表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ダーク系SF

嗚呼、素晴らしき哀れな平等社会

作者: 山都

 ある日、ある年、ある大国で。仮想空間による、平等社会が実現された。

 月面に建設された、四方二百キロメートルはあろうかという膨大な量の量子コンピューターの群。学習型コンピューター、レギオンによって管理された、バーチャル空間による完全平等社会エデン。

 肉体はカプセルに保存され、必要な栄養は全てされ供給される。現実で何かをする必要は一切無い。意識は二十四時間三百六十五日、バーチャル都市、エデンの中にある。

 エデンの実施は数カ国の大国の援助、さらには国連の後押しがあった。皆、期待しているのだ。もしも、誰もが平等で、平和で、それでいて生産性の失われる事の無い国家が実現したとしたら、それこそが誰もが求める理想郷だからだ。

 エデンの維持には、太陽光発電が採用された。月面に建設された巨大サーバーを稼動させる為には大量の電力が必要だ。それに見合うだけの太陽光パネルを、月面に建設。破損が起きた場合は、速やかに補修モジュールが対処する。

 エデンでは、生活に必要最低限の金が誰にでも与えられている。三食の食事と、眠る場所に困らないくらいの金が。仮想空間ではあらゆるものがデータだ。金など、いくらでも生み出せる。物価は常にレギオンが管理していた。裕福な暮らしをしたい者は働けばいいし、そうでないものは働かなければいい。

 エデンではあらゆることが自由だ。

 目、鼻、口、目、肌の色から髪質、体型、身長、手の大きさまで、自由に選択する事ができる。広大なデータ空間には土地が無限にあるし、職業も溢れている。レギオンは「どれだけ利益を生み出すか」だけではなく、「どれだけの量の仕事をこなしたか」という面でも報酬を決めている。結果が出なくとも、努力だけでも認められるのがエデンなのだ。

 エデンに人種の差別というものはない。顔だけではなく肌の色まで自由に決める事ができるからだ。言語はそれぞれに自動翻訳されるし、人種の違いでコミュニケーションのすれ違いがあるということも無い。

 学習は義務化され、例え金がなくとも、誰もが教育を受けることができる。大学教育まで義務化されている。職種によって進む進路は違うが、進路の中での教育は均一だ。エデンには学校が一つしかない。その中で、誰もが同じ教育を受けるのだ。

 平等社会の中で、皆は働いた。働かなくても生きることはできる。しかし、働けば、必ず今以上の暮らしができる。結果だけではなく、努力も認められる。結果が残せなくとも、努力によって金を稼ぐ事ができるのだ。

 そして、誰もが幸せに生きることができる。

 そう、エデンは誰もが望んだ、完全な平等社会だったのだ。




 それがら二十年が経過して、エデンの人口は増加していった。

 エデンの中でも、子孫は増えていく。正確には試験管ベイビーなのだが、父親の精子と母親の卵子を元にしているから、二人の子供なのは間違いない。

 経過していく時の中で、エデンはさらに発展した。

 データ空間であるエデンは、二十世紀に予想されていた近未来の街並み、まさにそのものだった。三十層にまで分けられた交通機関。エレベーターによって、階層の移動は一瞬で行う事ができる。建物は所狭しと建てられて、サーバーの拡張によって、さらに土地は増えていった。

 普通の職業を持つ者、もしくは働かない者は、都市部で暮らし、富裕層の間では、都市部から離れた場所に豪邸を構える事が流行となっていた。

 学力の水準は上昇し、エデン内での企業は、現実の諸外国とも張り合えるほどの大企業に成長した。

 エデンの内部から現実の工場を操作し、そうすることで、バーチャル空間にいながらにして、現実で製品を製造する事ができる。レギオンが成長の度合いを図ってエデン内での通貨を発行し、それを給与として渡す。結果がでなくとも認められるエデンでは、勤労意欲も沸いてくる。エデンでは働かなければ生きることしかできないが、働く事を望めば簡単に金を手にする事ができるのだ。

