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10:「マイクロカプセル」を仕込まれた

「ピンポーン」、チャイムが鳴った。

「ハーイ」鈴がドアを開けた。

「こんばんわ」研究所の専務だった。

「きょう井上さんと、ちょっとモメましてね、私どもがおかしな対応をしたもんで、彼、帰宅しちゃったんですよ」

「あっ、卓でしたら帰ってます。いつもお世話になっております。私、鈴といいます」

「あっ、入口ではなんですので、どうぞお入りください、ちらかってますけど」

 話し声を聞いて卓が奥から出てきた。

「専務、いらっしゃるとは思わなかったですが、会社の方針はその後どうなりました?」

「いや、方針というか、ちょっと私らの対応が悪かったのでお詫びにね……」

「そんなことじゃないでしょう、この一大事をどうするんですか」

 卓は相変わらず怒っている。

「卓、そんな言い方失礼じゃない、専務さんに」

 鈴は卓をなだめようとしたが、「あした行きますけど、私は譲りませんよ!」という卓の態度に――これはどうしようもない――と鈴は悟った。

 専務はさすがに難しい顔になって、「あした話しましょう、これで帰ります」と、あきらめて帰っていった。

「バカ専務帰ったな、それにしても最後の顔はなんだ?」

 鈴も見たが、ずっと苦虫をかみつぶしたようだった専務が最後に、ニヤッとしたのだ。

「なんでしょうね、この状況で何で笑うの? まあ、人それぞれだけど」鈴も変な印象が残った。

 翌日、多少落ち着きを取り戻した卓であったが、「今日も会社が同じような状態だったら、オレにも考えがある」と、何か腹を決めたような口ぶりに鈴は、「子供のこともあるし、あまり思い切ったことはしないで」と冷静に行動するよう卓に諭した。

「鈴、これはオレが会社をやめるとか、そんなレベルの問題じゃないぞ、『月が地球に落ちてくるぐらい』の大問題だ。前に言ったように、何があっても驚くな、オレたちも無事に生きられるか、わからない」

 鈴は卓の独特な言い方に、現実的な恐怖を感じ始めた。尋常でない事が起きようとしているのか。


「ただいま」卓が定時で帰ってきた。

「おかえり、どうだった」

 鈴は、また怒り狂う卓を見るのが怖かったが、意外なことに卓は冷静だ。

「あの件は解決したよ」

「エっ、解決したって、そんなに簡単なことじゃないでしょう、今朝の、(覚悟)みたいな言い方は何だったの?」

 鈴は恐怖まで感じた今朝の卓が、今は全く冷静でいることがどうしても納得できない。

 ――目を見れば分かる――

 不審に思った鈴は、真正面から卓の目を見つめた。

 意外だった。卓はおだやかで優しい目で見返しながら、「鈴、あれはオレの勘違いだったんだよ、ごめん、心配かけた」と言葉を返した。

 逆に鈴が収まらない。

「私、今日は本当に心配だったのよ、あなたが帰ってきて何というか……見て、私、震えてるでしょ」

 鈴は両腕を抱えて、少し震えている。

「だから、ごめん……」卓は鈴を抱き寄せた。

 しばらくして鈴も冷静になれたが、やはり今朝の態度と今のギャップがどうしても理解出来ない。しかし確かに卓は、優しいときの彼に戻っている。なにも無ければ、もちろんそれに越したことはない。本来脳天気な鈴だが、確かに抱いた不安は、まだ消えてはいない。


