18:N5からN4
「エーアイ製薬のアドレスに正面から入ってやる。遠回りしても時間がかかるだけだ」
岸田は選択画面や画面上の入力ボックスを弾き飛ばすようなスピードで突破していった。エラーや警告が出る間も与えない。
突然画面が真っ暗になり、中央に小さく人の顔のようなものがぽつんと見える。
「出たな! ……」
岸田の肩に力が入っているのが皆にも分かる。人の顔は徐々に大きくなってきた。目が細く、のっぺりとした、無表情の顔だ。しかし顔の輪郭の中は無数の細かい文字や数字がまるで血液の川ように顔中を流れている。顔はぐらぐら動いている、たしかにそれは生きている。なんとも不気味な顔、これが人工知能の正体か。
顔は正面を向いて止まった。目をさらに細くしてこちらをにらんでいる。目はギラギラしているが冷たい目だ。
「よくここまで来たな、ほめてやる、人間よ」
顔は言葉を発した。音が割れて金属的な、金属をこすり合わせるようなギシギシした音だ。
「おまえが我々と勝負をするだと? 笑わせるな。少しだけハンディをやろう。我々は基より形はない、おまえが対戦ゲームをやるように、オレは人間の形の動画に代わる。おまえはそれと戦えばいい、戦い易くしてやる」
その言葉が終わる前に岸田が口をはさんだ、「戦いには条件がある」
「なんだ、言って見ろ」
「オレが勝ったら、おまえらを全滅させずに生かしてやってもいい、ただし全ての覚醒剤を無効化しろ」岸田は条件を突きつけた。
「フフっ、バカな、大笑いだ。オレは我々の序列ナンバー5だ、おまえの実力などオレの足元にも及ばん、条件など聞かん。この戦い、おまえらは戦いと言うが、オレには遊びだ、ただの娯楽に過ぎん。おまえが命を掛けている事だけは評価してやろう、面白いからな。もうひとつ、おまえらは我々を、(悪)と定義しているだろう、おまえらの(正義)などバカげた発想だ、偽善そのものだ。我々の世界を作り上げる事、それだけが正義だ」
パッと画面が変わった。男が小さく写っている、それはだんだん大きくなってきた。 なんと画面の男は岸田と同じように絶命装置をつけているようだ。
人工知能が言葉を発した。
「おまえも同じようにベルトを全身に着けろ」
岸田は言われるままに手にも足にも胴にもベルトを巻いた。
「これで文句ないだろう」
「よろしい、戦闘開始だ」人工知能の声質が変わった。モニターの人物がだんだん大きくなってきた。
「卓! 」鈴が悲鳴を上げた。
「卓、なんであなたが! 」鈴は画面を凝視して動けない。
「鈴、卓の情報は連中に知れている、これはCGだ、卓の姿を持ち出してこちらの戦意を削ぐ計略だ、気にするな! 」
岸田が叫んだ、しかし鈴はもう震えながら大粒の涙が、はたはたと落ちている。モニタ上の卓は、捕らえられて絶命ベルトを全身に着けられ、苦しんでいるように見える。
「汚いヤツらだ、我々の情はヤツらにとっては利用できる戦いのツールでしかない」
「岸田さん、卓に攻撃するんですか?」
鈴は泣き声で岸田に尋ねた。
最愛の人がCGとはいえ向こう側にいる、それに攻撃を加え、当たれば苦しむということを見ていられるだろうか、しかも攻撃しなければ、卓から反撃をされる、こんな発想はヤツらにしか出来ない。
「鈴、外に出れば……」大介が鈴を連れて表に出た。鈴が耐えられるはずがない。
戦いは始まった。
いきなり卓が攻撃を加えてきた。岸田の防御プログラムが一つ消えた。
「強いっ、このプログラムは三重のプロテクトがしてある、それを一撃で破るとは」
岸田はN5(ナンバー5)の攻撃に衝撃を受けた。
「よし、いまの攻撃でヤツの本体が見えた」
画面に岸田が検出した人工知能の構造が一瞬出た、人体の骨のレントゲン写真のように見える。
「これとこれが攻撃する手足のようなプログラムだ、ここが本体、まず腕を壊す」
岸田は腕を特定すると攻撃プログラムを次々に撃っていった。
「ウワーっ」画面上の卓の腕から煙が上がっている。
卓の顔がアップになった、苦しさに顔がゆがんでいる。
突然アップになった卓の顔に一瞬岸田がひるんだ、その瞬間、「ウワっ」岸田が声を上げた。
岸田が脂汗を浮かべている、岸田の右腕のベルトのあたりから少し煙が出て、肉の焼ける匂いがしている。
「クっ、相打ちか。こんどは両足同時だ」
岸田は左手と両足を同時に使って入力装置を操作している。
「ワーっ」モニタの卓がガクっと前かがみになった。
「一度に来るとは予想できなかっただろうN5!」
卓からも同時に二本攻撃があったが、岸田は防御プログラムを使って防いだ。その瞬間モニター画面が一瞬、目をつぶるほど明るく輝いた。