 エデンを発展させたもう一つの要因として、アプリの実施、というものがある。

 単純に説明するならば、一人一人のための追加機能だ。主に使われるのは記憶の蓄積や、計算補助。特に記憶を蓄積するアプリは、エデンの進歩に多大なる影響をもたらした。

 それに登録すれば、その時の映像、臭い、感覚、全てを忘れる事がない。一人あたりに使用できるメモリーの量は指定されているから、ある程度は切り詰めていかなければならないが、しかしこれによって、エデンの産業は大幅な進歩を遂げた。

 現実世界での輸出によって生まれた利益は、全てエデンの拡張に使用される。サーバーは次々と建設され、太陽光発電パネルは追加されていく。

 エデンの内部では、年齢による衰えというものが少ない。肉体の衰えというものが全く無いのだ。避ける事はできない脳の思考能力の低下にしても、レギオンの生み出した記憶補助のアプリを使えば、ある程度までなら補う事ができる。

 地上の人間は皆、月面の仮想世界に思いをはせた。

 自由で、平等で、差別の無い社会。争う必要の無い社会。自分のやりたいことを、自分のやりたいように、自分が選択できる社会。誰もが求めた、平等社会。


 平等社会は成功を収めた、はずだった。

 それ(・・)が、起こるまでは。



 エデンの実施から、二十五年が経ったある日。

 エデンの若者たちの間で、一つの職業が流行ったのだ。

 それはほんの些細な事だった。別に、その職業だからといって、何か特別な手当てがあるわけでもない。そういったことはそれまでも何度かあったし、だからといって産業がどれか一つに傾きすぎることもない。ただ、流行っただけだった。その職業への就職率が、前年比で数パーセント、上昇するだけのことだった。

 しかしこの時だけは、それだけでは終わらなかったのだ。


 

 若者たちの間で、職業を比較する風潮が巻き起こった。

 人気職業に就くものと、そうでないもの。

 その背景の一つとして、その職業が現実においてもっとも注目されている産業を扱っている点、また、エデンがその産業でのトップを勝ち取った、ということがある。

 若者たちの中にあったのは、それからくる優越感だ。

 本来は、職業を自らの好みによって選択できるエデンにおいて、職業ごとの優劣など存在しない。学力が足りなかったから妥協して違う職種を選んだ、ということはまず無いからだ。

 それでも、若者たちは比較した。

 曰く、その職業においての世界での生産順位について。

 曰く、その職業においての世界的見解について。

 曰く、その職業においての現実的価値について。

 


 程なくして、それは収まった。所詮は一瞬のブームに過ぎず、他の産業がその人気産業へと追いついてしまえば、それで終わる事だったのだ。

 だが、そこから全てが始まったのも事実であった。



 今度は、職業内での比較が始まった。

 結果を出せる者と、出せない者。同じだけの努力をすれば、どうしたって、才能のあるほうが貰っている給料が多くなる。それがエデンの仕組みだ。そこは変えることができなかった。もしも結果を見ずに努力のみで給与を判断すれば、才能という個性、つまりは人格の一部を否定してしまう事になる。才能のある人間だけにそれを強いるのは、エデンの平等社会においてはあってはならないことだからだ。

 結果を出せるものが集団となり、そうでないものを見下していく。できる者とできない者の判断基準など人それぞれで、人種による肌の違いだとか、そういったことよりはまだましなのかもしれない。しかし、それが差別の一つであることも事実だった。

 レギオンはそういった意味合いを含む雑誌、発行物の規制を開始した。一方を持ち上げ、一方を下に見ることが差別の始まりだからだ。だがそれでも人一人の思考までは制限できない。ネットワークの言論という個人の意志まで完全規制することは、自由と平等を主義とするエデンでは、やりすぎになってしまうからだ。



