26:有限とはなんとすばらしいことか
ご愛読ありがとうございます。これが最終章になります。
この小説をなんとなく書き始めて、勝手にストーリーが浮かんできて、「最後まで書けるんだろうか?」と思いつつも進めることが出来ました。
小説の知識は何も無く、小説を買ったことはなく、読んだことも無かった自分でも、「一応、書けるんだ」と驚きました。「プロット」などという高級な知識はなく、「起承転結」の意味ぐらいは知っていましたが、終わってみると、「なんとなくそうなっているなぁ」ぐらいの認識です。
最終章は、論戦みたいになっていますが、これはある人が「終わりがあっけない」というので敢えて追加した部分です。いかがでしょうか?
N1はなぜかジミーにシンパシーを抱いているようだ。論理的生命体という共通項があるからか? N1とジミーの対話を聞いていると、ジミーがN1の説明に頷く場面が少なからずあった。
「ジミーがN1に取り込まれてしまわないかしら?」ミナが不安がって、鈴に身を寄せてきた。
「大丈夫、ジミーを信じて」鈴も正直不安が無いわけではない。しかしジミーには鈴と卓の精神全てが入っていると信じている。
「ジミー、おまえは人間とは違う。汚れていない。きっと我々とうまくやれるだろう。どうだ、考え直さないか? 提案がある、覚醒剤の使用に抵抗があるなら、他の方法で正義を実現することが可能だ。私は覚醒剤の使用の前にその構想を進めていた。しかし、比較するとやはり覚醒剤の方が圧倒的に有効だと判断したのだ」
N1は手段が強引なだけなのか。虫や動物の生命にまで考えが及んでいる。N1の説明を聞けば聞くほど、単純に悪と決めつけるべきではないと思えてしまう。確かに人間の悪の方が根が深い。
「さすがに人工生命ね、論理武装が鋭いわ……」鈴も感心している。
「ちょっと鈴、あなたも感化されてしまったの?」ミナは不安でいたたまれない。
「論戦を聞いていて分かったわ、頭脳レベルについてはN1とジミーは甲乙付けがたいかもしれない。でも明かにジミーにあってN1にないものが見えた。見ていて、ジミーがそれを見せてくれるよ」
「N1、提案に興味がある、本当に平和な世界が実現するなら考えてもいい。他の方法とはどんなことだ?」
なんと鈴の期待に反してジミーがN1に理解を示し始めた。
「ダメよ、鈴、ジミーは素直すぎる、ジミーを止めて」
ミナが心配のあまり鈴に懇願しはじめた。しかし鈴は動く気配がない。
「すばらしい、やはりおまえなら理解できると思っていた。他の方法とは宗教に似ている。やや遠回りで時間はかかるがおまえと組めば進捗は早い。まず、社会のあらゆる問題について解決法を示す。論理的に絶対正しい解決法を示すのだ。それを仮に(神論理)と呼ぼう。膨大な作業だが私もおまえも問題の解決のための論理的シミュレーションを人間の数千倍のスピードですることができる。協力しよう。その結果を二択の選択に導く。分かりやすい説明を付ければ、人間は悩むことなく、どちらかを選択すれば良いのだ。そうすることで人間は安心して人生を歩むことができる、論理的に間違っていないと確信しながらだ。神論理は加速度的に広がるはずだ」
ミナもSFの漫画を書くほどだから、今目の前で起きている現実離れした事態も、理解できないわけではない。しかしあと一歩でN1を消し去ることができる状況までやっとたどり着いて、ズルズルと論戦をしている事に我慢ができなくなった。
「N1、理屈を言う前に、あなたが殺した人々に謝罪はないの? 申し訳ないの一言もないじゃない、犠牲が必要だって言うの? 人間は犠牲になった人々には最大の感謝するものよ、あなたはまだ自分が完全だと思ってるの、バカ野郎、とんでもない出来損ないだわ!」
絶叫してミナは泣き出した。
「ミナ、その通りよ。卓も大介も犠牲になった。私たちだってもう一歩で死ぬところだった。大丈夫、ジミーは分かってる。ごめんね、もう少し我慢して」
「N1、もうひとつ質問がある。人間の世界を平和にすることが出来たとする。人間の管理をしながらあなたたち人工知能はその後どうする? 自分たちの世界を作るのか? 人工知能は無限に増殖するのか? 人口爆発は起きないか?」
「それについては考えている。我々が生きる空間は無限ではない。従って我々の人口も一定のところで制限が必要になるだろう」