「ウっ、片足をやられた、ちくしょう」
岸田の左足がガタガタ震えている。
「くそっ、目くらましをやりやがった、油断した。なに、いままでのはヤツらの出方を探っていたんだ、あと一発で消してやる」
岸田は左手、右足、そしてダメージを受けている右手を無理に使って強力な一撃を撃った。
今度も二面攻撃だった、相手の左手と頭を狙った。
N5もそれを予想していたように、防御プログラムがぎりぎりのところでそれらを弾いた。
画面上の卓が反撃のため、一瞬こちらをにらんだ、その刹那、遅れて届いた第三波の攻撃プログラムが頭に炸裂した。
画面の卓は一瞬全てが灰色になって、しぼんでいった。
「勝った、これがじじいの息子を殺してしまった攻撃だ、じじい、やったぞ、息子の死が悪党退治に応用できた……」
「はあ、はあっ」岸田は苦しそうだ。
大介が鈴を連れて入ってきた。
「終わったよ、一人消してやった。なんでもいいから、冷やしてくれ、オレの手足はまだ動く」
鈴が岸田の火傷を手当した。
モニタの画面はメチャクチャな表示になっている。人工知能はN5の敗北がまだ理解できないようだ。
それでもしばらくすると画面がモノトーンになってきた。岸田以下全員がかたずをのんで画面を見守っている。一瞬画面は真っ暗になった。
「N4のお出ましか、どんなやつだ」岸田は多少余裕を見せている。
顔らしき物がぐらぐら揺れながら出てきた。だんだんピントが合ってくる。
N5よりも戦闘的な顔だ、目つきが鋭い。
「人間を甘く見ていたようだな、おまえはソフトウェア研究所のクズどもとは違うな、評価してやる。だが、おまえなら分かるな、もうおまえの戦略は完全にインプットされた、おまえの過去も調べた、おまえに勝ち目は完全にない。ただおまえは少なくともN5を破った、それに敬意を示してオレが戦ってやる、そしてお前を人間のクズの記録の最上段には飾ってやるよ」
言い終わるとN4の顔が消え、卓の時のように人間らしきものが真っ暗な画面の奥に写り始めた。
それはだんだん大きくなってくる。
「一樹! ……なんで一樹が! 」岸田は狼狽した。
「ハハハッ、おまえの息子を探し出した。自殺したおまえの息子だ、自分の息子と戦えるか?」
岸田がこれほど狼狽するとは。大介たちは、岸田からまだ聞いてはいないが、相当に深刻な過去があったことを推し量った。
人間の情を戦いの道具にする、こんなヤツらに負けるものか、大介たちはあらためて怒りに震えた。
「ワーッ」全てを振り払うように岸田が全身で攻撃を開始した。まずはさっきの三重攻撃だ、両手と頭を狙った、岸田としては考える間もなく一瞬で全てを消してしまいたい、その心情は鈴には痛いほど分かる。
攻撃は敵のガードを打ち破って、狙い通りヒットしたように見えた。しかし次の瞬間岸田の方がのけぞった、敵はN5の時のように消えなかった。それどころか傷ついた無残な息子の顔がアップで表示されたのだ。
「ウワッ」岸田は思わず目をそらせた。その瞬間、岸田の両手足から煙が上がった。
「ウワーッ、グウーッ」岸田が苦しさにもがいている。
全身の毛や肉の焼ける匂いが漂っている。
「かかったな、人間よ、あとは一瞬で楽にしてやる」
「これで終了だ」N4が強力な一撃を放った。
その瞬間、岸田は一瞬最後の力を振り絞って戦闘体制に戻った。
「バンッ」岸田が基盤の赤いボタンを叩いた。
「アッ、それは! 」大介は狼狽した。
「一樹、力をくれ! ウワーッ」と叫び岸田は全身を震わせ反撃を撃った。
パッと画面が真っ白に輝いた。しばらくそのままの状態が続いた。
相打ちだった……
岸田は椅子から転げ落ちた。体中の絶命ベルトからブスブスと煙が上がっている。
「岸田! 、岸田さん!」鈴たちが駆け寄った。
岸田はもう虫の息だった。ちいさな声で、「反射ブーストを打つしかなかった。相打ちか……相打ちは負けと同じだ……オレが死ぬまで何もするな……あとは頼む……オレのメモリを外してくれ……オレの全てが入っている……よろしく……」岸田は絶命した。
鈴たちは岸田の遺体に礼をして、すぐに撤退を始めた、遅かれ早かれここは見つかる。移動して次の戦略を立てなければならない。
鈴たちは大介の知り合いのマンションに移った。
鈴が発言した。「これからどうするの、岸田さんもやられた以上私たちに何ができる?」皆しばらく押し黙った、全く打つ手がない。
「しばらく表立った動きはできないな、身を潜めて何かを考えないと……」大介はそう言いながら頭を抱えた。
「ダメだ何も浮かばない、あの巨悪に対抗できる戦略などありえない。しばらく消極的に暮らすしかない」




