16:岸田の勝負
鈴はまず岸田が戦いやすい環境を整えることが大切との意見。ミナと大介はさらに協力者を募る事に全力をあげる。大樹には我々に接近してくるヤツらを見分ける方法を教えた。
鈴は、まずだれも訪れることのないような僻地の一軒家を借りた。岸田はそこにこもり、ネットを使って反撃に出る。発信元が特定されないように、岸田の提案で居場所を偽装するための部屋をさらにいくつか借りた。
これで反撃準備完了だ。岸田が皆を一堂に集めた、話があるという。
「やあみなさん、岸田です。大介から聞いている通り、オレはこの戦闘に参加する。勝つ自信はある。だけど万一オレが負けたらオレは確実に死ぬ。オレが死んだら、今から言うことをだれかに伝えてほしい、あなたがた以外のだれかに」
岸田の話は驚くべき事だった。
彼は若いころから天才プログラマーと言われ、多くのソフトウェアを開発した。そしてプログラムを使った戦い――ゲームではない――彼の言うところの(プログラム戦闘)――にはまり込んだ。戦う武器、方法もプログラムで作るのだ。
彼は連戦連勝、だれも彼に勝てる者はいなかった。ところが無名のプログラマーに彼は初めて敗北した。二戦めも完敗した彼は自信を失った。岸田のプライドは傷つき、周囲はその新人に注目した。
半年の沈黙のあと、岸田は新たな挑戦状を叩きつけた。そして岸田の出した戦闘の条件は、お互いが命をかけるということだったのだ。命をかけることで、本当の真剣勝負ができる。
彼にとってはプログラムで戦うことは銃や刀で戦うこととなんら変わりがない。それを聞いて驚いたのは、相手の父親だった。父親はそのころ電子機器の研究をしていた。プログラムの戦闘に命を掛けるということを岸田が本気で考えていることを知ると、父親はある提案をした。
それが絶命基盤だった、あまりにも無謀で、あまりにも危険な装置であった。父親はそれを用意したことで、無益な勝負をやめさせられると踏んだのだ。しかし予想は外れた、息子も岸田もそれを受けてしまった。
それでも実際に命を落とすまでに必ずどちらかがギブアップするに違いないと父親は思っていた。
結果は息子の負けだった、息子が負けを認めたということは死を意味した。息子の死は事件にならなかった。それは自殺として処理されたそうだ。
「その父親がじじいだよ……」岸田は腕を組んで天井を見ていた。
大介はあの時のじじいの表情を思い出した、秋葉で彼が見ていた曇った空には息子が写っていたはずだ。
岸田が人を避けるようにしているのはそれが原因だったのか。岸田は続けた。
「あの殺人ゲームは打ち切るべきだった。息子もオレも若かった。あの時のオレは戦争の最前線にいるような錯覚でゲームを戦っていたんだ。実際の戦争なら、やるかやられるかの選択しかないだろう、だがあれはゲームだった。オレも息子も引くことはできたはずだ、二人とも戦争の狂気に浸っていたんだ、その事がずっとオレにのしかかっていた。オレは今、新しい敵に対して命を掛けて戦う。相手は明確に悪だ、引かなくていいんだ。そしてそれがじじいの息子に対するせめてもの詫びにもなる……」
岸田の話が止まった。無言の岸田は次の話をためらっているようにも見える。しばらく無言の時間があった、だれも発言をしない。
……………
岸田がやっと話し始めた。
「ここの皆は今、最前線にいる。だからオレも今の心情を隠さずに言おう。実はオレはこれから起きる戦闘の狂気にワクワクしているんだ。本当の戦いができることはオレにとって快感なんだ。じじいの息子と戦う前の感覚を今、思い出した……」
鈴は、岸田の話が、にわかには理解できない。自らの命をかける戦いが、恐怖なのではなく、快感?……
鈴は自分が持っている、ありったけの知識、情報、記憶を総動員して、岸田の言った事を理解しようとした。かつて読んだ小説のいくつかには、このような狂気を書いたものもあった。しかし鈴はそれが実感として感じられたことはない。あくまでも小説の中の狂気の表現として通過してしまっただけだった。鈴はそれを理解することをあきらめた。とうてい理解できない。
