第二話~一度目の私~
一度目の私は生贄だった。
私はある国の孤児として生まれた。
幼少の私はある原因で生まれ故郷で村八分にされ、育児放棄と言うには行き過ぎた環境で生きていた。食事は最低限で暴力暴言は日常、住処は隙間風が吹き荒ぶ馬小屋の隅とか・・・・・・うん、よく死ななかったな私。
そんな私を救ったのが国王様だった。
7歳になった私はついに口減らしと称して猛獣がいる山奥の洞窟近くに捨てられた。ご丁寧に逃げられないよう両手足を折った上で虫の息になるまでリンチしてね。視察中の国王様は山中で瀕死の私を見つけると、服が汚れることも厭わず私を助けてくれた。いや、地獄に仏って思ったよ。
その後は信じられないことの連続だった。国王様に連れ帰られた私は医師の方々に預けられるとすぐさま適切な治療を受けた。おかげでボロボロだった私は後遺症も目立つ傷跡もなく、月が新しい暦を刻む頃には元気になっていた。
本音を言うと国王様は良心とちょっとした気紛れで助けてくれたのであって、もうお払い箱だろうと思っていた。
でも違った。その後、国王様の紹介で側近の方が後見人なってくださり、私に正式な居場所と名前が出来た。それだけでなく、そこで一般教養や専門的な知識を学ぶことも出来るようにしてもらった。本当にあの方達は立派な人達だった。武勇に優れ、懐の深い国王様と聡明で厳しさと共に優しさを兼ね備えた側近の方。あの頃の私にとって国王様と保護者である側近の方は神様もう同然の存在だった。あの方達の役に立つ為に死に物狂いで勉学に励んだものだ。
しかし、大戦が起きたことで私の運命はとんでもない方に変わった。
当時は周囲の国の国王が相次いで亡くなり、友好関係を結んでいたはずの国ですら宣戦布告をしてきた。我が国は資源が豊かで国力も安定していたが、武力に関しては他国と同等の力しかなく、もし他国同士が手を結んだ場合勝てる可能性は低かった。
その敵国の侵略を退ける為にとれる方法は一つしかなかった。
人間以外の者の力を、そう、神と同等の力を持った魔物の力を頼るというものだ。言い忘れていたが一度目の人生の舞台は割とファンタジーっぽい要素がたくさんあった。さすがに魔法みたいなものはなかったが、人外の存在は普通に認知されていた。普段は不可侵条約的なものがあるが、契約を結んだ場合のみ人外がその力を人間に貸す場合があった。もう、それ以外の方法はなかった。それほどまでに我が国は追い詰められていた。
もちろん、見返りもなしに魔物が力を貸してくれるわけもなく、求められたのがある満13歳以上の性経験のない心身ともに健康な女だった。適当な女を差し出せばいいと思うかもしれないが、そうはいかなかった。大まかな条件はこれだったが、それ以外にも色々制約があり、一般の子供を差し出すわけにはいかなかったのだ。
それらの条件を踏まえた上で選ばれたのが私である。
元孤児で高貴な血筋もないがそれなりに教養がある推定14歳の少女であった私はうってつけの人材だった。国王様や側近の方は止めてくれたが、私はそれを振り切って生贄になった。私はあの方達を助けたかった。私の命は元々あの方達のおかげで助かった物だ。私にとって国を助けると言うよりは、あの二人の助けになりたかった。その為なら自分がどうなってもいいと思っていた。
今でもその選択は後悔していないし、何度やり直してもその選択をするだろう。
さて、その後の私がどうなったかと言うとすぐ死んだわけではない。
まず私は全身を隈なく磨きあげられた。なんて羞恥プレイなど思う暇もない程の早さだった。そして一生着ないと思っていた(普段着は地味な男物だった。多分大半の人間が私のことを地味なガリ勉男と思っていたに違いない。)華美な装束に着替えさせられ、綺麗に身繕いしてから生贄として魔物の城に連行された。
そこで魔物と言うか魔王に謁見したのだが・・・・・・。
一言で言うと魔王は凄まじい美形だった。
美しい深紅の髪に同色の鋭い瞳、滑らかな褐色の肌の精悍かつ艶麗な容貌。そして逞しくもしなやかな長身の体躯。側近の方も繊細な顔立ちの美形だったが魔王の美貌のレベルは明らかに違っていた。まさに極上のとも言うべき外見の美男子だった。
