31話 それ、ずるい
「ふぅ……よし、もう大丈夫!」
しばらくして、ミカエルは落ち着きを取り戻した。
涙の跡は残るものの、笑顔で、最初、出会った時のように元気な様子だ。
「ごめんね、取り乱して。驚かせちゃた?」
「少し。でも、可愛いと思うかな」
「そ、そうなんだ……可愛い……えへへ。本当に?」
「すごく」
「……もう一回、言って?」
「ミカエルは可愛いよ」
「にへへへぇ……♪」
「これ。我がいるのに、二人きりの世界を作るでない」
しまった。
ルルにジト目を向けられてしまう。
「ミカエルの嫁入りは許可したが、それは、全員を平等に愛するということが条件なのだ。放置されたら、我は怒るぞ?」
「ごめん、そんなつもりはなかったんだけど……」
「あ、こら。頭を撫でるでない! 我は子供では……にゃーん」
ルルは気持ちよさそうに目を細めて、猫のように鳴いた。
「いいなぁ……ルシフェル様。あたしも、カイルになでなでしてもらいたい」
「これくらい、いつでもいいんだけど……」
周囲を見る。
薄暗いダンジョンで、いつ魔物が現れてもおかしくない。
「とりあえず、外に出ようか?」
――――――――――
「んーーーーーっ! 久しぶりの太陽の光、マジ気持ちいいし♪」
外に出ると、陽光をいっぱいに浴びるかのように、ミカエルがぐぐっと伸びをした。
ルルと同じようなことを言っている。
「そういえば、ミカエルはどれくらいダンジョンの中に?」
「んー? んぅー……800年くらいかな? 途中で数えるのやめたから、よく覚えてないや」
「そんなに……」
ルルもミカエルも、ダンジョンでずっと一人だった。
俺だったら耐えられないと思う。
よし。
今まで一人だった分、これからは俺が一緒にいて、楽しい時間をプレゼントしてあげないと。
「ところでさ」
ミカエルが少し不満そうに言う。
「ルシフェル様、ずるくない?」
「む? なんのことだ?」
「カイルに愛称で呼ばれているじゃない。ずるい。あたしも愛称で呼んでほしい」
もっともな話だった。
「じゃあ、ミカエルのことも愛称で呼んでいいかな?」
「もち! あっ、あたしもカイルのことを愛称で呼びたいな」
「もちろん。じゃあ、二人で考えようか」
「ふむ。新しき嫁と旦那様が仲を深めるのは良いことだ。我も手伝うか。そうだな……ミガー、なんてどうだ?」
「「却下」」
「なぜだ!?」
ルルは、レベル8000というとんでもない強さを持つけど、ネーミングセンスはアレだった。
「えっと……じゃあ、ミリーなんてどうかな?」
「……ミリー……」
「ミカとかミルとか考えたんだけど、それよりは、可愛いを重視してみようかな、って」
「めっちゃいい!!」
ものすごく食い気味に頷いた。
目をキラキラと輝かせているところを見ると、気に入ってくれたらしい。
「ミリー、ミリー……えへへ、カイ君からもらった、あたしの新しい名前♪」
「カイ君?」
「あ。それ、カイルの新しい愛称。ど、どうかな……?」
「うん、素敵だね。ありがとう」
「えへ、えへへへ……よかった、喜んでくれて♪」
こうして、俺とミリーの愛称が決まる。
また一つ、仲良くなれたような気がした。
こういうことを繰り返して、思い出をたくさん作って……
笑顔があふれるような時間にしていきたい。
「うむ、心和む光景だな。ミカエルよ、そのまま契約もしたらどうだ?」
「あ、そっか。そだね。ねえ、カイ君。あたしとも契約、しよ?」
「いいの?」
「もちっ」
とても気持ちのいい笑顔を見せられたので、遠慮なく甘えることにした。
俺とミリーは一歩くらい離れた距離で向き合う。
「えっと……い、いくよ?」
「うん、どうぞ」
「……本当にするよ?」
「オッケー」
「……マジでいいの? マジで?」
「えっと……どうかした?」
「うぅ……い、いざとなると、なんか、めっちゃ恥ずかしくて……」
ミリーは真っ赤だった。
「こやつ、度胸があるように見えて、わりとヘタレなのだ。泣き虫でもあるからのう……幼い頃は、男子にスカートをめくられて、何度、我のところに泣きついてきたか」
「う、うるさいしっ!」
スカートめくりで泣いてしまう悪魔とは、いったい……?
「ほれ、がんばれ。旦那様をあまり待たせるでない」
「そ、それもわかってるし。すーはー……すーはー……」
ミリーは深呼吸を何度かして、それから、よし! と呟いた。
顔は赤いままだけど、そっと、俺の頬に触れる。
「……我が名は、ミカエル。火の根源を司る存在なり。この体、この心、この魂……全てが欲しいか?」
「欲しい」
「いいだろう、ならば契約だ!」
そして……唇が重なる。
「……んっ、ふぅ……」
「んんん……」
「ちゅ、むぅ……んぅ、んっ……ちゅっ……」
甘く、とろけるような。
それでいて刺激的で、ピリピリと震えてしまうような時間。
それが永遠に続くような気がして……
「……ふぅ」
そっと、ミリーが離れた。
残念、と思ってしまうのは男の性だろうか?
「う、うん! こ、こここ、これで契約完了だし!」
「ありがとう、ミリー。俺のためにここまでしてくれて、すごく嬉しいよ」
「カイ君……うん。あたしも、カイ君のために契約までできて、すごく嬉しいな」
指輪を贈ったり、式を挙げたりしていないけど。
でも……
今、ミリーとちゃんとした夫婦になったんだな、と思った。




