8話 稽古をつけてあげるのだ
「突然でなんだが……旦那様は、ちょっと普通ではないのだ」
戦いが終わり……
ルルは、とても真面目な表情で少し酷いことを告げてきた。
「どうしたんだ、いきなり……?」
「レベルアップしたばかりの旦那様がケルベロスを圧倒するとか、ありえないのだ。これがベテランの冒険者、あるいは勇者なら納得できるが……旦那様は、そういう存在なのか?」
「まさか。俺は、冒険者になったばかりの初心者だ」
「ふむ……そうなると、やはり才能か」
「才能?」
「うむ。旦那様は、類まれなる戦いの才能がある。あるいは、センスというべきか。一を教えたら十を覚える。タオルが水を吸い取るように、すぐに技術を習得してしまう……天才なのだ」
「いやいや、そんなことないさ。俺は、どこにでもいるような新人冒険者だ」
「旦那様がどこにでもいたら、色々とやばいことになりそうなのだ……」
ルルは、たらりと汗を流した。
なにやら変な想像をしているみたいだけど……
でも、俺だぞ?
初心者狩りに遭うような、大したことのない冒険者。
そんな俺がたくさんいても、世界になにも影響を及ぼさないと思う。
「力に振り回されることなく、しっかりと扱う。これは、なかなかできることではないぞ。そうだな……そういう戦術の組み立て方を、頭だけではなくて体でも覚えているように思えた。才能だけではなくて、それ以上のなにかを感じたのだが……」
「あぁ……なら、村の経験が活きているのかもしれないな」
「村の経験?」
「冒険者になる前、村のみんなに稽古をつけてもらっていたんだよ。冒険者としてうまくやっていけるように、って。そこで色々な経験をしたから、うまく戦うことができたのかもしれないな」
「むぅ……わからない話ではないが、しかし、いきなりレベルアップしまくれば、普通は自滅してしまうのだが……ちなみに、村ではどのような稽古をしていたのだ?」
「えっと……腕立てや腹筋などの基本的な筋トレを、各10000回ずつ」
「は?」
なぜか、ルルが間の抜けた顔に。
「それから、ランニングを毎日100キロ。これをセットで、三時間以内に終わらせないと、罰としてさらにワンセット。最初はまったく達成できなくて、気絶するような日々が続いていたな」
「……」
「それから、稽古は……なんだったかな? 剣と槍と斧。格闘術と戦術。魔法と……そうそう、あとサバイバル知識も覚えさせられたな。他にも、色々とやったような気がするが……悪い、覚えてない」
「……」
「どうしたんだ? 呆然として」
「いや、なんというか……なぜ、そんな無茶苦茶な稽古を? 魔王と戦う勇者でも、そこまでの稽古はしないぞ……?」
「そうなのか? 俺にとって、これが当たり前だったから、別に違和感なんてないんだけど」
「む、むぅ……驚きだぞ。悪魔である我が、ここまでドン引いてしまうとは。旦那様の故郷が、ものすごく謎なのだ……もしや、魔王城の近くにあるから、村人みんなが強く、旦那様もそう鍛えられてきたのか?」
「そんなことはないだろ」
「う、うむ。そうであるな」
「まあ、よくわからない、でかくて不気味な城は近くにあったけどさ」
「あるではないか!?」
ルルは、とても疲れた様子で吐息をこぼした。
どうしたのだろう?
「地上に戻るまでの間、適当に体を慣らそうと思っていたが……ちょっと気が変わったのだ。旦那様さえよければ、我が戦闘技術も含めて、さらなる高みに到達できるような稽古をつけようと思うのだが……」
「えっ、いいのか?」
「今の旦那様を放置したら、なんか、とんでもない技術を平然とした顔で拾ってきそうで怖いのだ。我が把握して、理解できるようにしておきたいのだ」
俺、凶悪な魔物かなにかかな?