間違いない事は、岸田の言葉が本心だということ。今、自分たちは戦場にいて、恐怖におびえているという事。鈴が出来ることは、生まれてくる子供を守るため、弾丸を避けて身を小さくして戦闘が終わるのを待つ事だけだ。
鈴はあらためて卓の話を思い出した。女が生き延びるために男が命を張るのだという事。その通りの現実がまさに今、目の前にある。命をかけるということが男にとっても恐怖でないはずがない。しかし岸田を見ていると、恐怖を打ち消す何かの仕掛けが男に備わっているとしか思えない――それが恐怖を快感に変えるシステムなのだろう――そう考えて鈴は、初めて岸田の行動に納得がいった。
岸田の部屋に彼のマシンが運び込まれた。それはパソコンの一種であるが、あきらかに特別製であり、飾りの全くない、機械そのものといった作りだ。キーボードもマウスもないかわりに、両手の十本の指に対応したスイッチのかたまりのような入力装置がついている。
岸田によると、それはキーボードの十倍の早さでプログラムが入力できるという。
「これがじじいの息子を殺した装置だよ。これのおかげでオレは勝つことができた。じじいの息子は普通のキーボードを使っていたから、同じ条件だったらオレの負けだった。すごいやつだった。二度と使うことはあるまいと思っていたが、これを使うことになるとは、
それと、足も使う補助入力補助装置がこれだ。情報を受ける方は目と耳を同時に使って受ける。さらに骨振動も受けることができる。骨振動は知ってるよな?」
ミナは知らなかった。「骨振動って?」
大介が解説した。
「動物が音を聞いているのは耳だけじゃないんだ。両方の耳をふさいでも音は小さくなるが聞こえるだろ、それと、もし音を二つの耳だけで聞いているとしたら、後からくる音の方向が分かるはずがない。骨に響く音と合成して音の来る方向を導き出しているんだ」
「その通りだ、骨が聞いている」岸田が続けた。
「音の情報を少なくとも四方向に分ければ、目と会わせて五経路の情報を同時に受けることができる。コンピュータとの勝負は簡単に言えば情報のやり取りだ。だから一度に多くの情報を瞬時に出し入れできないと勝てない。これでオレの武器は整った。それと超大容量メモリだ、これにオレの戦いの全てが記録される。フフっ、でもこれを解析できるやつがいないなあ、まあ、それでもいい、オレの命の記録だからな、とっといてくれよ」
「岸田さん、そこについている赤いボタンは?」
大介がボタンに気付いた。基盤の端に大きめの赤いボタンがあった。
「これか、これは……そうだな、言えば自殺装置だな」
「自殺? なんで自殺を?」
大介はそれが気になってしかたがない。
「これは反射ブースト装置だ。勝っている間は必要がない。オレは負けないが、万一負ける事があればオレは死ぬ。その時はタダでは死なない。必ず相打ちにする。詳しくは言えないが、相手のエネルギーをそのまま全部受けてそれにブーストを掛けて何倍にも増幅して反射させるのさ。フフッ、使うことはないさ……」岸田は微妙な笑顔を浮かべた。
次に岸田は頭に金属のベルトを巻いた、そこからは比較的太い戦と細かい線が基盤につながっている。
「フっ、これで基盤をオンしたら退路はない、いいかオレになにがあっても、どうなってもこの装置は外すな、もし外したらこの場所が完全にヤツらにバレる。そうなったら全ておしまいだ。ヤツらが駆けつけ、物理的にオレたちを排除するだろう。要するに全員が殺される。オレが勝つか、負けて死ぬか、いいか、繰り返すが、オレが負けたら完全に死ぬまで絶対にこの装置を外すな、そしてここからすぐ逃げろ。いいな!」
ついに人間の反撃が始まった。岸田はまずヤツらの巣、ソフトウェア研究所にアクセスを開始した。




