13話 打ち破るべきもの
「旦那様よ、我が言い出したことなのだが、よかったのか?」
宿に戻り、ルルが心配そうに言う。
「どういうこと?」
「いや、その……あの決闘が我がけしかけたようなものだ。しかし、まずは旦那様の意思を確認するべきだった。それを怠り、我は勝手なことを……」
「ありがとう」
「ふぇ?」
「あれ、俺のために怒ってくれたんだよな? すごく嬉しかった」
「あ、いや。それは……」
「そんなに困った事態になっていないし……なによりも、俺のためにしてくれた、っていうことはとても嬉しいよ。喜ぶことはあっても、怒るなんてありえない。ありがとう、ルル」
「ひゃふぅ……旦那様が優しすぎて、我、死んでしまいそう……」
赤くなるルルが可愛い。
ぎゅっとしたい。
でも、今は他に考えたいことがあるから我慢だ。
「ま、まあ……旦那様なら、決闘は楽勝だな! あのような愚か者、一蹴してやるといい!」
「いや、そう簡単にはいかないだろう」
「なに? しかし、旦那様のレベルは……えっと、今は1200だな。あれから、さらに上がったな。トッグとやらのレベルはわからぬが、ここまではないだろう?」
「だな」
俺の冒険者資格は凍結されているため、冒険者証の機能も使えない。
トッグのレベルは確認できないが、最後に話をした時は、50くらいと聞いている。
「数値だけを見るなら負けることはないと思う。ただ……」
トッグに裏切られた時のことを思い返した。
「あいつは……自分の欲を満たすためなら、なんでもやる。普通の人なら絶対にやらないようなこと、迷うようなことも、ためらうことなく踏み込んでくる。だから、油断したらいけないんだ」
決闘をすることになったものの、『正々堂々』となるかどうか、それはわからない。
トッグのことだから、なにかしら罠を仕込んでくるような気がした。
「それに……」
情けないことを告白しよう。
正直なところ、俺は……怖い。
レベルは上がったけれど、さらに上の上を行くルルが隣にいるからなのか、強くなったという実感があまりない。
ルルは天才と褒めてくれるけれど、そんなことはない。
俺は、どこにでもいるような凡人だ。
そして……
短い間だけど、トッグのパーティーに参加していた。
だから、彼の強さをよく知っている。
戦闘技術に咄嗟の判断力。
培われてきた経験と勘。
レベルに頼らない戦術。
それらを磨き上げてきたトッグに勝てるだろうか?
駆け出し冒険者の俺の力は、彼に通用するのだろうか?
勝つイメージが湧いてこない、というのが正直な感想だ。
「……ごめん、情けない話を聞かせて」
ルルに正直な気持ちを打ち明けた。
幻滅されるだろうか?
呆れられてしまうだろうか?
それとも、怒られるだろうか?
……どれも違う反応が返ってくる。
「そうか……うむ。旦那様にとって、あの愚か者は、乗り越えるべき壁なのだな」
「壁か……ああ、そうだな。そんな感じだ」
「ならば大丈夫だ! 旦那様ならば、必ずや乗り越えることができる! この大悪魔ルシフェルが保証しよう! 恐れる必要はない、前に進むのだ。なにがあろうと、どうなろうと、我が全てを受け止めて、受け入れようではないか!」
「どうして、そこまで俺のことを……」
「妻が夫のことを信じるのは当たり前なのだ!」
「……ルル……」
彼女の真摯な想いが伝わってきた。
それは心の不安を取り払い、果てのない勇気を与えてくれる。
「……ああ、そうだな。ルルがそう言ってくれるのなら、もう大丈夫。きっと期待に応えてみせるさ」
「うむ! 旦那様ならば、必ずやそう言ってくれると信じていたのだ」
「とはいえ」と間を挟み、ルルが心配そうな顔をする。
「さきほど旦那様が言ったように、あの愚か者は、勝つためならばなんでもするのだろう? 卑劣な罠を用意しないとも限らない……そこは心配なのだ」
「大丈夫」
「む?」
「トッグがどんなことをしてくるか、そこはわからないけど……でも、どんな罠が用意されていたとしても、それを全て打ち破る方法はある」
「なんと、そのような?」
「そのためには、ルルの協力が必要なんだけど……」
「我の?」
「ああ。ちょっとやってほしいことがあって……」
考えていることをルルに打ち明けた。
話を聞いて、ルルが悪い顔になる。
「ほう……旦那様は、なかなか面白いことを考えるではないか」
「あまり褒められたことじゃないけどな」
「いや、我は好きだぞ。相手が無茶をするのなら、こちらも無茶をする。シンプルではあるが、これ以上ないほど効果的な手だ。こんな策を瞬時に考えるなんて……ふむ? 旦那様は肉体面だけではなくて、知識面も天才なのかもしれないな」
「褒めてくれてありがとう。でも、これくらいは誰にでも思いつくと思うから」
「こんな奇策を誰でも思いつくほど、最近の人間は恐ろしいことになっているのか……? だとしたら、我ら悪魔が封印されているのも納得だが……まあよい。旦那様に頼まれたこと、きっちりと仕上げてみせようではないか!」
こういう時、ルルはとても頼もしい。
千人の味方を得た気分だ。
「我は、旦那様の頼まれごとをするが……旦那様の方は、決闘までなにをするつもりなのだ? 鍛錬か?」
「いや。三日後となれば、即興で鍛錬をしてもあまり意味はないだろう」
付け焼き刃になるだけ。
むしろ、変な癖がついてしまう可能性がある。
体が鈍らない程度の鍛錬に留めておいた方がいいだろう。
「俺は俺で、やるべきことがある」
「やるべきこと?」
「ルルが得たものを有効活用するために、色々と……ね」
決闘に勝利して、汚名を返上する。
そして、冒険者資格の凍結を解除してもらう。
そのために、できることはなんでもする。
なんでも……だ。
「決闘に勝利したとしても、トッグは自分の罪を認めないと思う。また、あれこれと難癖をつけてきたり、嫌がらせをしてきたりするはず。だから、今度は俺がトッグの罪を告発して、彼の冒険者資格を凍結させる……それが最終的な目的だな」
「おぉ、旦那様が怒りに燃えている。こういう旦那様もかっこよくて、キュンキュンしちゃうのだ♪」
「不正を暴いて、白日の元に晒して、謝罪をさせてやらないと……!」
「お、おおぅ……マジ怒りモードで、我もちょっと怖いのだ……」
しまった。
ルルを怯えさせてしまったみたいだ。
「ご、ごめん……ルルを怖がらせるつもりはなかったんだけど」
「いや、いいのだ。怖い旦那様も、ちょっとドキドキするのだ」
「ありがとう。俺も、色々な表情を見せてくれるルルのことが好きだよ」
「ひゃふぅ……旦那様は、我を殺す気か……? ドキドキ死しそうなのだ……」
ルルのおかげで色々と和む。
一人だったら思い詰めて、仕返しのことばかり考えていたかもしれないな……
改めて、一緒にいてくれることに感謝だ。
いつもありがとう、ルル。
こんな俺だけど、助けてくれて、一緒にいてくれてありがとう。
それと……好きだよ。
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