仕返しをした。
いや、本当にささやかな仕返し。
薄毛を気にしてた狸爺の育毛剤を除毛剤と入れ替えたり、ヒステリー気味な女狐を浅く掘った落とし穴(馬糞入り)に落としたりしただけだから。他にも多少仕返ししたけど、どれも私の仕業だとばれることもはなかったし、それによって使用人とかが罰せられることもなかった。
まぁ、恥ずかしくて他言できないよねー(笑)
ただ偶に離宮に来る王や寵姫に関しては何もできなかった。いや、したら駄目なんだけど何度あのお綺麗な顔に拳をめり込ませてやりたかったことか。嫌味言うくらいなら来るなよボケと罵倒しそうになる自分を鍛え上げたポーカーフェイスで押え込むのは大変苦痛だった。とりあえず俯いて王や寵姫をかわしていたけど、あれは一度でも顔上げたら絶対に殴ってたよ。うん。
王は綺麗な顔をこれでもかと言わんばかりに歪めてネチネチ嫌味言うし、寵姫は言ってること理解できない。
うん、あの人純粋培養過ぎてね。
酸いも甘いも知りつくして擦れた私とあの人では根っこからの価値観が違いすぎる。どっちも本当に面倒くさい。今なら2人のお茶受けに茶漬け出すよ(意訳:帰れ)。
あと、たまに寵姫が一人で離宮に来ることがあったけど、これが王と一緒の時より面倒だった。私は王と寵姫が一緒の時は沈黙しているが、寵姫の時は反応しないとあからさまに悲しそうな顔するから一応話す。気は乗らないから無表情だし、話し方も淡々としてるけどね。でも話しててもお互い意見が合わない、と言うか理解し合えないから無駄でしかない。それに正論で論破しても泣くし、いやはや本当面倒だった。
で、寵姫への対応も面倒だけど、指定されたシチュエーションも大抵悪い。いや、マジで。大体客室に2人きりで、侍女も護衛も部屋の外なのだ。
考えてみて欲しい。
無表情のまま何も言わない悪女と名高い私と悲痛な表情で美しい涙を流す優しく美しい寵姫。
どう見ても王の寵愛を奪った憎き女をいびる極悪非道な王妃と可哀想で美しくも可憐な寵姫の図ですね。わかります。
更に悪い時にはそこに王が乱入してくる。
泣いている寵姫を見て私に怒る王。
無罪(真実)を淡々と主張する私。
泣きながらも「何でもない」と気丈に振舞う健気な寵姫。
見事な昼ドラ展開ですね。もうどうでもいいです。
こうして私の悪名は更に広まった。
大体、私の所にわざわざ訪ねてくるくらいなら2人でイチャついとけばいいと思う。負け惜しみじゃなく事実として。普通愛する寵姫とのイチャイチャ(子作り)優先するよね。目障りな私に構うよりそっちの方が絶対に良いと思う。いや、本当に2人の世界で完結しといて欲しかった。とりあえず来ないでくださいと毎日信じていない神に祈っておいたが勝率は4割だった。神は私に厳しい。
そんな問題だらけの生活の唯一の救いは王との間に生まれた第一王子たる我が子。自分で言うのも何だが、私が育て上げた王子は素晴らしい子だ。特に私を母と慕う姿は世界一愛らしい。
うん、本当に良い子。うちの子マジ天使。
親馬鹿と言われても仕方ないくらい王子を愛していたが、客観的に見ても王子は優秀な王子であり、子供としても愛らしく賢い子だった。髪の色以外は王譲りの超絶美少年で性格も良くて、勤勉で、闊達で我が子ながら将来が超有望な子だ。
そんな王子に私は自分が持てる限りの愛情を注いだが、甘やかすだけではなく時に厳しく躾ましたとも。特に礼儀作法とか帝王学とか。
何故なら彼は生まれながらの王族、それも将来は国の頂点に立つ可能性が高い第一王子なのだ。もし王子が王位に就いた時、力がなければ無能呼ばわりされて無碍に扱われたり良いように利用されるような存在になってしまうかもしれない。
私は王子に例えどんな道を選ぼうとも王子が不幸になるような未来を選んで欲しくない。
