表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/26

6:PCの新OS 「ドアーズ10」

 世間が騒がしくなってきた。参議員院選挙がある。テレビやネットは選挙の話題一色になっている。

 今日は政党討論会だった。卓と鈴はテレビを見ながら夕食を食べている。野党の政策発表が一巡し、与党、(全保守党)の番になった。

「今や日本は機械、電気、自動車で圧倒的な地位を占めるに至りました。それに加え、医療、健康、製薬分野を伸ばさなければなりません。他に比べて、健康、製薬分野は特に延び代があります。全保守党としては特にそれを応援いたします。さらにネット社会におきましては、国産新OSの普及を応援したいと思います」

 全保守党の政策担当大臣が力説している。卓が首をかしげた。

「健康、製薬分野に投資を、と政府がいうのはエーアイ製薬を伸ばせという国策じゃないか……一企業に肩入れし過ぎじゃないの? 国としてそれでいいの?」と、言いながら卓はまたエーアイジェイを飲んでいる。

「これはエーアイ製薬製だけど特別だね、たしかにうまいっ、これだけは許す」

「新OSのドアーズ・10も業界が違うようだけど、実は同じエーアイグループ企業なんだよね、こっちは問題大ありだ」卓はOSのバージョンアップに否定的だ。

 選挙報道が終わって、特集番組に変わった。今日は卓が批判したドアーズ・10について討論がある。

「バッチリ、エーアイ製薬のスポンサーが付いているから、きっと提灯(ちょうちん)番組だぜ」卓は不満そうだ。

「でもこの番組には尊敬する山野博士が出るから見よう、彼が何というか」

 鈴が尋ねた。「山野博士って有名なの?」

「ドアーズ・9までは山野博士が中心になって開発したんだ。だから出来がいいだろ、いま使ってるやつ」

 確かに鈴のパソコンのOSはドアーズ・9のままだが問題は少ない。

「こんどのドアーズ・10に彼が関わっているかどうかが今日聞ける。それで確認できたら自分もOSをバージョンアップするつもり」卓はそのまま特集番組を見続けた。

 番組の司会者が解説を始めた。

「新発売のオペレーティングシステム、ドアーズ・10についてお尋ねします。OSといいますとなじみがないと思いますが、皆さんのスマホ、パソコンやタブレットはOS、正確にはオペレーティングシステムというソフトウェアがまず最初に動き出します。毎回最初に出る画面がOSなんです。いま注目されているのは、ドアーズ・9が進化したドアーズ・10です。これに替えると、すべての機能が大幅にアップします。そしてセキュリティーの問題も格段に進歩しています。これについて開発主任である山野博士にご説明をお願いします。山野先生どうぞ」

 司会者に促されて山野博士がマイクを持った。

「こんにちわ、山野です。皆さんにうれしいお知らせをしたいと思います。いま司会の方からご紹介されました新しいOS、……ドアーズ・10といいますが、これに替えることによって新しい機能が、今よりはるかに豊富に、安全に使えるようになります。OSですから表面的にはちょっと起動画面が変わるだけです。でも内容が全然ちがいます。国の援助もありまして、無償でみなさんに配布できるようになりました。バージョンアップ案内を(OK)するだけで、自動的に新OSに交換されます。今、いろんなメディアで案内が届いていると思います。ぜひお試しください」

 見ていた卓がつぶやいた。

「山野先生、ずっとニコニコだったな、ドアーズ・10がよほどうまく出来たということかな? それにしても、山野先生がニコニコしているのを見るのは初めてだよ、よほどうれしいことがあっても、ニコリともしないのが山野先生なんだが、何か違和感あるな……」

