18話 断罪の時
「くそっ……ふざけるんじゃねえ!」
苦しそうにしつつもトッグが立ち上がり、こちらを睨みつけてきた。
レイリーとイザベラもやってきて、彼の隣に並び、支える。
「この決闘は無効だ! イカサマだ!」
「ふむ、どういうことかな?」
イカサマと聞いては黙っていられず、ギルドマスターが問いかけた。
「ゴミカスの新米が、この俺に! Aランクの俺に勝てるわけねえだろうが! イカサマをしたに違いねえ、汚えヤツだ!!!」
「そうよ、そうに違いないわ。トッグが負けるなんて、ありえないもの」
「魔道具を使っているとか、トッグに毒を仕込んでおいたとか、そういうところじゃないかしら? 徹底的な調査を要求するわ」
自分達がいかさまを仕掛けておいて……この連中は本気なのか?
俺もルルも呆れて声が出ない。
代わりに、ギルドマスターがため息をこぼす。
「決闘の前に、徹底的に検査をしただろう? カイルはイカサマなど行っていない」
「そ、そこの女がなにかしたかもしれないだろ!?」
「私の見る限り、彼女は遅れてやってきた。イカサマをしていたとは、とても思えないな」
「そもそも」と間を挟んで、ギルドマスターは三人を睨みつけた。
ギルドのトップに立つ者の鋭い眼光は、三人を震え上がらせる。
「イカサマを働いていたのは、君達の方ではないかね?」
「な、なんだと……!?」
「途中、観客席からの魔法の使用……巧妙に隠していたようだが、しかし、ギルドマスターである私の目をごまかせるとでも?」
「し……知らねえよ! 俺は、そんなことは知らないぞ!!!」
「どうあっても認めないか。ならば……」
「ちと、よいか?」
ルルが会話に割り込んだ。
さあ、ここからが本番だ。
「ちょっとした偶然で面白いものを見つけてな。これを見てほしい」
「む?」
ルルは、ギルドマスターにいくらかの書類を渡した。
ギルドマスターは書類を受け取り、パラパラと目を通して……
その表情がみるみるうちに険しいものに変わっていく。
「これは……本当のことなのか?」
今まで穏やかな姿を見せてきたギルドマスターだけど、今、その表情は怒りに染められていた。
刺すように鋭い目をトッグ達に向ける。
「Aランクであることを利用した、他パーティーからの依頼の横取り。指導料と称して金品を奪い取り、時に、女性の体も……さらに、カイル・バーンクレッドを含む、数え切れないほどの初心者狩り。これらは全て真実なのだな?」
「なっ……!? で、デタラメを言うな! そんなことするわけがねえだろ!」
「ここに証拠がある。言い逃れのできない、決定的な証拠がな」
そう。
ルルがギルドマスターに渡したのは、トッグ達の悪事についてまとめられたものだ。
決闘が始まるまでの間にルルに調べてもらった。
ルルのことだから、徹底的に、一つのミスもなく、細部まで調べ上げた完璧な証拠を用意したのだろう。
そのために、トッグ達の部屋にも忍び込むと言っていた。
だから俺は、すぐに決闘を終わらせないで時間稼ぎをしていた、というわけだ。
そして、ギルドマスターと他、多くの冒険者、民が集まる中で悪事を暴露する。
これはもう、絶対に言い逃れはできない。
多くの人が証人となる。
決闘に勝つだけなら、なんとかなる。
しかしその場合、トッグ達は己の非を認めず、再び絡んでくることは間違いない。
だからこそ、ここで徹底的に相手をする必要があった。
「お前達の素行に問題があるのは理解していたが、確かな実力がある。いつかは……と期待していたのだがな。愚かな」
「なっ……そ、そんなことは……く、くそっ」
ギルドマスターの厳しい口調。
そして、周囲の観客達から向けられる視線。
それらを受け止めて、もうどうしようもないと悟ったらしく、トッグ達は顔を青くした。
「期待するべきではなかったな。いや……私の目も曇っていたということか。そのせいで、カイルや他の者に多くの迷惑をかけてしまった」
ギルドマスターは、申しわけなさそうにこちらを見て……
再びトッグに視線を戻す。
その目は被告に判決を下す裁判官のようだった。
「トッグ・ドミナス。及び、その仲間のレイリーとイザベラよ。お前達の冒険者資格を剥奪とする!」
「なっ……!?」
「ちょ、ちょっとまってよ! いきなりそんなこと言われても、納得できるわけないじゃない!」
「そうよ! 私達はなにもしていないわ。全部、そこのガキが企んだことで……」
「黙れっ!!!」
「「「「っ……!?」」」
ギルドマスターの雷が落ちたかのような一喝に、三人が震え上がる。
「お前達には失望した。ここまで放置したのは、私のミスだ。しかし、幸いにも失敗は修正することができる……お前達はクビだ」
冷酷な宣告が下る。
レイリーとイザベラは、へなへなとその場に座り込んで……
トッグは、現実を認められない様子で、「バカなバカな」と連呼していた。
「そして、貴様らはやりすぎた。冒険者資格の剥奪だけでは足りない。法の裁きを受けてもらうぞ」
この展開を予想していたのだろう。
ギルドマスターの合図で、あらかじめ控えておいた冒険者達が出てきて、トッグ達を取り囲む。
「逮捕する」
「ぐっ、あぁ……どうして、こんな、この俺が……!」
トッグは、血走る目でこちらを睨んできた。
「お前だ、お前のせいでっ!!!」
「っ!?」
トッグは周囲の冒険者達を振り切り、こちらに突撃してきた。
隠し持っていたナイフを突き出してくるのだけど、、
「我の旦那様になにをする!」
ルルが前に出て、トッグを逆に叩き飛ばした。
ただ……
その際にナイフが跳ねて、ルルの白い肌に傷がついて……
赤い血が……
「……お前」
どうしようもないほどの。
果てのない怒りが湧いてきた。
「ルルを傷つけたな?」
「なっ……こ、こいつ、なんで、こんなに……あ、あああぁ……」
「俺のことはどうでもいいけど、ルルは……!!!」
許せない。
許せない。
許せない。
怒りに支配された俺は、地面に落ちたナイフを拾い、トッグの元に歩み寄る。
そしてナイフを持った手を振り上げて……
「旦那様」
ふと、とても優しい声が聞こえてきた。
ルルに後ろから抱きしめられる。
「もうよい」
「……ルル……」
「我のために、そこまで怒ってくれることは嬉しい。しかし、それ以上はやりすぎだ。そして、この愚か者は、旦那様が手を汚す価値もないぞ」
「あ、ぅ……うあっ……」
トッグは腰を抜かして、震えていて……
そして、失禁していた。
それを見た瞬間、どうでもよくなってしまう。
「ああ、そうだな。ここまでにしておこう」
「うむ!」
俺とルルは笑顔を交わした。
もう一度、トッグを見る。
「これで、俺達はもう赤の他人だ。これからは変に絡んでこないでほしい」
「な、なんなんだ……お前の力は、いったい……なんなんだよぉっ!?」
「答える必要はない、そんなこと。それよりも……また、ルルを傷つけるようなことをしたら……その時は許さないからな?」
「ひっ……ひぃあああああっ、く、来るな来るな来るな、うあああああぁっ!!!」
トッグは半狂乱になり、周囲の制止を振り切り、訓練場の外に逃亡した。
その姿を情けないと思うものの、それ以上の感情は湧いてこない。
この瞬間……
俺は、完全に過去を振り切ることに成功したのだった。
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