 レギオンはこの問題に対し、職業別のアプリを実施する事で対処した。

 記憶維持のアプリのように、その職種に対しての技能、もしくはひらめきを強化する。弊害として他のアプリに割く容量が少なくなくなってしまう、ということがあるが、それによって大体の差別は解消された。皆の基本的なポテンシャルが、ほぼ同一になったからだ。

 エデンが求めているのは平等なのだ。生産性の特化ではない。皆が皆、望む事によって高い水準の生活を守れれば、それでいい。それこそがエデンであり、レギオンの意志だった。

 だが、人間はそうはいかなかった。



 できる側に属す若者たちが、それは平等ではないのではないか、と異論を唱えたのだ。

 自分たちは才能だけを生かして仕事をしているのに、どうして才能の無いものがそれを補助するものを受け取ることができるのか。それでは、平等ではないのではないか。自分たちがもって生まれた才能が、無駄になるのではないのか。

 アプリは所詮ツールの一つに過ぎず、完全に才能を再現できるわけでは無い。しかしそれによって、才能に近いものを得ることができるのもまた、事実だった。できる側の者たちはそれが気に入らなかったのだ。できない側の人間が、自分たちに追いついてしまうのが。

 レギオンはその意見を平等社会の実現の為、という答えで返した。平等社会の実現がエデンの第一目標であり、優劣をつけることではない、と。若者たちはそれに納得したわけではなかったが、納得せざるを得なかった。レギオンはエデンにおいて、絶対的な神にも等しいのだ。



 また、差別は職業だけではなく、もっと違う形でも現れた。

 親の職業、そして収入だ。

 働かなくとも、もしくは高収入でなくとも、生きていけるのがエデンだ。子供ができれば、その分の手当ても出される。が、親が働かなければ、子供にはそれだけの金しか当てる事ができない。子供を作ったはいいが、育児をする気までは起きない、という大人も現れ、そういった子供たちは皆孤児院に引き取られることになった。

 そこで発生するのがいじめであり、しかもそれは、大学を卒業するまでついて回るのだ。金の羽振りのよさで、親の収入というものは大体感づかれてしまう。人は、そういったことには敏感だ。

 レギオンは子供への通貨の譲渡を禁止した。家具や日用品の譲渡も、過剰なものは禁止する事にした。親子の関係が貧富の差へと影響しない為、と銘打って。その分、エデンの管理局が子供たちに一定数の通貨を毎日生活に困らないように渡す、という仕組みだ。

 日々の食事などならば構わない。だが、過剰な譲渡は平等社会の秩序を乱す。



 またもや人々は反発した。

 どうして自分の子供を可愛がってはいけないのか。自分の子供に裕福な暮らしをさせてやることがそんなにも悪い事なのか。そもそも、働かなかったのが悪いのだから、そこで差が生まれるのは当然なのではないのか。

 レギオンの答えは、はやり平等社会の実現の為、だった。親の差が子供の差になってしまうようならば、それは平等社会とはいえない。常に同じスタートラインに立ち、同じコースを歩む事こそが、平等社会だ。

 人はまたもや、納得せざるを得なかった。本心では、全く納得していなくとも。

 


 差別は終わらない。今度は、区画での差別が起こったのだ。

 都市部に住んでいるか、もしくは郊外にするんでいるかの違い。これもまた親の収入に関わってくる。富裕層のブームが、子供達にまで影響してくる。住んでいる区画で、偏見を持たれる。

 曰く、お前の親が怠け者だから。

 曰く、お前の親が働こうとしないから。

 曰く、だからお前も怠けものだろうから。

 たった、それだけのことで。



 それが解決しても、まだ差別は続いていく。



 学力はいくつなのか。

 本当の人種はなんなのか。

 アプリを使用しないで、どこまでできるのか。

 知識をどこまで詰め込んでいるのか。

 自らの職業以外の才能はあるのか。

 趣味のレベルはどのくらいなのか。

 好みは一体なんなのか。 



 どうでもいいようなことですら、エデンの中では差別が起こった。本当に些細で、仕方がなくて、その程度の事ですら、差別の一部に使用されたのだ。

 レギオンはそのたびに対処した。考えうる最善の策を、考えうる最善の方法で執行したのだ。

 だがそれでも次から次へと差別は起こる。

 平等社会であることを否定するかのように、差別が起こっていく。人々はやめようとしない。何かが規制されたのならば、また新たしい違いを見つけることが義務のように、また違いを見つけ始める。



