5話 契約
ダンジョンの最深部で新婚生活というのは、さすがにちょっと……
なので、ひとまず地上を目指すことになった。
地上に続く道をルシフェルと一緒に進む。
「ふむふむ。旦那様は冒険者なのか」
「成り立ての新米だけど」
「で、初心者狩りに遭ったと」
「あー……そうだな。情けないよな」
「うむ、情けないな」
「だよな……」
返す言葉もない。
「ただ、我は、そんな旦那様の方がいいと思うぞ」
「どういう……?」
「信じた結果、裏切られた……ただ、疑うよりは信じる方がいい。そのような人間を、我は好ましく思う」
「そっか。ありがとう」
「べ、別に、その……」
お礼を言うと、ルシフェルは顔を赤くした。
簡単なことで照れているのだけど……
それだけ好かれている、ということか?
「それと、初心者なら仕方ないことだ」
「そう……かな?」
「うむ。ものを知らないこと、強くないことは誰にでもあること。我も、無知で、弱者である時があった」
「そういうものか」
「そういうものなのだ。だから、二度とそのようなことが起きないように、我が旦那様を鍛えてやろう」
「いいの?」
「もちろんだ。ちょうどいいことに、ここはダンジョン。魔物を相手にすれば、いい鍛錬になるだろう。地上に上がる頃には、旦那様も、そこそこの強さになっていると思うぞ」
「俺が……」
「……強くなって、今よりも格好良くなった旦那様。うへへへ……やばいのだ、よだれが垂れてしまいそうなのだ、ふへっ」
なにを妄想しているのだろう……?
ルシフェルは、悪魔だけど乙女。
よだれを垂らすような妄想はちょっと……
「それにしても……初心者狩りか」
ふと、ルシフェルから笑みが消える。
「我の旦那様にふざけたことをしてくれた礼は、いつか必ず、絶対、確実にしてやらないとなぁ……くくくっ」
「えっと……ほどほどにな?」
「うむ。ほどほどに皆殺しだ」
ルシフェルがとても悪い顔をしていた。
止められそうにないけど……
まあ、いいか。
トッグ達がどうなろうが、どうでもいい。
「ところで……」
「うむ、なんだ?」
「ルシフェルのこと、愛称で呼んでもいいかな?」
「む? 愛称?」
「なんかこう、『ルシフェル』だと固い感じがして……愛称で呼んだらそれも変わるのかな、って」
「ふむ、愛称か……それは楽しみだな! ぜひ頼む!」
ルシフェルは、キラキラとした目でこちらを見た。
これは責任重大だ。
彼女の期待に応えられるよう、喜んでもらえるよう、良い愛称を考えないと。
「……ルル」
自然と、そうつぶやいていた。
「ルシフェルだから、ルル……どうかな?」
「ルル……ルル……おぉ!」
再び目がキラキラと輝いた。
「素晴らしいのだ! ルル……とても素敵で可愛いのだ! 我はとても嬉しいぞ、旦那様よ」
「よかった、喜んでもらえて」
「我も旦那様の愛称を……うーん。旦那様は旦那様だから、旦那様と呼ぶ以外は思い浮かばないのだ……」
「あはは、それでいいさ。俺も、そう呼ばれた方が、なんていうか……ルルと夫婦になったんだな、って実感できるから」
「ひゃぅ……だ、旦那様は、我をときめかせてとろけさせる天才なのだ。ずるいのだ」
「そうかな?」
「うむ! 旦那様には、悪魔キラー(ハート)の称号を授けよう!」
喜んでいいのかな、それ?
「っと……旦那様よ。忘れていたが、我と契約をしてくれぬか?」
「契約?」
悪魔に魂を差し出す代わりに願いを叶えてもらうっていう、あれ?
