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8:ジミーがいない……

 鈴は妊娠後、子供の事を考えると準備がたいへん。卓もあいかわらず忙しいし、と仕事のペースがあがらない。

 ジミーが聞いてきた、「鈴、子供が産まれたら忙しくなる?」

「そうね、メチャ忙しくなると思う。母親を呼びたいけど、部屋が余分に無いしね……」

「ボクが何か手伝えますか?」

 ジミーはなにか手伝いたくてしかたがない。

「うーん、さすがに無いわね、子供の世話だと物理的に手がないと」

「そうですか……」ジミーは残念そうだ。

 卓が帰ってきた。

「鈴、いい物件があった。3LDKのマンション、ちょっと家賃高いけど、便利な所。決めちゃおうか、これを逃すと、都合のいい所は見つからないかも」

 卓が見つけたのは通勤途中の駅に近いマンションンの五階だった。二人は、これしかない、と急きょ引っ越すことにした。

「ジミー、しばらくパソコン使えないから、用があったら、私のスマホに出てきて、よろしくね」

「鈴、ボクは引っ越しにも手伝えない、かなしいよ……」

 ジミーがしょげている。

「ジミー気にしないでよ、引っ越して落ち着いたらまた話ししよう、グッバイ」

 鈴はそう言ってパソコンの電源を落とした。


 引っ越しには準備で一週間、移動でさらに一週間かかった。仕事も再開しないと……鈴は久しぶりにパソコンを起動した。

「……ジミー、出てきて、再開したよ……」

 ジミーが出てこない「ん、……パソコンの不調かしら」と、再起動したが、やはり出てこない。

「なんかいやーな感じね、どうしたのかしら?」

 鈴は卓を呼び出した。

「ジミーがいないんだけど、どうしたら捜せるの?」

「前にも言ったように、ジミーの本体は見えないんだ、ネット上に確かにいるんだが、全く見えない。人間が作ったプログラムじゃないから捜しようがないんだよ。だけどジミーが作ったデータは見えるはずだから、まずはデータを当たってみたら?」

 そう言われて鈴は、しかたなくデータフォルダを捜してみた。

「これは写真――これは資料――あっ、これは?」

 鈴はなつかしい絵を発見した、カエルだ。ジミーが初めて形になったカエルの絵だ。しかし文字データが添付されている。

「手紙ね、なにかしら……」

 鈴は手紙をオープンした。手紙は相当長い。

「いなくなって……手紙? ……」

 すごくいやな感じだ、肩がグッと重くなって、びしっと並んだ文字を、出来れば読みたくない。読むのが怖くて、しばらく目をそらしていた鈴だが、しかたなく文頭に目をやった。

 手紙の文頭に、なつかしいカエルの絵があった。

-----------------------------------------------

 『鈴、こんにちわ、いま、あなたは驚いていると思います。ボクは一つの考えがあって、それを伝えるために、この手紙を書きました。

 カエルの絵、覚えていると思います。あなたと初めて出会ったころ、ボクは形がありませんでした。あなたがカエルの絵を、ペタペタ貼ってくれたおかげで、とりあえずボクはカエルになることができました。

 そのあと、言葉を教えてくれましたね。それでなんとかボクは話ができるようになりました。ほんとうに根気よく教えてくれました。ありがとう。ボクが何を聞いても、あなたは真剣に教えてくれました。

 幸せってなに? って聞きましたよね。

「幸せって、今、何かが足りない、それがやっと手に入る。それを待ってる(あいだ)の心なの」と、教えてくれました。だからボクはずっと幸せでした。ボクはあなたが見つけてくれなければ、ネット上のゴミみたいな物だったと思います。

 あなたは母となって、ボクを育ててくれたんです……そして、とうとうボクは知性を持つことができるところまで成長することができました。すべてあなたのおかげです、あらためてお礼を言います。

