第七章: 青い月の下で
午前零時を過ぎても、神社の境内には満月の蒼白い光が降り注いでいた。
その青い光は、井戸の中から発せられた巨大なクリスタルの反射によって、まるで古代の星図のように木々や地面を照らしていた。井戸の奥に広がる地下空間では、刑事・高瀬誠一と、水野涼子が未だにその幻想的な光の中に佇んでいた。
水野はすでに拳銃を取り上げられ、手錠をかけられていたが、その顔には怒りよりも落胆と呆然とした表情が広がっていた。
「こんなはずじゃなかった……財宝があるはずだったのに……」
彼女の呟きに、高瀬はゆっくりと答えた。
「君の家系が代々追い求めてきた『月影丸の財宝』。それは金銀財宝ではなかったんだ。星野教授が命を懸けて守ろうとした知識の結晶だった」
洞窟の中心には、今なお淡い光を放つ青いクリスタルがあった。高瀬が手にした羊皮紙の記述を専門家に照らし合わせた結果、それは地震や津波、火山噴火といった天災を天文現象と照合し予測する、古代の天体予測装置に関する記録だった。
数時間後、専門機関の科学者と技術者たちが到着し、クリスタルの採取と保護、地中に存在するシステムの保存作業が始まった。
数日後——。
高瀬は月見坂の町役場前に設けられた臨時記者会見に出席していた。
「今回の事件は、200年以上前に遡る海賊・月影丸の伝説と、それを追い続けてきた家系の執念に端を発したものでした。そして、その伝説の核心には、自然災害を予見するための古代の知識体系が秘められていたことが明らかになりました」
記者の一人が手を挙げた。
「それは、現代でも活用可能な技術なのですか?」
高瀬は頷いた。
「はい。初歩的ではありますが、天文と地球の相互関係を捉えた、精緻な観測記録と理論が確認されました。今後、国際的な研究チームが解析を進め、災害予知に役立てる予定です」
別の記者が尋ねた。
「犯人の水野涼子は、事件後どのような供述を?」
「彼女は自らの家系が財宝を追い続けてきたという信念に囚われていたと話しています。そして、教授を殺害するしかなかったと……しかし、それは決して許される行為ではありません」
事件の真相が公表された後、月見坂の町には国内外から多くの研究者や観光客が訪れるようになった。
町は突如として脚光を浴び、神社の井戸とその地下に広がる洞窟は保護区域として整備され、限定公開されることになった。
町の観光協会は、事件と伝説にまつわる展示を備えた「月影記念館」を開設し、星野教授の研究成果もそこに展示されることとなった。
高瀬はその開館記念式典に招かれ、初代名誉顧問としてスピーチを行った。
「この町に隠された財宝は、金や宝石ではなく、人類の未来を守る知識でした。その知識を暴力で独占しようとする者もいましたが、我々はその真価を理解し、共有しなければなりません。ブルームーンの夜が明かすのは、過去の謎だけでなく、これからの希望なのです」
式典が終わり、高瀬は境内にひっそりと佇む神社の前に立った。
その夜、再び空にはブルームーンが浮かんでいた。まるで、すべてを見届けてきた観察者のように。
ポケットから取り出した羊皮紙のコピーを眺めながら、高瀬はそっと呟いた。
「ブルームーンの光の下では、真実が明らかになる……」
青い月光に照らされた彼の顔には、事件を通して得た重みと静かな決意が宿っていた。
そして物語は、静かに幕を閉じた——。