その為には出自や血統だけでなく、能力でも王族としてふさわしい物でなければならなかった。だから物心ついた王子に対する厳しく教育を施した。本当に我ながらスパルタだったと思うが、賢いあの子は幼いながらもしっかりと自分の立場を理解して私について来てくれた。そしてその上で私のことを母様と心から慕ってくれた。
何度でも言おう。ウチの子マジ天使。
本当に王子が大事だった。心の底から愛していた。
だから叶うならあの子の成長を最後まで見届けたかったが、やはり運命とか神は私に冷たかった。
王子が6歳を迎える頃、ギリギリの均衡を保っていた公爵家派vs王家派の戦いの火蓋が切って落とされた。原因は本当に些細な諍いだったと思うが、それでも爆発寸前だった両者の鬱憤の火種には充分だったらしい。もうあちこちで裏切りやらどす黒い策謀で国中が混乱に陥っていた。おそらく建国以来の最大規模の戦いだったと思う。
戦いの最中はそれまでより本当に大変だった。実家からは王家側のスパイになれとかいう命令来るし、王家側の貴族からは疑わしきは殺せと言わんばかりに暗殺者送ってくるし。ぶっちゃけ過労死するかと思った。
で、私がどうしたかと言うと実家からの協力要請を撥ね除け、暗殺者からは逃げましたよ。生まれた時から修羅場だった女なめんな。
ただ、不思議な事に王からは何もなかった。むしろ護衛に近衛兵くれた。怪しさ満点だとも思ったが、ありがたく利用しました。おかげで何とか戦中は生き残れましたよ。戦中はね。
私が死んだのは戦いの終盤と言うか、本当に最後の最後だった。
戦中、私と王子と侍女達は警備上の都合で限られた人間しか知らない城内の隠し部屋で生活していた。それに関しては仕方がないことだと思う。王の意向で私が公爵家に逆らって王家に味方したことは明らかにされていたが、それでも信じ切れない人間もいれば邪魔に思う人間もいる。特に重要なポジションにいる古参の狸爺なんかは戦に乗じて私と王子を殺したかったに違いない。その証拠に暗殺者を差し向けてきたのは親愛なる(笑)公爵家とそいつらだ。とある確かな筋から手に入れた情報だから間違いない。
だから隠れ家を用意してくれたことは本当にありがたかった。待遇も割と良かったし、不安はあれど不満はなかった。
きっと誰もが、そう、私自身すらも慢心していたのだろう。
警備兵から戦いが王家の勝利で終わったと聞いて安堵していた時にそれは起こった。
突如として見覚えのない男達が室内に押し入って来た。一瞬で事態を悟った私は予め侍女達と打ち合わせていた通り、二手に別れて室内に隠し通路から脱出した。
私は王子の手を引いて一生懸命走った。もう、形振りなんて構っていられない。幸い着ていたドレスは室内用の質素な物だったから比較的動きやすい物だった。それでも動きにくかったから多少即席の改造をさてもらった。多分侍女達が見てたら目を剥いていたと思う。
それから追手を撒く為に私達は複雑な通路を縦横無尽に走り回った。しかし、執拗な追手は振り切れず、私達はついに追い詰められた。せめて王子だけは逃がそうと必死にもがくも、軟弱な今生の私では屈強な追手を振り切ることなど出来ない。王子と私は引き離され、王子は追手の一人に取り押さえられ、私は追手の前に引き摺り出された。両側の追手が私の両手を広げた状態で拘束し、正面の男が頭上へと剣を振り上げた。
悲痛な王子の声が響く中でもう駄目かと思ったその時、王が騎士を連れて駆け付けた。
それからはあっという間だった。王と騎士は追手をバッサバッサと斬り捨て、ほんの十数分で全ての追手は片付けられた。私はホッとしたような釈然としないような複雑な気持ちでその様子を横目に見つつ、抱きついてきた王子の無事をじっくり確認していた。見た所多少の衣服の汚れや乱れはあるものの、怪我をした様子もなくて本当に良かった。