 つづいて機能の紹介を始めた山野博士であったが、話しながら急に笑顔が消えてきた。

胸を押さえている。

「いろいろ新機能が……あるんですが……少し問題が」

 山野博士の話すペースがおかしい。それに、それまでと違って、否定的な事を言い始めた。

「鈴、山野先生なんかおかしいぞ、言ってることが違ってきた」卓が首をかしげている。

「基本的に……このOSは……問題があって……」と言ったところで、博士が胸を押さえたままうずくまった。

 いっせいに番組スタッフが駆け寄り、番組は騒然となった。

「おうっ、この番組、(なま)なんだ……」卓が驚いて叫んだ。

 確かに、この番組は選挙報道に便乗して急きょ内容が変更された感がある。

「たいへん申し訳ありません、ちょっとアクシデントがありました。ただいま混乱していますが、もう少しこのままお待ちください」

 司会者があわててマイクを持って画面中央に出てきた。司会者に隠れて、バックで何が起きているのかテレビでは見えない。ただ「ウオーッ、ウオーッ」という先生の叫びと思われる音声が漏れてくる。

 しばらくして、「ただいま調整中です、しばらくお待ちください」というテロップが出たまま番組が完全に中断した。

「なにかの発作みたいだな、アクシデントだ、これはただごとじゃない。山野先生はオレの師匠だ、すぐ行ってみる」

 卓は夕食をほったらかしにして飛び出していった。

 テレビ局は比較的近くにある。急ぐ卓はタクシーを拾った。

「関東テレビ」

「急いでください」

 局から100メートルほどのところで道は大混乱になっていた。目の前を救急車が通過した。すぐ続いてまた救急車、と思ったが、エーアイ製薬の緊急車両だった。

――なんでエーアイ製薬? ――卓は不思議に思った。確かにエーアイ製薬でも赤灯付の緊急車は持っている。だが駆けつけるのが早すぎる。まるで番組中に何かが起こることを知っていたかのようだ。

 ようやく局に着くと、どうやら先生はエーアイ製薬の車で、エーアイ病院に向かったらしい。エーアイ病院はもともと地元の有力病院であったが、最近エーアイ製薬に買収されてエーアイ病院と名前が変わったものだ。

 追いかけてエーアイ病院に行っても、きっと面会謝絶だろうから意味がない。卓は局の外でウロウロしている番組スタッフらしい人に尋ねた。

「先生の様子はどうでした?」

「しばらくうめき声をあげていたんですが、静かになってしまいまして、……おそらく相当悪そうです」

 さらに聞こうとしている卓に、「あなたはどなた? 関係ない人に言うことはありません、帰ってください」と、別のスタッフに強引に割って入られた。確かに卓はこの場では関係者ではない。一人のヤジ馬だ。

「わかりました、帰りますよ」

 卓は仕方なく帰ろうとしたが、どうも違和感がある。さっきの男はなぜか最後にニヤッとした。最初はすごい剣幕だったのに、なぜニヤッとしたのか、あいつこそ何なんだ? 

卓はぶつぶつ言いながら家に帰った。

 家に帰ると、鈴がテレビにくぎ付けになっていた。鈴が尋ねた。

「何か分かった?」

 卓は首を振って「ダメ、行ったのはムダだった、それよりテレビではどうっ?」

「山野先生、亡くなったみたいよ」

「えっ、亡くなった? ……先生が、……本当か?」

「ほら見て……」

 画面はエーアイ病院の入り口を映し、「山野博士死亡」とテロップが出ている。

「考えられない! 先生は太ってないし、つい最近でも血液検査ですべての指標が正常、脳のCTも問題なし、と自慢していたんだぞ」

「これは事件じゃないのか!」

 卓はさっきのエーアイ病院の緊急車両を思い起こした。きっと何かある――エーアイ病院との絡みが。しかし卓はこれ以上考えても仕方がない、と翌日のテレビで見ることにした。

 ところが翌朝、なぜかどの局も昨日の事件を全く報じていない。

「鈴、おかしいと思わないか、今日の報道に昨日の事件が全然出てこない」

 卓はじっと考えた末、無言で会社に向かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