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夜の学校に出るらしい

作者: 鳥乃巣
掲載日:2026/02/03

これは、僕が高校三年生の夏休みの終わりごろに体験した話だ。

 正確に言うと、体験した“かもしれない”話で、今でも本当にあれが現実だったのか、ただの夢だったのかはよく分からない。


 僕の通っていた高校は、地方にあるごく普通の公立高校だった。特別に古いわけでもなく、かといって新しいわけでもない。校舎は三階建てで、夜になると人がいなくなり、電気もほとんど消される。そういう学校は、だいたいどこにでもあると思う。


 ある日、クラスメイトの佐藤が、昼休みにこんなことを言い出した。


「なあ、夜の学校、出るらしいぞ」


 いかにもありがちな話だった。

 僕は最初、どうせまた誰かの作り話だろうと思って聞き流していた。正直、そういう怪談話はあまり好きではない。怖いというより、後味が悪いからだ。


「誰が言ってたんだよ」


「先輩。去年の三年の人」


 先輩、というだけで妙な説得力が出てくるのが不思議だった。

 話によると、夜中に学校に忍び込んだ生徒が、誰もいないはずの廊下で足音を聞いたらしい。振り返ると、誰もいない。でも、また歩き出すと、後ろから足音がついてくる。


 正直、聞いたことがある話すぎて、あまり怖くなかった。


「それ、どこの学校でもあるやつじゃん」


「でもさ、音楽室の前だったらしいぞ」


 音楽室。

 それを聞いた瞬間、少しだけ背中がぞわっとした。


 うちの学校の音楽室は、なぜか妙に暗い。窓が少なく、昼間でも薄暗い感じがする。特に理由はないのだろうが、雰囲気だけは確かにあった。


 その日の放課後、僕は部活がなかったので、一人で帰ることになった。

 校舎を出る前、ふと、さっきの話を思い出した。


 馬鹿らしい。

 そう思いながらも、なぜか足が音楽室の方へ向いてしまった。


 廊下には誰もいなかった。

 夕方の校舎は、昼間とは違って静かだ。自分の足音だけがやけに大きく響く。


 音楽室の前に立つと、ドアは閉まっていた。

 当たり前だ。誰も使っていないのだから。


 そのときだった。


 カタン。


 小さな音が、後ろから聞こえた。


 心臓が一気に跳ね上がる。

 僕は、しばらくその場から動けなかった。振り返るのが怖かったからだ。


「……誰かいるのか?」


 声が震えていたと思う。


 ゆっくり振り返る。

 しかし、そこには誰もいなかった。廊下は相変わらず静まり返っている。


 気のせいだ。

 そう自分に言い聞かせ、帰ろうとした、そのとき。


 ギィ……。


 音楽室のドアが、少しだけ開いた。


 誰も触っていないはずなのに。


 中は暗くて、よく見えない。

 ただ、ピアノが置いてあるのだけは分かった。


 なぜか、そのまま立ち去ることができなかった。

 今思えば、完全におかしい行動だったと思う。


 音楽室の中に、一歩足を踏み入れる。


 その瞬間。


 ポロン。


 ピアノの鍵盤が、一音だけ鳴った。


「うわっ!」


 思わず声を上げてしまった。


 誰もいない。

 ピアノの前にも、もちろん誰もいない。


 なのに、確かに音はした。


 怖くなって、僕はそのまま走って音楽室を飛び出した。

 廊下を全力で走り、校舎を出て、家まで一気に帰った。


 その夜、なかなか眠れなかった。

 あの音は何だったのか。誰かのいたずらだったのか。それとも本当に――。


 翌日、佐藤にその話をすると、彼は目を丸くした。


「マジで? お前も?」


「も、って何だよ」


「いや、実は俺も、去年の冬に似たようなことあってさ」


 詳しく聞こうとしたが、授業が始まってしまい、結局それ以上は話せなかった。


 それからしばらくして、学校でそんな話をする人はいなくなった。

 音楽室も、今まで通り普通に使われている。


 今でも、あれが何だったのかは分からない。

 ただ一つ言えるのは、夜の学校には、あまり近づかない方がいいということだ。


 もしかしたら、今も――。


 そう考えると、少しだけ、背中が寒くなる。

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