「なら、いっそのこと我が稽古をつけて、しっかりと管理したほうが良い成長をするのではないかと」
「ありがとう、ルル!」
「ふにゃ!?」
そこまで俺のことを考えてくれていたのか。
感動して、思わず手を握ると、ルルは驚いた猫のような声をあげた。
「ぜひ、お願いしてもいいか? 俺、もっともっと強くなりたい!」
「う、うむ。それは、もちろん、我から言い出したことなのだから……あ、あの、それよりも手が……あぁ、か、顔も近い……」
「ルルの期待に応えられるようにがんばるから!」
「う、うむ。がんばるのは良いことなのだが、やはり顔が近い……あふ。旦那様の吐息が……ふへ、ふへへへ」
「ルル? なんか、変な顔をしているが……」
「しまった!? つい妄想が捗り……うぅ、旦那様よ。こんな我ではあるが、見捨てないでほしい……」
「そんなことしないって。それに、変な顔をしていたルルも、あれはあれで可愛いぞ」
「きゃわ!?」
「ぎゅ、って抱きしめたい」
「抱く!? ま、まままっ、待て!? 旦那様のことは好きだが、しかし、い、いきなり初夜を迎えるというのは……い、いや。しかし夫婦なのだから当然で……? ……うへへへぇ。じゅるり」
「ルル?」
「あぁ、またやってしまったのだ!? 我は、乙女にあるまじきことを!?」
ルルは頭を抱えて、ゴロゴロと転げ回り、悶絶する。
……いったい、どうしたんだろう?
俺はよくわからず、キョトンとしてしまうのだった。
――――――――――
「ちっ、どうもうまくいかねえな……」
『漆黒の牙』のリーダーであるトッグは、ぼやきをこぼす。
カイルを生贄にして財宝を得る企みが失敗して……
それが運気の低下となったのか、立て続けに依頼が失敗していた。
「宝箱はろくなものが入ってないし……この間なんて、罠が連発したしー」
「解除できず爆発、なんてこともあったわね……はぁ、おかげで最近の収支はマイナスよ」
「ちっ……いつも雑用はカイルに任せていたが、あいつの時は全部うまくいってたんだけどな。あいつ、運だけは良いのか?」
「それ、あるかもねー。運って、レベルに関係ないし」
「なら、惜しいことをしたかもな。結局、宝石は手に入らなかったし……もうちょっといいように使ってやってもよかったかもな」
「……それ、今からでもやれるかもしれないわ」
イザベラがニヤリと笑う。
そして、冒険者証を取り出した。
「まだカイルの情報は登録されているんだけど……ほら、見て。まだ反応があるわ。つまり、生きている、っていうこと」
「マジか? ダンジョンから抜け出していないと思うが……どうやって生き延びたんだ、あいつ?」
「ま、運だけは良いみたいだからねー。そのおかげじゃない?」
「あのダンジョンは未踏破で、最深部が何層になっているかわからないけど……もしも戻ってきたら、またパーティーに加えてもいいんじゃない?」
「そうだな……」
トッグは考える。
レベル1のカイルは足手まといにしかならない。
戦闘に参加させれば、すぐに死ぬだろう。
ただ、運が良いのは確かだ。
それと、色々と雑用を押しつけることができる。
事実、カイルがいた時は全ての雑用を押しつけて、かなり楽をすることができた。
「……悪くないかもな」
「でしょう? あれはなにかの間違いだったんだ、とでも言えば、あの子なら簡単に騙されてくれると思うの」
「言いたい放題。でも、そだねー。ごめんねー、とか謝れば、機嫌を治してくれるっしょ。それで、またパーティーに参加してほしい、とか言えば完璧」
「そうだな。なんといっても、俺達は、Aランクの『漆黒の牙』だ。誘われて断るヤツなんていねえ」
「よし、決まりだね! あいつが戻ってきたら、っていう前提だけど……その時は、また利用してあげましょ」
「今度は簡単に使い捨てないで、とことん、骨までしゃぶりつくしましょうか。ふふ」
「というわけだから、簡単にくだばるんじゃねえぞ」
トッグは冒険者証を見て、ニヤリと笑い……
ふと、それに気がついた。
「あん?」
冒険者証を使えば、パーティーを組んだ相手の状態を確認することができる。
具体的に言うと、魔力反応と大雑把な場所と……そして、レベルだ。
何気なくカイルのレベルを確認してみると……
『カイル・バーンクレッド 男 15歳 レベル1005』
そう表示されていた。
「……なんだよ、冒険者証も壊れることがあるんだな」
トッグは深く考えず、冒険者証のバグと判断した。
しかし、彼は気づいていない。
レベル1005というのは、嘘偽りのない真実であり……
ついでに、カイルの隣には、さらにその上を行く大悪魔がいるということに。
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