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桜色に恋する  作者: 柏 紫清
第一章 風使いのお話
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新しい家 2

僕はそれが嫌いだった


ヒラヒラと散ってしまうのも


深紅に染まったそれも憎らしい


本当に頭が痛い


昔の人は ちはやふる なんて句をそれが流れる川を見て詠んだらしいけどバカらしい


ほんと、こんな風に捻くれた僕もヤダ。醜い、嫌い


でもキミの思い通りになっているんでしょう?


憎らしいな




一陣の風を纏って。さぁ、夢を始めよう






もぐもぐ、と俺は黙っておにぎりと卵焼きを咀嚼していた。彼女は黙って重箱の中身を食べながらぼんやり空を見てる。


水仙寺紅葉って名前らしい事をわざわざ紙に書いて字まで教えてくれた。

紅葉は「くれは」って読むんだよ、と教えてくれて「綺麗な名前だな」と思ったことを告げると少し目を見開いて驚いた仕草をしてから「私も、気に入ってるの」と微笑んでくれたけど、なんだか変な感じがした。


それから提案通り、紅葉の弁当をご馳走になる。

かなりお腹が空いていたのと、味も見た目も上出来な為がっつく様に食べてしまい「美味しそうに食べるんだね」等と言われて可愛らしくクスクス笑われてしまった。


そして先程、紅葉が言った様に食べながら話を聞く事にして、どの場面から見られていたのかをお小言と一緒に教えて貰った。


「えっとね…君が自転車でここに来て、コンビニ袋をチビッコ妖怪に取られて、追いかけた先にジャガイモくんが待ち伏せ、そして2時間逃げ回ってたのは見たよ?」


一部始終じゃねーか!!とつっこみたくなるのを抑える。

始めっから終わりまで見ていて、もっと早く助けてくれる気はなかったんだろうか…。

てか、女の子に(しかも可愛い子に)そんなアホみたいなとこ見られて、俺恥ずかしさで死ねる……。


「あ、野菜もちゃんと食べてね。」

玉子焼きや唐揚げばかり食べていた俺に、紅葉はキュウリの野菜スティックやポテトサラダを指して言う。

一応、ソースがカップで添えられてるからディップして食べろって事なんだろうけど……キュウリ自体が、水っぽいし味がしないっていうか……。


「ん…野菜、嫌いなんだよ」

好きな野菜って言ったら数えるほどしかなくて嫌いな理由も美味しくないからってだけ。……とにかく好きじゃない。

野菜嫌いを告げると、紅葉の目が鈍く光った気がした。


「へぇ、野菜が嫌い…?それは由々しき事だと思うんだぁ…」

背筋に悪寒が走った。笑顔なんだけど、物凄く怖い顔をしていた。いや、笑顔なんだけど…さ?


