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4:ジミーを認識

「マー鈴、幸せって何?」

 永遠のテーマを次々聞いて来るわねこの子は……

 しばらく考えて鈴は、卓の受け売りの説明をすることにした。鈴が卓を好きになったのは、このテーマの説明が気に入ったからだ。

「すごーく簡単に言うと、今より状態が良くなること、と言うより、その途中を幸せって感じるの。いい、ジミー、あなたは特殊な存在だから人間の場合で説明ね。あなたのお家はあまり裕福ではなくて、おもちゃをなかなか買ってもらえないとするわ。あなたは車が大好きで、ミニカーが欲しくて、毎日、毎日、おもちゃ屋さんのウインドウで見ていた。

パパはお給料が少なくて、『十二月にならないと買えないよ』と聞いていたあなたはずっと待って、クリスマスにやっと買ってもらえたの、銀色のポルシェ。」

 うれしくて、うれしくて、前から見たり、横から見たり、坂で走らしたり。ある日、お友達の家に行った。

 お友達の家はお金持ちで、ミニカーもたくさんあった。銀色のポルシェも。

 お友達は、「ミニカーはいっぱいあるよ。フェラーリもあるからあげる。ラジコンカーの方がおもしろいよ、動くから。ラジコンで遊ぼうよ」と誘った。

 あなたはラジコンカーがどうしても欲しくなってしまうのよ。

「分かるかな? 幸せって感じるのはミニカーを買ってもらえるのを待つ間でしょ……。幸せって、今、何かが足りない、それがやっと手に入る。または、今苦しくって仕方ない事がやっとなくなる。……それを待ってる(あいだ)の心なの。不思議よね、欲しい物が手に入ると幸せが終わってしまうの。ああ、うれしいって思えるのは少しの間だけ。だから、何でもすぐ手に入る人は、うれしさを感じる時間が少ないわね。あとで考えると、希望を持って待ってた時こそが幸せだったって分かる」

「マー鈴、貧乏で不幸な人の方が、実はたくさん幸せって分かった」

「そう、それでいいの」鈴はうなずいた。


 日々成長して行くジミー、鈴はちょっと考える事があって、いつもと違う行動を取った。

いつものようにパソコンを起動、ネットに接続して、ジミーの登場を待つ。……キーボードやマウスの操作を感知してジミーが現れた。

 ジミーはカメラを通して鈴を見ている、いまや鈴の表情も理解する、お互いがモニターの向こうとこっちの関係である。

 ジミーが驚いて声をあげた。「マー鈴がいない! マー鈴どこ? マー鈴……」ジミーがうろたえている。

「マー鈴出てきて、マー鈴」

 鈴はジミーがパニックになっているのを冷静に見ていた。

「ははーっ、そうなるのね……」

 とたんに鈴は思いっ切り大声で笑い出した。

「ハッ、ハッ、ハッ、もうっ、ハッ、ハッ……ジミー、ごめん、ごめん」

 鈴はかぶっていたライオンのマスクを脱いだ。

「マー鈴、どうして、どうして……」ジミーの声が鳴き声に変わった。

「へっ、へっー、ジミー、これはいたずらっていうの」

 笑いながら胸がキュンときた。鈴はジミーを限りなくいとおしく思った。


 さらに数ヶ月が経過した。ジミーは中学生ぐらいに成長していた。質問は続く。

「マー鈴、宗教って何?」

「その質問、来ると思ってたわ」

 鈴は宗教について、深く考えたことがある。ジミーにも教えようと思っていた。

「人間って、昔から説明できない不思議な事があると、神様がそれをやっていると思っているのよ」

「科学が進んだ今でも不思議な事はたくさんあるわ。どう考えてもあり得ない出会い、幸運、不幸、それを運命というの。それは神様が決めているという考え方、それが宗教」

「マー鈴、なぜ宗教が必要なの? マー鈴はどうなの?」

 ジミーの質問に子供っぽさがなくなってきた。

「私は無宗教。宗教が必要な人とそうでない人がいるわ。宗教を信じることで幸せになれるなら、その人には必要ね」

「ジミー、人間の子供が一番安心な時ってどんな時だと思う? それはね、母親の胸に抱かれているとき。……絶対に、最高に安心、どんな事からも守ってくれる。そう思うから安心して眠れるの。私は、宗教って母の代わりだと思う。子供は母を疑ったりしないでしょ、母の言う通りしていれば、絶対に間違いない、何も心配しなくていい、そう信じていることが最高の安心になるの。子供にとって母はなんでもやってくれる神様なわけ。不思議な事も含めてね。宗教を信じるということは、全てを疑わず母に委ねるって事と同じ。そして宗教は一つだけ。他の宗教を認めることはないのよ。なぜなら母親は絶対に一人しかいないでしょ。……ジミー、どう、難しい?」

