第五章: 時間との競争
高瀬誠一は、目の前に並べた青いムーンストーンを見つめていた。七つの石、それぞれに刻まれた数字。今やその意味を読み解くことが、次の犠牲者を防ぐ唯一の鍵だった。
「これは…日時を示している?」
高瀬は、星野教授の天体観測ノートに記されていた言葉を思い出した——『青い月が最も高く昇るとき、七つの星が導く』。その意味を考えると、ただの数字ではないはずだった。
助手の佐藤が部屋に入ってきた。「警部、鑑識から報告です。灯台で見つかった石の裏の数字『23:45』は、昨日の午後11時45分を示していたようです」
「だとすれば……」
高瀬はすべての石の数字を時系列で並べていった。
始まりと終わり
21:15
22:30
23:45
00:00
00:30
01:00
「これは、ブルームーンが天頂に達する直前から後までの時間帯を表している」
「つまり犯人は、この間に何かをしようとしている?」
「いや——何かを“開く”つもりだ。星野教授の理論が正しければ、この時間に月見坂のどこかで、隠された場所が現れる」
高瀬は机の引き出しから、星野教授が残した地図を取り出した。北斗七星の形に配置された7つのポイント。すでに3つの地点で事件が起き、石が見つかっている。
残る4つは——古文書館、月見坂神社、廃坑跡、そして月見岬。
「すべて回るのは無理だ」
「では、次に狙われる可能性が高いのは?」
高瀬は一瞬考え、地図の中で中央に位置する神社を指さした。「ここだ。月見坂神社。おそらくここが“鍵穴”だ」
その夜、町は静寂に包まれていた。神社の境内には、数百年の歴史を刻んだ石灯籠が並び、木々の間から青い月光が降り注いでいた。
高瀬は社務所の奥にある古井戸の前に立っていた。
「ここに、7つの石を順番通りに置くことで、何かが起こるはずです」
「でも順番がわかるんですか?」と佐藤。
「北斗七星の並び順と、石の刻まれた時間を重ね合わせれば、導かれる」
高瀬は順に石を井戸の縁に並べていった。石を置くたびに、井戸の中から低い振動音が響いた。
最後の石「01:00」を置いた瞬間、井戸の底から青い光が漏れ、境内全体が淡く照らされた。
「開いた……」
井戸の底に螺旋状の階段が現れた。
「行くぞ」
その頃、町外れの廃坑跡では、若い女性の姿があった。
水野涼子——星野教授の助手。彼女は手帳を片手に、坑道の壁を何度も撫でていた。
「ここにあるはず……教授が最後に記していた“反応点”」
彼女は壁の一部を叩いた。空洞の音。小型のハンマーで叩き壊すと、小さな青いクリスタルのかけらが転がり出た。
「やはり、ここにも……」
そのとき、彼女の背後に人影が現れた。
「見つけましたよ、水野さん」
振り返ると、そこには地元の記者・藤木が立っていた。
「こんな夜更けに何を?」
「あなたこそ、記者にしては妙に詳しすぎる。星野教授の研究内容も、事件現場の情報も」
藤木は笑った。「僕もね、月影丸の末裔なんですよ。あなたと同じでね」
「……!」
「どうしても財宝が欲しい。教授のやり方は理想的すぎた。『人類のために』なんて、笑わせる」
水野は銃を抜いた。「教授を殺したのはあなた?」
「違う。殺したのはあなたじゃないか?」
水野は無言で銃を構えた。
神社の地下。高瀬と佐藤は、細い通路を慎重に進んでいた。
やがて、青く輝く巨大なドーム状の空間にたどり着いた。中央には石棺のような祭壇があり、その周囲には星図のような模様が刻まれていた。
「これは……未来の星の配置?」
「星野教授の研究……未来の天変地異を示す古代の星図……」
そのとき、井戸の入り口から声が響いた。
「そこまでにして」
水野涼子だった。彼女の顔には迷いがあったが、その手には銃が握られていた。
「財宝はここにある。私の家系が追い求めた真実が」
「あなたは真実を誤解している。これは武力でも金でもない。知識だ。人類を守る叡智なんだ」
「知ってる。でも、あの記者がそれを奪おうとしてる。私は——」
背後から別の声。「もう遅いよ」
藤木が現れ、ナイフを構えた。その瞬間、青いクリスタルが激しく輝き、三人の間に星図が浮かび上がった。
それはまさに、未来の災害を予測する“地球の未来図”だった。
藤木は怯んだ。「これが……財宝?」
水野は震える声で言った。「これが……教授が命をかけて守ろうとしたもの……」
高瀬はゆっくりと彼女に近づき、銃を下ろすよう手で合図した。
「終わったよ。もう、誰も死なせない」
翌朝、高瀬は警察署の屋上で、夜明け前の空を見上げていた。
青い月がまだ、かすかに空に残っていた。
「ブルームーンの光の下では、真実が明らかになる……か」
彼の手元には、星野教授が遺した羊皮紙があった。
そこには、こう記されていた——『真の知識は、正しく受け継がれたとき初めて力となる』。
高瀬は深く息を吸った。そして、次の夜に向けて、準備を始めた。
最終決戦は、すぐそこまで迫っていた。