第24話 魔橋の山⑦
「う゛ッ……」
「ちっ、もう反応も薄いな」
「ふむ……。少し早いですが、明日の準備もありますし、本日はもう良いでしょう」
プロリン師たちが去り、夕暮れの牢獄には冷たい風だけが残った。
アフラは呼吸こそあるが、もう声も出せない。時折漏れる音は、拷問で肺から絞り出される空気にすぎなかった。
(限界だな……。だが、その分あたしが動ける)
まだ日も静まりきらぬ夕暮れ、いつもよりも早く拷問が終わると牢獄部屋の前に1人の監視をつける他を除いて人はいなくなった。
明日はついにアフラが火刑に処される日、準備などで警備が薄くなる。
(つっても脱獄をするわけじゃないがな……)
アフラは限界を迎えていたが、その甲斐あって麻友は健在だ。
(流石に寒いし、腹も減ったが、痛みはねぇ)
今日はもう深夜の定期的な見回りを除いて信徒は来ない。となれば今は明日の計画の準備をするのに絶好の時間だ。
ふと、ミカエルの言葉が蘇る。
『だから支持させるために橋を建て、人々を豊かにする。さすれば、信者が生まれ我儘も通るようになる』
不意にミカエルの言った魔女の性格が頭をよぎる。
(なるほど……。我儘か。確かにな。まあ、魔女みたいに全て思い通りなんて力はねぇが、その考えは分かる)
身体を入れ替え、枷を外す。治癒魔法をかけると、臓腑が焼けつくような違和感が走る。
(……くっそ、腹ん中かき回されてるみてぇだ。アフラ、頼むぞ。明日からはお前の体力しか当てにできねぇ)
麻友は状況を冷静に整理する。信徒は三十にも満たない。プロリン師は無理としても、半分潰せれば上等だ。
(……まあ3割も殺せれば十分か。数じゃなく、絵になるかどうかが大事だ。苦境を越えて神父を打倒――イャザッタへの反旗には、そういう箔がいるんだよ)
今回の計画は、自身で実行し、失敗も許されない。だが、不思議と落ち着いていた。
前世の経験、アフラの存在、魔女の逸話、それらが妙な自信や正当性、なによりも目指すべき存在を明確にしてくれた。
体力の回復により、傷口は塞がっても、この1週間の栄養不足は流石に回復は不可能だ。その状態のアフラがどこまで戦えるか不明だが、今はそれに賭けるしかない。
(複数人だとこうはいかねぇな)
それでも、2人で1人という特異さがある。交代しながら戦えるなら、魔女ですら出来なかった芸当が可能かもしれない。
(……十分だ。あとはやるだけ)
かの魔女へ思いを馳せながら、麻友は一通りアフラの回復を終えると枷に再び手足を通し、明日に備えるのであった。
*
「さあ、“元”聖女様、時間ですよ」
時間になると信徒4人が拷問部屋に入ってくる。
その顔はニヤついており、明らかに聖女への尊敬の念など既に感じられない。
「……」
「けッ、1週間前、こいつにドタマ殴られた時はバケモンかと思ったが、流石に連日の拷問が堪えたか」
アフラは既に意気消沈したかのようにうつむき声も発さない。
「まあ、それでもこの女の本性は獣ですよ。ドサクサで暴れるかもしれません。これだけ衰弱していれば以前と違い4人でも抑え込めるでしょう」
信徒たちは嘲りながら、無警戒に手枷、足枷の鍵を外す。
「《灰の封印》」
「へっ……?」
4つの鍵穴から閃光が走ると同時に信徒4人は吹き飛んだ。
「がッ…あっ……」
2人は即死、残った2人も無警戒だったため《灰の封印》により肋を砕かれた上に吹き飛ばされた衝撃で頭蓋骨や背骨を損傷して動くことが困難になっている。
「さーて、ここからがあたしの戦い方だ」
麻友に入れ替わると即座に部屋の扉前へ行き施錠する。当然、《灰の封印》を掛けながら。
「この隙にっと」
麻友は殺した信徒たちの衣服を漁る。
「あったあった」
儀式用のナイフだ。先週の戦闘で儀式用のナイフを持っていたのだからあると踏んでいたが案の定持っていた。
「おい!遅いぞ何をやって……。誰だお前は!」
見張り窓から時間になってもやって来ない同僚を心配し信徒の1人が覗き込み惨状に気がつく。
「お前たちは師に報告を!」
そう言いながら信徒は拷問部屋の扉を開けようとする。
「グェッ!」
結果は言わずもがなだ。
「ひっ、ひぃ!」
ギィ……。
「死にたくねぇんならどっかに行きやがれ!」
扉から出ると一目散に1人の信徒が逃げるが、2人が取り押さえに向かってくる。
「よくも我が同胞を!」
「魔女め!恥を知れ!」
「バカ正直に突っ込んで来てくれると楽でいいな!」
麻友は雑に解錠の魔術を信徒が他の拷問部屋の前を横切ったタイミングで放つ。
「なっ!」
「え……!」
あえて正規の方法以外で鍵穴を刺激し、《灰の封印》を遠隔で発動させ2人屠る。
「これで7人……。流石に逃がした奴は報告しているだろうし、これ以上はここでの戦果は期待できないな……」
麻友はそう呟くと1週間ぶりに牢獄をあとにしたのであった。
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