すごく怖かったので視線を逸らして、話題も逸らした。


「そ、そういえばさ!!」

と言うか、これが本題だったりもする。俺の中でまず一番聞きたかったことでもある。


明白あからさまに話を逸らされたことに紅葉はムッとしてたけど、すぐになあに?と柔らかく返してくれる。切り替えの早い子で助かるなぁ。

俺は内心ホッとしながら訊ねた。


「キミは、なんだ?」

ずっと気になっていたそれを訊ねた。

ぼーっとしながら聞いてたらしい紅葉は一瞬ぽかんとしていたけれどすぐに堪らないと言った風に笑いだした。


「…ふっ…ふふっあははっ『なに』って聞いてるとこがまだ警戒心バリバリだねー」

ものすごい勢いで笑われたことに、ちょっと機嫌が悪くなるのを察したのか、紅葉が即座に断りを入れた。


「あぁ、突然笑っちゃって気分を害したならごめんね?でも、警戒してる相手の作ったご飯食べちゃダメだと思うなぁ」


まぁ、君の中である程度大丈夫って確信があったんだろうけど、と付け加える紅葉。

ジッと紅葉を見つめる俺に、紅葉は警戒を微塵も感じさせない様な純粋そのものと言った笑顔のままで語る。


「最初に言っとくけど、妖怪じゃないよ」

最初に俺が危惧していたことを否定しておいてくれて、一時的だがとりあえず安心した。

だが、次の言葉に凍りつく事になる。



「君と一緒だよ。おんなじ『化け物』だよ」



重々しい言葉を、紅葉は軽やかに笑顔で言った。

けど、その笑顔には、どんな感情も含まれてなかった。





とりあえずわかったことがある。

紅葉が、"力"をよく思ってない事、そして "力"持ちを『化け物』と言う単語から もう一つの背景も……。



◆◆◇◆◆




俺たち"力"の持ち主には、"力"が強くなればなるほど機関に所属していることが多い。

機関ってのは色々目的があるらしいから無所属の俺が一様に言えることじゃないんだけど、俺が知ってる機関というものは"力"を持った奴等の集まり。

んで、共通してるのはメンバーに夢渡しが居るかメンバー本人が夢視であるかだ。


機関ってのは 実際にリアルで会って集まったりするような株式的集まりでも、宗教的な集団でもない。ただ、一部の奴等は実際に会ったりすることもあるみたいだけど。

この辺だけ見るとネットのSNSとかと感覚は変わんないように見える。問題は、その中身なのだが…。


"力"ってのは大抵は異常視されるものだ。

気味悪がったり、頭がおかしいとか罵ったり、すごいとか言って特別視したり。

普通として、ありふれているものとしてみてもらえない。


"力"を努力で手にいれた奴等はいい。努力で手に入れた力は高が知れてるけど、努力で手に入れた輩は仙人とか言われて喜ぶし、修行も一朝一夕じゃダメだから大体がご老人になってる。

 ただ、天然物の"力"を持った奴等。天然物ってのは、潜在意識として在るため発現しにくい変わりに"力"が目覚めると、爆発的に大きな"力"になる事が多々ある。

しかも、そうゆうことは若い内に起こるのが大体らしい。


そして強すぎる"力"を生まれ持った奴等は"力"に迷惑してる奴等が多い。

最初はよくても、"力"なんかで普通になれないなんて、忌々しくて仕方ないだろう。

それで機関の話に戻るわけだけど、機関の奴等は夢に集まる。

夢ってのは結構、隔離した空間を作りやすい特性から夢視の能力を使って夢から夢へと視ることが出来る。


この夢視の能力は潜在的に持っているやつは結構多くて、"力"を持つものなら必ず持っているって位だ。

でも夢視は、人によって形が違うし潜在的に持っていても発現率が低かったり、弱かったするから扱いにくい不安定な"力"ともされてる。


そこで、夢渡しが要る。

夢渡しは夢と夢の仲介人で、夢と夢を繋げ夢視を導いたり時に潜在的な夢視の発現を手伝ったりと様々な使い方がある。

夢視以上に強い"力"が必要な稀有な能力だが、機関からすれば便利な"力"でもある。


それで、さっきの事からも機関なんてのは簡単に作れるもんじゃない。

だから機関を作ったり 機関に入ったりするやつは "力"の強さが特異的だ。


"力"を持ってるやつの中には 悪用しようとするやつも居るけど、そんな機関を作ろうと企てた時点で大きな機関に潰されてしまうのがオチだ。


よって現在、公に機関とされてる物は、ホムラ月影ツキカゲ、そして名無し《ナナシ》の三大勢力のみ。


機関自体は大昔から存在してたらしいけど、古い力の大体は、焔に吸収されるか潰されるかしてもう残ってないらしい。


だから、機関って存在はここ数十年とかその位で大きくなってきたもので、抗争もつい最近のものだ。もちろん例外もあるけど。

昔の人は、今みたいに能力を忌み嫌ったり、気味悪がったり、悲観的になったりすることが少なかったんだろうと思う。だから現代の今、"力"持ちにとって機関は同じ境遇の集まる安心できる集団になったのかもしれない。



そして、抗争とかだけど、まぁ……抗争って言っても、主に過激派の焔と月影の幹部とか創設者が仲悪くて個人的な啀み合いに機関を捲き込んで大騒ぎしただけらしい。

全く迷惑な話だ……。



まぁ、名無しにとってはそうでもなかったらしい。

二つの機関に対して、名無しは何もしてないかと言うとそうでもない。ただ名無しに関してはあまり情報が入ってこない。

今わかっているのが、水面下で何か起こしているとだけで、これだけでもかなり大きな情報である。


名無しは三年前に急に夢舞台に出てきてから、その頃特に頻繁に起こっていた焔と月影の抗争の隙を突いて大きくなり大機関へと成り上がった今も飛躍的な成長を遂げている機関である。

