第19話 魔橋の山②
テンシュタン――万年雪に閉ざされた山中の町。険しい山脈と深い谷に囲まれ、かつては隠れ里のように独自の文化を育んでいた。魔橋と山道の整備によって外との交易が始まり、今では乳製品や水資源の質の高さで知られる。信仰と過去の抵抗が交差する土地柄ゆえ、今もイャザッタへの帰属意識は薄く、聖女による東方遠征の際には中立地として傭兵が雇われることも多い。
「こ、これは一体……」
テンシュタンの町へ着いたのは日没の少し前であった。町の雰囲気はどんよりとしており、中央広場では燃えカスとなったソレを黄昏時の暗い光が照らしていた。
「い、一体何があったんですか!」
辺りの人に聞いて回る。だが、誰もが視線を逸らし、そそくさと立ち去る。触れてはならないモノに触れられるかの様に町の人は1人、また1人と去っていた。
「お嬢さん、これは魔女を懲らしめたのですよ」
「!?」
突然、背の方から声が聞こえる。
振り返るとそこには背の低い神父の格好をした人物が立っていた。
「し、失礼しました!気が付かないで……」
「いえいえ、良いんですよ。それにしても……お嬢さん、この辺りでは見かけない顔ですね。すみませんが、自己紹介よろしいですか?何分、最近、ここへ赴任したばかりなので」
神父は言葉こそ柔らかいが、どこか厳格で、何よりも顔の表情が一切変わらず、威圧感を漂わせていた。
「え、えっと……」
「これは、失礼しました。先にコチラから名乗らなければですね。私はヴァン・プロリン。最近、イャザッタ様より名を受けてこちらへ派遣された神父でございます。」
(注意しろよ。聖女であることがバレるのは流石にマズイぞ。偽名でも使っておけ)
(わ、分かってますよ!)
「あ、えーと、あ、アマカ……アマカ・パースィーです」
「ふむ……」
プロリン師の目が光る。
「あ、あのどうかしました……か?」
「いえ、やはり聞き覚えがないですね。この町の神父として、旅の者だとしても話を聞かないといけないのでね」
(アフラ、マズイぞ。このおっさんにバレたらあたしたちも……)
(大丈夫です。乗り切ってみせます……!)
「……まずは、お嬢さんの出身から伺ってもよろしいですか?」
プロリン師の声は静かだった。しかし、その瞳はまるで冷たい水面のように凍てついていて、微かな揺らぎも見逃すまいと凝視していた。
(アフラ、落ち着けよ。下手に慌てたら足元すくわれるぞ)
(だ、大丈夫です……ここで怖気づいてはいけません)
アフラは小さく頷き、深く息を吸ってから口を開いた。
「はい……私は南部の沿岸部にある村で育ちました。夏は果物がたくさん採れて、そこの果樹園で生まれました……」
「ふむ、そうなると、大分信仰は厚かったようですね」
「はい、毎日のようにイャザッタ様へ祈りを捧げ、感謝をしていました」
(そうだ。疑われない様に慎重にな)
「なるほど。果樹園の……なのに旅などしているのですか?」
一瞬だけ間が空いた。アフラの眼が揺れる。
(“家族はもういない”で通すんだ。理由は“流行病”。感情を込めすぎるな、でも冷たくもするな)
「……家族は……もういません。小さい頃、流行病で……」
「……すみません。辛いことを聞いてしまいましたね」
プロリン師の言葉には同情の響きが含まれていたが、その表情は微塵も動かなかった。
「さて。旅の目的は?」
「じゅ、巡礼です。イャザッタ様の教えしか今の私にはありませんから……」
「なるほど……。それでたまたまここに寄ったと」
プロリン師は顎に手を添え、僅かにうなずいた。だが、内心では何かを計算しているような目つきだった。
そして、沈黙を少し置いてから――まるで唐突に思い出したように、こう切り出した。
「ところで、お嬢さん。このテンシュタンの過去についてはご存知かな?」
「え……いえ、何か……?」
「この町へ通じる魔橋、一説にはかの魔女がすべて建てた共言われていて、魔女に関する伝承が多いんですよ。それ故にイャザッタ様の信仰もなかなか広がらなかった」
(魔女が……橋を……)
(メレンゲの言ってた魔女とはイメージが何か違うな……)
「なので、魔女の信仰を無くすために来たんですよ。この火刑の跡も、魔女の名を語り継ごうとした愚かな者への鉄槌なのですよ」
アフラの呼吸が浅くなる。麻友の冷静な声がすぐに脳裏で警告を発した。
アフラ、絶対に今は深入りするな。こいつには、下手な情を見せちゃダメだ)
アフラは拳を握りしめながら、小さく頭を下げた。
「……そうだったんですね。何も知らず……無遠慮なことを聞いてしまって……」
「いえ。興味を持つのは、悪いことではありません。知を求める者が道を誤るのは、いつだって“好奇心”からですからね。……“純粋な信仰”だけが、魂を救うのです」
プロリン師はそれだけを言うと、微笑を浮かべて一歩退いた。その笑みは、氷のように冷たく、そして疑念に満ちていた。
「それでは、お嬢さん。今宵はこの町の宿でお休みを。もし、話し足りないようであれば……また私のもとを訪ねてください」
彼の背が夕闇に溶けていくまで、アフラは一言も発せなかった。
(……アフラ、大丈夫か)
(……はい。でも、やっぱり……怖いです。プロリン師の目……)
(あの目は、イャザッタへの狂信だな。アフラ、気付いてないようだが、学舎でも教師たちはあそこまでではないにしろ、そういった類だったぞ)
(……。理想と現実が違うのは)
その晩、アフラはようやくたどり着いた宿で、身体を休めることすら困難なほど、胸を押し潰されるような重圧に耐え続けた。
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