2話 大悪魔
「……ぅ……」
ふと、目が覚めた。
ゆっくりと目を開けて、体を起こす。
「ここは……」
石のような床と壁。
普通の石ではないらしく、ぼんやりと光っていた。
「この部屋は……? とりあえず……うん、生きている。それに魔物もいなさそうだから……いててて」
安堵のせいか、痛みがぶり返してきた。
命が助かったはいいものの、それを抜きにしても、それなりの怪我をしているんだよな。
「ちくしょう、トッグ達め……!」
こんなところで死ぬわけにはいかない。
死んでたまるものか。
絶対に生きて帰る!
こんなこともあろうかと、手首の辺りに隠しナイフを仕込んでおいた。
それを使い拘束を切る。
それからポーションを飲んで傷を癒やす。
「なんとか動けそうだけど……」
立ち上がり、ぼぅっと光る部屋の外を見る。
魔物、魔物、魔物……
スタンピードが起きているのではないか? と思うくらい、たくさんの魔物がいた。
しかも、どれも見たことのない種類だ。
詳細は知らないけど、レベルが高いことだけは理解できる。
こうして離れて見ているだけでも、相当なプレッシャーを感じるほどだ。
レベルに換算したら、たぶん、100を超えているのでは?
初心者である俺が立ち向かえる相手ではない。
そんな魔物が山程。
「……これ、終わってないか?」
ここが地下何層かわからないけど、相当、深いことは確かだ。
脱出するには、かなり上に登らないといけない。
その間、魔物と一匹も遭遇しないなんてことは不可能で……
その魔物を倒すことも、ほぼほぼ不可能で……
『ほう……久しぶりの供物だな』
「えっ」
突然、頭の中に声が響いてきた。
「だ、誰だ……!?」
『我のこと知らぬか? 哀れな生贄だな』
「生贄、って……」
もしかして、トッグ達が言っていた悪魔なのか?
本当に実在するなんて……
『久しぶりの供物、たっぷりと楽しませてもらおうか』
「あなたは……悪魔なのか?」
『ほう? なんだ、我のことを知っているではないか』
「……詳細は知らない」
『ふむ?』
考えるような間が挟まる。
『……まあいい。どちらにせよ、贄として捧げられた以上、汝は我のものだ。その肉体、その心、その魂……全てを自由にさせてもらうぞ?』
「くっ……な、なんて圧力だ。話をしているだけなのに、震えが止まらない……これが悪魔なのか」
『ほう、我が力を感じ取ったか? よいぞ、よいぞ。心地いい感覚だ。くっくっく、恐れよ。震えろ。頭を垂れろ。汝の魂の鼓動が我をさらなる高みへ押し上げてくれるのだ』
圧がすごい。
本物の中の本物、トップクラスの化け物だ。
どうあがいても俺が勝つことは不可能と、戦う前から敗北を悟ってしまう。
「俺は……どうなる?」
『喰らう』
「……っ……」
『その肉、心、魂……その全ては我のものだ。喜べ。汝は我の血肉となることができる』
「そんなこと……喜べるわけがない」
『なに、悪いことばかりではないぞ? 我の血肉になることで、汝の罪は浄化される。死は避けられぬが、煉獄へ落ちることはないだろう』
「……罪って、なんだ?」
『とぼけるな。人の身では拭いきれないほどの罪を犯したから、贄として選ばれたのであろう? 案ずるな。どれだけ愚かなことをしたとしても、我は、選り好みはせぬ。汝の魂を喰らい、そして浄化してやろう』
……あれ?
なんか、だんだん話が噛み合わなくなってきたぞ。
「えっと……ちょっと待ってくれないか? 俺、罪なんて犯していないけど」
『まだ言うか。あまりつまらぬことを口にして、我の機嫌を損ねるでない』
「いえ、だから本当に。というか、俺は騙された側だし……」
『む?』
俺の話を気にしてくれた様子で、悪魔は迷うような間を作る。
『……言われてみれば、罪を持つ者特有の魂の汚れを感じぬな。罪人であれば、話をするだけでも、その汚れを感じ取ることができるのだが』
「その辺りはよくわからないけど、たぶん、なにかの勘違いとか間違いかと」
『うむむ? しかし、いや、うぬぅ……』
今度はたっぷりの間。
放置された?
