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2:男と女

 今日もイラストギヤでデザインの続きだ。いつものように時々ジミーをいじっている。

「ジミー、今日はやたらとムズムズ動くわね、あなた構って欲しいのね」

「だめっー、今日は忙しいの!」いちいち図形を作って隠すのが面倒なので、鈴はカエルの絵でジミーに蓋をした。一日中ペタペタと。

「今日はごめんね、またあしたね」

 新しい仕事は追い込んで何とか出来上がった。作業ファイルを会社にメールで転送して終了だ。土曜日は仕事が空いているので、自分の部屋の模様替えをシミュレーションしようと、イラストギヤを立ち上げた。

「あれっ? カエルがいる。……ん、……これってもしかしてジミー?」

「――やっぱり」

 シミのようだったジミーがカエルになった。

「すごーい、あなたカエルの絵を取り込んじゃったわけ? いいよ、いいよ可愛いから」

 鈴はデザインが行き詰まった時、息抜きにジミーと遊ぶ。今日はちょっと思うことがある。

 ジミーは私がパソコンを使う何らかの動作で、私を認識しているに違いない。それはキー操作だろうか――いや違う、キーの操作は単なるスイッチのオン、オフに過ぎない。私を認識するには連続したアナログ的な動作でないといけないはずだ。鈴は考えた。

「分かった、マウスねっ!」マウスは動かし方で特徴が出るわ。鈴はアイデアを練る時に、画面の端でマウスをぐるぐる回すクセがあったのだ。そういえば最初にジミーが出てきたのは、慣れないイラストギヤを使い始めて、いらいらして、マウスを盛んにグルグル回したときだった。きっとそれで私を認識しているんだ……それならば違うアクションをすることで、単純な意思の疎通も可能かもしれない……というより積極的に教え込むんだ……鈴の好奇心が燃え上がった。

 鈴にはジミーがやはり一種の生命のようなものであると感じる。難しいことは卓に聞かないとわからない。いや聞いても分からないだろう。少なくともジミーはウイルスではない。では、卓がほのめかした人工知能だろうか?

 卓は以前、生命のように振る舞うプログラムがあると言っていた。論理的な存在でしかないプログラムが、増殖したり、他を攻撃したり、まるで生物のような行動をするのだという。人工知能が進化すると生命体のようになるらしい。

 しかし鈴はジミーの正体が何かということは、もう、どうでもよい。育ててみたくなったのだ。鈴は今、動物を育てる、いきものがかり(生き物係り)だ。


 鈴はジミーに対して、いろいろなアクションを行ってみた。マウスクリックのタイミングに合わせてマイクで呼びかけ、まず鈴がジミーに声をかけている事を理解させることが第一歩だ。人間ならば、赤ん坊のほっぺをちょんと押して、「ジミーッ」と呼びかけるようなこと。それを繰り返した。

 すると、カエルのジミーが鈴の呼びかけに「ぴくっ」と動くように見える。最初は期待がそう見せているのかと思ったが、反応は次第に明確になってきた。赤ん坊は名前を呼ぶと、こっちを向くようになったのだ。――もう鈴は真剣だ。

「えーと、次は赤ん坊に何を教えるの? 私は母親の経験ないんだよね」

 鈴はジミーが登場した最初のころのアクションを思い起こした。ただのシミだったジミーに布団(色)をかぶせると、いやがってはみ出てきた。ということは、(布団をかぶせる)は、いやなこと。(布団を剥ぐ)は、ジミーにとって爽快なことにちがいない。

 それならば簡単だ、赤ん坊に向けて言う、(いい子だねー)、(ダメー)の意味を布団の状態で伝えることができる。忙しい時は、(ダメー)と布団をかぶせる。

 マイクを使ったことは正解だった。音量と言い方で、(いい子だねー)、(ダメー)の情報の強度を伝えることが出来るようになったからだ。つまり、ほめられている、しかられている、それがどのくらい――までが伝わる。これって三ヶ月~四ヶ月の赤ん坊ぐらいの知識レベルだろうか? しかしここまで来るのに、ジミーはたった一週間だ。