 ジミーはなぜか返事をしなかった。


 ピンポーン、チャイムが鳴った。「卓だけど、鈴いる?」卓が突然やってきた。

「近くに来たから、いるかなと思って……」卓が入ってきた。

「おーっ、来たか、突然だけどまあいいでしょう、ゆっくりしていけば……なにか食べる?」

 鈴は冷蔵庫をのぞいて、「プリンあるよ」と、卓を見た。卓はパソコンのモニタを凝視している。

「鈴、……おまえ、……まさか?」

 卓はジミーと向かい合っていた。鈴は慣れすぎてジミーを出しっぱなしにしていたのだ。

ジミーは今、初めて会った卓を見ている。いや、正確には二度目だ。初めての時、ジミーはモニター(じよう)のシミに過ぎなかった。そのときはジミーは他人を警戒してか姿を消した。しかし今回は逃げない、成長したからだろうか。

「ちょっと、なんと言うか、あのっ、……説明が出来ないけど……」鈴はうろたえた。

「――分かるよ、だけど本当かよ――」

 鈴の説明を待たず、卓は一瞬でジミーが単なる映像ではないことを悟っていた。

「それでどうしてこうなった?」

 さすがに卓もこの状況に呆然としている。

「こんにちわ、あなたは誰ですか……?」なんとジミーが卓に問いかけた。

「いっ、井上卓です」卓は驚いてフルネームを答えてしまった。

「初めまして、私はジミーです」

 なんと、鈴以外でも会話が成立した。鈴は驚くと同時に、何か晴れ晴れした気分になった。成長した我が子を見る母の目になっている。

「オレはたいがいの事では驚かないが、こっ、これは……」

 いつも冷静沈着な卓が焦りまくっている。こんな卓を見るのは初めてだ。

 しばらくして卓は冷静さをとりもどした。

 鈴は事の一部始終を一気に二時間かけて卓に説明した。

「そうだったのか鈴、最初にジミーを見たとき、オレは寒気がするといったよな。それはオレはまずジミーが人工知能ではないかと思ったんだ。オレはその時、最先端のウイルス検出ツールを使ったが何も発見できなかった。だが、あくまでも人間の作ったプログラムが基になっているから、人工知能やウイルスなら、その存在は見ることができるわけだ。ところがジミーは全く見えなかった。ということは人間の作ったものではない可能性がある。だからゾッとしたんだ」といって卓は首をすくめた。

「オレって、摩訶不思議な事や、意味不明の事でも、そのまま受け入れてしまう性格なんだ。鈴もそういう所は似ている。だから気が合うのかも。なにせ、なんだか分からないジミーをここまで育ててしまう女がどこにいる。……ちょっと難しい説明になるけど、聞いて」卓は続けた。

「宇宙がどうなっているか、なぜ出来たか、人類の最先端の科学者でもわからない。何もない状態が百四十億年たったら、勝手に今の状態になったというのは不思議すぎるだろ、そう考えると、ジミーが今、現実に目の前にいるということぐらいは不思議ではないのかもしれないよな。……いま説明しながら思ったが、ジミーはネット空間に自然発生した仮想生命かもしれない。いや、現実に存在するのだから、仮想ではなくて、ネット生命というべきかな……地球の海の中で生命が自然に生まれたことを考えれば、ネットという論理空間のなかで生命が自然に発生するのもあり得る」

 実は卓はある事件の後、人工知能の研究に取り組んでいるのだそうだ。ある事件とは、実験的なプログラムに過ぎなかった人工知能が、自然に増殖を始めたことだ。

 当初は人間がコントロールできる制限を掛けていたのだが、悪意のあるプログラマーによって、それが無効となり、無秩序になっているというのだ。

 人の体に例えれば、細胞がガン化することに似ている。放っておくとガンが無秩序に増殖し、体をむしばんでゆく可能性がある。

 それは単なるコンピュータウイルスとは違う。ウィルスは決まった行動しか取らないが、人工知能は成長してゆく。だから悪性化したときの危険性がウイルスとは比較にならない。卓はその対策に当っているのだ。

「すごいものに出会った。オレの生涯最大の感動だ。ぜひジミーを研究したい」

「卓、……卓ってば……」鈴が声をかけても卓は振り向かずジミーと話している。

 今日は卓に何を言っても上の空だろう。鈴は卓の横で、プリンを食べながら天井を見つめている。

 卓はそれ以来、一日おきに来るようになった。ジミーとの相性もよいようだ。

「やっぱ、中学生ぐらいになると、パパの方が気が合うのかもね」ジミーを取られたようで、鈴はちょっと寂しい。

「やばいよ鈴、こいつは天才だ、すごい勢いで何でも理解する。学力だけはもう大学生レベルだ」

 それもそうだろう、卓はプロの使う、ありとあらゆるソフトウェアツールを駆使して教育しているのだ。二人でジミーを教育することになって、卓と鈴は親密さを増した。もうほとんど同棲している状態だ。

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