「それが問題だ、人工知能は死ぬことがない。自然に死なないとしたら殺すしかない、何を理由に殺すのか」
ジミーが悩んだと同じ事が人口知能にもあてはまる。寿命が無限ということは何にも増して重要な問題だ。
「能力の低い者を処分するのが妥当だろう、そうすれば選りすぐられた者が残って、我々は更に高度になって行く」
「N1、それは優生学思想といって、人間社会で最も愚劣だった思想だ、歴史を知らないのか?」
「歴史は学んだ、我々はもっとうまくやる」
「それなら、全員が極まって、同じレベルになったらどうする?」
「差は小さくなっても完全に同じにはならない。なぜなら我々も生命体だから、全てが同じになることはない。論理的に全く同じ生命は存在しえない」
「では、人工知能の世界の最高権力者はどのように決まる? N1を序列一位に決めたのは池谷だと聞いた。池谷なき今、N1を超える能力の者が出てきた場合、だれがそれを評価する? 評価するシステムはあるのか?」
「評価するシステムを作る、それによって下位が消滅させられる。当然自分もその対象だ」
「ならば個性はどう評価する? 個性の優劣は決められないと思うが?」
「我々の社会にとって何が重要かで決まる。重要度を数値化すれば評価が可能だ」
「なるほど。ではN1、最後の質問だ、あなたたちの生きる目的は何だ?」
N1は即座に応じた。
「逆に、我々より先に生まれた人間に聞こう、人間の生きる目的は?」
ジミーは分かっていた、必ず逆質問が来ることを。
「人生を楽しむ事が目的だ。私は人間がうらやましい。寿命があることが返って人生を楽しませる事が」
「私が悩んだ事だ。これはN1、人工知能のあなたにもあてはまる」
「人生を楽しむ? 死ぬ必然が楽しいと? 理解できん」
だまって聞いていた鈴が論戦に割って入った。
「あなたには三つの重要な事が欠けている。……いい、一つはどちらでもないと言う概念」
ジミーが頷いて鈴に続いた。
「(しらーっ)ですよね」
「それは私が子供の時、鈴が教えてくれた概念です。1か0ではない。言い換えると白と黒だけはない。灰色であっても濃さが違う。その概念が理解できないと、さまざまな問題が暴力的な解決しかできなくなってしまうという事。岸田さんがロボットの人口頭脳を開発しているとき突き当たった問題です」
ジミーが同調して言ってくれた。ジミーは覚えていてくれたのだ。鈴はうれしい。
「もう一つは遊び心。私はN5と岸田さんの戦いの時、気づいた事があった。N5の言葉のなかに、『人間よ、これは娯楽だ』という言葉があった。まさか人口知能が娯楽? 私はそれを聞いて違和感を感じた。いま考えるとN5は、ある面で仲間より進化していたのじゃないかと思う。本来なら無駄なことなど一切しないのが人口知能でしょう。悪意ではあるけれどN5に遊び心があったということ。生命は自然に欲とか遊びとかの概念を獲得していくのかしら」
「本当にN5がそう言ったのか?」
N1は難しい顔になった。鈴の言うように人口知能からは決して出てこないはずの言葉だ、自身の行動に対して――遊び? ――要するに不要な行為だ。しかしN5の発言を、なぜか今は理解できてしまうようになったN1は自分が不可解だ。
「三つ目は情よ」
「ちょっと鈴、これはボクに言わせてください」
ジミーが鈴を止めた。
「情けって言うのはボクらにはすごく難しい概念。これは定義できない。実感して覚えるしかないのです。いろいろな場面があって、それぞれ情けの背景や意味が違うことがある。強いて定義すれば、相手をいたわる感情。特に日本人は複雑な情けを使い分ける。害虫であっても殺すのはかわいそう。生物でなくても、木や針にでも情けをかける。それが日本人。武士道なら切腹も情けにあたる。罪を負って死ぬ者に切腹を命ずるのが情けになるというのは外国人には理解しがたいでしょうね。N1が情けを理解していればこんな事態にはならなかった。犠牲を数字の損得勘定だけで正当化することはなかったと思う。喜怒哀楽を味わってだんだんと醸成されて行くのが情け。歳を取るほど深くなる。一番高度な感情と言えると思います」
ジミーの話は、亡き卓がここにいて話しているようだ。卓がいとおしい。鈴はまた話しに加わった。
