第三章:青い石の連鎖
月見坂の町には、少しずつ緊張感が漂い始めていた。星野教授が殺された事件が報道されると、「ブルームーン・フェスティバル」は一時中断となり、観光客の姿もぱたりと消えた。商店街は閑散とし、町全体が凍りついたような空気に包まれた。
高瀬は警察署の一室で、これまで集めた証拠や情報を改めて整理していた。テーブルには青いムーンストーン、地図のコピー、星野教授の天体観測ノート、そして彼が残した謎めいた数式のメモが並べられている。
「この青い石…ただの飾りとは思えないな」
高瀬は手袋をしたまま、ムーンストーンを手に取った。その表面には、肉眼では見えにくい微細な線刻があった。特殊なライトで照らすと、そこには『始まりと終わり』という文字が浮かび上がった。
「まるで暗号だな」
さらに、事件当夜の防犯カメラの映像や、ホテルの従業員からの聞き取り情報によって、事件当日、星野教授の部屋に複数の人物が出入りしていたことが判明した。その中には、星野の研究に協力していた地元の歴史家・森岡幸雄の姿もあった。
高瀬は、星野の研究室で出会った助手・水野涼子に連絡を取り、署に来てもらうことにした。彼女が現れると、表情には不安の色が濃く浮かんでいた。
「水野さん、これまでにないほど重要な情報が必要です。教授の研究、あなたが把握していた範囲で、すべて話してください」
水野は一息つき、うなずいた。「教授は、7つの場所に何かを隠したと話していました。それぞれが月の満ち欠けと関連していて…“ブルームーン・サイクル”がその鍵になると」
「そして、地図に示された場所が北斗七星の配置と一致する…」
「はい。教授は、それが古代の地図暗号だと信じていました。満月の夜、7つの星が揃ったとき、何かが明らかになると」
高瀬は再び地図に目をやった。印がつけられた場所は、港の灯台、旧市庁舎跡地、神社の境内、図書館の地下室、ホテルの最上階、海辺の洞窟、そして月見坂小学校の裏山。
「まるで宝探しだな…」高瀬は皮肉めいてつぶやいたが、内心はその真剣さを増していた。
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数日後、高瀬は部下の佐藤と共に、地図に記された2番目の地点——旧市庁舎跡地を訪れた。今は使われていない古びた建物で、夜間は閉鎖されているが、昼間は町の資料保管庫として部分的に使用されていた。
地下の倉庫へ降りると、古い棚や木箱が乱雑に積まれていた。埃を払いながら奥へ進むと、壁の一部が不自然に新しいことに気づいた。
「佐藤、ここを調べてみてくれ」
高瀬の指示で壁を叩くと、空洞音が響いた。数分の作業ののち、壁の裏から金属製の小箱が見つかった。
中には、またしても青いムーンストーンが入っていた。今回は裏に「3」と刻まれていた。
「これは…ナンバリングされている?」
「1はホテル、2は…灯台か?」
佐藤が答えようとしたその時、高瀬のスマートフォンが鳴った。署からの緊急連絡だった。
「高瀬さん、また殺人事件が発生しました。被害者は森岡幸雄。灯台で絞殺体で発見されました」
「なんだと…」
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月見坂の灯台は町の外れ、断崖の上に建っている。かつては重要な航路標識だったが、今では観光名所となっていた。その階段を駆け上がると、そこにはすでに鑑識班が到着していた。
被害者は森岡幸雄、顔見知りの歴史研究家だった。彼の右手には、またしても青いムーンストーンが握られていた。今度の石の裏には「2」と刻まれていた。
「順番が逆だ…」
高瀬は眉をひそめた。「どうやら犯人はこの順序に意味があることを知っている。そして、それを止めようとしているか、あるいは操っている」
星野教授の死を皮切りに、7つの青い石にまつわる死の連鎖が始まった。高瀬は、地図と石の番号から、次に狙われる場所と人物を特定しようとした。
「このままでは第三の犠牲者が出るかもしれない」
彼の指が地図の一点を示した。そこは、海辺の洞窟だった。
「今夜、満月が再び町を照らす。次の地点へ向かおう」
そして高瀬は、月明かりの導きに従い、次の真実の扉を開ける覚悟を決めた。