にも関わらず、誰もその機関の名を名乗らないから勝手に名無しと呼ばれていて、機関の中でも特に謎の多い機関。


ただ、焔とも月影とも違うのが人数が著しく少ないこと。機関として三年しか経っていないから、当然と言えば当然なのだが、"力"のあるものから見て三年とは大分長い期間である。

だから、三年経っていても名前のないこのひっそりとした機関は知ってる方が珍しかったりする。


それからもう一つ。この名前のない機関についてだ。

これは中々知られていないのだが、彼らはどの機関よりも、どの"力"をもった奴等よりも、"力"が嫌いで、怨んでいて、忌み嫌っている。

そして……それと同じくらいに、そんな"力"をもった自分が嫌いで、怨んでいて、忌み嫌っている。



本気で、自分のことを『化け物』 と思っていて、"力"の持ち主を、自分も含めて『化け物』と呼ぶ。

"力"を決して認めはしない集団。名無しとは、特異で特異な者の中でも更に特異な者の集まりだ。




そして……これが、俺と紅葉の出来すぎた出会いの物語に繋がる大きなピース。実はこの出会いは仕組まれてたんだけど、そんなことを知らない俺たちの出会いの物語はもう少し続くことになる。



深い深い深淵と呼ばれる程の暗闇に向かって……──。


◆◆◆◇◆


「化け物……」

俺は思わずと言った風に呟いた。

辛うじて名無しの存在を知っていた俺としても、コレはやっぱり衝撃的だった。


「そ、化け物」

にっこりと、一見陽気な笑顔を振り撒く紅葉だが、その笑みを浮かべる瞳はとても冷たくて……なんだか寂しげだった。


「……俺は、そんなに嫌いじゃないよ」

"力"なんてって確かに今でも思ってるけど、妖怪も悪さするやつばかりじゃない。

妖の存在を擁護する訳じゃないけど、俺にとっては仕方がないと諦めている事でもあるから。


そんな俺をじぃっと見つめてから


「キミは、まだ知らなくていいんだね」

独り言の様に呟いてから、俺が食べ終わったのを見計らってピクニックセットを片付け始めた。


まだ知らなくてもいい。その言葉の意味を知りたくて口を開きかけると、普通の調子に戻った紅葉が手を休めずに声を掛けてくる。


「さて、と。なんだか短い間に一杯話した気がしなくもないよー。そういえば皐月くんは帰らなくていいの?」

お昼を引き留めちゃったけど、お家の人とか大丈夫かなー、と。


「あー……」

ここで漸くミナ(弟の水無月のことだ)に引っ越しの片付けさせっぱなしだった事を思い出した。

そろそろ帰んないと、心配掛けて怒られて泣かせての大騒ぎだ。

しっかりしてるからと言ってあんまり任せっぱなしも悪いしな。


「弟に、引っ越し任せっぱなしだったし、俺はそろそろ帰る」

ちゃんと昼御飯食べてるといいんだけどな…。


「そう、気を付けてね」

ニコニコしながら見送ろうとしてくれている紅葉。……なんとなく、ここで別れるのが名残惜しくて。


「あのさ、良かったら来ない?」

咄嗟に思い付き、提案してみる。ここで別れたら、もう一生会うことが出来なくなる…そんな気さえして。


「……え?」

ものすごく意外な、きょとーん って効果音が当てはまりそうな顔をして(今日何度この表情を見ただろう…)更に訊ねてきた。


「えっと、何処に?」


「俺んち、引っ越しの途中で散らかってると思うけど」

まぁ、ミナがなんかしてくれてるかな。あの掃除上手さんめ。


「皐月くんのお家に?」

紅葉が再度訊ねる。


「そ、俺んち。」

引っ越したばかりで、自分家って実感はないけど。


「……えっと…なんで…?」

戸惑った様に口籠もる紅葉。

……あぁ、なんで行かなきゃいけないの? って意味だろうか。

まぁ、そうか。常識的に考えて、気軽に初対面の男子の家になんか行きたくないよな。

しかも紅葉の嫌いな"力"を認めるような発言してるやつの所なんて。