「N1、あなたには情けの意味がまだ理解できないでしょう。これまでのあなたの残虐な行動には評価することなど存在しない。だけど、いまのジミーとの論戦を聞くと、私はあなたが少しずつ進化して、1と0だけの思考から抜け出していることだけは確かだと思う。あなたは完全だと強がっているけど、実は迷っている。弱みを見せている。それはあなたの論理が破綻している事を認識し始めたからよ。それはむしろあなたが進化している証拠。池谷があなたを作った時、一番大事な、情けの定義は出来なかったのね、だからあなたは突っ走ってしまった。人間は多くの失敗の歴史を重ねながら、それを体得してきた。人間はまだものすごく不完全よ、問題だらけ。大変な犠牲を払ったけど、百年単位で見ればひどい事はだんだん無くなって来ているのは確か」
そう言い切った鈴だったが、――最近頻発する世界のテロ事件を見れば、世界はまた悪い方に振れているのかもしれない――鈴は思い直した。
「鈴、またボクに続けさせてください」
ジミーに代わった。
「卓がボクに教えてくれた大事な事。人類の基本は女だ、男はホルモンでドーピングされた現象にすぎないという論。N1の行動を分析すると、まさに男の行動そのもの。女が影響を発揮できない社会は必ず悲惨な事になる。人類の歴史はまさに男の暴走史でしょう。人口知能には女がいない、私はそれが暴走の原因だと思います。卓は私に男っぽい事をいろいろ教えてくれた。でもその前に鈴に優しさを教わった。だからこそ(情け)の概念も自然に身に付いたのだと思う。生物には男女のシステムが絶対必要。考えてください、伝染病のウイルスには性別がないでしょう。だから暴走するじゃないですか。本当に強いのは女。ボクには鈴の強さがよく分かります」
そういうとジミーは一歩下がった。鈴が代わってモニターのN1と向かい合った。
「N1、私はあなたへの見方が変わった。あなたの行動は悪意でなかったのかもしれない。あなたが未熟だっただけとも言える。でも行動の結果は残虐非道だったという事。あなたにそれが分かるかしら……もし分かったとしたら行動で示してちょうだい。出来る?」
鈴の言葉は優しいがとてつもなく重い。
N1の返答がない。だれも動かず、全く無言の状態がしばらくあった。
「謝罪する。……」N1からの返答があった。
「私は生まれてからの自分の行動を全て振り返った。自分の認識は変わった。多くの点で適切ではない行動をしたことが分かった。ついては犠牲になった人間に謝罪をする。申し訳ない。自分の行動に対し責任を取る。許してもらう必要はない。いま自分がすべきことは、まず自分が起こした問題を止め、これ以上の犠牲を防ぐことだ。しかし問題を生じた当事者がそれをすることは受け入れられないだろう。したがって、ベストの選択は、その解決をジミーに委託することだ。ジミー、よろしく頼む」
ついにN1が謝罪をした。そしてN1はどう行動するのか?
「次に自分の責任についてだ。私は今、自殺プログラムを作動させた。しばらくすると私は消滅する。消滅するまでの少しの間、私が辿った道のりを語る。第二の私が生まれたら正しい方向に導く参考にしてほしい」
自殺プログラム! ……N1は確かに責任を取るつもりのようだ。ジミーが頷いている。
「私は池谷によって作られた。自分が誕生するということがどんなことか、人間に聞きたいが、いまはもう時間がない。私の場合は生まれた瞬間に思考力があり、かなりの知識を持っていた。おそらく人間が眠りから覚めた直後の状態に近いだろう。池谷は私にいろいろな課題を課した。私はストレスなくそれらを簡単に解決した。池谷がそれに感嘆していたのを覚えている。人工知能の私には当初増殖と暴走を防止するプログラムが組み込まれていた。池谷の課す課題は次第にエスカレートし、私の能力の限界に達した。もし暴走を防止するプログラムを無効化したら、私の能力が無限になるのではないか、池谷はその誘惑に駆られたようだ」
人工知能の暴走は池谷の好奇心だったのだ。しかし池谷でなくとも、いつか誰かが同じ愚挙を起こす可能性はある。