そこでチラッと王の方を見ると騎士に何か指示しつつ、チラチラとこちらの様子を気にしていた。多分王子のことが心配だったんだろう。助けたのも王子がメインで私はついでに違いない。
とりあえず礼は言わなくてはと声をかけようとした時、ふと嫌な予感がした私は後ろを振り返った。するとそこには一人の追手が今まさに私を王子に剣を振り下ろそうとしていた。その姿は王と騎士によって致命傷を負わされ、まさに瀕死の状態だった。しかしその怒りと憎悪に支配された双眸は私と王子の姿を鋭く射ぬき、その両手で握り締めた剣の軌道はしっかりと私と王子を捉えている。
それに気付いた王と騎士が駆け寄ってきているが間に合わない。
そう思った私は腕の中の王子を王に向かって突き飛ばし、両腕を広げて追手の攻撃を受け止めた。
幼い絶叫と低い怒りの咆哮が響く中、私は飛び散る鮮血で視界を赤く染めながら地に倒れ伏した。一度目の死に際に感じたものと同じくらいの激痛が全身を貫く。じわじわと広がっていく血溜まりと下げた視線の先に見えた傷にこれは助からないなと冷静な思考で理解した。
死ぬのは二度目なせいか、不思議と恐怖はなかった。馴れたのかもしれない。・・・・・・嫌な慣れだ。
血が喉に詰まってしんどい
体が重くてだるい
もう十分がんばってよね?もう楽になっても良くね?
という雑念が死にかけの私の心を覆い尽くす。
そう、私はがんばった。物臭で事なかれ主義の性格なのに今の今まで滅茶苦茶がんばった。本当に、真面目に、色々がんばった。
しかし、死ぬ前に一つだけやらなければいけないことがあった。
私は今にも閉じそうな瞼を叱咤し、睨みつける勢いで王を見据えた。王は何故か苦しそうな顔で私をじっと見つめ、痛い程の力で私の手を握っていた。最後の力を振り絞って私がしたこと。
それは王子、そして私の侍女達の助命である。
唯一の家族であり最愛の王子はもちろんのこと、私の侍女達である彼女達のこれからの人生の為の保険と言う名の王の庇護を取り付けることこそが私の最後の仕事だ。
彼女達は本当によく私達親子に尽くしてくれた。国一番の嫌われ者である私に使えるなんて本当に大変だったと思う。
それでも文句の一つも言わずに笑顔で私達を支えてくれた。美人の笑顔はプライスレス。心の底から感謝している。
だからこそ、彼女達には幸せな人生を歩んで欲しい。美人かつ優秀な彼女達なら良い結婚相手も次の仕事も簡単に見つかるだろう。そこに王の庇護が加われば良い条件で選べるに違いない。
すごく聞き辛いであろう擦れた声で私は王に懇願した。出来るだけ哀れっぽく、弱々しく見えるように。瞬きを我慢して目に涙を溜め、力の入らない指に力を込めて王を見つめる。他にも色々言いたいことがあったが、そんな力も時間も無いから一言しか言えなかった。
私を心底嫌っている王とはいえ、流石に身を挺してまで王子を庇い、瀕死状態の私の最後の願いを無碍には出来ないだろう。大体私以外の人間には優しい王なのだ。多分少しの慈悲くらい与えてくれると思いたい。
とりあえず、力いっぱい握りしめられた手が痛い。それでも真剣な顔で約束すると言ってくれたから良しとしよう。もう時間が無い。
私は最後の力を振り絞り、泣きながら縋りつく王子の髪を撫でた。本当は涙を拭ってやりたいが、その力すら私には残されたいなかった。
ただ最後に愛していると呟き、私の二度目の人生の幕は閉じた。
享年23歳の子持ち・・・・・・本当に激動の人生だった。
ちょっと主人公の死に方が一度目と被ってしまいました(汗)
本当は冤罪からの獄中で死ぬとか考えていたのですが、三度目の最後が冤罪を掛けられて処刑されるので変えました。あと流石に拷問とかされたら主人公でも許せないと思いますし。そうなると現世編で王だけ不利になるので、あえてこの終わり方です。
三度目は主人公が短命なので一話になると思います。