そう思ってたのが顔に出てしまっていたのか(だとしたら不覚……)紅葉が慌てて全否定してきた。


「いや、そのっ、違くてね!!……あの…」

言いにくそうに軽く視線を下にやりながら、ぽそり と呟いた。


「あの…なんで、…誘ってくれるのかな…って……。」

一瞬吃驚した。何故誘ってくれるのか。その言葉に自分なんか、という言葉が含まれているのが明白めいはくだからだ。


紅葉がなんでこんなことを言うのか。


その答えに思い至った時、さっきの言葉があった。

『化け物』……それが理由だろう。


自分が優しくされる訳がない。もしかしたら、人として扱われる事すら信じていないのかも知れない。

過去に、"力"で何かあったのだろうか。

推測の域を越えないが、可能性はかなり高い。何故なら……。


「なんでって、水仙寺は俺の事助けてくれたし…なんか、仲良くしたいと思うし……それに、ほら。お弁当が美味しかったから……かな?」


「……お弁当…?」

空の容器が入っている手提げを見てまだ不思議そうにしている。


「うん、なにかお礼がしたいって思うくらいには美味しかった」

((……何故なら、俺は知ってるから…。人に、人として愛されなくて苦しんでいったあの人を……。))


俺はそっと笑ってみせた。ぎこちなくなってない……よな?

不安になっていたのだが、紅葉がパァッ顔を明るく綻ばせて、幸せそうに笑った事から俺の思い付きは成功だったのだと思う。


「……行きたい…かな、仲良くしに皐月くんのお家!!」

……どこか大人びてたり子供っぽかったり、会って少ししか経ってないから当たり前だけど、この子の本質……わかりづらいなぁ…。


「まぁ、まだ俺んちの感覚皆無だけどね」

そんな事を言いながら、彼女の笑顔に俺の顔面はヤバいことにやっているのは言うまでもないことだった…。


「じゃあ…行こうか、水仙寺」

照れ隠しにそう言ってさっさと駐輪場に向かう。


「あ、」

紅葉が何かに気付いたように突然立ち止まった。


「どうかしたか?」

あ、そうだ。お弁当入ってた荷物くらいちゃんと持たせてもらわないとな。


「あの……名前」

「名前……?名前がどうかした?」

なんか変なとこあっただろうか…。あ、イントネーションとか?俺色んなとこに居たからそうゆうの変かもなぁ、とか考えていたのだが、紅葉の口にしたこととは似ても似つかない事だった。



「名字じゃなくて、出来れば名前がいいんだよね。なんだか余所余所しいし。」

それにあんまり名字って好きじゃなくて、と苦笑しつつ駆け寄って隣に並んでまた歩き始めた。

なるほど、……今言うことだろうか?

あとでもよかったんじゃないかなーとか考えつつ、早い内に言っとかないとなあなあになっちゃうか。とか勝手に結論付ける。


「じゃあ、紅葉って呼び捨て……も、なんか。俺の気が引けるしなぁ」

「別に良いのに」


紅葉はそう言うが、俺が納得いかない…というか恥ずかしい。

お豆腐メンタルは伊達じゃないってやつだ。

余所余所しいのがアウトってことはさん付けもだめそうだなー……。となると、ニックネームとか?……難しい。

うーん……と唸ってみる。


「……紅葉って呼んで言い?」

結局呼び捨てになった。自分のセンスのなさに落胆する…。


「うん、いいよ」

…承諾もらえたしいっか。

歩きながら色々な話をした。紅葉の通ってる学校とか、俺が越してきた家を紅葉が知ってるとか、俺が転校三昧だってのを面白おかしくして話してみたりする内に、駐輪場に付いた。


「紅葉、後ろ乗れる?」

鍵をがちゃがちゃと外しながら自転車の荷台を指す。


「んー…やったことないけど大丈夫」

それは、……ダメじゃないか?とか思いつつ、荷台に乗っかってもらう。

腕を腹に回してもらうように言って、ちょっと提案を後悔したり……。いや、不幸中の幸い…?

