第二章: 隠された暗号
翌朝、まだ月の名残が空に薄く浮かぶ頃、高瀬誠一は月見坂警察署の執務室にいた。
事件発生から一夜明けても、星野哲也殺害の手がかりは乏しく、密室である以上、犯人がどうやって逃げたのかという謎だけが残っていた。
「刑事、こちらに被害者の研究資料が届いています。東京大学の助手の方が送ってくださったそうです」
と、若手刑事の佐藤が分厚い封筒を机の上に置いた。
封筒を開けると、中にはノート数冊とデジタルデータの入ったUSBメモリ、そして月見坂の古地図のコピーが入っていた。
「これは……」高瀬は、古地図に目を凝らした。
月見坂の町が描かれているが、いくつかの地点に赤い印がついている。印は七つ——その並びはどこかで見覚えがあった。
「これは北斗七星か?」
彼はすぐに星野教授の助手、水野涼子に連絡を取った。東京から急行してきた彼女は、まだ若いが、落ち着いた口調で話し始めた。
「教授はここ数年、『ブルームーン・サイクル』について集中的に研究されていました」
「ブルームーン・サイクル?」
「はい。ブルームーンが出現する周期は単なる偶然ではなく、ある種の周期性があるとされていて、それが古代の文明で“暗号”として使われていた可能性があるというのが、教授の仮説です」
彼女はノートの一部を開き、複雑な天文学的計算と共に、次のような一文を指さした。
『青き月、七星と交わる時、真の扉開かれん。』
「これは教授がまとめた理論の核心部分です。七つの地点——北斗七星の配置が、ブルームーンの特定の出現と一致するとき、何かが起こる、というのです」
「何かとは?」
「おそらく、古代に隠された財宝、もしくは知識。教授はそれが“月影丸の財宝”に関係しているのではと考えていたようです」
月影丸——江戸時代に月見坂を根城にしていた伝説の海賊。彼が莫大な財宝を隠したという話は、町に伝わる言い伝えとして知られていた。
高瀬は考え込んだ。「つまり、教授はブルームーンと北斗七星の交差を暗号として読み解いていた。そして、それが何かを導き出す鍵だった……」
水野は、もう一枚の地図を差し出した。
「これは教授が最後に作っていた“重ね地図”です。現在の月見坂に、古地図の印を重ねてあります」
見ると、七つの印は、月見台ホテルをはじめとする町の各所に対応していた。灯台、旧神社、埠頭、石切場、資料館、そして町外れの古井戸——
「これらを巡ることで、何かがわかるのかもしれません」
高瀬は、地図の印を一つひとつ見つめた。
そして決意する。「順に、これらの地点を調べてみましょう」
その日の午後、高瀬と水野は地図のうち最初の地点——古い埠頭を訪れた。
海風に吹かれる中、古びた倉庫の陰に隠された石の台座を発見する。
そこには、小さな青いムーンストーンが埋め込まれていた。
引き抜くと、裏側に数字が刻まれていた。「03」。
「3番目のピース……?」
高瀬はポケットに石を入れ、次の地点に向かうことを決めた。
翌日までに、彼らは3つの地点で計3個の青いムーンストーンを発見した。
それぞれ「03」「07」「01」という数字が刻まれていた。
そして月見坂資料館の裏庭で発見した4つ目の石には、文字が刻まれていた。
『始まりと終わり』
高瀬は言った。
「これは、ただの数字の並びではない。時間、もしくは座標を表しているのかもしれない」
だが、謎が少しずつ明かされていく一方で、事態は急転する。
その夜、町の古い灯台で第二の殺人事件が起きた。
被害者は地元の歴史家・森岡幸雄。
死因は星野教授と同様、絞殺。
そして彼の手には、新たな青いムーンストーンが握られていた。
「また、同じ……」と高瀬はつぶやいた。
水野が言う。「誰かが、私たちより先に暗号の完成を目指している……」
灯台の上に立ち、青い月を見上げながら、高瀬は唇をかたく結んだ。
「時間がない。次に誰かが殺される前に、すべての石を揃えなければ」
青く輝く月の下で、静かに、しかし確実に謎が動き始めていた——