22話 神の使命
「ここが例の廃村か……」
準備をして、街を出発。
数時間ほど歩いたところで、依頼現場となる廃村に到着した。
人は見えず、荒れ果てた家がいくつも並んでいる。
ちらほらと気配を感じるのは、たぶん、廃屋を巣にした動物達だろう。
「神様らしい方は……いないね」
「うむ。周囲を探知してみたが、反応はないのだ。とはいえ、アレの大半は転移を習得しているため、探知はあまり意味ないが」
神様を『アレ』呼ばわりするとは……嫌いなのだろうか?
「しばらく探索してみようか」
「うむ」
ルルと一緒に廃村を見て回る。
念入りに調査してみるものの、野生動物以外、誰もいない。
「これだけ調査しても、なにも出てこないなんて。うーん……神様っていうのは、なにかの見間違いだったのかな?」
「……いや。旦那様よ、どうやら当たりのようだ」
「え?」
珍しくルルが険しい表情を見せていた。
その視線の先……
さきほどまで誰もいなかったはずなのに、いつ、どこから、どうやって姿を見せたのか?
小さな子供がいた。
十歳くらいだろうか?
中性的な綺麗な顔をしているものの、たぶん、男の子だろう。
「やぁ」
「え? あ……うん。こんにちは」
にこやかに挨拶をされて、俺も頭を下げた。
「今日は良い天気だね」
「そうだね」
「でも、せっかくの天気が台無しになるような、そんないやーーーなことが起きているんだ」
「……それは、どういうことかな?」
「そこの悪魔さ」
ルルのことを知っている……?
男の子は笑顔だけど、しかし、それは見せかけだけのもの。
その表情の奥からは、隠しきれないほどの敵意があふれている。
「そいつは、僕がダンジョンの最深部に封印しておいたはずだったんだけど……うーん、どうやって逃げ出したのかな? いや……そういえば、封印してからだいぶ経っていたね。結界が壊れちゃったのかな?」
「ふん、その可能性に思い至り、気になって様子を見に来た、ということか?」
「様子を見に来て正解だったよ。まさか、外に出ているだけじゃなくて、人間をたぶらかしているだなんてね。ダメだよ、そういうことをしたら。せっかく、情けで封印するだけにしておいたのに……こんな勝手をされたら、消滅させたくなっちゃうじゃないか」
「……っ……」
男の子が笑う。
なんてことない笑顔のはずなのに、ゾクリと背中が震えた。
足も震えて、気を抜けばへたりこんでしまいそうになる。
この子は……本物だ。
ルルが言うように、神様なのだろう。
「あなたは……神様なんですか?」
「あれ? 僕のことがわかるなんて、キミ、すごいね」
男の子は笑顔を保ったまま、丁寧にお辞儀をしてみせた。
「僕は、竜神バハムート。空を統べる神だよ。もちろん、この姿は仮のもの」
「……バハムート……」
聞いたことがある。
星を砕くほどの力を持つ、神様の中でも最強に近い位置にある。
神様をレベルで測ることはできないけど……
それでもあえて換算するのなら、レベル15000くらいだろうか……?
単純計算で、ルルの倍は強い。
「封印が解けても、そのままダンジョンの奥に引きこもっているのなら見逃したんだけど……」
竜神様は俺を見た。
「外に出るだけじゃなくて、人間と契約を交わしているなんて。こんな勝手をされたら、さすがに見逃すことはできないよ」
「……ならば、どうするというのだ?」
「消えてもらうよ」
竜神様が手の平をかざすと、膨大な……世界を震わせるかのような、圧倒的な魔力が収束していく。
「神である僕の使命は、この世界のバランスを保つこと。それを崩しかねない悪魔であるキミは、世界に不要な存在だ。ここで死ぬといい」
「待ってください!!!」
俺はルルの前に立ち、両手を広げてかばう。
「お願いしますっ、ルルを殺さないでください!」
「……キミ、悪魔をかばうなんて正気?」
「正気です! ルルは、俺の大事な……最愛のお嫁さんなんです!」
「はぁ?」
竜神様は、理解できないといった表情に。
「キミは、悪魔と結婚したというのかい?」
「はい」
「騙されたとか、そういうわけではなくて?」
「もちろんです」
「……ふむ」
竜神様は考えるような仕草を取り、収束させた魔力を消した。
「ちなみに、告白やプロポーズはどっちから?」
「ルルです」
「ふむ……変われば変わるものだね。まさか、あのルシフェルが人間のことを愛するなんて」
「う、うるさいのだ……! 我とて乙女。恋をする時は恋をする!」
「なるほど、これなら……うん」
ややあって、竜神様は閃いた様子で頷いた。
そして、にっこりと笑いつつ、とんでもないことを言う。
「キミ、力比べをしようか」
「……え?」
「悪魔は世界の秩序を乱すから排除しなければいけない……とはいえ、人間とうまくやっているのなら、無理に排除することはない。人間社会を受け入れることができているのなら、世界の秩序も受け入れていることになるからね」
「それじゃあ……!」
「ただし、いざという時のために制御できる者が必要だ。キミにルシフェルを制するだけの力があるのかどうか、見極めさせてほしい」
「なる……ほど。そういうことですか」
それ故の力比べ。
うん。
正直な感想を言うと、まったく勝てる気がしない。
ルルと契約して、それから稽古をつけてもらい、かなりレベルアップしたけど……
それでも月とスッポンだ。
どうあがいても勝てないだろう。
でも。
「わかりました、受けます」
「旦那様!?」
ここで引き下がることはできない。
ルルのために、できる限りのことをする。
「やめてくれ、旦那様!? 相手は神なのだ。人間が敵う相手ではない! 一撃で粉々に、魂まで消し飛ばされてしまうぞ!?」
「それでも、俺はやるよ」
「そんなっ、どうして!?」
「ルルと一緒にいたいから」
「……ぁ……」
「だから、やるさ。見ててほしい……俺は、絶対に負けない」