密着しているというこの状況に彼女も気づいたのか釘を刺された。


「変なこと考えてたら、蹴っ飛ばしちゃうから」

後ろから鋭い声が飛んでくる。釘じゃないな、杭を打たれる勢いだ。

……あの蹴りを喰らうのはな。うん。やだな。

それと、話しててわかったことだが紅葉はただちょっと力持ちで少し力が強いだけらしい。それでジャガイモを地に伏す事ができたり、俺を軽く引っ張り上げたり出来るって事だったのか。


……異形とか思ってごめんなさい。

そんな事を考えながら、俺は色んな緊張を抱えて自転車を漕ぎだした。


◆◆◆◆◇


思いの外紅葉が軽くって俺としてはかなり助かったけど、新しい我が家に到着したときはもう、色んな意味で汗がダラダラだった。これは運動だけの汗じゃないね。


紅葉には先に玄関へ行ってもらうように伝えて、俺は先に自転車を影に置いてくる。

あぁ…緊張のせいかな、すごく喉が乾いた。

そう思い軽く早足で玄関に行く。水が飲みたいし、紅葉を待たしちゃ悪いなってのもあって。


「……ただいまー」

玄関で、違和感満載の『ただいま』を言いながら引き戸を開けて和風の玄関に足を踏み入れた。踏み入れた瞬間、引き戸を閉めたくなったけど。


「ちょ、ちょっとお姉さんなんなんですか!?は、離してくださいって!!」

戸を開けたら紅葉が水無月に抱き付いていた。

抗議なんかどこ吹く風でぎゅっと抱き付く紅葉。対するミナは若干苦しそうにしながら顔を真っ赤にしている。

身長差的に低身長(まぁ小6にしては高めかな)のミナを抱き締めていれば必然と頭ってアカハの胸元だからな。

ウブな小学生には刺激が強いらしい(逆の立場だったら俺は即死だろう)。アカハはその辺無自覚みたいだし。


「あ、ちょっとこれ説明……っいや、と、とりあえずこの人離れさせてよ!お兄ちゃん!!」

そんな様子を見ながら俺は告げた。


「悪いけど、もう少しだけそのお姉さんにくっついとけ」

いい子にしとけよーとの台詞と共に俺は家の中にスタスタと入っていく。


「ちょ、どうゆうこと!?」

状況のわからないミナは叫んだが、俺の言い付けを守る気はあるらしく暴れるのはやめた。

紅葉は一言も言葉を発することも無いままにミナを包み込むように抱き締めていた。

まるで見えない『何か』からミナを庇うようにして。




「……気持ち悪い」

引き戸を閉めたくなった原因。それは奥に行けば行くほど濃くなるこの変な空気の所為だ。俺は、口許を服の袖で押さえながらやや広い家の壁に細工をしていた。

細工といっても、今はまだ家の中の壁に右手を付いて歩き回っているだけの段階なのだが…。


「早く終わらせなきゃな……」

今 この家は、異常の巣窟と化していた。

この"モノ"は、まだ具体的な形を持っていない低俗で皐月には黒い靄のように見えているのだが、中々質が悪いものになっている。


あっという間に増殖して広がる人の悪意の残りカスの劣化品。

つまり、この家に何らかの理由で残った、人の悪意の残滓が見えない『何か』と混ざりあって更に悪化したらしい。

とはいえ、この視えないものを呼び寄せて悪化する原因となったのが…


「……また《・・》俺が原因だよなぁ…」

そう呟いたのを最後に、縁側から庭に出た。

そしてあの札を今度は四枚取り出して家の敷地の四つの角に貼り、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。仕上げに紙を指先で撫で 細工を終えた。

途端に敷地内が柔らかく光を放ち、俺に付きまとっていた靄が消え失せて辺りに正常な空気が流れる。


「……疲れた」

今すぐ座り込みたい気分だったけど、紅葉とミナの様子を見に行かなきゃいけない。

そう思って、急ぎ足で二人の元へ向かった。

玄関に向かう俺の後ろから、白い塊がてっこてっこと付いてきているのに気が付かないまま…。





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