20:ジミーの復活
鈴のマンションに帰ると、鈴は自分のパソコンを起動し、大介のパソコンから行進曲のデータをコピーした」
「ミナさん、大樹くん、もう私たちに戦士はいないわ、やっぱり戦うためには大人の男の人がどうしても必要。いまから最後の望みをやってみる、ジミーを呼んでみる。きっとうまく行くと思う。卓、岸田さん、大介……応援してちょうだい」
鈴は祈りながら行進曲をかけた。パソコンのマイクの感度を最大にした。
「♪タタタタ、ターターターター、タタタタ……♪」
威勢のいい行進曲が鳴り響いている。
「この状態でパスワードを入れてみる……」
全員が固唾を飲んでパソコンの反応を見守った。
「いい、……たしか武士道だから、語呂合わせで2、4、1、0のはずよ。2、4、1、0、どうっ? お願い、ジミー……」
モニターの表示が一瞬で変わった、何かカラフルな不思議な模様が全面に表示されたがジミーの姿はない。どうみてもモニターの故障としか見えない。
「ああっ……ダメ、ジミーは出てこない。もう望みはない……」
ついに最後の望みも絶たれた。
鈴は卓の後を追うことを考え始めた。おなかをさすって、子供にお詫びをしなければ……
「人がいる!」突然、大樹が叫んだ。大樹はモニターを凝視している。
「えっ、」鈴はモニターを見直したが、さっきと変わらない。
「なにもないじゃない……」鈴の言葉を大樹がさえぎった。
「鈴さん、じっと見ていると見えてくるよ、人が浮いてる」
「えーっ、見えないよ」
「鈴、私も見える」ミナが叫んだ。
そんなことが……鈴はもういちど、じっとモニタを凝視した。ずっと見ていると確かに見えてきた、人の顔が浮いて見える。
「ジミー、ジミーね……」
少し印象が変わったがジミーに間違いない。
「鈴、わかりましたか、ボクはジミーです。何があったのですか?」
鈴は、あまりの驚きに震えが止まらない。
「ボクは今、ステレオグラムで3D画像になっているでしょ」
ジミーがモニターの外にいる、いや、虚像であるのは明らかだが、ジミーがモニターの外に立体的に見えるのだ。
「鈴、これって3D画像の一種だと思う、目の錯覚を利用して2Dの絵を3Dに見せる技術よ」
ミナが(ステレオグラム)を説明した。
「鈴、しばらくです。ボクは卓と、男の約束をしました。もし鈴に何か大変な事が起きたら、そして卓にも何かが起きて、鈴を救えない事態になったら、卓に代わって鈴を守れ、という約束です」
「卓にも何か起きましたか?」
「卓……あなたって人は……うれしい、ありがとう卓……卓、ウー……」
鈴はあたり構わず泣き出した。
鈴が少しおちついたのを見計らって、ジミーが言葉を続けた。
「卓がここにいないということは、卓は生きていないのですか?」
「ジミー、その通りよ、卓は戦って死んだの……」
「卓が……卓はだれと戦ったのですか? 卓はボクの父と同じです、ボクは初めて怒りを実感しました。相手が憎い。憎いの意味も今、分かりました」
「鈴、ボクに何が出来ますか? すぐ言ってください」
鈴は亡くなった三人の記録メモリを大切に持っていた。
「ジミーあなたならこの膨大なメモリーを解読できるはずよ。最初のはソフトウェア研究所の社長、次は卓、そして岸田さん……」
鈴はメモリをパソコンにセットした。
ジミーはメモリをものすごい速度で読みだした。わずか十秒で、ジミーが、かっと目を見開いた。
「事情は全部分かりました、いま対応を考えています……」
ジミーはメモリーから、研究所の社長の残したエーアイ製薬と人工知能との関係、天才プログラマー岸田の背景、卓の残した資料など、全てを一瞬で吸収した。
「だいたい決まりました、皆さんにいくつかお願いがあります。その前に私の分析をご説明します。人工知能の本部はエーアイ製薬です。現在一気に人間を奴隷化するため、エーアイ・Bのドリンクを準備しています。発売はもうすぐです。すでにエーアイジェイ・ドリンクが爆発的に売れているため、覚醒剤のキャリアは日本人の約50%です。エーアイ・Bを飲んだ人は、体内の覚醒剤マイクロカプセルが溶け出し、中毒症状になってしまいます。そうなってしまったら、抜けるのは非常に困難です、その前に手を打たなければなりません。それと新OSのドアーズ・10、これの広がりを止めなければなりません。これは人工知能が効率よく人間を支配するための命令装置です。特にスマホを通じて人間を支配することを狙っています。次に人工知能ですが、岸田さんが戦って幹部のN4、N5を倒しましたが、この二人は低級幹部に過ぎません。N3、N2は非常に強力と思われます、そしてボスのN1は、どうもスーパーコンピュターに寄生しているようです」
鈴が待ちきれず質問した。
「ジミー、情報は正確ね。卓から聞いた通りよ、あなたの力で対抗できそう?」
「ボクは隠れている間も進化しています、自分で勉強をしていました。だから以前よりずっと強くなっていると思います。それと今、亡くなった三人に情報をもらいました。そのおかげで有効な戦略が立てられます。特に卓と岸田さんからは戦うノウハウと心をいただきました。ボクの心には彼らが入っています。ただ、連中に勝てるかどうかは、正直分かりません。今のところボクは彼らから見えません、人間の作ったものではないからです。それが強みです」
「ジミー、お願いって?」