それだけなら唯の美形だが、魔王の頭部には髪と同色の鱗に覆われた二股に別れた2本の角と左頬から首筋にかけての紋様、そして押しつぶされそうなほどの威圧感はどう見ても人間の物ではあり得なかった。声も良かった。こう、腰が抜けてしまうほどの低くて甘い美声っていう感じだ。普通の年頃の娘ならここで魔王に一目惚れする可能性もあるだろうが、日頃から枯れていた私の感想としては寒気が止まらないのでさっさと引っ込みたいだけだった。そんな私の思いはこの後悪い意味ですぐ崩れることになった。
ここまで触れなかった生贄の役割はというと早い話が妾、つまり性欲処理用の玩具だ。
これを知ったのは謁見の直後だった。どうやって知ったかと言うとそこで行為に及んだから。
更に詳しく説明すると謁見の時、名乗った直後いきなり目の前に来たかと思うと強引に口付けられ、そのまま押し倒された。当時未経験だた私を気遣うこともなく、堅い床の上で満足に愛撫もないまま力任せに抱かれた。いや、犯されたと言ってもいいだろう。死ぬほど痛かったし辛かったが、腹立たしさもあって意地で悲鳴だけは上げなかった。
その後、魔王に抱き上げられて寝所に向かい、そこで抱き潰さんばかりに犯された。あの時は本当に死ぬかと思った。魔王に思う存分抱かれた私は3日間高熱に魘された。4日後には回復したが、その日の内に魔王の訪問を受けた私は再び寝台の住人となった。後で見たら全身痣やら噛み痕がついていて皮膚病の患者のようだったとだけ言っておく。
後日、侍女頭から説明を受けた私は自分が魔王の後宮に愛人の一人として入れられたことを知った。
後宮と聞いた時に毒殺されるかもとか思っていたが、どうやら人より魔の方がドロドロしていないらしい。後宮に入った私は他の住人達から害されることもなく、むしろとても良くしてもらった。後宮と聞いて国王様の側室の方々からの嫌がらせの数々を思い出して鬱になっていた私はとても驚いた。特に後宮の中でも一番位が高く、魔王の幼馴染である極上美人には本当に世話になった。魔の美人は中身まで美人だった。本当に凄い。同じく美人な癖に陰険極まりなかった国王様の側室筆頭とは大違いだ。
そんな城の中で唯一私に対して鬼畜なのが魔王だった。
初めて以降、何を思ったのか知らないが魔王は頻繁に私の元を訪れた。最初は手荒く抱かれるだけだったが、途中から常軌を逸した行為まで受けるようになった。医療魔術に優れた女医や侍女の方々が在住していたから生きていたが、多分人間の世界で同じ扱いを受けていたら初日で死んでいたと思う。それぐらいSMも真っ青な行為の連続だった。
前兆は全くわからなかったが、私の何かしらが気に食わず激情した魔王は本当に凄まじかった。
ここでは言えないようなエロい行為や拷問紛いの残酷な行為をされた。拘束、媚薬、玩具、暴力はもちろんのこと、魔術を使ってとんでもない行為をされることもあった。
最後の一番酷い時は本当に死ぬかと思った。なんと魔王はあろうことか私の四肢を捥いで犯そうとしたのだ。もちろん麻酔などなく、後で聞いたら痛みのあまりショック死しても可笑しくなかったらしい。
幸いと言うべきか、四肢は胴体に繋がったままだったが、全身骨折と局部裂傷と出血多量で1週間生死を彷徨った。私は自分が死にかけたことより、目が覚めた時に枕元で憔悴した顔の魔王が自分の手を握っていたことに驚いた。
そしてそれ以降、不思議な事に魔王の過激な行為はなくなった。
いや、その後も私の所に通い続けてはいた。通ってはいたが、性交渉はなく話をしたりするだけだった。ついに飽きたのかとも思ったのだが、何故か魔王は私の所に通うことをやめなかった。疑問に思い、極上美人や侍女達に尋ねても誰もが意味深に笑うだけだった。その間も魔王の訪問は続き、身体を繋げることないもののスキンシップは増えていった。初めて手を繋いだ時、魔王の手があまりにも恐る恐るだったのにはちょっと笑ってしまった。
