3話 今、なんて?
「うぅ……」
悪魔は涙目で、ぷるぷると羞恥に震えていた。
とんでもないミスをしてしまい、消えてしまいたい気分なのだろう。
いや、でも……
「今……その……告白、なのか?」
「……っ……」
悪魔がさらに赤くなる。
あわあわと慌てている。
そんな彼女は人間と変わらなくて……
なんだか、素直に可愛いと思えてきた。
「そ、それは、そのぉ……えっと、つまり、なんだ……我は、なんていうか、だから……」
悪魔はあちらこちらに視線を泳がせた。
たまに、俺に視線を戻すけど、
「ひゃ!?」
目が合うとさらに赤くなり、ふいっと顔ごと背けてしまう。
嫌われている?
でも、さっきの告白のようなものは、いったい……?
「……ええい、落ち着くのだ、我よ。我は、大悪魔。たかが人間一人に踊らされてどうする? 大悪魔としての威厳を取り戻せ。オーラを見せつけてやれ……ふぅ」
どうにかこうにか落ち着いた様子で、悪魔は改めて俺を見た。
「汝、名はなんという!?」
「えっと……」
悪魔に名前を教えていいものだろうか?
「ええいっ、悪事を企んでいるわけではない! 我は、単純に、汝の名前が知りたいのだ! だから、教えるがよい。いえ、どうか教えてください! 本当にお願いします!」
今にも土下座しそうな勢い。
そこまで俺の名前が気になるのだろうか……?
「あー……カイルだよ。カイル・バーンクレッド」
「ふむ、カイルか。良い名だな。褒めてやろう!」
「ありがとうございます?」
「カイルよ、汝は、我のものににゃれ!!!」
……にゃれ?
「……また噛んだ……」
うるうると涙目になってしまう。
やばい、なんだこれ。
この可愛い生き物は、いったい……?
「えっと……俺、生贄として食べられるのでは?」
「あっ、いや!? そ、そういうわけではなくてだな……むーん。そちらの話が先なのか? 我の告白はスルーなのか? うぅ、悲しいのだ、寂しいのだ……」
「あー……」
「う、うむ! 本来なら汝を喰らうつもりであったが、どうも、話が違うように思えてきてな」
「話が違う?」
「我に捧げられる生贄は、皆、罪人と決まっているのだ。しかし、汝は罪人とは思えないほど綺麗な魂を持つ。こうして話してみて、罪人でないとハッキリと理解した。なれば、喰らうことはできぬ」
「そうなのか? いや、そうなんですか?」
「普通に話してよいぞ? それで怒るほど我の器量は狭くない。それに、その……汝にそういった口を効かれると……さ、寂しいのだ」
可愛いか!
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「うむ。で、話を戻すが……そもそも、汝はなぜ生贄に? ものすごく久しぶりの生贄ということで、事情を聞くのを思い切り忘れていたのだが」
「えっと……」
事情をかいつまんで説明した。
すると、悪魔はぷるぷると震える。
今度は羞恥ではなくて、怒りだ。
「なんだ、その愚か者は!? 己の欲を満たすために仲間を売る、くだらぬ、実にくだらないぞ。久しぶりに人間と話をしたが、まさか、このような不快な話を聞かされるとは!!!」
「えっと……ごめん」
「あ、いや。汝に怒っているわけではない。その愚かな冒険者に対しての怒りだ。すまぬな、勘違いさせてしまったようだ」
「そっか。なんか、悪魔っていうから身構えていたけど、俺のために怒ってくれるなんて優しいんだな」
「そっ、そそそ、そんにゃことないにゃ!?」
猫……?
「わ、我は、そのっ……! 汝のために怒ったわけではなくて、えっと……そう、あれだ! 仁義を通さないものは嫌いなのだ! 決して、汝のためなんかではないからな! ふんっ、か、勘違いするでない!」
仁義について語る悪魔、これいかに?
そして、ものすごくわかりやすい態度。
この子は、本当に悪魔なのだろうか?
「結局のところ、俺はどうなる?」
「我は、汝を喰らうつもりはない。このまま地上に送還してもよいのだが……なんというか、その、えっと……」
悪魔は再び顔を赤くして、ちらちらとこちらを見る。
「その、つまり……わ、我の……我のものにならないか!?」
「いきなり話が戻った」
「ええいっ、仕方ないではないか! 我は、こういう経験がまったくないのだ! どのようにして良い感じに話を進めていけばいいのか、さっぱりなのだ! 悪いか!?」
「逆ギレしないでくれ」
「とにかく、だ! 我は、その……ええい、女は度胸! 我は、汝が好きなのだ! 好きで好きでたまらなくて、大好きなのだ!」
彼女の熱い想いがストレートに伝わってくるかのような、まっすぐな告白だ。
俺達は出会ったばかり。
そして、彼女は悪魔。
それでも、心を揺さぶられてしまう。
「たぶん、これが一目惚れというやつなのだろう。汝を見た瞬間、体に電気が走ったような感じがして、息が止まるような衝撃を受けて……それから、胸のドキドキが止まらないのだ。顔を見たいけど、見ると恥ずかしくて、でも見たくて……ジレンマなのだ。
我の胸にある想いを言葉にするのなら、それは、一言……『愛』なのだ。
出会ったばかりなのに、と笑われるかもしれない。安い愛と呆れられるかもしれない。偽物、あるいは勘違いだろうと言われるかもしれない。それでも我は、汝のことを『愛』していると言うだろう。
何度でも、何度でも。
ずっと、いつまでも。
それだけの想いがある。汝に対する愛がある。そう信じているのだ。この胸にある、温かくて優しい想いは、『恋』であり『愛』なのだ。それ以外に当てはまる言葉はない。
だから……」
悪魔は……ルシフェルは、頬を染めて、瞳を潤ませて。
不安そうに怯えつつ、しかし期待も乗せて。
そっと、手を差し出してきた。
「我と一緒になってくれないか?」
「俺は……」
不思議と迷いはない。
ここまで情熱的に想いを寄せられて。
ここまで僕を強く求めてくれて。
そこまでされて、なにも感じない男なんていない。
ルシフェルの手を取る。
「これからよろしく」
「……ぁ……」
ルシフェルは目を丸くして驚いた。
握られた手を見て。
僕の目を見て。
再び二人の手を見て……
「ふぇ……ふぇえええええんっ」
泣いてしまう。
「えっ、えっ!? ど、どうしたんだ!?」
「ち、違うのだ……ひっく、えぐ。う、嬉しくてぇ……あうあう、うあああぁんっ!」
「そっか、そんなに……ありがとう、こんな俺を好きになってくれて」
仲間に捨てられて。
そんな自分に価値なんてないと思っていたけど……
でも、そんなことはない。
こんなにも求めてくれている人がいる。
俺のことを認めてくれている。
そのことが嬉しくて、彼女のことをとても愛しく思うようになっていた。
「俺、キミのことを大事にする。だから……よろしく」
「うむ……こちらこそ、よろしくなのだ」
ルシフェルはにっこりと笑い、
「旦那様」
そう言った。
「……今、なんて?」
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