「ボクは皆さんから見たら仮想生命です、自分ではそちらの世界で何かをすることができません。その点は人工知能も同じです。彼らは人間を操る方法を発見したのです。ボクが戦略を立てても、それを実行する方法がなければ彼らに対抗することができません。そこで、ロボットを使います」
「ロボット? ……どこにあるの?」
もう残っているのは鈴とミナ、それに大樹の三人だけだ、ジミーの言うロボットとは何だろう、どこにあるのか、どうやってそれを手に入れるのだろうか、期待はあるが本当に実現できるのか、鈴には見当がつかない。
「岸田さんのメモリを解読しました。それには大変な事が記録されていました。岸田さんは子供を無くしました。その悲しさを紛らわすために彼はロボットを作ることを思いついたのです。そして彼はそれを、彼がじじいと呼ぶ人に頼んだのです。じじいはそのころ有名なロボット工学博士になっていました。彼がロボット本体を作り、岸田さんは人工頭脳を担当し、彼のプログラム能力の全てをかけて開発しました。しかし完成に至らなかったのです。そうするうちに、じじいはスキャンダルに巻き込まれて研究所を追われました。岸田さんとじじいはそういう関係だったのです。じじいのところにはロボットがあります。実際に接続してみないと分かりませんが、岸田さんの力量からすると、相当高度なロボットだと思います。おそらくボクはそれを自分の分身として使えるでしょう。ボクは初めて人間のために役に立てる。すごくワクワクしています」
鈴はすぐ行動に移した。「ジミー、じじいの所へ行こう」
大介に聞いていた秋葉原の店はすぐ見つかった。なにか雰囲気の悪い店だ。だが肝心のじじいがいない。
雑然と電気部品が置いてある店に、張り紙があった。
(ちょっと所要があり、三十分で戻ります。ご用の方はしばらくお待ちください)
鈴たちはジリジリしてじじいを待った。三十分たってもじじいは戻ってこない。店は開けっ放しで、客は全然来ない。本当に商売をしているのか、こんないい加減な店の主人がロボット工学博士? 鈴はちょっと信じられない。
鈴は待ちきれず近くの、やはり電気部品が山積みになっている店に尋ねた。
「あのう、あそこの店のご主人を待っているんですが、いつごろでしたら帰られるでしょうか?」
「ああ、山神さん……食事だよ、もう帰ってくるよ」
「山神さんって言うんですか」
「そおっ、山神研究所、あれでも一応研究所」
「すみません、山神さんってどんな人ですか?」
「あなたはどんな関係、ただの客? ……」
「亡くなった主人が、お世話になりました」
ミナが口をはさんだ。
「そうっ、関係者ね……じゃあ教えてやるよ、はっきり言って天才! それもとんでもない天才。……ここは秋葉原だよ、秋葉原がどんな所か知ってる? ちょっと前はパソコンの町、いまはメイドカフェとか、一種の風俗の店みたいなのが増えやがって、情けないよ。昔はね、ここは弱電の聖地だった。弱電って分かる?、ラジオとか無線機とか電子回路がある物のこと。町中、電子部品の店だらけで、子供たち――小中学生がだよ、電子回路図を持ってトランジスタや抵抗器を買いに来たものさ、みんな熱心でかわいかった。そういう子が成長して、メーカーの指導者になって、今の日本の技術を支えているんだ」
そういって店主はふっと一息ついた。
「この辺で電子部品の店をやっている人は見た目は悪いが、みんな超一流の技術者なんだ。その中でもあの人は別格、レベルの低い普通の客は相手にするのが面倒なんだって。だから、全然客が来ないだろ、あそこは天才しか来ない店なんだよ」
「あっ、帰ってきたよ」
鈴が振り向くと、白髪のガリガリに痩せた老人がぶらぶら歩いて帰ってきた。
「何ですか?」じじいは、ようじを咥えながら鈴に尋ねた。
「以前に大介さんがお世話になったはずなんですが」
「ん、大介? ……だれだったかな……思い出せない」
「岸田さんは?」
「岸田……あの岸田か?」
岸田と聞いて、じじいの反応が変わった。
「岸田はどうなった、勝負は!」
じじいが鈴の腕をつかんでどなった。
「岸田さんは亡くなりました」
「エっ、相手はだれだ、岸田に勝ったやつは」
「ロボットの事で……」
鈴はあえてロボットの話を持ち出した。とたんにじじいの顔色が変わった。
「なぜロボットのことを知っている、岸田に聞いたのか? いや、岸田が言うはずが無い……」
「ここじゃなんだ、奥へどうぞ」じじいは、皆を店の奥へ誘った。
「最近、絶命基盤を渡した、岸田がなにか大きな勝負をすると、実は心配していたんだが、死んだか……それでロボットに何か用か? このことを知っている者はいない。オレと岸田だけの話だ。岸田が話したということは相当な理由があるはずだ」
鈴は人工知能のこと、岸田との戦いについて手短に話した。
「とても信じられる事では無いですが、事実なんです。これを見れば分かります」
鈴はおもむろにパソコンを起動した。……ジミーが出てきた。鈴はじじいが驚くと思っていたが、じじいは微動だにせず画面に見入っている。
じじいは急に笑い出した。
「はっ、はっ、はっ、実に愉快だ、現実に存在するとは、はっ、はっ、はっ」
じじいは笑い終えると、急に別人のように引き締まった顔になり、小声で鈴につぶやいた。
「詳しいことはいい、私はあなたがたに全面的に協力する。これから研究所に行きましょう」じじいは急いで店を締め、皆で研究所に向かった。




