第四章: 第二の犠牲者
月見坂の夜は、静けさの中にどこか張り詰めた空気が漂っていた。星野教授の死から数日が経ち、町の住民たちは徐々にその衝撃から立ち直りつつあったが、高瀬誠一刑事の心は重かった。あの青いムーンストーンの謎が解けないまま、彼の脳裏には未だ、星野教授が天体観測ノートに残した言葉がこだましていた——「青い月が最も高く昇るとき、七つの星が導く」。
地図に記された七つの地点のうち、すでに二つの場所を調査した高瀬は、次なる場所——町の北端に位置する古い灯台——に向かっていた。そこは、もはや使われていない海辺の遺構であり、かつては町のシンボルでもあった。周囲には人影もなく、風の音と打ち寄せる波の音だけが静かに響いていた。
灯台の扉は鍵が壊れており、誰でも中に入れる状態だった。高瀬が懐中電灯を片手に内部を進むと、螺旋階段の下に人影が倒れているのが見えた。すぐに近づき、その顔を確かめたとき、高瀬は息を呑んだ。
「……森岡幸雄?」
それは、地元の歴史家として知られ、星野教授と親交があった森岡幸雄の遺体だった。体には争った形跡がなく、首には赤く絞められた痕が残っていた。
「また…首を絞められている…」高瀬は呟いた。
現場検証のために呼び寄せた鑑識の田中が到着し、検死を行った。
「死後硬直の状態から見て、死亡時刻は昨夜の午後10時から12時の間。死因は窒息死。犯行手口は星野教授の件とまったく同じです」
「手には何か握っているか?」
「はい…これです」
田中が遺体の手を開くと、そこには再び青いムーンストーンが握られていた。その裏面には「2」という数字が刻まれていた。
「数字…やはり順番を示しているのか…」
高瀬はふと、第一の石にだけ『始まりと終わり』という言葉が刻まれていたことを思い出した。何か意味があるに違いない。ムーンストーンは暗号の鍵、あるいはタイムラインを示しているのだ。
その日の午後、高瀬は町役場の資料室に向かった。森岡が頻繁に出入りしていたこの場所には、月見坂の古地図や歴史資料が数多く保管されていた。
職員の協力を得て、森岡が最近閲覧していた資料を調べると、ある一冊の古びた手記が見つかった。『月影丸伝記』と書かれたその文書は、江戸時代の海賊「月影丸」について記録された唯一の一次資料だった。
内容を読み進めるうちに、高瀬は重要な一節に目を留めた。
「七つの星は空にあり、また地にもあり。青き月の導きのもと、北に光る者、深き海に眠る」
この文言が、地図上の北の地点——つまり灯台——を指しているのは明らかだった。星の配置、そして地に刻まれた七星の印。すべては繋がりつつあった。
さらに、手記の最後には奇妙な符号が記されていた。満月の記録と共に記されたそれらは、星野教授が研究していた『ブルームーン・サイクル』と一致していた。手記はまるで、未来の誰かに向けて書かれた暗号のようだった。
高瀬は星野教授の研究室に再び向かった。助手の水野涼子が出迎えると、彼は直ちに問いかけた。
「星野教授は『月影丸伝記』を読んでいたか?」
「はい。先生はその文書に非常に興味を持っていました。特に、月影丸が財宝を“未来の者へ託す”という部分に…」
「“未来の者へ託す”…」高瀬は言葉を繰り返した。「まるで、彼がこの時代に発見されることを前提にしていたようだ」
水野は一冊のノートを差し出した。「先生の個人ノートです。研究室にあったものですが、私も中は見ていません」
高瀬がノートを開くと、そこには『時と星が交差する夜、真実の扉は開かれる』という言葉と共に、7つの石を正しい順番で配置するための計算式が記されていた。ムーンストーンの並べ方、時間、場所、すべてを正確に揃えなければ、真実の“扉”は開かない。
そのとき、高瀬のスマートフォンが震えた。警部補の佐藤からだった。
「高瀬さん、町の図書館でまた青い石が見つかりました。例の地図にあった三つ目の地点です。しかし、そこには遺体はありませんでした」
「石には何か刻まれていたか?」
「“3”の数字だけです」
遺体なき発見。もしかすると、犯人が自ら次の石を配置しているのか、それとも…?
高瀬は思った。星野教授の死が第一幕であり、森岡の死が第二幕。そして、今この町で起きているすべては、古の計画に導かれた“何か”なのだと。
青い月が再び夜空に昇るとき、物語の核心はさらなる深みへと沈んでいく。