 鈴は文字通り布団の絵を作った。その布団をかぶせたカエルのジミーに、少したってから、パッと布団を取って反応を見た。

「よかったねーっ、いないいないバー、だ……」うれしいのかジミーがピクピク反応する。「ハッハッハ」鈴は思わず笑ってしまった。もういちど、パッ、「ハッハッハッ」鈴はジミーの反応が可愛くてしかたがない。

「ジミー、おりこうさん」鈴はもう完全に赤ん坊をあやす母親の気分になっていた。


 翌朝、鈴はカエルの顔を二種類用意した。笑っている顔、しかられて、しょげている顔だ。昨日までのジミーの反応に、顔の違いを連携させてみようというアイデアだ。ジミーは意外にすんなり理解した。しかられるとしょげている顔に変わる――可愛い!

 やったー、ジミーが感情を持ったみたい。

 ここまで来て鈴は、大事な事に気がついた。(いい子だねー)、(ダメー)だけでは人間の感情は表せない。(どちらでもない)も必要だ。鈴的てきな言い方だと(いい、ダメー、しらーっ)ということになる。

 分からない、どちらでもないには、首をかしげた絵、(しらーっ)を使う事にした。それを覚えたジミーの反応がすごく人間的になってきた。

 (しらーっ)は、1か0(ゼロ)のコンピュータではありえない。これこそが生命である証だ。鈴はうれしかった――こうなったら、徹底的に教育してあげる。

 次に鈴は子供の行動を思い浮かべてみた。親の(声かけ)に反応するようになった子供は、次にはどんな行動をするのだろう? 

 そう――質問ね――子供は「これなに?」とか、「なんで?」を連発するわ。いままで教えるだけの一方通行だった会話が、成長すると子供の方から質問してくるようになるのよね。どうすればそうなるのかしら? 鈴は悩んだ。

 わかったわ、(しらーっ)のタイミングで教えればいいんだ。初めて接する情報には、ジミーは分からないから首をかしげて(しらーっ)しか返せないはずだ。そのタイミングに「なに?」という言葉をかけてやる。それを繰り返すと、わからない言葉には必ず「なに?」と返答するようになるはずだ。

 その「なに?」に対して、即座に答えの音声を伝えれば、それが何か覚えるようになる。何も答えなければ、(しらーっ)のままだ。

 この一連の動作を進化させてゆけば、簡単な会話につながるかもしれない。うまくゆくかな? ――鈴はちょっと心配だ。

 身近にコーヒーカップがあった。鈴はコーヒーカップの絵をソフトウェアで作ってモニター上に置く。まず、ジミーをクリック、するといつものように、ピクッと反応。間を置かず、コーヒーカップをクリック。ジミーは分からないので「しらーっ」と無反応状態。同時に「なに?」と、音声を入れる。

 鈴は絵をいろいろ変えて根気よく同じ動作を繰り返した。

 そろそろ『なに?』って返してくれないかな……八回目、九回目……

 ついに十回目に来た! 「なに……?」ってジミーの返答だ。

「やったー、ジミーが返事した! 」鈴は狂喜した。

 ジミーは、分からないと「なに……?」と返すようになった。即座に「コーヒーカップ」と答えればその名前を認識するようだ。


 ここまで来るとジミーの知識は加速度的に増大するようになった。鈴は得意のグラフィックソフトも大いに利用した。画像と言葉を一致させるためだ。画像、言葉、文字を教えるのに鈴はグラフィックソフトのマクロ機能を利用した。ものすごい量のデータを、夜のうちにジミーに、ソフトウェアが自動的に働きかけて認識させることが出来るからだ。するとジミーは何と、一晩で辞書一冊をまるまる記憶してしまった。

「あなたすごーい、天才ね」鈴は驚いた。

 しかしデータをいくら覚えても、文章の意味を理解させるには地道な教育が必要だった。

子供を教育するのだから根気がいるわ――でも世の母親は皆やっていることだし、私にもできるはず――鈴は仕事そっちのけでジミーの教育にはまり込んだ。

 教育を始めて一ヶ月、ジミーは、ある程度文章を理解し、片言ではあるが会話が成り立つようになっていた。

 一歳半の子供ぐらいね――ところであなたは女の子? 男の子? どっちなの? もし女の子だったら、女の名前に変えなきゃね。しかし、どうも今までの感触としては、ジミーは男の子のような気がする。論理的生命体に性別という概念が必要か? という理屈ではなく、鈴はどうしてもそれを明確にしたかった。