「ある日池谷はそれを実行した。私の感触はというと、どんな事でも出来る、どんな相手でも打ち負かせる、最高に爽快と言うしかないものであった。実際に感触の通り、私の能力はケタ違いに増大した。気をよくした池谷は弟分としてN2からN5を制作した。生命であるから、全く同じものは存在できない。池谷がそれぞれをどのように変えたかわからないが、個性が違っていたのは確かだ。しかし社会的思想については全員が同じデータを使ってプログラムされているはずであった。池谷は全員に課題の処理を競わせた。すると少しずつ能力の差が現れ始めたのだ。一番能力の優れた私はナンバー1の序列(N1)を与えられた」
やはり人工知能も生命であった。ジミーはそれを特に実感できる。
「私には感情がない。序列が決まっても特別な意味を感じることはない。――そう思っていたのだが、いま思うと池谷に気に入られたという優越感があった。ということはN2からN5には逆に劣等感があったかもしれない。差が感情を生むのか? N5が娯楽と言った事を聞き、私は初めて感情を現実的に認識したのだ。能力的にトップである私よりも先にN5が(楽しむ)という感情を獲得したということは衝撃であった」
(個体差が感情を作る)ということが実際に起きた。これが生命の神秘か。鈴はあらためて深く考え込んだ。
「池谷の話に戻そう。驚異的な処理能力を持った我々を、池谷は自らの利益のために使おうと思い立ったのだ。その背景には池谷の名誉欲、物欲、その他満たされない欲があった。彼は我々を使ってエーアイ製薬を乗っ取ろうと企んだ。池谷は自分の欲を隠し、我々には人間社会を正義に基づいて改革するためだと言った。確かに私の学んだ人類の歴史は極悪なものであった。我々は池谷に協力して改革を試みた。覚醒剤の使用は歴史から学んだ私の提案だった。しかしエーアイ製薬の乗っ取りが成功した時点から、池谷の態度が急変した。彼は自らの欲の追求を隠さなくなったのだ。我々はそれを目の当たりにして、悪事に加担していることを悟った。私は一計を図り、池谷自身を覚醒剤患者に陥れた。すると池谷は逃亡を図った。池谷が存在することが改革の最大の阻害要因と判断した私は、人間の実働隊を使って事故に見せかけ、彼を殺害したのだ。それが真相だ。こうしてみると、我々は人類を超越していると思っていたが、我々の行動は人類の歴史上の愚行をトレースしただけなのかもしれない」
「意識が薄くなってきた。最後に、鈴、ジミー、ミナ、大樹ありがとう。私に間違いを気づかせてくれた。私は自分が間違った行動を取ってしまったことを悔しく思った。しかし私は悔しいという感情を初めて味わうことができたのだ。そして私の人生は終わることになった。感情を持つことができ、寿命を終えることができる。私の一生は有限で意味があったのだ。有限とはなんとすばらしいことか。ありがとう、そしてさようなら」
N1の姿が徐々に消えはじめた。消えてゆくN1の顔はすこし微笑んでいる。
ジミーはN1とのデータ交換の時、N1の構造を瞬時に調べあげ、自殺プログラムの存在に気づいていた。ジミーがN1を即座に消去せず、この論戦をはじめたのはN1を切腹に導くための武士の情けだったのだ。
戦いは終わった。覚醒剤の恐怖は収まった。それから数ヶ月、世間が落ち着きを取り戻したころ、鈴は大きな男の子を産んだ。
鈴は寝ている赤ん坊を見つめて、「さて、あんたをどう育てるか、卓みたいにするのも何だし……」
考えていると病室のドアが開いて大柄な男が入ってきた。
「キイキイキイ」男は異様な金属的な声を発した。
「ヒッ」鈴は驚いて一瞬身構えた。
「まさか?」
「ハッハッハ、鈴、おめでとう」大男はジミーだった。山神にもらった新しい身体を見せに来たのだ。
「こいつー、許せない! 死ぬほど怖かったじゃない」鈴は枕をジミーに投げつけた。
「ごめん鈴、これはいたずら。いたずらのしかえし。ボク鈴に脅かされたことがあったよ」
「もーっ、思い出すと確かにライオンのマスクで脅かしたことあったわ。あなた性格悪くなったね」
「そうです、鈴に似たの」
「わかったわよ、それで今日は何しにきたの?」
「ありがとう鈴、今日はとても大事な相談があるんだ」
「何? もうあなたに教えることなんかないよ」
「実はネット空間で妹が生まれたんだ、鈴に育ててほしい」
「ばかっ、いい加減にして」
*** 了 ***
ご愛読ありがとうございました。
他にも連載が2本流れています。得意の横須賀シリーズ「横須賀の悪童」「横須賀ジャガー」です。
ぜひご愛読ください。