そんな不安を抱き始めたところで返事が届いた。
『ちと待て。直接、汝の顔を見て確かめることにする』
「え? ……あ、はい」
『すぐにそちらへ行く。そこを動くな?』
そこで会話が終了した。
こっちに来る、って言っていたけど……
「どうするんだ?」
不思議に思っていると、手前の床が輝き始めた。
「な、なんだ!?」
輝く粒子は線を描いて、魔法陣を作る。
そこから光の柱が立ち上がり……
消えると、一人の女の子の姿があった。
さきほどの粒子と同じように、足元に届きそうな長い髪は、光を束ねたかのように輝いていた。
白い肌は人形のように綺麗で、目や鼻などの顔のパーツは芸術品を模したかのよう。
外を歩けば、十人中十人の男性が振り返るだろう。
背は低い。
ボディラインも平坦。
外見は幼いけど、しかし、見た目通りに受け取ると痛い目を見ると本能が告げていた。
その証拠に、彼女は角と羽と尻尾が生えていた。
「ふっ」
女の子はこちらを見る前に、不敵に笑い、腕を組む。
そして、妙なポーズを決める。
「恐れよ。震えろ。頭を下げろ。我こそは、天を崩壊させたと謳われている大悪魔、ルシフェルである!!!」
「……」
「?」
どう反応していいかわからず困っていると、女の子は不思議そうに小首を傾げた。
たぶん……
「ははー!」とか。
「ルシフェル様!」とか。
そんな反応を期待していたんだろう。
でも俺、悪魔のことぜんぜん詳しくないんだよな。
悪魔。
遥か昔、神々に逆らい堕天した天使が元になっていて……
その力は圧倒的で、人間を遊び半分に殺すことができる。
魔物でさえも歯が立たない。
狡猾で残虐。
人間の魂を騙し取り、笑いながら命を奪うことができる……と聞いているのだけど。
ただ、そういう表向きの情報しか知らない。
本当は、こんな存在とか。
実は、こんなことを考えているとか。
深いところの情報はゼロだ。
なので、大悪魔ルシフェルとか言われても、まったくわからないんだよな。
「えっと……ごめん。正直に言うと、キミのこと、まったく知らない」
「な、なんだと!? 我のことを知らぬというのか!? くうううっ、人間のくせに生意気な! 大悪魔ルシフェルであるぞ!? かつて、神々をなぎ倒して、世界をこの手に収める寸前にまでいった、破壊者と呼ばれた偉大な存在であるぞ!?」
「あー……なんか、そんな伝承があったような?」
「そう、きっとそれだ! さあ、思い出すがよい! そして我を崇めよ、恐怖せよ」
「……やっぱり思い出せないな。ごめん」
「ぐぬぬぬっ……!!! も、もう許せん! やはり、貴様のような者は、浄化することなく、肉も魂も喰らい……尽くして……や、るぅ……???」
ようやくこちらを見た悪魔は、なぜか言葉を失う。
とても驚いた様子で、じっと……じぃいいいっと見つめてくる。
俺の顔、なにかついている?
「あの……?」
「……」
「すみませーん」
「……」
「もしもーし?」
「ひゃい!?」
我に返った様子で、悪魔はびくんと跳ねた。
なんで驚いているんだろう?
「あ、あああっ、あのぉ!!!?」
「どうかした?」
悪魔は顔を赤くして。
もじもじして。
それから、意を決した様子で口を開く。
「す、すすすっ……しゅきでしゅっ!」
「え?」
「あぅ……肝心なところで噛んだ……」
【作者からのお願い】
「面白い」「長く続いてほしい」と思っていただけたら、是非ブックマーク登録をお願いします
また、広告下の『☆』評価で応援していただけると嬉しいです(率直な評価で構いません)。
皆様の応援が作品を続けるための大きなモチベーションとなりますので、よろしくお願いします!
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!