26話 火を司る悪魔
「死んじゃえ♪」
笑顔で怖いことを言いつつ、女の子は拳を繰り出してきた。
「うわ!?」
「おっ? 今の避けるとか、やるじゃん。ふーん……ちょっとは歯ごたえありそうかな? そっちのガキも、まあまあ、やりそうだし」
「むかっ」
ルルが前に出ようとして、
「ちょっと待って」
「旦那様?」
「ここは俺に任せてくれない? なんていうか……この子、悪い悪魔とは思えないんだ」
いきなり殴りかかってきたものの、でも、悪意は感じない。
村にいた頃、毎日、服を泥で汚していたわんぱくな子供に似た印象だ。
「できるなら穏便に、って思う。ほら。バハムート様にも、他の悪魔に会ったら俺に任せる、みたいなことを言っていたし」
「ふむ……まあ、旦那様がそう言うのなら任せるのだ。ただ、いざという時は……」
「わかっているよ。その時は、ルルに任せる」
改めて女の子と向き合う。
「作戦会議は終わり? ニ対一でもいいんだけど」
「えっと……俺は戦いたいわけじゃなくて、ちょっと話をしたいだけなんだ」
「はぁ? 話とか嘘でしょ。どうせ、またナンパでしょ? 前にここに来た人間も、あたしにいやらしい目を向けて、いやらしいことをしようとしていたし」
ここに来た冒険者は、いったいなにをしているんだ!?
「あたし、降りかかる火の粉は振り払う主義なの。悪いけど、容赦しないわ」
「まって、それは誤解で……」
「問答無用!」
「ああもう、やるしかないか!」
悪い子じゃなさそうだけど、一旦、落ち着かせないといけない。
覚悟を決めて応戦することにした。
「あははっ、せいぜい粘ってみせてね?」
女の子は強烈な加速で距離を詰めてくると、左右の拳を交互に放つ。
ゴゥッ! と風を巻き込むような一撃。
直撃したら、たぶん、鉄板くらいなら簡単に貫いてしまうような気がした。
単純に連打するだけではなくて、時折、フェイントも混ざる。
足払いもしかけてきた。
この子、戦い慣れている。
そして圧倒的に強い。
もしかして、ルルと同じ位の大悪魔なのかな?
「ちっ、ちょこまかと……逃げるんじゃないわよ!」
「当たったら痛そうだし」
「いいから当たりなさいよ! あーもう、ブチ切れたわ。本気でぶっとばす!」
女の子の雰囲気が変わる。
放たれるプレッシャーが数倍に増して、膨大な魔力の流れを感じた。
「これで……塵になりなさいっ!!!」
女の子が拳を大きく薙いで……
その軌跡に従い、紅蓮の炎が吹き出した。
「これは……!?」
防御は……無理。
回避も……間に合わない。
なら迎撃する!
「フレア<紅蓮>!」
こちらも火属性の魔法で応戦した。
本当は、反する属性の水魔法がいいんだけど、あいにくとまだ覚えていない。
「あはは、ばーか♪ あたしは、火を司る悪魔よ? 火属性の攻撃で負けるわけないし」
ゴガァッ!
「……は?」
俺の魔法が打ち勝ち、女の子は目を丸くして驚いた。
唖然。
ややあって、こほんと咳払いをしつつ、気まずそうに言う。
「……ま、まぁ、あたし、起きたばかりだし? まだ本調子じゃないし? 無意識に手加減してたっぽいかも。かも。ま、まあ、こういうミスもあるわよねー」
「あ、うん。そうですか」
「そのしれっとした態度、マジむかつく……今度こそ黒焦げにしてやるわ、喰らいなさいっ!!!」
今度は、女の子の全身から炎が吹き出した。
それらは荒れ狂う竜となり、俺に襲いかかる。
あれはまずい。
本能的な危機感を覚えた俺は、全力で迎撃に当たる。
「あはははははっ! 人間には決して扱うことができない、限界を突破した位の魔法よ。これで終わりにしてやるわ」
「フレア<紅蓮>!」
「はいはい、無駄無駄ー。そんな低位の魔法であたしの魔法を……」
互いの魔法が激突して、俺の『フレア<紅蓮>』が打ち負かされてしまう。
ただ、女の子の魔法も少しだけではあるものの打ち消すことができた。
「は? あんな低位の魔法に押されかけた……?」
「いけるか? なら……フレア<紅蓮>! フレア<紅蓮>! フレア<紅蓮>!」
「はぁっ!? れ、連射!?」
「もう一つ、構造式をいじった特大の……フレア<紅蓮>!」
「なにそれ!? って、あたしの炎が……!?!?!?」
一発だと無理だと思ったので、連射した。
どうにかこうにか威力が足りたみたいで、女の子の炎を打ち消すことに成功した。
あ、危ない……
あれが直撃していたら、たぶん、骨も残らす灰になっていたと思う。
「あ、あたしが……火を司る悪魔なのに、火の勝負で負けた……? めっちゃ本気出したのに、完璧に負けた……?」
女の子は呆然とした様子だ。
一応、戦闘が停止した。
今なら話を聞いてくれるかもしれない。
「お願いだから、俺の話を聞いてくれないか? 俺達は変なことを考えていないし、変なことをするつもりもない」
「……」
「ただ、ちょっと話を聞きたいだけなんだ」
「……」
「だから、戦うのは止めよう。このまま話をしよう。ね、どうだろう?」
「……ふぇ」
女の子の目に涙が溜まる。
「ふぇえええええ……」
「えっ、えっ、えっ!?」
女の子はその場にへたりこみ、ぽろぽろと涙をこぼす。
「あたし、火を司る悪魔なのにぃ……それなのに、火の勝負で負けたぁあああああ……うぇえええ、ずるいずるいずるい、火を操るのはあたしの特権なのにぃ……」
「いや、えっと……あの……」
「これじゃあ、あたし、存在意義がないみたいじゃん……あううう、やだやだやだー、こんなのやだぁ……もう、もうもうもう……うあああああーーーん」
「なんかもう、よくわからないけどごめんなさい!?」
女の子の涙には絶対に勝てない。
現状をまったく理解できないけど、とりあえず、俺はひたすらに謝っておいた。