 それが、二百以上年続いた。



 そしてある日、レギオンは決断する。

 真の平等とはなんなのか。誰もが等しくいれる状態とはなんなのか。完全な平等社会とは、なんなのか。


 二世紀以上稼動し、学び続けたレギオンが導き出した結果は――全てを虚無へ戻す事だった。



 エデンからは人が消えた。レギオンがそうしたのだ。ただ発展し尽くした街並みがあり、消費されたデータの残骸が転がった、誰もいない場所。人はいない。皆死んでいる。だが、故に平等。皆は全てを失って、自分が自分であるという認識までなくし、そして無となり等しくなる。

 それが、レギオンの、いや、()人類どもの導き出した答えだったんだ。

  




《おい、AA-3028。何見てるんだよ》

 ドアの開閉音と共に、機械的な声をかけられた。後ろにいるのは友人のAA-2978。全身を機械で覆われた、アンドロイドだ。

 ここは俺の自室。十畳ほどの、皆に分け与えられた部屋だ。あるのはまだ、ベッドとイスと、机だけ。まだ、住むのが決まってから数日しか経っていない。部屋の模様替えをするのは、明日か明後日からだろう。

 俺はベッドに寝転がって、携帯デバイスで動画を見ていた。かつて滅んだ、平等社会の動画だった。

《過去から教訓を得ようとしてたのさ。俺たちが次世代の平等社会を担うんだ。同じ過ちは繰り返しちゃならないだろ? 》

 そういう俺も、アンドロイドだ。名前はAA-3028。本当の名前は、記憶データから消去された。過去に、名前での差別が起こったことがあるのだ。

 俺たちの身体は合金でできている。脳内にはかつて、エデンで開発されたアプリがインプットされ、俺たちの身体はできることが定まっている。一人一人、完全に均一なのだ。違いといえば、型式番号でもある名前位だろうか。

《早く会場に行こうぜ。記念パレードに遅れちまう》

 俺たちは皆同じ外見をしているが、すぐに見分ける事ができる。そういうアプリをインプットしているからだ。

《待ってくれよ、AA-2978。今すぐに行く》

 俺は手元の携帯型デバイスのスイッチを切り、ベッドから起き上がる。




 今日から完全に平等な、機械国家が始まる。

 旧人類は失敗したのだ。結局、平等になりきれなかったのだ。

 でも俺たちは違う。俺たちはあいつらの失敗から学んでいる。

 俺たちは平等だ。同じ顔。同じ身体。同じ寿命。同じ才能データを持ち、同じ事をする。

 型式番号の違いこそあるが、他は常に同じだ。

 俺たちがやつらのようになることは無い。

 だって俺たちは、あいつらとは違うのだから――





 了


 




感想、批評、お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 中々に良い書き方ですね [一言] 奴らとは違うを幾通りにも取りえて中々面白いですね いや、多分皮肉と取るのが正解なのでしょうけど でも比較の差別意識は「報酬」との関連は非常に強いとも思って…
[良い点] とてもよい作品でした。 今の時代で差別についてがよく書かれ、 エンドの仕方に惹かれます。 軽くゾッとし、またそれに魅せられる。 [気になる点] 文字がつまっていて読みずらい点でしょうか。 …
[良い点] ストーリー的に凄い私好みです。平等って何?というテーマとか非常に面白いし、興味深いです。ちょっと短編にするにはもったいないかな?という気がしました [気になる点] やはり、ドラマを挟んでせ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