更に不思議なのはその後のことだ。
なんと魔王は後宮を閉鎖した。
後宮にいた寵姫達は他の上級魔に魔王の推薦付きで降嫁した人もいれば、魔王所有の財宝を与えられ実家に戻っていく人もいた。段々と人も減っていき、結局残ったのは私と魔王の幼馴染である極上美人だけになった。その極上美人にしても寵姫としてではなく、私の世話役として残ることにしたらしい。
何故だ。
私はてっきり自分も追い出されるものだと思っていたのだが、何故か後宮から魔王の自室に引っ越しさせられた。しかも私以外の誰もそれを全く疑問に感じている様子はなかった。むしろよくやった的な雰囲気やお祝いムードで城中が和気藹々としていた。
本当に何でだ。
でも、まぁ、それからは結構平和だった。
何だかんだで城の人達は私に優しかったし、魔王の態度も穏やかなものに変わった。伽の相手は私だけになったから最初の間は少し戦々恐々としたが、実際には優しくなったし、その……気持ち、良かった、です。うん。
そうやって魔王の城で激動の一年と穏やかな一年を過ごして約2年。気付けば私は16歳になっていた。緩やかに時間が流れていく内に、いつしか私はその日常を受け入れ始めていた。
しかし、運命とはかくも残酷なものだった。
またしても大戦が起こったのだ。
しかも今度の大戦は人間だけのものではなく、人間も魔も巻き込む前よりも更に大きな戦いだった。もちろん、魔の頂点に立つ魔王も否応なしに戦いに参じた。魔王が戦っている間、私は城の魔物達と共に魔王の帰還を待つことしか出来なかった。魔王の力で王様の国は守られていると予め言われていたが、私は魔王自身のことも心配していた。
だからだろうか。
魔王の城に敵軍が攻め込んできた時、真っ先に考えたのが魔王の安否だった。頭は良くないらしい下っ端の台詞ですぐに魔王の無事はわかったが、状況は極めて悪く、城の魔物達にも死傷者が何人も出た。私自身も及ばずながら剣を取ったが、この二年で大分衰えたらしく手も足もでなかった。
もう駄目かと思ったその時、魔王が空間を捻じ曲げていきなり現れた。
多勢に無勢の状況にもかかわらず、魔王はその圧倒的な力で敵軍を瞬く間に殲滅した。私はと言うと、殲滅後に魔王から息が止まるかと思うほどの力強い抱擁を受けた。チラリと周囲に目をやると、いつの間にか私と魔王を残して城の魔物達は撤退していた。まぁ、いいかと体の力を抜きかけたその時だった。
私の視界の端に不吉な光の煌めきが映った。
その後の行動は衝動的なものだったとしか言いようがない。
私は咄嗟に魔王の腕を振りほどくと、自分の最大の力を込めて魔王を突き飛ばした。
そして直後、幾度かの衝撃と全身を駆け巡る凄まじい激痛が私の身を襲った。衝撃と激痛で倒れそうになるのを下半身に力を込め、何とかその場に立ち続けた。最初に見たのは魔王だった。魔王は目を見開いたまま私のことを凝視している。身体に傷がついた様子はないが、その顔色は驚くほどに悪かった。声をかけようと口を開いた時、何か熱い液体が喉からせり上がって来た。
耐えきれず吐き出したそれは血だった。
ふと自分の体を見下ろすと、胸や腹部から何本もの槍の刃が貫通していた。目線を自分の背中に移すと、そこには何本もの柄が剣山のように生えていた。
現状を自覚した途端に襲ってきた激痛と脱力感に耐え切れず、グラリと地に崩れ落ちそうになった私を抱きとめたのは魔王だった。魔王は私の背に刺さっている槍の柄を瞬時に消滅させ、膝を着きながら私の体を自分に寄り添わせる形で地面に下ろした。
ゴポリと口から零れる血と傷口から溢れ出た血で全身が赤く汚れた私を厭う様子もなく、必死の形相で頻りに何かを言っていた。だが、既に全身の感覚の殆どを失った私には何も聞こえなかった。
鈍くなっていく思考で感じたものは安堵だった。そう、不思議な事に私は結果的に魔王を庇って死ぬことに後悔はなかった。
だから酷く穏やかな気持ちで自分の死を受け入れた。
段々と最後の感覚である視界が狭まっていく中で、最後に見たものは魔王の悲愴な表情だった。
そうやって一度目の私は16歳で死んだ。