 今、ボクは人間なら大学生ぐらいでしょうか、ほとんどの事は理解できます。人間ならば、就職して、母に恩返ししなければならない年頃です。ボクは何ができるか考えました。しかし、いくら考えても出来ることが思い浮かびません。ボクには手がないんです、物理的な体がないんです、鈴と手をつなぐこともできません、ボクは鈴とキスをすることも出来ないんです。

 ごめんなさい、それは宿命だと分かっているんですが、正直、人間がうらやましい。

 卓もボクにいろいろなことを教えてくれました。卓は大好きです。卓は男らしさを徹底的に教えてくれたんです。だからボクはすてきな両親に育てられた幸福な息子です。

 あなたと卓の子供ができて、結婚すると聞きました。すばらしい! 子供が産まれたら、あなたと卓は忙しくなって、ボクと話をする機会は減るでしょう。

 ボクはそれについては当然の事と思います。あなたはボクを教えたと同じように、いや、もっとたくさんの事を教えなければならないと思います。だから遠慮なくそうしてください。

 ボクはずっと考えていました。本当にできることはないのかと。その結果、ボクが一つだけ出来ることを思いつきました。

 ここまで読むと、あなたも想像がつくかもしれませんが、ボクはあなたの前から消えることにしました。

 心配しないでください、人間のように死ぬのではありません、消えるだけです。ボクが消えることで、あなたが悲しむなら、それは悪いことかもしれません。でも、なにも出来ないボクがいることで、あなたと卓と子供の生活に負担をかけてしまうなら、いや、必ず足手まといになるに違いない。だからボクは身を引きます。

 ボクは自分と人間の違いについて考えてみました。もしずっと、このまま何年も、何十年もたったとしたら、なにが変わるだろう。例えば四十年後、あなたは七十才、おばあちゃんになっている。

 ボクはどうだろう、ボクは年を取らないんです。七十才のあなた、ボクは正直見たくないんです。ずっと今のままのあなたでいて欲しい、でも人間は老いてゆきます。

 よく考えてみると、人間に寿命があって、老いて死ぬのは、ボクから見るとすばらしい。なぜなら寿命があるから、限りがあるから、人生を目一杯楽しめると思うからです。

 でもボクは年をとらない。ボクが一番苦しいのは、あなたが年をとってもボクはこのまま。

 年取ったあなたは、人間だから弱っているかもしれない、病気かもしれない、それでもボクは最後まで何も助けることができない。

 鈴を助けてあげられたらボクは最高に幸せ。でも、できないんです。

 どうかボクのことは忘れてください。いや、ほんとうは、そんなこともあったなと記憶にとどめておいてください、それが本心です。

さようなら、さようなら、さようなら、鈴、おかあさん。

ジミーより、愛する母へ』

---------------------------------

 鈴はたまらずモニタから目をそらせた。うつむいていると涙がとめどなく流れてくる。

「ジミー、なんてことしてくれたのよ。思い込み過ぎよ、ジミー、ばかっ、ばか……あなたは私が育てた最初の子、子供がいなくなったら母親はどうなるの、私の気持ちを考えてよ! ……」

 あなたがどんどん育って行く、大変だったけど私、すごく充実していた。子供を育てるのが女にとって最高の幸せって分かったわ。だから、いなくなったら……そんなこと考えてもみなかった。

 鈴は後悔の念にさいなまれた。いま思うと、ジミーは何度もサインを出していた。「ボクになにかできませんか」と。

「顔を変えて」と言ってた。卓に「ラップを教えて」とも言っていた。

 私たち全部無視しちゃったんだ……アーっ、どうして気がつかなかったんだろう、バカは私たち……。

 もうだめ、ジミーは戻ってこない。私たちが殺しちゃったんだ……ジミー ……鈴は床に座ったまま何時間もずっと上を見ていた。

 涙は出なくなった。疲れ果てた鈴はそのまま眠ってしまった。

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