 ♪(SAKURA)の着メロが鳴った。友人のサキからだった。

「こんばんわーっ、サキよ」

「ミキから聞いたけど、妊娠したってほんと?」

「ごめん、サキにはまだ言ってなかった、ほんとよ」

「あらーっ、おめでとう」

「ありがとう、今三ヶ月、それでね、私たち子供生まれたら結婚する」

「デキ婚じゃなくて、作り婚ってわけね」

「ハッ、ハッ、そうそう」

 サキは高校の同級生で、鈴と気が合う一人だ。

「(いきものががり)のコンサートの前売り券、手に入れたんだけど、彼氏が行かないって言うから、あなた一緒にどう? 好きでしょ……」

「好き、好き、行きたーい」

「じゃ決まりね、今週土曜日よ」

 鈴は、妊娠してるけどまだ動けるし、今のうちに行くのもいいな……と、誘いを受けることにした。最近怖いことばかりだから、気分転換、サキに感謝だ。


 卓の方は、あれ以来至って平穏な感じだ。あの騒動は何だったのだろう。

 土曜日は朝から出かけ、コンサートを堪能した。サキに夕食をおごって、八時過ぎに帰宅した。

 あれっ、カギが空いてるから卓が帰ってる。今日は遅くなると聞いていたので、てっきり十時ぐらいかと思っていた。奥の部屋のドアが開けっ放しになっていた。卓がいる。

 卓はいすに掛けていたが、少し反り返っていて、ちょっと変な体勢だ。

 鈴はそおっと卓の顔を覗き込んだ。

「鈴、社長が死んだ……」

「死んだって、なに……」

 鈴はただならぬ雰囲気を感じた。卓が見たことのない、曇った目をしている。メガネも下がっていて、体調が悪いのが明らかだ。

 あまりの状況に、鈴はパニックになった。

「卓、具合悪いの? やだっ、なんなら救急車呼ぶ?」

 卓がやや苦しそうだが大きな声で叫んだ。

「鈴、おれは死ぬ……」

「エっ、何言ってんの、どうしたのよ、急に変なこと言わないで!」

 鈴はバッグを放り出して、「救急車、救急車、何番だっけ」と、あわてふためいている。

「鈴、黙って聞け!」

 卓の大声に、鈴は固まった。

「今から大事な事を言う。すぐに携帯で録音しろ、一言も聞き漏らすな、それからメモリを外して携帯は完全に壊せ。いいか、完全にだ! ハックされる」

「携帯を壊せ! ―― ?」鈴は卓の異様に強い言い方に、卓が「死ぬ……」と言ったのが、もしかして本当の事ではないかと思い始めていた。

 極限の緊張感で、卓の言葉を聞き漏らすまいと鈴は集中を高めた。

「よかった、おまえがまともに聞いてくれて……さすが鈴だ」

「最初に言う、鈴、ありがとう、楽しい人生だった」

「時間がない、すべてを手短に話す、おそらく二時間だ、二時間でオレは死ぬ」

「今日、社長が死んだ。社長は死ぬ前に、オレに全てを話してくれた。今、オレはそれをおまえに伝える、そして死ぬ……」

 鈴は大声で泣き叫んで、助けを呼びたい衝動を必死に押さえている。

「今、オレは睡眠薬を飲んでいる。麻酔の代わりだ。いまでも苦しいが、おかげで話ができる。……二時間後、苦しさがピークになる……助けようとしてもムダだ、必ず死ぬ」

「オレが死ぬと、エーアイ病院の救急車が来るはずだ。だまってオレを引き渡せ、そうしないとおまえが狙われる」私が? どういうこと? 鈴は訳が分からない。

「最近起きている著名人の死亡事件、全て人工知能の仕業だ。人工知能は、すでに相当数の人間を確実にコントロールしている。知ってるだけでも、山野教授、池谷、首相、それにオレだ」

「ちょっと待って、卓もってどういうこと?」

 鈴はたまらず声をあげた。

「落ち着け、驚くな、おまえにもすでに仕込まれているんだ」

「えっ、私にも? ……どういうこと?」

 鈴はあまりの恐ろしさに震えが止まらなくなった。

「あとで言う、一つだけ助かる方法がある。……元凶は人工知能、その巣はエーアイ製薬だ。政治家、マスコミ、警察も相当な人間がやられている。それもトップの人間からだ。最近の事件が、マスコミの話題にならず、すぐ収まってしまうのを、おかしいとオレは思っていた。全て、人工知能に取り込まれた人間が潜り込んで、組織をコントロールした結果だ」

 組織をコントロール? そんなことが本当にできるの? 人工知能が? 鈴は信じられない。

「人間をコントロールする手段は何か――それは一種の覚醒剤だ。人工知能が人間を操って作り出した究極の覚醒剤だ。その効果は恐ろしく強力だ。絶対に抜けることができない。覚醒剤が強力ということは、効いているときの快感と、切れるときの苦しさのギャップがあまりにも大きいということに尽きる。それこそ天国と地獄だ。切れる時は、まさに死の苦しみだ。そして覚醒剤を補充しなければ確実に死ぬ。その恐ろしさによって、人間は完全に支配される。鈴、事件後のオレの態度の変化を思い出せ、あれが覚醒剤患者の姿だ。禁断症状が恐ろしくて平静を装ってしまうんだ。自分が悪に加担していることは分かっている。しかし地獄の恐ろしさには勝てない」

 鈴はそれを聞いて先日の騒動の後、卓の態度が急激に変化したことに納得ができた。


「覚醒剤は最初どうやって入れられるの? 私も仕込まれているってどういうこと?」

「エーアイジェイだ、人気ドリンクに入っている。ああ、オレはそれを毎日飲んでいたんだ。あの売れ行きからすると、少なくとも日本人の半分はキャリアだ」

「私も最近飲んでいるけど何ともない、あなたがおかしくなったのはどうして? 何がきっかけ?」

「マイクロカプセルだ。エーアイジェイを飲むと体内に排出されないマイクロカプセルが残る、その時点では何も起きないんだ」

「後で飲まされるカプセル溶解剤で覚醒剤が効き出す――オレは知らぬ間にだれかにそれを飲まされたらしい――一度効き出すと、もう戻れない、飲ましたヤツを頼って溶解剤をもらおうとする。もらうために人工知能の指令通りに動くロボットになってしまうんだ」

 覚醒剤を知らぬ間に自分も飲まされている――鈴は聞いただけで吐き気を催した。

「いまはまだ覚醒剤患者が横の繋がりで広がってる段階、次のステップが最終段階だ。それをやられたら人類は終わりだ。それを止めるためにオレは命を張る。鈴、オレは爆弾を持って突っ込むって言ったよな、それが今だ」

「卓、わかった、わかったけど次のステップって何?」

 鈴は卓の覚悟を悟った、そして卓はそれを自分に託そうとしている。もう、どんな事でも受けてやる、鈴は腹を決めた。

この小説を書いた後、コロナ禍が起きました。ワクチンに疑問があります。マイクロカプセルではないようですが、私は警戒して一度も打っていません。

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