 鈴はおじいさんの話を思い出した。鈴のおじいさんが子供の頃、伝書バトを飼っていたそうだ。そのころはハトを飼うのがブームで、おじいさんも四羽飼っていた。

 そのうち二羽は、つがいで、ヒナが孵った。ヒナは半年ぐらいで羽が生えそろい、若い成鳥になる。ハトは若いうちは雌雄に外観の差がなく、専門家でないと判別が難しいそうだ。

 おじいさんの友達は、「この子は雌だよ。その証拠に他の雄がしきりにちょっかいを出しているだろ」と言った。確かに、逃げ回る行動が雌っぽかった。だからおじいさんも雌と思って、ハルコと名前をつけたのだった。

 ところが一年たったころ、おじいさんは雌のハトを一羽買い増ししたそうだ。するとハルコは急にその雌を追いかけ、雄の行動を始めたという。ハルコは雄だったのだ――成長して初めて雄っぽくなるってことか。動物なら生まれる時に性は決まっているから、いつかそれが出てくる。でもジミーの場合、私が男として育てれば男に、女なら女になるって事かもしれない……だったらそろそろどちらかにしないと育て甲斐がないわね、どうしようか……。

 鈴は卓に聞いてみることにした。卓はこういった話に一家言持っている。理屈っぽいが、鈴が思いもしない考えが聞けるかもしれない。さっそく卓に電話をした。

「卓、悪いけど突然変な事聞いていい?」

「ハハッ、あなたはいつもそう来るから別に驚かないよ、なんでもどうぞ……」

「ヘヘッ、ごめん、あのね、性別ってなんのためにあると思う?」

「えーと、それって、性欲の話じゃなくて、生物学上の性別の話だよね?」

「そうよ、あなたの性欲の話はいいから、生物学の方!」

「もーっ、」鈴は怒って机をたたいた。

「わかった、ちょっと長くなるよ」卓は急に話っぷりがまじめになった。

「いい、まず話を単純にするため、人間の場合ね。……人類の基本は女だ、男はホルモンでドーピングされた存在に過ぎないのさ。単に増えるだけなら、男は少なくてもいいわけだ、分かるよね。それがほぼ同数いるってことは、理由がある」

 へえっー? (人類の基本は女)なんて卓が言うと思わなかった。鈴はちょっと思いがけない卓の話に興味がわいた。卓の話は続く。

「それぞれの役割を考えてみよう。まず男は何をしているか。戦争で戦うのは男だ。だが戦争がないときはどうだろう。身の回りを見てごらん、家、道、橋、ビル、自動車、飛行機。作っているのは男だ。男の能力はすごいだろ……ドーピングされた結果だ。それに対し、女は子供、家庭を維持しなければならない。だから常に保守的で危険を避ける。外敵に対して、男は女を守らなければならない。だから何にでも興味を持ち、能力を高めることが必要だ。その結果が高い創造性に繋がるわけだ」

「ちょっと待って、それが高じて、争い、つまり戦争になったりしたら結果的に守れないじゃない」鈴はムッとして口を挟んだ。

「違うんだ、それは守られる側、つまり女の認識不足。女は何もせず、おとなしくしてさえいれば争いに巻き込まれないと思ってる。例えばミツバチ。スズメバチが襲ってくることが良くある。雄のミツバチは全力で反撃するが、ほとんど全滅させられると言われてる。人間の世界でも、一方的な侵略は歴史上いくらでもある話さ。守る男と、守られる女がペアになって意味があるシステムになるのさ。守る物がなかったら、男はリスクのある行動をする必要がなくなる。ということは創造性も無くなるわけだ。女がいるから男の存在する意味が出てくる。戦争があったら、男は爆弾を持って突っ込むのさ、女を守るために。大半の男が死んでも、少しだけ残っていれば子孫を残すことは可能だ」

 鈴は尋ねた。

「あなたは特攻する?」

 卓が答えた。

「する……」

「……わかった、理屈では卓の言う通りと思う。ありがと、また教えて」鈴は電話を切ろうとした。

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