「俺、ルルに魂をとられる?」
「いやいやいや! そのようなことは、我は絶対にしないぞ! ……いや、でも、そうすればずっと旦那様を独占できる……」
おいこら。
「はっ!? そ、そうではなくて……悪魔は、基本、他者の願いを叶える代償として魂をいただく。そこは知っているな?」
「ああ」
「魂を対価とするのは、魂が我ら悪魔を強くするためにものだから、という理由なのだが……実は、契約を交わすことに、もう一つ理由がある」
「ん? 契約を交わすこと、そのものに理由が?」
「うむ。我ら悪魔は、普段、魔界……別の世界に存在する。こうして、人間の世界に顕現することは、難しいのだ」
「ふむ」
「しかし、人間から召喚されることで、一時的に、こちらの世界に顕現することができる。そして、召喚者の願いが叶えられるまでの間、共に行動をすることで、こちらの世界に顕現し続けることができる」
なるほど。
大体の話が見えてきた。
通常、悪魔はこちらの世界に現れることができない。
しかし、契約を交わした場合は例外。
願いが叶えられるまでの間は存在することが可能。
だからこそ、ルルは俺と契約を交わして、この世界に残りたいのだろう。
「……ちなみに、最初、ルルが現れたのは」
「生贄を捧げる、という契約が一時的にでも成立したからだな」
トッグ達の目論見は、半分は成功していたのか。
「ただ、あくまでも一時的なものなのだ。改めて、きちんとした契約を結ばないと、我は魔界に戻されてしまうのだ」
「それで契約……か」
「あ、安心してほしいのだ! 確かに魂を対価とする契約を交わすものの、願いを叶えなければよい。そうすれば、我は、ずっと旦那様と一緒にいられるのだ!」
もしかしたら。
今までのルルの言葉は、全て嘘なのかもしれない。
契約を結ぶための甘言で、俺の魂を狙っているのかもしれない。
……という可能性もあるのだけど。
「オッケー、契約を結ぼうか」
ルルに関して、そんなことはありえないと、悪い予想は捨てた。
彼女はそんな子ではない。
万が一、騙されていたとしたら、それはそれでいい。
俺の見る目がなかっただけだ。
「うむ、ありがとうなのだ!」
「それ、俺の台詞でもあるんだけどね」
「それで、旦那様には願いを考えてほしいのだ。うっかり叶うとまずいから、そうそう簡単に叶わないような願いにしてほしいのだ」
「願いか……」
うーん、と考える。
ややあって閃いた。
「ルルがほしい、っていうのはどうだろう?」
「我そのものが願い?」
願いとして、ルルの存在を求める。
それを叶えるとなれば、ルルは俺のものにならなければいけない。
ずっと一緒にいなければいけない。
「ふむ……なるほど。願いを叶えつつ、しかし、対価である魂を求めることはできぬ。そのようなことをすれば、願いを反故することになり、契約そのものが不成立となってしまう。ただ、願いがまず最初に優先されるため、契約は成立して、我が対価を求めないことも説明できて……うむ! とても素晴らしいアイディアなのだ。悪魔との契約のルールの穴を見事に突いている! 旦那様はずる賢いな」
「それ、褒めている?」
「む? 我ら悪魔の中では、最上級の褒め言葉なのだが」
悪魔だから、多少、価値観がズレているのかもしれない。
「で、どうだろう?」
「うむ、それで問題ないと思うぞ。さっそく契約をしよう」
「俺はどうすれば?」
「旦那様は、なにもしなくてよいのだ。我が全部やる」
「ちなみに、どんなことを?」
「えっと……悪魔の契約というのは、わりと簡単に、すぐにできることなのだ。我が使う特殊な魔法を、直接的な接触を通して対象者に発動させる」
「ってことは、握手とか?」
「う……む。本来ならば、それでもよいのだが……なんていうか、ええと、その……」
ルルの態度がおかしい。
照れる場面じゃないのに、なぜか顔を赤くしている。
風邪?
いや、そんなことはないか。
理由はさっぱり不明だけど、なぜかルルは照れている。
年頃の乙女みたいで、これはこれで可愛い。
「は、恥ずかしいから、目は閉じててほしいのだ」
「了解」
言われた通り目を閉じた。
……うん?
恥ずかしいって、どういう意味なのだろう?
「よ、よし……! 女は度胸なのだ、い、いいいっ、いくぞ!」
緊張したルルの声。
足音がして、目の前で止まる。
「……我が名は、ルシフェル。万物の根源を司る存在なり。この体、この心、この魂……全てが欲しいか? いいだろう、ならば契約だ!」
ルルは、そっと俺の頬に両手を添えて……
「んっ……!?」
唇に触れる柔らかくて、温かい感触。
これは……キス?
「ん……ふぅ、んんんぅ……ちゅ」
心地いい。
このまま溶けてしまいそうだ。
「……んっ……」
静かに唇が離れた。
それに合わせて目を開けると、すぐ目の前に顔を赤くしたルルが。
「……目を閉じていろと言ったではないか」
「ごめん。でも……ルルが見たくて」
「……ばかもの」
「あのさ」
「なんだ?」
「もう一回……キスしてくれないか?」
「契約はもう終わったぞ」
「ああ。でも、契約とは関係なしに、してほしくて」
「……旦那様はえっちなのだ」
ルルは恥ずかしそうに、少し目を逸らして……
でも、すぐに優しく微笑んで……
そっと唇を重ねてきた。
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